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闇を裂く一筋の彗星のように②

「くっそ。数撃ちゃあたると思って……!」


「受けてはならぬと気が付いたことは褒めてやる。死ね」


 とにかく速度に特化したかのような振り。

 当てることだけ意識したそれらを避けながら、私は奴の間合いの外へと逃げるためにいろいろするのだが、しかし。


 逃してはくれない。

 外れるその瞬間に、ギリギリで詰められる。その繰り返し。


 防戦一方どころか、防がせてもくれない。

 レイピアにまとわりついたマナは、呪いの類の光を放っている。

 私の右目に映るのは、接触すれば最悪勝敗がその時点で決するという予測。


 左目の未来予測を十全に活用して、そしてこれまで八年培ってきたハンターとしての直感と予測を組み上げて。

 なんとかギリギリ、掠る寸前で回避を為す。


 随分と神経をすり減らす攻防だ。


 接触が危険と判断しているがゆえに、反撃もままならない。

 もしレイピアで受けられたら、まとわりついた呪いが発動する可能性がある。

 奴の攻撃だけがトリガーだと楽観視するのは、自殺行為にも等しい。


 真後ろ。狙いすました一撃ではない。

 死角から、とにかく連続で攻撃を私に通そうとしてくるそれを、氷穿(フロストエッジ)で空中に固定した氷によって遮る。


 防御のためなら氷精の舞踏(フェアリィダンス)の方が確実だが、しかしあれは連撃に非常に弱い。

 一回だけ衝撃を受け止めるという術式の都合上、連続で二回以上の衝撃が発生するタイプの攻撃には弱いのだ。


 一気に跳びあがる。ザミエルを空中に誘い込む。

 狙いは特にない。とにかく空中に誘い込めれば、それだけでいい。


「おいでよ。届かないかな?」


「舐めるなよ」


 ちょっと煽ればすぐ乗ってくれる。

 やはり駆け引きというのがまるでなっていない。圧倒的に技術が足りていない。

 プライドと身体能力だけは高い、幼稚で稚拙な未熟者だ。


 氷精の舞踏(フェアリィダンス)によって空中に足場を生成。

 それを蹴って、天から地への爆速ターン。着地。

 空中機動の手段がない奴は、たとえ跳べても飛ぶことはできない。


 姿勢制御だけでは、空中での回避は困難。

 踏ん張りがきかないために、防御だって容易くはない。


「“貫け”」


 キーワードを口にする。

 血穿牙などにも使っているが、詠唱法と術式法の応用だ。

 キーワードと術式の動作を紐づけしておいて、キーワードを口にしたとき、魔術演算ユニットが指定した動作を行う。


 並列して多数の術式操作を咄嗟に行うことは、いくら経験を積んでいたとしても簡単なことではない。

 私でも単純な操作程度ならそれなりに並列して操作することも可能ではあるが、本業の術師(ウィザード)レベルの術式操作をその場で組み上げろと言われれば、不可能だ。

 だから、道具に頼る。発射タイミングや角度を、あらかじめ覚えてもらい、私が行うのは精々マナを流すくらいで済むようにしておく。


 もちろん理論値をこれで出すことはできない。

 その場において最適な角度、タイミングで放つ魔術には及ばない。

 ただし七十点くらいは安定して取れる。それがこの方式の強みだ。


「謀ったな、小娘!」


「勝手にハマっただけだよ、馬鹿」


 ザミエルの四方八方から、巨大な氷の槍が迫る。

 その数十二本。まともに受ければ、流石に奴と言えど無事では済まない。


 ゆえに、防御に徹することになる。

 しかし空中での防御はままならない。


 そして巨大な氷の槍は、目くらましの効果をも齎す。

 またそれを受けるにも躱すにも、よほど熟達しているわけでもなければ、見てから回避するのが反射的な反応というものだ。

 所詮未熟者に、背中にも目をつけることはできない。


 奴のレイピアが、槍を叩く。

 しかし動きはどこまでも鈍く、また力はどこまでも弱い。

 ふんばりの効かないレイピアの刺突程度で破られるほど、やわなものは作っていない。


 殺気を放つ。奴の真後ろから。

 それに気づいた奴は、もちろんその先を見据える。

 何度だって同じ手にかけてやる。そこに私はいない。


 取れる。そう思ったが、しかし次の瞬間に飛んできたのは、奴の足。


「ぐっ……」


 随分と足癖の悪い魔人様だ。

 おかげで絶好の機会を潰されてしまった。


「やるじゃん。まぐれ?」


「馬鹿を言うな。実力だ」


「の割には、だいぶ焦ってたけどね」


 距離をとる。

 気づかれている状態では、未だに呪いっぽい雰囲気を醸し出している奴のレイピアが怖い。

 むやみに近寄るべきではない。


 戦況は膠着。以前私が不利には変わりない。

 切り札を適切なタイミングで切り、大打撃を与えていくくらいしか、打開策はない。

 あとはもうひとつだけ、生物なら確実にどんな相手でも刺さるとっておきがあるくらいか。

 なるだけ使いたいものではないが。


 異界収納の中へと手を伸ばす。

 握ったのは、一振りの太刀の柄。天白ではない。

 抜き放つと同時に、短剣を異界へと戻す。


 普段使い用に打ってもらってある、私が持つ二種類の刀の内一つだ。

 銘は“沫雪(あわゆき)”。素材にはちょっと特殊な氷を使ってある。


 正眼の構え。見据えるザミエルの姿は動かず。

 膠着。死闘の中の静寂。


 破ったのは、私の足が地を踏む音。


 下段から上段へ。もちろんそのまま受けようとするザミエルのレイピアを躱した刀身が奴の身体を狙うが、避けられる。

 そのまま反撃に繰り出された三連突きは、右左右に体をずらして回避。

 小さな隙に突き入れた刀は、奴の腹を穿つ。しかしダメージは軽微。

 刀を戻してバックステップ。向かってくるのを見越した真一文字の斬撃は、しかし寸でのところで躱された。


 三本の氷剣が、私の周囲に生み出される。

 射出。タイミングを少しだけずらして、避けにくいように放たれたそれは、奴の身体に突き刺さることはない。

 想定内だ。そもそも攪乱・誘導のためだ。


 最上段からの斬り下ろし。

 受けは間に合わないと判断したザミエルは、それを真横にズレることで回避しようとする。

 やはり戦い慣れていない。接触させれば勝なのだから、無理にでも受ければいいのに。


「───ッ!」


 漏れた息とともに、沫雪の刃が十文字を描く。

 さらに下段からの斬り上げ。そのまま斬り下ろし。

 体勢を立て直す時間は与えない。突いて、回避する先には氷の剣を放つ。


 レイピアでそれらを受けた。すぐさま続いての受けはもはや間に合わない。

 しかし少しばかり距離がある。私の間合いの外だ。


 刀を投げる。その先は、ザミエルの後ろ。

 そちらに意識を削がれた奴の懐に飛び込んだ私が放つのは、マナを纏い身体強化をフルで施した回し蹴り。

 一回転。ジャストピンポイントで届いた沫雪の柄を手に取り、体勢が崩れた奴に向けて刀を振るう。


 しかし少しだけ遅かった。あるいは、蹴りが少しだけ早かった。

 掠めた刃は、深く肉を裂くことはなく、浅くはないが深くもない傷を奴の胸元に残して振り抜かれる。


「焦った。次は斬る」


 殺意。

 胸元から血を垂れ流しながら、奴が私めがけて超速で飛び掛かってくる。

 だが、視界内に姿がある限り、私の左目が未来を見落とすことはない。見誤ることはたまにあるけれど。


 横っ飛び。最低限。

 そのまま反転。視線の先では、胸元の傷を癒すザミエルの姿。


 治癒魔術。厄介だ。たとえ致命傷でも治してくるだろうそれを使わせる時間を与えるのは、得策じゃない。一撃で葬るべきだろうか。

 それとも使う暇さえないほどの連撃で、奴の命を削り切るか。


 またも膠着。斬られたことで少し怯えが出たのかもしれない。

 痛いのは嫌だ。死線と修羅場を何度も何度も潜り抜けた私でも、それは変わらない。

 ある程度恐怖をコントロールできるようになった今でも、不用意に傷を負いたくはないのは変わらない。


 たとえ魔人だろうと、それは同じなのだろう。


 数秒か、数分か。

 集中し続けているがゆえに、遅く遅く流れていく世界が、今一体どれほどの時間を経過させたのかは、知らないけども。


「……っはは、結局一発も当たらずに時間切れじゃん。だっさ」


 奴のレイピアにまとわりついていたマナが、解け消えた。

 互いに消耗は互角。奴の総量の方が圧倒的だが、しかしマナ効率の面から、マナに関しては私の方が少しばかり優勢。


「仕切り直しだ、小娘」


「知ってる?負け惜しみって言うんだよ、それ」



 まだまだ、私たちの夜は終わらない。

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