四捨五入したら平常運転
「動ける? 動けそうなら私そろそろこいつ引き剥がしたいんだけど」
完全に体に治癒魔術が回り切り、しっかりと定着したであろうタイミングで私がそう少女に問いかければ、ぶんぶんと縦に振られる頭。
頷くことができるなら、早めに立ち上がって欲しいものだが、まあ大丈夫だろう。
「んじゃ」
思念法にて片腕に巻き付いているツルに対して“氷穿”。
流石に自分の身体を爆ぜさせることはしない。魔術制御にはそれなりに自信がある。それに種も植え付けられていないので、一から体を再生する必要も無し。
霜に反射した陽光が、きらきらと輝いた。
片腕が空けばもうあとは楽なもの。
植物型の魔物というのは、そのイメージ通り斬撃の通りが非常によく、しっかりとした強さを持つ武器であるならば容易に斬り裂くことができる。
適当に天白をぶんぶん振り回せば、簡単にツルは地面に落ちていく。天白の斬撃には硬度の概念が全く存在しないため、直前の解説は無意味かもしれない。
「ふぅ……大丈夫?」
「ぁ……はい。大丈夫です。えっと、はい……」
ちょっと距離を感じる。
なんか恐れるような感じの視線が私に突き刺さる。
まるで初めての地帯主や階層主と遭遇した時に浮かべる視線。
なにか怖がらせることでもやらかしただろうか。
:なんで自覚無いわけこの子
:常軌を逸してるから
:ここで理由が分かる子ならあんな判断は下さないでしょうよ
なんかやらかしてるっぽい。
まぁさして問題は無い。救助は成功。種子も消し飛ばした。私も無事。
我ながら百点満点完璧花丸の救助活動。惚れ惚れするくらいにヒロイックな救出劇である。
「で、君は一体なにをしてたんだい」
きらきらと氷属性のマナが舞う中、さっと地面に降り立った私の視線の先にいる少女は、とても六層をソロ探索できるようには見えない。特にマナ総量。
マナ総量だけが強さの指標であるわけではないが、それでもある程度身体のマナ適応がどれだけ進んでいるのかを推測する材料にすることはできる。
よくて四層級。パーティを組んでいるのならともかく、ソロで潜るには少々体が慣れていないのではないかと言ったところ。
六層樹林地帯ってのは寄生生物が多いわけだが、装備的にも所持品的にも対策はそこまで十全というわけではなさそう。
一攫千金を夢見た身の程知らずの馬鹿か、それともただの自殺志望者か。
それとも……。
「その……仲間と、はぐれちゃいまして……あはは」
「あははじゃないでしょ。ここどこかわかってんの?」
「そりゃわかってますよ。自棄になってわんわん泣いてたらヤドリヅルに捕まったんです。馬鹿ですよね私。冷静さを欠いたらそれこそ死なのがハンターなのに」
俯きながら泣きそうな顔でそう零す少女。
泣きわめいてたらしいことから学んで、今は抑えているようだ。私がいるから既に何をしようとどうなることはないと思うけれど。
「反省してるなら偉いよ。次に活かせばいい。お仲間、仲良かったの?」
「はい。みんなでダンジョン潜り始めて。幼い頃からの友達で」
「そっか。友達、生きてるといいね」
:まあ、りんごちゃんだけでも死ななくてよかったよな
:こんな樹林の中で一人は怖いわなぁ……
「とりあえず、近くの町までは一緒に行ってあげる。そこから先は自分でどうにかしてね」
「あ、はい。助かります」
ぺこりと一礼。
なんだかんだ、ハンターとしての冷静さもしっかり持っている。
これからもハンターを続けるかどうかはわからないが、ダンジョンの中で死ぬことはないだろう。ただの勘でしかないけれど。
「これ持ってて。ここら辺の寄生生物は大体この匂いが嫌い……って、知ってるか」
「はい。仲間が持ってたので」
ヒトリダケの胞子を入れた袋を腰に提げさせる。袋の口は少しだけ開く。
なんとも言えない、なんだかぼんやりとするような甘い匂いが漂い始めた。
「あ、名前聞いてなかった。私シア」
「え? あ、はい。みつりんごです」
「甘そうな名前。いいね」
じとっとした空気が重く沈んだ樹林の中を、二人並んで歩いていく。
湿った岩で足を滑らせないように気を配りながらの移動というのは慣れていなければかなり辛いものだが、そこら辺はどうやら考える必要はなかったらしい。
それなりに慣れた様子で歩いているところからして、割とハンター歴は長いのだろうか。
「シアさんはやっぱり、下層ハンターなんですか?」
「深層だよ。最前線組。ていっても、最近はちょっと忙しくて十二層には行けてないんだけどね」
「じゅうに……凄い、ですね」
「まあ、色々あって狂ったようにダンジョンに潜っててね。真似しない方がいいよ」
私よりも高い位置にあるみつりんごの瞳に揺れていた不安は、少し和らいだようだった。深層レベルと聞いて安心したのだろうか。
くるりと辺りを見渡したみつりんごの綺麗な黄色の瞳に、どこかキラキラとしたような雰囲気がちらりと映る。
何か、あったのだろうか。
みつりんごの視線の先に私の視線を重ねる。
見ている先にあったのは、幻想的な雰囲気を醸し出している小さな泉だった。
鬱蒼とした木々の中に、そこだけ穴が開いたように光が差し込んでいて、どうやら純粋な水属性のマナに光が当たって煌めいているようだ。
|極光秘めし御守の藍玉《トゥルース=アクアマリン》を起動していないのにマナがしっかりと視認できるのなんて、随分と珍しい。
中層レベルのハンターからすれば、初めて見る光景だろう。
「寄りたい?」
「いい、ですか?」
「もちろん。そろそろ休憩も入れときたかったし」
歩みを止めてみつりんごに聞いてみれば、随分と嬉しそうに、かつ恐る恐るといった様子で聞き返してくる。
やっぱりちょっと恐れられてるような気がする。深層組という先入観からもあるだろうか。
:綺麗だね
:シアちゃんの方が綺麗だけどね
:きしょい
:何様だよこいつ
:魔導学専攻としてはめちゃくちゃ気になる現象
泉の水を掬い上げる。軽く口に含む。二分ほど口に含んだまま放置したが、問題はナシ。
「ん。大丈夫。多分飲めるよ」
少し休憩することにする。
濡れないよう、極々薄い氷の膜を纏いながら潜ってみれば、それなりにお腹が脹れそうな魚が泳いでいた。
ギュンと加速して、太ももから抜いたナイフで貫く。一撃。
「ん…………?」
貫いた魚を回収するために目を向けた時、ふと違和感。
六層にしては少々純度が高いようにも思える水属性のマナ。
この泉から溢れ出していることは確かだろう。じゃあ泉に溜まったマナは一体どこから来たのか。
ふと頭によぎったそれの答え合わせとでも言うかのように、思ったよりもずっとずっと深かった泉の水底がキラリと光ったように見えた。
マナの噴出口。霊脈がダンジョンへと露出している場所。
それがこの泉なのだろうか。
魔導学には明るくない。知識がない。
ハンターとして見るならば十分私はエリートな自信を持っているが、私にあるのは調査員的な能力ではなく戦闘員的な能力だ。
あれが一体なんなのかを判断することは出来ない。
帰ったら書類を書くことになりそうだ。めんどくさい。




