戦火過ぎ去り陽は昇り
『それで最後だ、白織』
「ん~」
:あっさりやね
:そりゃ八層レベルじゃね
:単独で十二層地帯主級の魔物倒した人だし
変わらず同接は多いまま。
私の配信力、コミュニケーション能力の低さゆえに、二万六千から数字はだいぶ減って、でも決して少ないなんてことは全く言えない二万三千へ。
多い。ちょっと人が多すぎる。常連のコメントが頼みの綱なのに、そのコメントが一瞬で流れていってしまう。
知覚に対して効果を及ぼす“|夜闇秘めし割符の蒼玉《フェイタル=サファイア》”は、脳に対して直接情報を送って視界にコメント欄を表示しているコネクタの仕様上、効果はない。
そんなことにあの瞳を使うなと言われればそれまでだけど。
なんてどうでもいいことを考えながら、振るった天白は正確に竜の首に吸われていく。
右目の方を薄ら開けてみれば、倒れた竜の体。
「よいしょ」
:あの、見た感じ凄い重そうなんですが
:稚竜っぽいから推定七百キロくらいかな?
:スピードの代わりにパワーがあってその代わりにマナ効率が規格外の人
:弱点どこだよ
:方向音痴。口下手。お酒買うのに毎回年確されるところ
「…………」
ふよふよと私の周囲を飛んでいるドローン。
そのカメラに向けて、じっと視線を向けてみる。
「ID、覚えたから」
なんてことを言ってみれば、コメントに流れるのは怯えの声。
そんなみんなの声が、いつもとそう変わらない感じがして、竜種の大侵攻なんてもの最初からなかったみたいなそんな雰囲気が、心地いい。
ふと見れば、夜が明けて夕暮れの朱に染まったダンジョンの綺麗な空。
時刻は午後五時三十分。特殊なマナの影響で訪れていたらしい夜は、竜種を殲滅した今ようやく明けた。
と言っても、もうちょっとしたらまた夜になるのだが。
しかしまあ、暗い夜じゃない。
戦いに勝ったロロテアの市民たちが、ひたすらに夜通し食べて飲んで遊んでの、騒ぎっぱなしの明るい夜だ。
「────……ふぅ」
:疲れた?
常連から、ひとこと。
その心遣いが、どこまでも嬉しい。
「疲れた。でも嫌な疲れじゃない……全部守れたからね」
遠い西日を見ながら、少し火の匂いが残る草原に寝転がる。
頬を撫でる風が気持ちよくて、どこかぽかぽかとしながらも、日暮れの涼しさを伴った陽光が眠気を誘う。
ちょっと、頭を使いすぎた。体を使いすぎた。
あと、突然急に人が増えすぎて、今もちょっと心が落ち着かない。
そんな私でも、こんな配信でも、なんだかんだ二万人以上見ているのは、それだけ物好きが多いのか。
それとも、私の目の届かない所で、笑って話している暇なんてないくらいに傷ついてしまった人が溢れているのか。
死者はいないと聞いた。それでも、大けがを負った人は少なくないだろう。
「強く、なんないと」
:十分強いでしょ
:現状のハンターで最強格なんだけど
:ソロ専で十二層まで行ってるんだから強すぎるレベルなんだけどね
:守れないから?
常連のコメントが目に留まる。古参も古参。最初から私《《たち》》のことを見てくれていて、今もずっと私の配信に来てくれている人だ。
「男爵さん……そうだね、守れないから。守りたいから。強くないと、大切な人も物も場所も、なにも守れないから、かな」
惰性だ。私が何かを守ろうとしているのは、惰性。
託されてしまったから。それだけだ。
残されてしまったから。それだけだ。
これ以上何かを失う辛さを味わう人を減らしたいとか。
誰かの大切なものを守って、当たり前の幸せを手に掴み続けて欲しいとか。
そんな言葉も並べてみるけれど。
結局、私が何かを守るために頑張るのは、徹底的な自己満足と、贖罪と、惰性だ。
守れなかった私でも、何も取りこぼさずに守り続ければ、許されるかもしれない。
自分を追い込んでさえいれば、天国の仲間たちは優しくしてくれるかもしれない。
これ以外に道が見えないから、闇雲に無我夢中に走っているだけ。
『とにかく生きろ』なんて、そんな言葉を信じられず。
死に場所を求めて、ひたすらにハンターとして活動しているだけ。
死にたかったのに、偶然生き残り続けた私は、そのたびに強くなっていって、結局いつまでも死ねないままに最前線まで駆け抜けてしまった。
死ねないから、とりあえず人を助けているだけ。
助けた人からの感謝が嬉しくて。
ただ独りだけ生き残ってしまったなんて自分を呪いながらも、それでも嬉しいという感情は捨てられずに、またありがとうって言われたいだなんて思ってしまって。
中途半端に自暴自棄になり切れない、どっちつかずのままの子供。
失うことを怖がってるだけの、小さくて臆病な少女のままだ。
「いいじゃないですか。それで救われる人がいるなら」
常連にすら語ったことがないことを、遠く西日のサンチマンタリスムに影響されたのか、ぽつりぽつりと口から零すこと、少し。
ざくざくと土を踏む足音を響かせながら、私に声をかけたのは、ユイ。
「怪我、大丈夫なの?」
「シアさんがギリギリで来てくれたので、治癒魔術でほとんど治りました!シアさんの治癒魔術でそもそも回復してたのも大きかったみたいですよ」
「そっか」
なら、よかった。
怪我がないのも、私が誰かの役に立てたのも、どちらも。
「シアさん、やっぱり失うことの辛さを知ってる人でしたか」
「……?」
「私、人の“色”がなんとなくわかるんですよ。マナ特性らしいです」
色。共感覚みたいなものだろうか。
内心や過去まである程度読めるのだとしたら、なかなかに凄い特性だ。
そういえば、襲撃から一時間くらいの準備が整っていない期間は、ユイが大活躍だったと聞いた。
索敵でもやっていたのだろう。
「私は、どんな色?」
「怒らないでくださいね……?」
「怒んないよ」
「なんと、くすんだ青色です!幸薄い人が大体この色ですね!」
「くすみ……幸薄……」
:う~んこれは
:ユイちゃんクリーンヒットやめてあげて
:あまりにも的確にシアの事を表す色すぎる
「……今度ケーキ奢り」
「怒んないって言ったじゃないですかぁ!」
「怒ってない。救助に対する正当な報酬。命かけたんだから安いくらい」
「大して苦戦するような相手じゃなかったらしいじゃないですか」
「それはそれ。これはこれ。あれはあれ」
「どれがどれなんです……?」
「それが竜の強さ。これが報酬の話。あれがケーキ」
「よくわかんない人ですねぇ本当に……」
なんだか、ぽかぽかする。
随分と、懐かしい感覚だ。
寂しい。
「今、黄色になった瞬間青色になりました。勝手に思い出して勝手に傷つくのやめてもらえます……?」
バレた。ユイの感応能力凄い。
おそらく感情の色が読める程度なんだろうけど、本人の観察眼も相まって、相当精度の高い読心になっている。
西日が、遠く見える双子山の奥に隠れていく。
麓にある双子池に反射していた陽光が、次第に消えていく。
朱から濃紺に染まっていく空には、いくつもの光る星々が輝き始めていた。
赤い星が、私の目に映る。
青い星に目が流れたら、視界にユイが映りこんだ。
「星、綺麗ですよね。外じゃもう、田舎なんてほとんどありませんから」
「ダンジョンくらいでしか、こんな綺麗な星は見れないからね」
流石に都心部の発展も落ち着いて、次に過疎だったりしていた地方の開発に力が入り始めたのが、今から約十五年前の事。
技術の進歩とか、魔導工学だとかの進歩によって、作業効率はものすごい現代において、十五年というのはあまりに長い時間。
もはや今の日本に、二十年ほど前に言われていた“田舎”みたいな田舎はほとんどない。
ダンジョンの中くらいしか、そういった里山の風景は無くなっている。
それに伴って、外では星も見えなくなってしまった。
と、そろそろお日様が休みだし、お月様が働きだす、そんなとき。
夜空に、ひとつ大きな華が広がった。
虹色に光る大輪の花。灯さんの魔術だろうか。
「そうそう!私シアさん呼びに来たんですよ。今回の防衛戦のMVPですからね!」
そうして、寝転ぶ私に差し出されるユイの手のひら。
そっと握れば、思ったよりも勢いよく、私の身体が引っ張られる。
「竜肉たくさんの大団円です!私が企画しました!」
元気いっぱいのユイの背に当たる、街の明かり。
煌めく光を受けたユイの姿は、どこまでも輝く黄色に見えたのだった。




