闇を裂く一筋の彗星のように①
数日ぶりの連続投稿ってやつです。
焼けそうなほどに熱い頭と伴う頭痛を無視した私の瞳に映るのは、ブレブレではあるがしかし視認自体は不可能ではない影。
見えていれば予測は立てられる。予測が立てられれば、戦うことはできる。
殺す気で来る相手がどこを狙ってくるのかなんてのは、大抵決まっているものだ。
「受けるかッ!小娘!」
「それがお前の本性?荒っぽいんだね」
散った火花は、私の目のすぐ先。
真後ろから迫った攻撃に対処した私の短剣は、見事に奴の一撃を受け止め弾く。
丸見えだ。殺気が隠せていない。
「力任せの二流、かな」
直後、殺気。
真上から、濃密なマナの気配。バレバレだ。
何か良くない気配を纏っているそれを弾いたら、再び消える奴の姿。
しかし私に放たれる殺気は、ずっと変わらず隠しきれていない。
殺すのなら、殺すまでの過程も大事にした方がいいだろうに。
詰めが甘い。傀儡任せで、狩りに慣れていないのだろう。
ザミエルの進路の先に、ただ鋭いだけの氷を生成する。
高速で動く物体は、ただ何かにぶつかるだけで大きな衝撃を受けることになる。
無駄に趣向を凝らすよりも、こうしたシンプルなのが一番効く。
大して奴の取った選択は、回避。
しかしその回避機動があまりにもお粗末。無駄が多い。
綺麗じゃない。雑で大雑把で非効率だ。
でも、そんな相手だけど。
私が常に不利なことには、変わりない。
「っくそ。ちょこまかと!」
私のように、素の身体能力を技量で補うタイプには、二つ弱点が存在する。
ひとつが、手札に対してのメタを張られること。
そしてもうひとつが、単純なステータスのゴリ押し。
小手先の技術を踏み倒してくる相手には、めっぽう弱いのだ。
そしてザミエルという魔人は、典型的なそのタイプ。
付け入る隙なんていくらでもあるのに、こちらからの攻撃が大して効かない。そもそも速すぎてどうにかしても当たらない。当たってもダメージがほぼ皆無。
それでも、負ける気はさらさらないけれど。
「“絶対零度”!」
私を中心に、半径十メートルを範囲として氷属性のマナを炸裂させる。
当然自分のマナゆえに、私自身へのダメージは軽微。気軽に使える自爆技。
広がった霜の中にある殺気は、しかしその程度では揺らがない。
もちろんのこと生きている。この程度で倒せるような相手ではない。
「ふん。小賢しい、な!」
片腕が凍り付いたまま、私の元へと飛来するザミエル。
その手に握ったレイピアは、的確に私の心臓を貫かんと突き出されている。
しかしそれは読み通り。
刺突がメインとなるレイピアで狙いやすい急所は、もちろんのこと心臓。
そこを守っておけば、とりあえず致命傷にはなりえない。
そしてピンポイントに狙われたそこに短剣の腹を置いておけば、比較的簡単に防ぐことができる。
「しぶとい小娘だ。守りだけは一丁前のようだな」
「お前が攻めきれてないだけだよ」
反撃に、手に持った短剣をお見舞いする。
確かにクリーンヒットしたが、しかしそれは、かすり傷程度にしかならない。
固すぎるだろうその皮膚に対して、思わず私は舌を打つ。
「鏡というものを知っているか?自分の姿が映る板だぞ」
言いながら、ザミエルのレイピアが私の命を狙う。
寸で躱しながら、何発かの反撃。しかしそれらは、大したダメージにならない。
「鏡なんて見れなくしたげる」
手元に大槌を生成。
奴の顔面に向けて、氷でできた大槌を振るう。
流石にこれは当たるとまずいと判断したのか、ザミエルは私から少し距離をとった。
その隙を見逃す私では、ない。
瞳を閉じる。伸ばした手が異界にて掴んだのは、天白の柄。
この世に顕現させると同時、振り抜いた大太刀が通るのは、奴の腕があった場所。
「ぐっ……!?なんだと!?」
確実に斬った手ごたえ。
とさりと何かが地面に落ちた音。
どれだけ硬くても、天白の刃はそれを無視して通る。
防御不可の一撃。斬れば必ず斬れる刀。
斬ったという結果を、硬度や実体非実体、概念だとかなんだとかを無視して刻み付ける、私の切り札の一つ。
ただ、少し賭けに出ていた。
安定をとるのなら、奴の癖、動きを完全に記憶してから振るうべきだった。
開いた瞼の先に見えるのは、片腕を失ったザミエルの姿。
「っはは。いい気味」
私には一発で状況を打開できる切り札が山ほどある。
天白だけじゃない。私の持つ魔装たちは、そのどれもが私の選りすぐり。
素材や職人、使用する魔石なんかも選びに選んだ、私のとっておき達だ。
ただ。
「治癒魔術。使えるんだ」
「魔獣風情とは訳が違うのだよ。蒙昧な小娘にも理解できたかな」
「治癒魔術でイキってんの?四層以降のハンターなら誰でも使えるよ」
「ふん。人間とは違うのだよ。道具頼りではなく自らの技量で──」
「魔人ってのは道具に落とし込めない非効率な低能集団ってこと?」
「貴様ァ!」
この程度のじゃれあいで冷静さを忘れるなんて、案外心は弱いらしい。
それとも、魔人とやらのプライドか何かだろうか。
人間にとっては、ただ人型をした魔物に変わりはない。魔石を持っている人型生物ってだけで、何も他の魔物とは大差ないというのに。
腕の再生が終わる前に突っ込んでくるとは、相当馬鹿なようだ。
片腕だけじゃ、バランスをとるのだって大変だろうに。
実戦経験が少ないのか、それともこいつがただただ考え無しなだけなのか。
「強いのは口だけだね」
背後からの攻撃を弾く。ワンパターンすぎる。
そのままザミエルの背後に回る。
当然、突然姿をくらませた後にどこに向かうかなんて、奴も同じことをやっているのだから予想できるだろう。流石にそれができないほどの馬鹿ではない。
だから、後ろを向く。
そしてそこに、私の姿は無い。
簡単だ。
もう一度背後に回っただけ。
ただそれだけでも、一瞬一体どこに消えたのかという疑問が頭によぎればいい。
その一瞬の隙が、私たちハンターの狙い目なのだから。
「“起動”!血穿牙、“射出”ッ!」
マナドライバは動いていない。私の魔術ではない。
これは、私の持つ斧槍に仕込まれた機構による、特殊な攻撃。
生物の血を吸い生長し、その特性を模倣して使用する魔物。
“貪食の大樹”からとれるツル状の茨をふんだんに使った、生きた魔装。
あらかじめ設定した“起動”という言葉で、茨を抑えている機構のロックが解除され、最も近くにいる生物、つまり使用者の身体に巻き付いて、その血を啜る。
そして啜った血と茨に残ったマナを混ぜ合わせ、血の刃として射出する。
魔物としての特性を武器に活かした、初見殺しのハルバードだ。
使用するたびにちょっと血を失うといった代償はあるが、放たれる血の刃は、それをもって余りある破壊力を秘めている。
「“停止”」
右腕に巻き付いた茨が、段々と斧槍の元へと戻っていき、そしてただの装飾の様な状態に戻る。
背後からまともに血穿牙を受けたザミエルの身体には、深い傷が生まれて。
ない。
ザミエルの姿がない。
殺気。回避。
「油断したな、小娘」
「がっ……ぅ」
ギリギリ心臓を避けた。
鳩尾のあたりから、レイピアの刃が突き出ている。
臓器を貫かれた、そんな感覚。
ただ、肺も心臓も、重要な器官は守った。
痛みで少し視界がゆがむ。ぼやける。
目に溜まっているのは、涙か。
そのままレイピアを無理やり引き抜くようにして、前に跳ぶ。
空中にあるままに、雪月花にて傷を治療。アンプルは使わない。
「ふむ……やはりしぶといな」
「っはは。褒めてあげるよ、私に一撃入れたこと」
「羽虫に褒められたところで、嬉しくはないな」
「一番人を殺してるのって、その羽虫なんだけどね」
「そうか、人は脆弱だな」
氷穿にて、氷剣を五本放つ。
あくまで牽制。治癒が終わるまでの、時間稼ぎだ。
効果はあるみたいなので、さらに連続して放ち続ける。
しかし流石にそれだけでは止められない。
肉薄したザミエルは、そのレイピアを構える。
嫌な予感。
受けずに躱したそれは、空を斬った。
「気づいたか」
ただの直感だ。受ければ確実に、何かが私を襲っていた。
どうやらそれは正しかったようで、ザミエルが舌を打つ。
そうこうしているうちに、腹の傷口が塞がる。
刺突による傷口は、あまり大きくないためにダメージに対して治癒にかかる時間が少ないのが救いか。
何度も受けたいかと言えば、絶対に嫌だけれど。
迫る三連撃。
そのすべてを躱して、そのままバックステップ。
先ほどよりも、攻めが苛烈になっている。
まるで早く決め切りたいと言うかのように。
まったく急所を狙わなくなった攻撃が、いくつも私を襲う。
どこだっていいと言うように振るわれるそれは、もはや下手な鉄砲。
数を撃つことばかりを意識した連撃は、察するには十分というもので。
レイピアにまとわりついた、異質に変質したマナを見れば、確信に変わる。
一撃でも当たれば、私の敗北が確定する。
そんな戦いが、この瞬間始まったのだった。




