見えなかったもの、見せてもらえなかったもの
「ごめん。待たせた」
いつかのように、傷だらけのユイを抱きとめる。
治療魔術を施して、建物の陰に。
私の姿に安心してくれたのか、糸が切れたかのように意識を手放そうとする彼女が、その寸前に、ひとこと。
「あとは、任せます」
増す重み。完全に意識を手放してしまったらしい。
今はゆっくりと、静かにはできないかもだけど、寝ていてもらおう。
目が覚めたら、災害を乗り越えたロロテアで大団円だ。
だから、もっともっと頑張らないと。
周囲を見る。
ここも、かなりの損傷だ。
建物は崩れてて、火は立ち上ってて。
それでも、誰も死んでいない。逃げていく三つのマナの反応は、ユイが私が来るまで守り抜いた、子供たちのものだろう。
本当に、よくやってくれた。
本当に、よくもやってくれた。
目の前の黒竜は、先ほど私とやり合った奴。
私の不注意で、取り逃してしまった奴。
あの時私がもっと強ければ、誰かがこんな窮地に陥ることもなかった。
「もっと、強くならないと」
そのために。今からさらに上へと昇る、その足掛かりに。
高く高く飛ぶための、踏み台に。
「だから、死んで」
:ひぇ
:こ~れ本気です
:いや今までも本気ではあるけども
コメント欄。そういえば視界に映りっぱなしだった。
どうせ戦闘中は見ることもないだろう。不意に注意を削がれる可能性があるのなら、一旦非表示にしてしまおうか。
“極光秘めし御守の藍玉”、右目にマナを流す。
“夜闇秘めし割符の蒼玉”、左目にマナを流す。
マナ循環は好調。精度良し、効率良し、出力良し。
万全だ。いつも以上に調子がいい。
だけど、まだ上限を叩いていない。私の最大値に、届いていない。
魂の奥底で、大輪の花が開く感覚。
つぼみが花開き、咲き誇るような、そんな感覚。
火事場の馬鹿力に似たあれを、意図的に使いこなせるようになれば、もっと高く。
「無理、か」
集中してみるけども、一向にあれが訪れる気配は無し。
一旦、戦うしかない。
正直、目の前の飛竜は、脅威には値しない。私の命に届く存在かと問われれば、即答でノーと答えることができるくらいには、あまり強くはない魔物だ。
確かに内包するマナは莫大。そして身体強度も私が戦ってきた竜の中じゃ上位に入るだろう。
ただ、相性的な問題もあるが、私にそれらは通用しない。
ただの、消化試合だ。街を守りながら、人を守りながら、ただただ竜を倒すだけ。
いつものパイル。そのまま連撃。
からの大鎌による四連撃。つまりは二十四連撃。
まだまだ攻め立てる。続くのは氷剣の嵐。その数五百七十。ほとんど制御なんてせずに、ただただ飛ばすだけでも、身体が大きいために面白いくらいに当たってくれる。
反撃は見えている。爪での攻撃は、そのまま弾いて体勢を崩して、小粒の反撃。
からのもう一度パイル。突き刺さった氷剣を爆破させ、霜を散布。
視界不良の中、しかし私の右目は、莫大なマナを放つ奴の姿を見失うことはなく、上から大槌での一撃。それを投擲してさらに追撃。
両手が開いた私が握るのは、星獣の隕鉄槌。
重すぎて振ることができない大槌を降った私は、勢いそのままに氷の足場を踏んで、さらに連撃。
まるで渦巻く風のように、私を中心に短剣による斬撃の嵐が飛竜を襲う。
反撃。もはやこいつの動きは、全て見えている。
瞳を閉じて、天白を抜く。
居合、からの斬り返し。
下段から上段へ、逆袈裟からの、最上段からの振り下ろし。
踏み込んで、そのまま地から天へと突き上げるように、飛竜の腹を裂く。
呼吸音。薄ら開いた右目に映る、炎属性のマナの光。
「させない」
天白から手を離す。そのまま異界収納へと格納。
飛び上がった私は、反転しながら飛竜の顎に蹴りを放つ。
サマーソルトキックってやつだ。見事に決まった。
「冬眠しな。トカゲ」
空中にある私の身体。
氷の足場は出さない。その必要性が無いと判断したから。
私が発動したのは、いつもと同じ“絶対零度”。
ビーム状に成形。狙うのは、足元。
発射待機。照準して、着弾点を固定。
発射。
そのまま着地。反動は無い。なぜなら奴の背後から撃ったから。
私の目の前に浮かべた魔術陣は、ブラフのための氷のつぶてを生み出すだけの軽い軽い魔術だ。
足から首の下までを氷に包まれた飛竜は、動かない。
もう、避けることも防ぐこともできやしない。
私の不甲斐なさのせいで長引いた戦いだ。とっとと終わらせてしまわなければ。
再び瞳を閉じる。天白を抜いて、意識を研ぐ。
狙うのは、竜の首。
いくら生命力にあふれている存在だとはいえ、竜もしっかり生物だ。
首を落とされれば、もちろん死ぬ。
振り抜いたのは、一瞬。
確実に、断った。
────殺気。
「ほう……?避けるとは。流石に我が右腕を落とすだけはあるか」
おかしいだろう。確実におかしいだろう。
私は今、藍玉だけじゃなく蒼玉も発動している状態だ。
それを、背後からとはいえぶっちぎってのスピードで攻撃してくるなんて。
「誰」
「我としては初対面ではないのだがな。流石にわからんか。ザミエルだ。久しぶりだな、氷の令嬢」
観察する。ちょっとでも多くの情報を、今のうちに。
そのうちに、どんどんと信じがたい事実が私の目の前に浮かび上がってくる。
体の一部に、集積したようなマナの気配。結晶化、というか実体化している。
「魔石……?お前、魔物なの?」
「魔物……あぁ、魔獣共のことか。ちょっと違うな、我は魔人。そこらの知性の無い下等生物とは隔した存在だ。一緒にするなよ」
下等生物、なんて言ってるけど。
マナの量は、先ほどの竜と大して変わってるわけではないみたいだ。
口だけか、抑えているだけなのか。
それとも、最初からあの竜、というか今まで戦ってきた魔石なしの魔物は、こいつからマナを分け与えられていただけだったのか。
いろんな仮説は立てられるが、たった一つ、言い切れることがある。
こいつは、危険だ。
間違いなく強い。災害級認定してもいい。
「おっと、随分とお転婆なご令嬢じゃないか」
「くっそ……なんで見えてるんだよ」
「我としては人間風情が我の一撃を躱したことの方が衝撃的だがな」
血のように赤いレイピアが、私の短剣二刀の攻撃を防いだ。
絶対そんな使い方するような武器じゃないだろうに。なんなんだこいつは。
「何が目的」
「精霊を感じることのできる少女がいたのでな。本来は昨日のうちに確保する予定だったのだが、お前に邪魔されてしまった」
昨日。初対面ではない。少女。
二層に五層級の魔物が出現した時から、こいつがずっと関わっていたという事か。
なんで、もっと早くにプラーミアグリズリーにも魔石が無かったことに気が付かなかった。
過去の私を殴り倒してやりたい。
「……マナなら、私も見えるけど」
「お前のそれは目の届く範囲だけだろう。その陰にいる少女は、遠く離れた位置からでも感じ取ることができる」
「ああそう。要求は」
「その少女を渡せ」
「断れば?」
「殺す。死にたくはないだろう?さあ、渡すんだ」
目に殺意が宿る。
確実に、拒否すれば殺すというのは脅しでもなんでもないだろう。
言葉の通り、こいつはユイを渡さなければ私のことを殺しに来る。
ただ。
「っは。その程度の脅しなんて、挨拶にすらならないね」
私は、色んな人に任された。
あの子の先輩として、見込みあるルーキーから、目の前の脅威を打ち倒すことを。
信頼ある深層ハンターとして、ギルドの支部長から、この街を守り抜くことを。
クラン“夜空の輝剣”の生き残りとして、仲間から、生き続けることを。
誰かを守るハンターとして、私から、大切なものを守り続けることを。
全部全部守って、五体満足で『ただいま』って言うまで。
私は、死んでなんていられない。
両目にさらにマナを流し込む。
藍玉の瞳孔が、白に。蒼玉の瞳孔が、黒に。
集中。途切れれば、死ぬ。死にたくはない。死んでなんてやらない。
「お前を殺せば、ユイも私の命も守れるんでしょ?」
「……人間風情が」
「よく言うよ、魔物風情が」
途端、私とザミエルの間に、火花が散る。
溢れんばかりの殺気。おそらく私も、同じようなものを奴にぶつけている。
「かかってこいよ、口だけの三下魔人」
私の言葉と同時、ザミエルの姿が残像となった。




