駆けずって、駆けずって
「シアです。東部戦線の臨時防壁の建築、また竜種掃討、完了しました」
コネクタを通して、ロロテアに集まった深層ハンターたちで作られたボイスチャンネルに、報告。ついでに同時に山岡にも繋いでおく。
『銀狼の嬢ちゃんか!随分と大物が来たなァ!』
『シアっち!?わぁほんとだでっかい氷壁できてるぅ……』
『おおきに助かった!これで北に専念できるちゅうもんやわ!』
『銀次さんは変わらず東担当ですよ~』
『なんでや東に竜おらんやろが!?』
『シア、助かったよ。無理しないくらいに無理して飛び回ってくれ』
『お姉さんも負けないわよ~???』
わいわい、がやがや。
なんだかんだ深層ハンターってのは、みんなみんな人がいい。
自分から話したりとか、そういうのはちょっと苦手だけど、でもこの人たちに快く迎えられるのは、嫌いじゃない。
こんな私でも、歓迎してくれる。どこか嬉しい気持ちもあって、同時に後ろめたさもちょっとだけ。
直後、西部戦線の方から上がる、巨大な青い火柱。
火が付いたみたいだ。文字通りに。
ハンターネームは灯ひなたさん。ふわふわしたお姉さんながら圧倒的高火力魔術で魔物を殲滅していく、パワー系術師だったはず。
ファンも多かったと思う。多分私の対義語。
「わあぁぁぁ……でっかい」
:いやあんたの氷壁もでっかいけども
:防壁作れとは言われてたけど、ここまでデカいの作れとは言われてないでしょ
「小さいとすぐ破られる。デカい方が頑丈」
デカくて分厚くて硬ければ、それだけ破られる可能性は低くなる。
飛竜は風属性のマナを持っている個体じゃない限りは、あまり高高度を長時間飛行することができないし、飛べばもちろん疲弊する。
だから、でっかい壁は合理的なのだ。
実際、ひなたさんもそれを思って巨大な炎の壁を作り上げたのだろうから。
私への対抗心の方が、あの人の場合大きそうではあるけれど。
流石に防衛戦で自分の感情のみで動くほど、ここに集まった深層潜りたちは能無しばかりじゃない。
「よぉ嬢ちゃん。調子どうや?元気しとるかいな?」
と、私の後ろから声をかける人が一人。
気づかなかった。私の探知網を潜り抜けてくるほどの潜伏。
それにお手本のような関西弁。
銀次さん。もとい二宮銀次郎さん。
深層ハンターの中でも特に器用で、なんでも使いこなす万能な遊撃者。
メインウェポンは腰に佩いた太刀と打刀。
袴に袖を通した糸目の人。ちなみにめっちゃ人がいい。たくさんお菓子くれる。
「元気。銀次さんは?」
「ぼちぼちやなぁ……嬢ちゃんは今からどこ行くんよ」
「多分街の中飛び回ると思う」
そう返してみれば、ちょっと意外そうな顔をしたのちに、納得の表情。
私の機動力を最大限活かすのなら、街中が最適解なことに思い至ったのだろう。
前代未聞のスタンピードということもあって、手が空いている深層ハンターのほとんどがこの街に集結しているという、これもまた前代未聞の事態になっている。
リーサルウェポンが大量に手元にある状態なのだ。
ギルドが贅沢な人員の使い方をするのも、おかしい話ではない。
「銀次さんはこのまま東の見張り?」
「そうやなぁ。お陰様でトカゲはどうにかなったけど、ずっとこのままっちゅうわけもあらへんからな。俺はこのままここで刀持って見張りやわ。さっきまで街の中おったんやけどな?」
銀次さんも銀次さんで大変みたいだ。
見張りってことは、交代するまでは全くと言っていいほど休みが無いだろう。
それはどこのハンターも同じだとは思うけど。
と、またも指示。
「ん、私行くね」
「頑張りや~。気ぃつけるんやで」
一気に跳びあがって、ロロテアを見下ろしながら、端末に視線を落とす。
場所は、北部戦線のど真ん中。
目標は地竜。土属性のマナを大量にその身に宿した竜種。
対象の強さは、推定十一層級。
氷属性のマナが、見事なまでに刺さる相手だ。
飛翔。からの爆走。
転移陣まで駆け抜けて、北部戦線に一番近い北部門横転移陣まで空間転移。
そのままの勢いでまた飛翔。
横にいた少女に凄い驚かれたけど、そんなの気にしている暇なんてない。
前線までの距離は、大体五キロくらい。
障害物も何もない空を走る際に──たまに飛んでるハンターは何人かいるけど──全力をためらう必要なんてこれっぽっちの無いが故。
存分にフルスピードで空を駆ける私の速度は、最大時速四桁にも届きうる。
しかしそんな速度で走れば、当然視界は全く機能しない。
だから、覚えたマップになんとなくで合わせる。
かくして十五秒とコンマ数秒。
全く機能しない視界の中で、駆けたその先に広がるのは、竜たちとハンターがその命を懸けて戦う最前線。
私の目標である地竜がいるのは、ここから見てちょっと西。
若干ズレたが、許容範囲だ。
「お待たせ。待った?」
「!?シアっちマジかナイスタイミング地竜お願い!」
一息に捲し立てたのは、魔装である弓を構えて戦場のハンターに援護射撃を行っていた風音ふわりさん。風属性……ではなく雷属性にマナ適性のある、攪乱が得意な射手だ。
明るく快活。あまりに軽すぎるフットワークで、色んな層域のハンターとの交流がある、根っからの陽キャというやつだろう。
ちょっとタイプは違うけど、灯さんの類義語と言ってもいいかもしれない。つまり私の対義語。
風音さんに言われるまでもなく、私はその地竜を倒すためにここに来た。
さっさと終わらせて、次の場所へと向かうとしよう。
手始めに氷剣を二十七本生成。発射待機状態にして、私が突撃。
当然、私の方を狙おうとする地竜。
地竜ってのは、物理的な攻撃が多い傾向にある竜だ。
というのも、土属性の魔術というのはちょっと特殊で、魔術の中でも特に物理に偏重した属性なのだ。
岩とか生み出したり、地面を隆起させたり、地形を操作したり。
鉄の剣を生み出して飛ばしたりだとか、まきびし飛ばしたりだとか、壁作ったりだとか。
色んな魔術があるが、大体全部質量による攻撃で、そこにマナによる攻撃力はあまり介在していない。
もちろん例外はある。治癒魔術なんかは土属性でもマナの占める割合が大きい。
余談にはなるが、土属性の魔術は質量による攻撃力や防御力が占める割合が大きいという都合上、マナ効率がいいという強みもある。
よっぽどの大魔術を行使しない限りは、マナ切れなんてことは起こらないだろう。
炎属性や風属性の適性を持っている術師からうらやましがられているのを、結構な頻度で見かける。
ちなみに氷属性はそれなりに消費量が少ない。
多少質量がある氷にマナを含ませて行使する関係で、物理攻撃力もかなり手助けになっているため、マナにあまり依存しなくても火力が出せるのだ。
氷属性なのに火力。
「ふふ」
:なんで笑った?
:最前線でくだらんこと考えてるんやろ
:昔とかもうずっとくだらんこと言ってた気がする
閑話休題。
手始めに氷剣パイルを一撃。
随分柔らかいようで、氷の大剣が地竜の腹に突き刺さる。
そのまま反動を活かして、短剣で五連撃。からの飛翔。
上から振り下ろすのは、氷の大槌。
頭にクリーンヒット。もちろんそれで死なないなら、逃す私ではない。
六つ鎌蟷螂の大鎌──いつかはこの子にも名前を付けてあげないと──を、竜の顎に突き立てる。
一撃にて六度の斬撃。連続して与えられる、六重の衝撃が、竜の顎を揺らす。
決して浅くない斬痕が残ったその顔面にさらに叩き込むのは、対竜種にて圧倒的な強さを誇る大剣。
第八層ランドマーク“竜の処刑場”地帯主、執行者エルザの持っていた呪剣をいろいろやって、私にサイズを合わせられた禍々しい大剣。
付与されているのは、“竜滅”の特性。
竜の傷口に当てると、内側から竜のマナを喰らい尽くし、その体を蝕んでいく呪われた大剣。
元となった執行者の剣にあった特性を、さらに増幅させて作り上げた逸品だ。
斬痕に向けて、一振り。
竜を蝕む大剣は、傷口から竜の血に呪いを沁み込ませていく。
動きが鈍る。
竜鱗が一気に脆くなる。
これなら、氷剣だって簡単に通る。
地竜を囲むように配置された氷剣が、二十七本同時射出。
針山になった竜は、動かない。
「終わり。次」
:はっや
:十一層級はもう戦い慣れてるんでしょ
:腕前は鈍ってないみたいで
すばやく地竜を片付けて、指示を仰ぐは山岡に。
コネクタの先で絶え間なく報告と指示が飛び交っているギルドもとい災害対策本部から察するに、状況はどんどん余裕がなくなってきているのだろうか。
このままジリ貧になってすりつぶされないように、精一杯働かなければ。
なんてぼんやり考えていたら、山岡から再び指示。
その声は、どこか張りつめていて。
『街中、第三居住区の真ん中。十二層級、炎属性の飛竜だ!』
「近くに人は?」
『市民が三人。子供。そしてハンターが一人交戦中。ハンターネームは……』
そこで一旦区切った山岡。
息を呑む彼。その先で続く本部の声。
『“Ui”……ユイ君だ』
その名を聞いた瞬間、私の足は地を蹴っていた。




