ゆきどけ
さて、報告やなんやらを済ませたとて、ギルド内部にて話がまとまるまでは、一介のハンターでしかなく、ギルド所属というわけではない私の行動が、特別定まるというわけではない。
応接室から出た私は、ついでにプラーミアグリズリーことクロクマの素材を売り払うために、ギルド庁舎併設の魔物素材買取所に寄り、ささっと売却を済ませた。
お値段大体五百三十万ほど。ダンジョンとゲートが出現し始めた当時は、どこもかしこもマナ資源を欲していたために魔物素材やらダンジョン内で採れる鉱物やらは軒並みありえないくらいの値段がついていたらしいが、ある程度魔導学が進んだ現在では、当時ほどの需要があるわけではない。
といっても、今でも十分マナ資源は高く売れる。
その代わり、ハンターが使う武器防具やアイテム、その他諸々は全て一般人からは想像できないほどの値段がするのだが。
ハンターの金銭感覚は、どの国でも狂ってしまっているのがデフォルトだ。
現に私も、ブランド品に対して高いという感想を持たなくなってしまった。
一回の潜降で億稼ぐことも可能なのが深層ハンターなのだ。それで金銭感覚が狂わない方がどうかしているだろう。
特に変わり映えもないような素材売却を済ませ、書面のあれこれを終わらせる。
そんな私が魔物素材買取所から出たのは、入ってから十五分もしないくらいの時間が経った後だった。
「あの!」
そんな私にかかる、聞き覚えのある声。
五時間前くらいに助けた少女、つまりは先ほどまで行動を共にしていた少女が、外に出てこれから何をするのか考えていた私に、声をかけてきていた。
どうやらギルド庁舎の中にある救護所で、治癒魔術を施してもらったようで、右腕のけがは完全に治っていた。
ちょっとびっくりして、思わず固まってしまう。
流石に扉の前で固まったままというのは少々迷惑で邪魔になってしまうので、そのまま左側へと少しばかり移動。
「どしたの」
誰の邪魔にもならないことを確認してから、少女に向かって要件を問う。
あの後私視点での見解を述べた後に、少女の視点での所感なんかを語ってもらって、一応は報告会的ななにかは解散となっていた。
私と彼女は救助者と要救助者。
特にそれ以上の関係はなく、解散となった段階で一期一会的にこれから関係が続くようなことにはならないと、そう思っていたのだが。
どうやら、この少女的にはそうではないらしい。
それともなにか、私に対しての特別な要件がもともとあったのだろうか。
「何か、お礼をしたくて。命の恩人ですし」
「いいよ。ルーキーから何かしてもらうなんて」
嫌味とか、そういうのじゃなく。
本当に、何かしてもらう気が全くないのだ。
それに、私から見てこの少女は、まだ二十にもなっていないように感じる。
容姿のことだけ言ってしまえば、確かに私の方が身長は小さいし小柄ではあるのだが、なんというか纏う雰囲気とでもいうべきものが、大人というよりはまだ未成熟の少女って感じなのだ。
それに、年齢感とか無視しても、そもそも私と少女では、稼ぎも実力も違いすぎる。
私の仕事を手伝ってもらうなんてのは、少女にとってあまりにも危険すぎるといったレベルすら超越した、危ないだとかどうこうの尺度ですらないほどのものだし。
彼女が買えるものなら、私にとっては端金ですらないレベルだし。
もちろんその善意なんかは嬉しいのだが。
その善意に対して、私がそのままうんと素直に受け取るには、少々こちらとしては申し訳なさの気持ちが湧いてくるというもので。
「おいしいスイーツ、行きませんか?」
そんな事実を根拠とした恩返しの否定の理由が、少女の言葉によって、一気にひっくり返ってしまったのだった。
いやもちろん、まだ個人的に申し訳なさみたいなものが消え去ったというにはほど遠いわけではあるのだが。
私という生き物は、どうにも甘いものに弱いのである。
いっそ清々しいまでに単純な私の嗜好は、おいしいスイーツという八文字を前にして、どうしようもなく抗いがたい衝動に駆られてしまっている。
「ん。でも私持ち。装備とかに使って」
ハンターたるもの、自分を律し続ける能力というのは非常に大事なわけではあるが。
ダンジョン街にいる間くらいは、甘いものに負けてしまっても許されるだろう。
*****
大通りから少しばかり逸れて、女性向けのブティックやらヘアサロンやらが大量に並んでいる、そんな区画。
ロロテアの南西部に位置する第二商業区の、どちらかと言えば居住区に近い位置である北側。
某有名コーヒーチェーンが向かいに見える、そんなケーキ屋さんに、私たちはやってきていた。
ケーキ屋さんといえばケーキを買って受け取って、そのまま変えるイメージがあるのだが、どうやらこのお店にはしっかりとテーブルがあるみたいで。
どちらかと言えばケーキを売るってよりかは、そのまま注文して食べる方がメインみたいだ。
甘いものは好きだが、こうしてテーブルに座って食べるのは、どこか落ち着かない。
なにせいつだって基本的に一人でいるのが私なのだ。友達と一緒に食べにくるような場所に座るのは、慣れていない。
ファミレスとかカフェとかそういうのとは無縁の私にとって、現状は非常に浮遊感を感じるような状況だった。
「えっと、とりあえず、自己紹介しませんか?」
「え?あ、うん。わかった」
ちらちらと周囲に気をとられていると、少女からそんな提案がもたらされた。
反射的に返事してしまったのだが、はたして自己紹介と言っても、私は何を言えばいいのだろうか。
少女のフォーマットを真似れば安牌だろうか。
「じゃあ私から。西園愛衣。ハンターネームはユイです」
自己紹介って、名前だけでよかったのか。
勝手に学生の頃の自己紹介を想像してしまっていたので、勝手にどこか気後れしてしまっていたのだが、それだけでいいのなら気は楽だ。
地帯主や階層主の攻略作戦の際には、ハンターネームと自身の役割、得物なんかの自分の情報を開示する、事前の作戦会議があるのだが、それとなんら変わることはなさそうだ。
「えっと……白織藍莉。シア。よろしく」
私が名前を言った瞬間、愛衣はにっこりとほほ笑んだ。
どうやら名前を知れたのが、それほどに嬉しかったらしい。
「藍莉さんって言うんですね。その、今日は助けていただいて、本当にありがとうございました。まともにお礼も言えてなくて、気になってたんです」
名前が判明した瞬間、下の名前で呼んでくるとは。
さては結構この子、コミュ力が高いのかもしれない。コミュ強というよりはどちらかと言えばフレンドリーという方が近いか。
「別に。最適解だったからだよ」
調査任務的にも、五層級の魔物が出現しているという状況は放っておくことはできない。
依頼を受けているハンターとしては、そして五層級の魔物を討伐する実力がある私としては、あの状況で向かわないという選択肢は存在しなかった。それだけのことなのだが。
「それでも、助かりましたから。ありがとうございます」
命を落とさなかった事実というのは、何にも代えがたいということだろうか。
任務がなくても向かっていたとは思うが、しかし私に純粋にこの子を助けたいという気持ちがあったのかと問われれば、そうとも言い切れない。
事実助けに向かったが、実のところ『助けられるから助けるだけ』くらいしか思ってない。
「ん。どういたしまして」
使命感とか、誰かのためにとか、そんな気持ちは全くないために、お礼なんてされても少々困ってしまう。
もちろん、しっかりとお礼を受け取ることはしておくが。
と、そんなやり取りをしている間に、注文していたケーキが私たちの元へと届いた。
愛衣はいちごのショートケーキ、私はチョコケーキとフルーツタルトに、クッキーとついでにモンブランである。
届いたケーキを軽くつまむ。
ふんわりとした生地と濃厚なチョコが、すごくおいしい。
確かに言う通り、美味しいスイーツ店だ。店頭で買って帰ることもできそうなので、こうして座って食べることに抵抗のある私でも気軽に寄ることができる。
これは、お気に入りのお店がまた増えてしまったかもしれない。
「……私、藍莉さんみたいに、強くなりたいんです」
急に、愛衣がそんなことを言ってきた。
歴がどれくらいなのか知らないが、クロクマとの戦いでもそれなりに動けていたことから、しっかり光るものはあると思う。
あとは魔物を倒して、倒した際に溢れたマナを取り込むサイクルを繰り返せば、どんどん強くなっていくとは思うのだが。
どれだけセンスがあったとしても、結局その体がどれだけマナ適応しているかが、ダンジョンに置いての強さの土台なのだから。
「愛衣は強いよ。最後まで生きようと頑張ってた」
ダンジョンってのは、いつだって命の危険がそばにある、超危険地帯だ。
そんなダンジョンの中で生き残るために、最も大事なのは、結局のところ、心だったりする。
マナってのは、単に魔素という粒子の塊ってだけではなくて、適応したマナはその持ち主の感情・感覚なんかに大きく左右される性質を持っている。
消えかける蠟燭の火が、最後に大きく燃え上がるように、死に近づいた者のマナは一気に膨れ上がる。
それをものにして極限状態のまま戦える者は少ないが、最後まで足掻いた者の中には、マナの核心に触れたことで、一気に成長する者もいる。
なんて、色んな事があるけど。
「愛衣は、これからもハンター続けるの?」
「はい」
即答だった。
それほどまでに意志が強いのならば、大丈夫だ。
マナってのは、戦えば戦うだけ適応が進んでいく。体内への蓄積や堆積が止まることは、決してない。
ダンジョンに足を運ぶたびに、私たちは昨日の自分よりも強くなっていく。
たとえそれがコンマ一パーセントでも、積み重ねれば大きな数になる。
「なら大丈夫。愛衣は強い」
あんな経験をしたというのに、即答でこれからもハンターを続けると言い切るこの子は、間違いなく強い。
折れない心を持っている人間ってのは、どんな分野でも強いものなのだ。
きっとこれからは、今まで以上に自分を磨くのだろう。自らを過大評価しなければ、勢い余って死んでしまうことはない。
「…………はい。私のライセンス。アドレス交換しよっか」
まるで星のように輝くこの子の行く先を、見てみたいと思った。
願わくば、私の近くでこの子が戦っていて欲しいなんて、そう思った。
柄にもなく、自分以外の人間に対して、興味を持ってしまった。持つことなんて、この先ないとそう思っていたのに。
「え。いいんですか……っ!?最高到達十二層!?」
「声、大きい」
私のライセンスのプロフィールを見て、驚愕の声を上げる彼女。
そんな彼女を、軽く制止する。
私らしくもなく、誰かと自分から関わったというのに、不思議と嫌な感じは全くなかったのだった。




