竜が飛び交う真ん中で
投稿日時ミスってたみたいですが、どうせ一章終了まではストックありますし、二章開始までは確実に更新がストップする予定ですしそのままで。
犬っころを片付けるのに、思っていた以上の時間をかけることになってしまった。
大体一時間くらい。狼型の黒い魔物が私の足止めしてみせた時間だ。
本体から離れているというのに、まったく弱体化していないのには本当に驚いた。
何度も何度も、斬っては再生し潰しては再生しの繰り返し。粘りに粘って、最期まで私のことを足止めしてみせた獣に対して、多少の敬意を払うのも、致し方ないというものだろう。
だからと言って、わざわざ埋葬する必要性は時間的に考えてもあまり感じられないが。
:この子、急いでるんだよね?
:そのはず……そのはず……
:しっかり弔ってるのはえらいかもしれない
「ちょっと、疲れた」
ノっていたとはいえ、というか今もノっているとはいえ、藍玉と蒼玉の併用だ。
もたらす情報量は、通常視界の十倍近くにも膨れ上がる。
もちろん脳が行っている処理も十倍なわけで、そりゃ頭も疲れるのは仕方ない。
体の方の疲労は、まだ全然大丈夫なのだが。
少しばかり瞳を閉じる。
そんなことをしている暇なんてないと、頭の片隅ではわかっているけれど、このまま休憩を挟まずにロロテアに向かっても、パフォーマンス激減した状態で戦うことは必至だ。
ハンターズリンクの投稿やら配信やらを見ていれば、どうやらたくさんのハンターがロロテアに集合して、防衛線を張ってくれているらしい。
映像の先に見える竜たちとの戦い。飛び交う怒号に魔術や剣戟の音。
ちょっと任せても、大丈夫かななんて。
中には知ってる顔もいる防衛線を見て、思ってしまったり。
:眠そうやね
:一時間使いっぱなしだったから……
:あの目、消耗めっちゃ激しいんでしょ?
ポーチから、ユイと一緒に行ったケーキ屋さんのケーキを取り出す。
マジックバッグの中は隔離された世界のため、時間の流れは存在しない。ゆえにこれも、買いたてそのままだ。
甘い。美味しい。
頭が溶けそう。
というか、とける。
「ん……じゅっぷん、ねる」
ポーチから取り出したふわふわの枕。
十一層に棲息する魔物、ミランジュシープの羊毛をふんだんに使った、私至高の一品の一つ。
そしてもうひとつ、ポーチから取り出したのはふかふかの淡い水色の寝袋。
これもミランジュシープの羊毛いっぱいの高級品だ。
がっつり寝るつもりはない。あくまで仮眠。
だけども、たとえ仮眠だとは言え、ちょっとでも休養の効率を上げるのならば、できる限りのことをするべきだと考えた私の、最強の睡眠環境。
結構街の外で寝るときも、この子たちにお世話になっていたりする。
アラームをセット。時刻は十分後。
コネクタで設定しているがゆえに、脳内に直接音が鳴る仕様だ。
気絶でもしていない限りは、大抵起きることができる。
逆に脳内にアラームを直接叩き込まれて、寝ていられる人間の方を見てみた今である。
とまあ、それはさておき。
激しい戦闘の後が残る窪地の真ん中で。
ふっかふかの枕と寝袋で武装した私の意識は、どんどんと闇の中に墜ちていくのであった。
*****
ロロテアを襲ったスタンピードは、それはもう酷いものであった。
上空から見ても、その惨状がわかる。
ただし、山岡に聞いたところ、いまだハンターやギルド直属の部隊に、一切の使者はいないらしい。
そしてそれは、市井にも。
竜だらけのスタンピードの中でも、ロロテアの街の人間は、強く逞しく足掻いて見せているようだ。
流石の一言に尽きる。
あと、山岡に連絡したら一瞬で応答した。まさかのワンコール以内。
とんでもない速さで私からの連絡を受け取った山岡が開口一番言ったのは、現状のロロテアの様子についてと、あとは特にひどい戦線について。
どうやらお説教よりも、先にロロテア防衛に専念することにしたようだ。
山岡の報告によると、北部と東部に、多大な損害が出ているらしい。
想定しているのとは違って、特に東部戦線は、壊滅状態にあるのだとか。
黒い飛竜が飛んでいった先、つまり北部戦線が壊滅していると思っていたが、そうでもないらしい。
なにかに寄せられているのだろうか。
さて、私にもギルドから任務が与えられた。
本来ギルドは、依頼という形でハンターに対して仕事の話を持ち掛ける。しかし今回は別で、任務という形で集まったハンターに仕事が割り振られている。
単純な話、緊急事態だからだ。
ロロテアという街の防衛。そのためにハンターという戦力を動かし、集団によって防衛戦を行っている。
ハンターたちは、この緊急体制の中、一時的にギルドの指揮下に入り、戦闘を行う。
そこに実力は関係なく、ここでは上層ハンターから深層ハンターまで、等しく是認がギルドの下だ。
と言っても、担当する任務の重要度は、もちろんのこと実力によって違う。
上層ハンターは基本的に街の中で非難のサポートだったり物資の補給の手伝いを、一般から見れば人間離れした身体能力を駆使して行うのに対して、下層ハンターや深層ハンターは積極的に最前線に回されることになる。
特に深層ハンターは、強力な個体の討伐に向かうことが多い。
:うっわ……
:誰も死んでないらしいけど……
:死屍累々やなぁ
瓦礫と、壊れた武装が散乱する東部戦線の状態を、上から見下ろす。
なかなかにすさまじい状態。惨状とも言えそうなくらいだ。
逆に、よくこの状態で死者を出さないで済んでいると言いたい。
よほど優秀な陽動者でもいたのだろう。
誰も死なせなかったここで戦った人たちに、敬意を払う。別に死んでないのだからそんなかしこまらなくてもいいとは思うけれど。
「嬢ちゃん!そこはあぶねぇから別のとこ行ってくれ!!東は放棄して、ハンターは北の守りに参加するんだ!!」
ギルドの紋章が付いた旗を持った人が、私に向かって声を張り上げる。
ここの指揮官だろうか。その手に持った双眼鏡を見るに、撤退できてない人がいないかを見ているのかもしれない。
なんにせよ、彼の言葉を聞く気はないし、そもそも私がここに来たのは任務だ。
端末の信号機能を使って、意志疎通。
ギルド職員なら、読めるはずだ。
信じてくれるとは思っていないから、続く言葉は無視して見せつける。
「随分と、トカゲと戦う一日だね」
:トカゲって……
:そりゃシアからすれば七層級の竜種はトカゲと変わらんよ
:いやでもさっき戦ってたのは十二層級なのでは
じろっとドローンのカメラ部分に目線をやる。
うん。黙った。やっぱりこの手に限る。
さあ、私が見据えているのは竜の大群。
一体一体が、少なくとも七層級らしい。
が、先ほどコメントにもあった通り、私にとって七層級の竜種なんて、空が飛べるトカゲに過ぎない。
準備万端。おおむね好調。
とりあえず、目に入った範囲の竜に向けて、氷剣をぐさり。
随分と鱗が柔らかく、あの飛竜に対しては効果の無かったそれらが、面白いくらいに突き刺さって、竜の生命力を削っていく。
藍玉や蒼玉を開いて、マナを見ることすら必要ない。
素の視界ですら動きは遅いし、雑だし、なにより読みやすい。
マナだって、氷剣を適当に生成して放つ程度なら、消費よりも自然回復の方が速いくらいだ。
氷剣をその身にくらった竜のうち、生き残った奴らが私の方を一斉に向く。
誰が攻撃したか、ちゃんとわかっているみたいで、私に大量の殺意が向いた。
そしてそのまま、私に大量の竜が向かってくる。
「ふふ、それでいい。おいで」
そのまま、引き付けるように、私はどんどんと空へと駆けのぼっていく。
足場を生成して、澄んだ高音を響かせながら、高く高く、天高く。
もはや飛竜くらいしか、私の元へと追ってくる竜はいないけれど、それでも大丈夫。
今から起こる蹂躙に、飛べるも飛べないも関係は無いから。
ユニットに光が灯る。
発射可能の合図であり、東部戦線の竜たちの死の合図。
最前の竜との距離は、約七メートル。
この距離ならば、発射まで十分間に合うし、やりたいこともできる。
ならば、速攻。
「“絶対零度”」
成形。ビーム状。
昔のゲームになぞらえて、誰が言ったか、“アブソリュートゼロ・ブラスト”。
薙ぎ払う絶対零度のマナの奔流は、あまねく全てを凍てつかせて。
巻き込まれたすべての命を凍らせて。
東部戦線に、臨時の防壁となる二〇メートルの氷の壁を作って、その場の竜全てを蹂躙していったのだった。




