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こみゅにけーしょんはむずかしい

「んぅ……あぇ?」


「ん。起きた?」


 あのあとコメント欄の一人が『やったか!?』なんてコメントを書き込んだせいで、巨大な熊の氷像を数分間警戒しながら無駄に見つめるなんて状況になったりしながら、さらに移動すること数分ほど。

 プラーミアグリズリーに襲われていた少女を救助し、そんな彼女を背負って向かったのは、近くに流れていた小川の川辺。

 以前変わりなく平穏そうにせせらぐ川の音を聞きながら、近くから枝を集めて焚き火を組んで少ししたころ、少女の声が耳に入ってきた。


「ここ、は……わっ!?」


「立ち上がらない方がいい。傷は塞がってるけど、血は戻ってないから」


 どうやら立ち上がったときにふらついてしまったそうだ。

 倒れかけた少女を傍目で見て、再び小川に垂らした釣り糸に目を向ける。


 ハンターとしては珍しい部類になるとは思うが、私はこうしてダンジョン内で釣りをすることが好きだ。

 ダンジョンの中では、外界では想像もつかないような魚や魚型の魔物が釣れることがある。

 こんな小川であるというのに、とんでもない大きさの魚が釣れることがある。

 たとえばそう、こんな風に。


「でかナマズ。ラッキー」


:美味しいの釣れたね

:ふっくらした白身が美味しいんよ


 そんな釣果を、私は早速切り分けて、焚火に立てかけて焼くことにする。

 串は無かったので、さっきの熊の牙を洗い代用する。

 ちなみに熊肉は固くておいしくないので、食料が他にない場合以外はあまり食べようとは思えないので、素材として持ち帰ることにしてある。

 錬金術だとか呪術の触媒としてなら、あと使役した使い魔の餌としてなら、結構需要があるのだ。


 焚火の薪が弾ける音がする。

 どうやら二層産のナマズはかなり脂身が多い種類であるらしく、こうして焼くと油が垂れて、炎の勢いが段々強くなっていく。

 脅威が去ってのどかさを取り戻した二層の草原地帯の河原で聞く焚火の音は、どこか眠気を誘うものであった。


「あ、あの……」


 そんなうつらうつらとした私の耳に、少女の声。

 見れば青い顔はちょっとだけ収まって、白い顔程度になっている。

 そんな少女の顔を見ながら、無言で言葉の続きを促したのだが。


「え?あ、えっと?」


「……?どうしたの?」


 何か言いにくい事でもあるのか、なかなか言葉の続きを話そうとしない少女。

 私の彼女の間に起きた静寂の中で、ぱちぱちと薪の弾ける音と小鳥のさえずり、そして川のせせらぎに草が風に揺れる音が流れていく。

 良い感じの焼き加減になってきたので、ナマズの切り身をひっくり返して、火を通していない片面を焚火に当てる。


「あ、その……?えぇ…………?」


 なにやら困惑気味の少女。

 何か失礼に当たることでもしているのだろうか、私は。

 確かに、人の話を聞いている状態で魚を焼いているというこの状況は、見ようによっては失礼極まりないシチュエーションかもしれない。

 そう思い、周辺視野で切り身の焼き加減を確認することはやめずに、とりあえず視線は少女の方へと向ける。


 そうして再び、しばらくの静寂。

 そんなことをしていたら、いつのまにかいい感じに焼き色がついている、焼き魚。


 腕輪を叩いて、魔術演算ユニットを起動。

 攻撃魔術というカテゴリにいる“氷穿フロストエッジ”ではあるが、しかしこの魔術は攻撃のみが真価というわけではないことは、氷属性のマナに適性があり、頻繁に氷属性の魔術を扱うハンターならばもはや常識とも言えるようなことだ。


 氷穿(フロストエッジ)がなぜ駆け出しハンターからベテランハンターまで、幅広い層のハンターに使われているのか。

 その一つの要因が、際限のない自由度にある。

 というのもこの魔術、穿つと言っておきながら、生成する氷の形を、自由自在に操ることができるのである。

 もちろんある程度の熟達がないと不可能ではあるのだが、二層ハンターともなれば自由自在とは言わずともある程度の形状の自由が利くくらいの難易度だ。


 剣状に成形して遠隔攻撃をしたり。

 地面から突き上げるように生えるように、発射点と形状を操作したり。

 触れた手から直接凍てつかせ、至近距離からマナ減衰の無い純粋な氷属性の一撃をお見舞いしたり。


 そして今やっているように、霧状に発生させて、熱いものを冷やしたり。


:希少適正と魔術の無駄遣い過ぎて笑うんよ

:マナ総量はともかく、シアはマナ効率と制御極めてるから

:この程度なら消費速度よりも自然回復速度の方が速いだろうね


 氷穿(フロストエッジ)を行使して、串の根元あたり、つまり手で持つ部分を冷やしていく。

 いくら頑丈な魔物の牙とはいえ、熱されれば熱いものは熱い。

 特に火炎耐性なんかが特性として備わっている魔物素材でもないので、串代わりになんて使えば、焼き立ては持つのも辛いくらいの熱さになってしまう。

 氷属性適性者は、冷たい水を簡単に用意出来たり、極暑地帯で体温を下げることができたり、こうした細々とした部分でかなり有用な小技が多い。

 サバイバル能力で言えば、水属性適正者の次くらいには高いのではないだろうか。


 陽光を反射してきらきらと光る霧状の氷魔術に、少女の視線が向かう。

 その視線を追ってみれば、その先にあった氷魔術のきらめきは、自分にとっては当たり前に近いものとなってしまっていたが、確かに目を惹かれる綺麗な光景だった。


「ん。治癒魔術はかけたけど、血は戻らないから。食べて」


「え?あ、はい!いただきます!」


 ずいっと顔の前に差し出せば、少女は焼き立て熱々の魚を受け取る。

 白身魚なのであまり貧血に効果はないかもしれないが、それでも何も食べないよりかはマシだろう。

 私も二本目に手を伸ばし、ふっくらした白身を味わう。


「あ、これ醤油。それともソース?」


 腰のポーチから醤油を取り出し、目の前の少女に渡す。

 一瞬ぽかんとした彼女だったが、どうやら食欲には勝てないのか、湯気を立てる食べかけの真っ白な焼き魚に、さっと醤油をかけていく。

 その際に飛び散ったものが焚火の中に入っていったのか、ジュっという音とともに、焼けた醤油の香りが少しばかり漂った。


:普通ダンジョンに醤油持ち込むかよ

:まあシアっぽいと言えばシアっぽい

:シアちゃんのポーチ、あれ超高級品だからね。あの小ささで部屋一つ分くらい入る

:ってか食べるの早い。三本目


「あの……ありがとうございます」


 一串食べ終えて落ち着いたのか、少女が私に向かってひとつお礼する。

 醤油に対してか、魚に対してか、それとも助けたことに対してか。


「どういたしまして。痛いところ、ない?」


「お陰様で五体満足です。骨も、元通りみたいで……あ、ありがとうございます」


 五本目を頬張りながらお礼を受け取りつつ、彼女にとっての二本目を手渡す。

 これだけ食べてもまだまだある。美味しくて量もあってなにより釣りやすい。

 ハンターにとっての極上の餌といえるのかもしれない、ナマズは。


「そっか。よかった」


「────ッ」


「……?どうしたの。顔、赤いよ」


 なぜか少女が固まってしまった。

 どこか傷むのだろうか。外傷はないが、もしかしたら内臓や骨に何かの異常があるのかもしれない。

 自然治癒力活性化アンプルに治癒魔術を重ねたので、そうそう異常は起きないはずではあるが、万が一といった可能性も存在する。

 この世に絶対はないのだから。


「大丈夫?」


「おわっ!?つめたっ!」


 何か異常があったのかもしれないと俯いてしまっている顔を覗き込み、赤い顔を見て冷やした方がいいかと霧状に氷を生み出せば、びっくりしてしまったのか、そんな声とともに後ろへと体が跳ねる彼女。

 服の上から体をぺたぺたと触り、マナを飛ばして体内にスキャンをかける要領で探ってみるが、特に内臓や筋肉、骨の異常は見受けられない。

 死の淵から生存したことによる精神的な動揺か何かなのだろうか。


「あ、の。助けてもらったお礼とか、何かできること、ありますか」


 流石に心までは読むことのできないスキャン技術ではどうにもならないと、早速切り上げた私の耳に、どこか上ずったかのような、そんな彼女の声。

 乗り出していた体を引っ込めて、ついでに七本目の串を手に持ち、私はもとの位置に戻る。


「素材とかお金は大丈夫」


「えっと、じゃあどうすれば……」


 そもそも二層で活動しているレベルのハンターから何かをもらったところで、私にとって有益になることはない。

 そのためわざわざ助けたからと言って、誰かから何かをもらうといったことはするつもりは全くないし、端から期待もしていない。

 極論、安定してサルベージできる十層くらいにソロで向かった方が、素材的にも金銭的にも美味しいのだ。


 だから、この少女に何かを求めるつもりは、なかった。

 しかし、先ほどプラーミアグリズリーと対峙したこの子には、少しばかり用事ができてしまった。

 本当はしばらく休んでいて欲しいのだが、そうも言っていられないかもしれない。

 が、詳しい内容は配信があるので話せない。ので、単刀直入に言う。


「色々話が聞きたい。一緒にギルドのロロテア支部まで来て」

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