闇を裂く一筋の彗星のように➂
着信。山岡から。
「戦闘中今無理後で」
構ってられる余裕はない。用件も何も聞かず通話を切る。
ボイスチャンネルにも一瞬だけ顔を出しておこうかとも思ったが、やめた。
「いいのか?最後の会話かもしれんぞ?」
「どうせただいまって言うから。お前の魔石を手に持ってね」
「ふん。ありもしない夢を語るのはやめにすればよいものを」
「現実見えてないのはお前だよ。口だけ男」
ザミエルが私の元へと飛び込んでくる。手にはレイピア。
しかしそれはもう、大した脅威にはなりえない。
躱すだけでも不可能ではないのに、防ぐことも可能とくれば、まともに喰らうなんてことはまずあり得ない。
最初こそその速さに驚いたが、技術も何もない猪であるこいつの攻撃は、見掛け倒しのハリボテに過ぎないのだ。
力と速さに任せた、中身なんて何もない一撃。
何度も何度も何度も目にしたそれを、受けてやるほど私は弱くない。
「そろそろ学びなよ、低能」
反撃。ハイキック。
確実に、奴の顔面にクリーンヒットすると思われたそれは、しかしそうはならなかった。
「へぇ……でも悪手だね、変態」
レイピアを手放し、私の足を掴んだザミエルは、そのまま私の身体を地面にたたきつける。
受け身を取った私に、大したダメージはない。多少小石が痛いくらいか。
その程度、斬られたり貫かれたり吸われたりより、千倍マシだ。
レイピアを手放したザミエル。その向かう先は、もちろん放り投げて飛んでったレイピアの元。
私のように大量の武器を異界収納に格納しているわけではないザミエルは、あれ一本しか武器を持っていない。
だから、悪手。
奴の通る先に、氷剣を数本放つ。
それを躱すその隙に、接近。
納刀していた沫雪に手を掛け、刀にマナを通すと同時に抜刀。
鞘の中で活性化したマナを、抜刀と同時に斬撃に乗せて放つ技術。
大して強くない──それでも平均から見ればずば抜けてはいるとは思うが──私の筋力を補うための、小手先の技術。
はたしてその刃は奴の左腕を斬り落とす。
しかしザミエルはそれにかまわず、レイピアをその手に握ることを優先した。
治癒魔術を施す隙は与えない。
もう奴の動きは、さんざんこの目に焼き付けた。
もはや初見殺しの一撃だとしても、避けれる自信がある。
「遅いよ。もっと頑張ったら?」
「ッチ!人間、風情がッ!」
苦し紛れに振るわれたレイピアに当たってやるはずもなく。
空中でも自由自在に動き回れる私と、空中機動が不可能な奴との差は歴然。
スピードタイプに機動力で負ける場合に有効な待ちの戦術も、不自由極まりない空中じゃ選択肢に入れられない。
まともに動けないままに、その体に私の斬撃が刻まれていく。
斬りながら、魔術も同時に発動。
単純に氷を生成するだけでなく、奴の手足を凍らせていき、その動きを封じていく。
同時に、奴から見えない位置に氷剣を複数生成。
五本だけを一斉射出。
躱すことも防ぐこともままならないザミエルの体に、全てが突き刺さる。
そのまま蹴り飛ばして、飛んでいく奴の身体に追いついて、追い抜いて。
待ち構えた私が振るうのは、魔術で生み出した氷の大槌。
「ホームラン……ってよりはフライかな」
ザミエルの身体が、真上へと打ち上げられる。
まだまだ、逃がすつもりは毛頭ない。
リフレクタービット、なんていう魔装がある。
実体を持たない純粋はマナを跳ね返す特殊な武装で、脳神経接続技術によって空中を自由自在に飛び回る、優秀な補助武装。魔導具の一種だ。
私も当然持っている。その枚数は五枚。
同時展開された、雪の結晶を模したリフレクタービットが、奴の周囲に展開する。
ただ、これは展開するだけでは意味がない。反射する対象があってこそ、輝く魔装だ。
ホルスターにずっと収まりつつ、これまで一切使ってきてなかった二丁の銃を抜いて、即発砲。
神速の十二連射。ばら撒くように。その機動を、全て覚える。
五枚のリフレクタービットを、弾丸の先に合わせて、無秩序に跳ね返り続ける弾丸の地獄を作り出す。
ただ、実際銃型の魔装は、あまり見かけることはない。
遠距離から安全に攻撃できるという利点は存在するが、しかし構造的に、威力が上げにくいという欠点が存在しているからだ。
基本的に魔装、というよりも魔導具は、小型のドライバコアと簡易ユニットを組み込んで、供給されたマナを使用して魔術を発動させる方式で機能している。
その過程でマナが活性化して、魔術になるのだが。
よほど高価な素材を使わない限り、マナの活性化に銃身が耐えられないのだ。
そして剣や槍などは一直線にマナを通せるが、銃は様々なパーツがあり、細かくマナを流す能力が要求されてしまう。
高威力の魔術砲を撃つためには、銃身の補強の技術は必須というのも痛い。
あと、射撃後のエネルギーに関与することが難しいことも挙げられる。
リフレクタービットなんかの、反射時にエネルギーを増幅するような外部的な補助に頼らなければ、発射後に威力を上げられない。
高価で、取り回しが良くなく、そして威力を出すにはコツがいる。
それならば剣などの近接武器で攻撃する方が、よっぽど効率的。
特にマナ適応が進んだハンターの身体なら、超人的な身体能力によって、弾丸すらも凌駕する一撃を放つことも可能。
まあ、そんなところだ。
何事にも例外はいるもので、例えば灯ひなたさんとかは、二丁拳銃を嘘みたいなほどに連射していたりするけれど。
あれは例外中の例外だ。普通あんな戦い方はしようにもできない。
さておいて、戦況。
勝ちが確定した。以上。
地上で頑張って弾丸を躱し続けるザミエルは、まだ気が付いていない。
その弾丸は、威力はほとんどないただのハリボテだ。
見掛け倒しにすぎない、ただの餌でしかない。
「ねえ、魔物?」
私の言葉に、奴の怒りをはらんだ視線がこちらに向かう。
一瞬、足が止まる。その一瞬が、命取り。
「なっ!?くそっ!何を!」
ザミエルの身体を、氷の鎖が縛り上げた。
片腕のみの奴では、これを破ることはできない。
冥途の土産だ。自分が何に殺されたのか、その目に焼き付けさせてやる。
奴の視界の外に置いてあった、千を超える氷剣を、発射待機に。
それを見たザミエルの顔が、段々とひきつっていく。
これを発動しながらの近接戦闘が厳しかったので、足止めには遠距離での攻撃をさせてもらった。
騙し討ちだ。魔人よ、卑怯とは言うまいな。
「チェックメイト、だね」
「待てッ!何が欲しい!?これを解除す──」
「お前の魔石」
千剣、同時射出。“氷穿の応用の極致。
基礎も基礎。氷属性の適性を持つハンターなら、おそらく誰もが一番最初に手にする魔術を、ただひたすらに使い続けた先の技術だ。
絶え間なく隙間なく氷剣に貫かれ、ザミエルの命が潰える。
終わりは、案外あっけないものだった。
「どうせ見てるんでしょ。お前らも殺してあげるから、街なんか狙わずに私の事狙いなよ」
ザミエルから漏れ出ていくマナに向けて、ひとこと。
ずっと、私とザミエルの戦闘を見ていたらしい。魔人の集まりだろうか。
面白いものでもないだろうに、暇なことだ。
っと、配信。完全に忘れてた。
戦闘も終わったので、コメント欄を視界に表示する。
おかしい。あまりにおかしい。
普段私のコメント欄って言うのは、もっとこう、ゆっくりゆったり流れるものだ。
なんか、凄い速度で流れている。怖い。
おかしいだろう。普段同接三十人から四十人だぞ。
何があった。何があってこうなった。何かをやらかしたか、私。
ただ見た感じ、どちらかというと責めるものよりも賞賛が多いように感じられる。
ザミエルとの戦いに対してのものだろうか。
わたわた。おどおど。
八年ダンジョンに潜ってきて、七年半配信続けてきて、初めての経験にどうすればいいのか、心底戸惑う。
同接五桁なんて、初めての経験だ。頭がぐるぐるする。
「そうだ」
とりあえず、私にできるのはハンターとしていつも通りをするくらい。
落ち着くためにも、あとなんか現実離れした現状を忘れるためにも。
コミュニケーションから、逃げるためにも。
ハリネズミみたいになっているザミエルのもとへ、近づいていく。
手には短剣。武装はほとんど異界収納へと格納して、いつものスタイル。
:おいばかやめろやめてくれ
:流石に人型相手にやらんよね……?やらんよね……!?
魔石には、まったく傷が残らないように千剣を突き立てた。
目論見通り、傷はない。十二層級の、しかも魔人という未知の魔物の素材だ。
いつも通り、実にいつも通り、その体から魔石を得るために、短剣を突き立てる。
さながら手術みたいに。中学生の頃にやった、イカの解剖みたいに。
:やりやがった!躊躇なくやりやがった!!!!
:あの、フィルターって
:ない。諦めて配信閉じろじゃないと血まみれのシアがにっこにこで魔石を拭いてる様子を見る羽目になるぞ
:あぁ……真っ白な綺麗な髪が赤く染まっていく……
未知の魔石を傷つけずに取り出すために、集中。
いつの間にか、私の意識から配信のことは外れていく。
そこには血まみれの儚げ白髪美少女がいたという。
儚げとは……?




