戦士に名も無き花束を
「だからぁ……わたしだってぇ!!」
ちょっと後。大通りから離れて、ちょっとだけ裏道に入ったところ。
貸し切りで開いてくれた気のいいマスターがグラスとお皿をきゅっきゅと拭く中で、集まったのは深層ハンターの一部。
配信は切った。なにがなんでも切った。会場からも逃げ出した。
というか元々こっちの予定の方が先に入っていたのだ。私悪くない。逃げてない。
「まあまあ……あ、二宮さんお水ください」
「むぐっ──むうぅ…………」
ユイに水を流し込まれる。別に口移しとかじゃない。
急にグラスを当てられて、口がぐっとなっただけだ。ぐっと。
「銀次郎でええで~。なんなら銀ちゃんでもええからなぁ」
糸目のせいで胡散臭くなっている銀の笑み。口角もしっかり上がって、お手本のような笑顔なのに、お手本のような胡散臭い笑みになっている。
こんな顔しつつ、中身はお人好しの世話焼きさんなんだから、人は見かけによらないものだ。
銀の場合はそれすらも怪しまれてしまう。糸目ってかわいそう。
「じゃあ銀さんで────」
「それは許されへんな。イメージってもんがあるんやわ~」
なんか二人で話してる。
ちょっとユイを取られた気分。別に私のではないんだけど。
「ねぇきいてる~」
「おお聞いとる聞いとる。なんやっけ?空から魚が落ってくる話やっけか?」
「ち~が~う~!私だってがんばったの~!」
ぽかすか。銀の腹を叩いてみれば、そんな音が鳴った。
きっとダメージは無い。身体強化していないハンターの身体能力なんて、精々超人どまりだ。
耐久力の高い銀なら、多少ばかり強化した拳でもノーダメージだろう。
「あらあら~随分飲んだみたいねぇ……」
「おおひなた、もう来たんか」
ごくごく。
ワインが美味しい。
「割と早く片付いてね~……んで?そちらのお姫様は随分とご乱心のようね?」
「シアの嬢ちゃん、音頭で盛大にかましたんやわ。ってこりゃもう衆知か?」
「ネットニュースになってるわよ?都市伝説が実在していたーって」
「都市伝説扱いかいな。まあわからんでもないけども。噛んだことは?」
「そっちもそのうちなるんじゃないかしら?切り抜き動画は上がってるわよ」
もぐもぐ。
ローストビーフが美味しい。
「んで?そっちのかわいい子がユイちゃん?」
「え?あ、は、はい!ユイです!」
「見どころあるルーキーって話だけど……あぁ姫が気に入るわけね」
すんすん。
ムニエルが良い匂い。
「近接もできる。魔術だって才能はありそうね。適性は炎で、得意なのは補助強化系魔術。戦闘スタイルは武装強化からの近接戦闘の魔剣士スタイル……ってところかしら?」
「すご……なんでわかったんですか?」
「女の勘ってやつね。いい女ってのは、秘密がつきものなのよ」
「いい女は自称するもんやないで」
「あら、少なくともネットではそうみたいよ?」
「魔術馬鹿の火力馬鹿が何言うとるねん。自分の悪評にも目ぇ向けやなあかんやろ」
ぱくぱく
ムニエルが美味しい。
「ますたぁ、むぅる貝」
「来ましたよ~!ってうわっ!?シアっちのカタカナがひらがなに!?」
「どんな表現やねん……いやまぁ的確やな」
「完全に酔っぱらってるわねぇ……あ、私にもムール貝の酒蒸しお願いします」
「生姜焼き頼むわ~!生もよろしゅうな!」
「じゃあ私は照り焼き、同じく生ビールで!」
「あ、パンケーキお願いします。ホットココアで」
わいわいと注文。
ユイはお酒が飲めないから、ココアを頼んでいるみたいだった。
ただ単純に甘いものが食べたくて飲みたかっただけかもだけど。
「あんたたち居酒屋じゃないんだから、もっとこう……他の物頼めないの?」
「なんやと~?どこで食っても生姜焼きはうまいやろが」
「そうですよ!なに小洒落たもの頼んでんすか!最初はとりあえず生でしょ!」
「その感覚が居酒屋だって言ってんのよ!」
わいわい。がやがや。
ひなたさんやふわりさんも来て、さらに賑やかになる店内。
貸し切りなので、多少騒いでも問題なし。マスターには許可を取っている。
「お好きなものをお召し上がりください。大体なんでも作れますよ」
「ほ~らマスターもこう言っとるわ!とん平焼き頼むわ!」
「じゃあ私はかに玉!中華あんもお願いします!」
「とんかつ。二人分。日本酒もお願い」
「あんたたちはほんとに……焼き魚お願いします。あと日本酒も」
「私コーンスープお願いします。あつあつで大丈夫です」
銀から始まって、ふわりさん、私、ひなたさん、ユイの順番で注文の嵐。
みんなバラバラで、ちょっと作るの大変化もなんて思ったら、いろんなものが宙に浮き始めた。
魔術を行使している感覚。それもかなり上位の。
でも星属性の魔術でこんなのは、見たことがない。
そもそも星属性自体がかなり希少だが、それでもある程度ユニットへの知識はある方だ。
こんな魔術、見たことがない。正真正銘、聞いたこともない。
「マスター、それ」
「いい男には、秘密はつきものなのです」
魔術馬鹿のひなたさんも同じことを思たのか、マスターの魔術に対してひなたさんから声がかかる。
きっと、ひなたさんは私の疑問以上に踏み込んだ言葉をかけるつもりだったのだろう。
そんなひなたさんの声を遮るようにして、マスターの言葉がかぶさった。
私たちだって、こんなわいわいと騒いじゃいるが、それなりにいろんな場所を渡り歩いて、いろんな相手と関わって、いろんな修羅場を潜り抜けてきた深層ハンターだ。
隠したいこと、隠さなきゃいけないことを抱えた人間となんて、たくさんたくさん関わってきた。
このマスターからは、同じ香りがする。
世に出せない秘密を抱えた、抱えてしまった人間が醸し出す、そんな香りだ。
「んや~にしても随分やっばい災害やったなぁ」
銀が真っ先に声を上げる。
わざとらしさはないけれど、でもマスターの意を汲んで話の流れを変えた、そんな感じだった。
こういう時、銀は凄く気が利く。場の雰囲気をコントロールする力は、多分深層ハンターの中では一番だと思う。
クラン“花鳥風月”のリーダーをやっているのも、こういうところに人が集まった結果なのだろう。
「でも、だれも死ななかったみたいっすよ」
「みなさん、頑張ってましたから……」
「それを言うなら、あなたが一番頑張ってたと思うわよ?」
ふわりさん、続いてユイ、ひなたさん。
「ゆいの探知が無かったら、まな探知機ができるまでにたくさん人が死んだ」
「あっはは!シアっちほんとに酔ってるっすねぇ。カタカナがひらがなっすよ!」
ずいっと、私の口元に押し付けられるお水。
チェイサーってことだろうか。別にこの程度じゃ飲みすぎにも入らない程度なのだが。
まあでも、飲んでおくのに越したことはないだろう。
自然治癒力活性化アンプルとか治癒魔術とかは、基本的に人体の自然治癒能力をマナによって活性化させる都合上、アルコールや毒に使ったりすると一気にそれが体内に回って逆効果になる。
「それ言ったらシアの嬢ちゃんもようやったなぁ……あれ十二層級やったんやろ?」
「あいつ、弱かった。いや強かったけど、ノってる私の敵じゃない」
「あぁ、かわいそうに……入った嬢ちゃん相手とか怖くて考えただけで震えるわ」
こくこくと、ふわりさん。
この中じゃ、私とガチで模擬戦をやったのは、銀とふわりさんだけだったか。
仮想世界では動きにちょっと違和感があって、深層ハンターの訓練には、あの世界はちょっと耐えられない。
シュミレーションソフトじゃないとなると、訓練場とかになるのだが。
ひなたさんとの戦闘は、施設でやってられない。壊れる。建物が。
「私も戦いたかったわ……いやでも近接戦は嫌ね」
「そもそもひなたは市街戦に回してもらえへんやろ」
「ひなたさんは、その……高火力ですから」
そうやってひなたさんのフォローをするのは、ユイ。
どうやらひなたさんのことは知っているらしい。配信者としても強いので、そこからだろうか。
と、そこからいろんなことに話が派生して。
時間も忘れて話していたら、目の前に置かれたのは、作りたての料理。
包丁とか空中に浮かせながら調理していたものが、全部出来上がったらしい。
「お、来たな?」
「美味しそうっすねぇ……シアっちなんでここ教えてくれなかったんっすか」
「別に。用がなかったから連絡してなかった」
「用が無くても友達から連絡が来たら嬉しいものよ~」
「友達……みんなとは、私は違うから」
みんなみたいにいい人と、友達になっていいとは思えなくて。
そんな資格は、自分にはないと思っていて。
「違ってても友情って作れると思いますよ、私」
そんな私にかけられるのは、ユイの言葉。
「だって私、二層ハンターですから。シアさんの理屈なら、十二層のみなさんと友達になんてなれません。シアさんは私のこと、友達だとは思ってくれませんか?」
なんて、言われて。
零れて頬を伝ったのは、なんなのだろう。
こんな気持ちで流すこれを、私は知らない。
「あーユイちゃんシアっち泣かせたっすね!!」
「あらあら、私たちのお姫様を泣かすなんて。お仕置きが必要かしら?」
「悪い子やなぁ女の子泣かすなんて。こりゃ大変なことやでー」
「ちょ、私悪いことしましたっ!?むしろいいこと言いませんでした!?なんならちょっと私恥ずかしくすらあったんですけど!?」
ずっと、わいわい、がやがや。
少し空いた窓から吹いた風が私たちの間を通っていく。
銀の食器の中に、明けない夜に静かに灯った光が映る。
唯々笑う、四人の姿。その中に、私の姿も。
手元にあったお酒を、とにかく体の中に入れる。
口の中に、頼んだムール貝の酒蒸しを詰める。
口の中に、味が広がっていく。
止まらないものを止めたくて。溢れそうなものをとどめるために。
見下ろした先の、料理に手を付ける。
「マスター。色々しょっぱい」
完璧に見えたマスターの料理がしょっぱいのは、きっと視界を歪ませているこれのせいだったのだろう。
窓の外の明かりが、今はただ澄み渡って見えた。




