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閑話:白織藍莉の里帰り②

 第一層のダンジョン街に飛んでさらにちょっと歩けば、ダンジョンゲート日本口。

 異界への門であるこれを潜れば、その先は中部地方の沖合約八十キロに出現したゲートの周辺に作られた人工島、亀戸島(かめのとじま)


 でっかい橋を通るのは、いつだったかに完成したらしいリニア。

 列車から電車へ。電車から新幹線へ。新幹線からリニアへの改良工事は、たとえ工事にマナ適応が進んだ人を使ったとしても、海上という環境も相まって随分と困窮したらしいが、そのおかげでこうして利用者は快適に本土とゲートを行き来できる。

 先人たちに感謝である。


 さて、リニアの速度は平均時速四百八十キロメートル。

 いくつかある海上ラインだが、浜松と亀戸島(かめのとじま)を結ぶラインはほぼほぼ直線なので、リニアはほとんどの時間を最大速度近くで走ることができる。

 かかる時間はだいたい十分くらい。快適だ。


 で、十分後。静岡県浜松市。

 別に私の実家が浜松にあるというわけではない。普通に別の場所だ。

 ほんのちょっぴり欲を出して、私はここに鰻を食べに来た。


 適当にお土産にうなぎを冠したパイ状のお菓子を買って、そのまま静岡駅まで移動する。

 道中、どこもかしこも建物だらけ。

 十五年前くらいにはあった、少しの間目に焼き付けた地方らしさも、もうどこか遠いものだ。

 少しばかり、ノスタルジック。


 またも少々時間が経って、やってきたのは、諏訪市。

 諏訪湖のほとりにあるのは、凄く立派ででっかい建物。

 門に刻まれているのは、五弁の桜花に織り目模様の線が重なった家紋。

 織桜(おりざくら)の紋。白織家の家紋。つまりは私の家の所有する建物。


 だけど、本邸じゃない。

 あくまで外交拠点。かつては他の武家との会合をするときなんかに使われていたらしい、別邸だ。

 本質は神職である白織家の本邸は、霧ヶ峰の山頂付近にある。


 流石にそこまで自分の足で行くのは大変。

 あと、本邸に行くまでにやるべきことがある。

 という事で、ここに寄ったわけだ。


 インターホンを鳴らす。

 たとえ由緒ある建物だとしても、別に国宝でも何でもないこの建物は、現代的ないろいろをちゃんと搭載している。

 というか、白織がそういう“古臭い雰囲気”をだいぶ嫌うので、存外抱える歴史に反して、いろいろ現代チックだ。


 お父さんなんて、畳間にフルダイブVRのための機器を導入してる。

 和風な景観に置かれているスパコンみたいな装置と、それに併設されたカプセル型の装置は、随分とミスマッチで面白かったりする。


「お嬢様、お待ちしておりました」


 顔を出したのはスーツを身にまとった老女。

 白織別邸であり清めの儀式場たるここを管理している、織平(おりひら)の人。

 平安の時代から続く白織を、ずっと隣で千年支えてきた家。白織の分家だ。


「ん。一週間帰省する。家入るから、水浴びするね」


 先ほども言ったが、白織の本邸は霧ヶ峰の山頂あたりにある。

 そこに入るには、禊が必要。これは、現代的な価値観を持つおじいちゃんやお父さんも、絶対に受け継いでいかないといけない儀式だと言っている。

 まず諏訪湖の水で半刻体を清め、移動の時間は私語を慎み心を清める。


 本邸の中ではわいわいがやがやしたりもする。儀礼的なものだ。

 それでも、家族曰く守らなければいけない儀式。


 夕刻。ハンモックで目が覚めてから、十時くらいに目が覚めて、今。

 陽は既に、再び沈もうとしていた。

 禊の儀式場へと足を運ぶ。見えないように三方を壁に囲まれた部屋だ。唯一湖の側だけ、開いている形になっている。

 ここで半刻、つまり一時間身を清める。


「冷たっ」


 凪いだ湖の水面を見ながら、遠く連なる山を見ながら。

 沈みゆく夕日を反射する湖面と小島を見ながら。

 手に掬った水を、頭からかけて、その繰り返し。

 膝裏まで伸びた私の白髪が、べたりと体に張り付く。

 ぽたぽたと垂れる水滴が、湖に小さな小さな波紋を作っていく。


 そうして半刻後、禊の間から出た私に渡される、家紋の入った白装束。

 本邸の門をくぐる、つまり白織の結界を超える際に着る礼服だ。


 真っ白な上衣と、ほんの少しだけ蒼が入った下衣。

 帯を結んで、羽織も被る。


 こくりと頷いて見せれば、織平さんは私の前を歩いていく。

 その先にあるのは、高級感が凄い真っ黒な車。

 開いてもらった後部座席に、そっと座る。


 またそこから三十分から一時間ほど。

 ついたのは山頂付近。目の先に見えるのは、凄く大きな白織本邸。


 夜だというのに通っていく人たちの中には、こちらにカメラやスマホを向ける人もちらほら。

 そういうのも、割と慣れたものだ。

 ちょっと特殊な家に生まれたこともあって、そして容姿が割と異質なこともあって、レンズを向けられる経験はたくさんある。


 そのまま家紋が刻まれた門をくぐる。

 絵にかいたような日本家屋。お屋敷。


「藍莉おかえりー!!!!」


「ただいっ!?」


 飛び込んできたのは、ラフでカジュアルな私服の雛奈。私の双子の妹。

 一卵性双生児ゆえに遺伝子は同じはずなのに、私よりも身長が高くて胸も大きい、一体全体なんなんだと言いたい体だ。

 いやまあ、無意識下でも潜在的に能力を発動し続ける両目のせいで、成長するために使うためのエネルギーが私の方が少ないからという理由があるんだけども。


 ちょっと待てつまり私もこれくらいの背の高さになるポテンシャルが……?


「むぐぐ……私の目が恨めしい…………」


 埋もれながら、なぜか雛奈の分まで受け継いでしまった瞳に恨み言をこぼす。

 遠慮なく抱きしめられたせいで、背中が痛い。

 深層ハンターの身体に痛みを残すハグとか、一体どうなっているのだろうか私の妹は。


「姉さん半年ぶり位?随分髪伸びたね?あれなんか表情変わった?あそうそうお母さんがね──」


 ちょっと矢継ぎ早がすぎる。言葉を区切るという事を知らないのだろうかこの女。

 よく見る親戚のおばちゃんのイメージというのがちょっと近いだろうか。いや私の親戚は慎みを持っているゆえにこんな言論マシンガンじゃないのだが。

 私に喋らせる気全くないじゃないか。


 もぞもぞ。するり。

 力が強いホールドの隙間を、すっと抜け出して距離を取る。

 そのままちょっと後退。荷物を受け取る。


「雛奈、私、長旅」


「そうだね、お疲れ様。部屋は掃除してあるよ」


 ひとまず仕切り直し。

 こうすれば、荷物を運び終えるまでは私の安寧は確約されたも同然だろう。

 ただ、この時間に帰ることは伝えてあるので、この後は家族で食卓を囲んでの食事になるかと思われる。


 やだ。すごくやだ。

 私の家族、クソほど重い家族バカしかいない。

 おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんもお母さんも、そして目の前の雛奈も、まとめて全員私に対いしてかまい倒してくる。

 確実に、休まる暇がない。


「ん。これお土産。みんなに渡しといて」


「おっけーりょーかい!今日のご飯は甘めの味付けだから楽しみにしといてねー!」


 とてとて、すたすた。

 駆け足ながら崩れた様子は無いように、雛奈の姿が離れていく。


「お嬢様、こちらに」


 と、そんな確実に訪れる未来に辟易し、無理やりその未来を見ないためにお土産を渡していたところにやってきたのは、スーツの人。

 月瀬(つきせ)香織(かおり)。ショートカットとスーツが似合う、私付きの従者である。


 香織の案内で、私の部屋に久しぶりに入室。

 全く変わりのない和室。飾り気の全くない私の部屋。

 机の上に置かれた、雛奈お手製のお菓子。



 なんだかんだ随所に見える気遣いに、そんなだから嫌いになれないなんて思ったことは、言ってしまうとさらにめんどくさいことになりそうなので、心の奥底に封印しておこうと思った。

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