かんしゃぱい!!!!
実は私、こんな感じのコメディが好きなんです。
かわいくて、癒されて、ほのぼので、楽しくて。
そんなコメディが、書きたかったはずなんです。書きたかったはず、なんですけどねぇ。
間違っている。この世界は間違っている。本当に、切実に、間違っている。
あんなにしんみりとしていたじゃないか。沈みゆく夕陽を見ながら、多少私の過去を語って、それで私は別に凄い人じゃないんだよって大量にいるリスナーに言って聞かせて。
なんだかんだ乗り越えた竜災の後のお祭りを、ひっそりとそれなりに私服で楽しんで、夜通し騒ぐこの街の喧騒から一日だけ離れて、ルクセントに構えた自宅でゆっくりと休む予定だったのに。
それなのに、それなのに……。
「というわけでッ!今回の竜災攻略のMVPに登場してもらいましょうッ!数多の戦場を駆け、その名を轟かせながらも!ハンターズリンクを探そうがSNSを探そうがまっっっっったく姿を追うことができなかった幻のハンター!“銀狼”ことシアさんです!!!!」
「うららさんうららさん、言葉飾りす──」
「銀狼こと!!シアさんです!!!!」
「あの、話を────」
「登場ッ!!してッ!!もらいましょうッ!!!!」
鳴りやまない大歓声。うるさい。耳壊れる。
なんだこの世界。間違っている。どこだこの世界線。本当にどこだ。
もっとこう、なんというか。
結構真面目で、危機が迫ってて、そんな中で基本の応用を思考して組み立てていく、みたいな。
そんな感じじゃなかったっけ。
なんだ、この。見たことない、こんなに声大きい人。
耳が震える。痛い。凄く痛い。
人が多い。視線を感じる。なんか豪華なカーテンの向こうから突き刺さる視線が、とにかく本当に痛すぎる。
:なんか、凄いことになってるね
:同接数見たことない
:おかしい。昨日は35だったのに
:いまや同接六桁も見えてるよ……
:配信タイトルは#2755なのにね
:初見だけどやる気なさすぎんだろ……
:かわいい子
:見たら忘れない外見してるのに、なんで見つかってなかったのかね?
:SNSやってないから……
:この子現代人だとは思えないほどネット離れしてて……
:ねえなんでこんな縮こまってわたわたしてんの?
:ただでさえちっこいのに猶更小さく見えるな
:そりゃコミュ障やから
:この子ちょっと人という存在自体にトラウマが……
:ちょっとばかり重い過去があるのよ
:まさかシアの過去を知らない人がリスナーに溢れるとは
:銀狼ちゃんのチャンネル知らないけど過去は知ってる者もいます
:なんで過去知っててチャンネル知らないねん
:なんだかんだ定着したリスナーは古参にひそかに教えてもらってたからな……
:あ、顔青くなってる
:これは緊張してます。覚悟決めました
:フォルティアからずっと深層レベルと連戦してたんだよね……?
:強いけど対人と社会性はよわよわなのよ
:────────
:────
:──
コメントが、速い……!意識すれば全部読めるけど、無理……!
見たことない速さ。ザミエルよりも体感速く見える。
なんだこれなんだこれ、私全く知らない。
そもそもこんなコメントが流れることすら想定外だ。
っていうかなんだ同接六桁弱って。初めて聞いた数字すぎる。
多い時ですら同接五十を超えないひよっこ配信者に何を求めているというのだ。
情報と人の声の代弁に私の脳が破壊される。死ぬ。人に溺れ死ぬ。
いや待て死ぬな。流石にそんな死因じゃ天国のみんなに突き飛ばされる。
流石にハンター。戦って死にたい。いやこれもある意味戦いな気がしてきたけど。
「戦いなら、ここで死んでもいっかぁ……」
「ちょちょちょ何言ってんすかシアさん!?」
器用にマイクをオフにしたうららさんが、私の発言にツッコミを入れる。
コメ欄も騒然だ。やっぱり人に溺れ死のうかな。
死因:溺死。ならばいいだろう。何に溺れたか書かなければ、立派な事故死として判断されるかもしれない。
:やめろ死ぬな!お前は強い!
:さてはこの子トンチキだな?
:こんなシアちゃんがまた見れるなんておじさん嬉しいよ……初見です
:いやでも珍しい。こんなにわかりやすいシアは本当に珍しい
:マジで顔青いけど大丈夫?
:大丈夫。シアならちゃんとやりきる
:やると言ったらやるのがこの子だから
「ふぅ……ふぅ……三途が見える、でも私泳げない。よし生きた。ギリセーフ」
呼吸を整えて、コメ欄を見……ない。
もう決めた。見たら死ぬので見ない。人の声に溺れるよりも、人の歓声に溺れる方が幾分かマシだ。なんかその方が凄い人感が出る。
いや別に凄い人じゃないし、そう呼ばれる資格なんてないんだけど。
とにかく、覚悟を決めた。今決めた。最後の晩餐は屋台の竜肉揚げ五本になるけど、それでも別に悪くはない。美味しかった。
悔いしかない人生だけど、傷しかない道だったけど、それでも私は生きた。
大歓声と視線と拍手に溺れて、死のう。
:ザミエルの時より真剣な顔してる……
:今の真剣な顔見てやっと同一人物だと理解した
:なお理由
コメントが視界に入ってしまう。
仕方ないだろう。生物というのは激しいうごきをするものが視界にあったなら、自然とそれに注意してしまうものなのだから。
戦闘態勢でもない私は、ただの一人の人間なのだ。
「あれ~?おかしいな……カーテンが開かないぞ~?」
マイクを付けたうららさんが、わざとらしくそう言葉にする。
私がスイッチを押せないからなかなかカーテンが開かないのを、機材のトラブルだとして片付けようとしてくれているみたいだ。
ごめんなさい、本当に……。
少なくとも、六桁人弱には本当の原因がバレてるんです……!!
ぐっと拳を握って、うららさんに視線を送る。
流石たくさんのイベントでMCを務めてきた盛り上げ担当らしく、そうすれば私の意図はすぐに伝わったようだった。
剝がれかけてるクールキャラも、何とか取り戻す。別に意識してキャラ作ってるわけじゃなくて、ただ単にいつもの私に戻るってだけ。
「どうやら直ったみたいなので、改めてご登場してもらいましょう!!燐光纏いし氷の姫君!!戦場の妖精!!舞い降りる白の光!!幻影六花!!そしてやはり!ダンジョン都市伝説の一つとも言われた幻の銀狼!!シアさんです!!!!」
「うららさんうららさん、なんか増えて──」
光が、差し込んだ。
同時にカーテンの隙間から私に届く、熱狂。
当然私の小さな小さな声なんて掻き消されて、否応なしにステージ上。
即席のステージだというのに、パッと私に当たるのは、眩しい、あまりにも眩しいスポットライト。
強い光は私の白い髪や肌、装備に反射して。
暗い夜空の下、集まった人たちは当然のごとくこのステージの前に大集合していて、眼下に見えるのはまるで戴冠式とも思えるほどの、人の群れ。群衆。
遮るものなんて何もない。ドストレート真正面の視線たちが、照らされた私の下へと降り注ぐ。
歓声。視線。拍手。
どれも私の想像以上。だけど一度踏み出した足を、もう戻すことはできない。
こんなに期待されてる舞台で、立派に踊れる自信なんてない。
でも、立派じゃなくたって、最初から踊らないよりは何百倍、何千倍もマシだろうから。
それくらいの使命感や気概なら、ちっさくて何もできない私にも持てるから。
それに、期待されて、ちょっとばかり嬉しく思ったから。
うららかうららさん……舞台のふいごと呼ばれる彼女から渡されたバトンを、手を伸ばす前から地面に落としたくなんて、ない。
こんな私にもできることがちょっとでもあるのなら、とことんまでやり尽くして、その後に倒れて笑ってやる……!
:すっごい覚悟決めてるけど、ただの乾杯宣言だよね?
:言うな。折角人前でしゃべる気になってるんだから
:人前で喋るために十二層級の魔物と戦うレベルの覚悟が必要な女
う る さ い 。
そんなことわかってるんだ。流石にこのレベルは緊張すると思うけど、普通の人ならそんな死地に向かうような覚悟じゃなくてもいいのは知ってるんだ。
でも私にとっては、超高難易度の救援要請だとか、無理ゲー極まってた十一層攻略作戦レベルの死地なのだ。
頑張る。私、頑張る……!
手渡されていたマイクを握る。
その所作で、一滴の雫の音すらも聞こえるような静けさが、会場に訪れる。
静寂。祭りに賑わうこの街で、戦火から続く喧騒が、全て掻き消える。
「初めまして」
そんな静寂の白の中、色を垂らすのは私の声。
マイクに通った私の声は、スピーカーを通して会場全体に広がっていく。
どこまでも、静かな声。若干かすれてすらいる、私の声。
かつてクランメンバーにひたすら褒められた、そんな声。
メンバーを失った私が、唯一誇れる、誇らないといけない、そんなもの。
「たくさん褒めてくれて、ありがとござます」
ちょっと噛んだ。許容範囲。焦ってしまった。
ブレスのタイミングで、ちょっと落ち着く。
「私も頑張りました。でも、きっと竜さいを乗り越えられたのは、みなさんのおかげだとおもます!」
竜災と思いますもちょっと噛んだけど、まだ許容範囲。多分バレてない。
この次だ。次さえ乗り切れば、私の出番はひとまず終わる……!
左手に、マイクを握りなおす。
そして右手。運ばれたワゴンの上に乗ったグラスを手に持つ。
そこに注がれる、真っ赤な真っ赤な高そうなワイン。飲みたい。けど我慢。
「みんなで乗り越えた竜さいを!みんなでつかみとった勝利を!」
右手のグラスを、胸の前に。
大丈夫。大丈夫。私ならできる。
「ともに祝い、みりゃーへつなげるために!かんしゃ……じゃなくて、かんぱい……?あぇ、か、かんしゃぱい!!違う乾杯!!!!」
静寂。クスりという、火種。
堰を切った流れは、止まらない。
白紙に落ちた黒は、鮮明に、明確に、燦々と。
会場に響く笑いの渦の真っただ中、グラスを天高く掲げながら、実感するのは久しく覚えていなかった、顔の熱さ。
「違う……違うこんなはずじゃ…………」
それすらもマイクに拾われて、会場全体に広がる声。
背中に何かが伝っていく感覚。熱い顔を何かが伝っていく感覚。
掲げられたグラスの中の赤い液体は、私の声以上に揺れていた。
戦いの後には癒し。決まってるよなァ???




