戦火絶やさず陽は落ちて
そこかしこで聞こえる怒号、悲鳴とハンターらしき人の張り上げる声。
剣と爪や鱗がぶつかる音が、どこからでも聞こえてくる。
私はそんな、戦いの音の中で目覚めることになった。
時刻は午後三時。あれから川原さんとランチタイムを楽しんで、いっぱい食べて、そのまま案内されたテントのふっかふかのベットにダイブ──といっても装備は外して部屋義に着替えたりはしたが──したのち、極々短い時間ではあるが、熟睡してしまったらしい。
精神的にも肉体的にも、マナ的にも疲弊していたため、仕方がないともいえようか。
さて、目覚めの先のふかふかベッド。
大きな大きな疲労が体に残っている中での目覚め。
目覚めた瞬間の音や匂い、それに無意識に漏れる微かなマナによって、多少なりとも働いてしまう感応の能力から、確実に今ロロテアでは竜たちとの激しい戦いが巻き起こっているのは、確か。
これ以上の堕落は許されない……のだが。
「うぇへぇ……ぐぐぐ…………はぁ」
なんとかギリギリ、ベッドの誘惑に勝利。
それだけでも、ぜひとも褒めてほしいものだ。
「……にしても、暗いですね?」
テントということもあり、遮光性はあまり高くない。
そのため、ある程度テントの外の光が中にまで入ってきてしまうのだが。
魔術に由来する閃光や、竜種のブレスによる光なんかはみられるけれども、しかし全体的に、外の様子は暗い感じ。
ささっと着替えて本部へ戻ろうと、そう思ってテントから出る。
広がっていたのは、逃げる民衆に、追う竜に、迎え撃つハンターたち。
そして空に広がる、夜の闇。
「──……え?」
殺気。あとなんか、よくわからない気配。
ほぼほぼ反射的に上体をそらせば、そこを掠めていく雷撃。
寝起きながら割と冴え渡っている私の感応は、しっかりと私の力となってくれているようだった。
周囲を見回す。少なくとも十メートル近辺には、誰もいない。
流石に現役二層が下層域に出現する竜種を相手取るのは厳しいか、なんて思ったけれども。
「…………弱い、ですね?」
目の前の竜から感じる気配は、三層の危険な魔物程度のもの。
はておかしいな、なんてことを考えている余裕は流石にないけど。
さして戦えば十中八九死んでしまうのか。そう問われれば、否と断言できるくらいには、気配が弱い。
というか、ちょっと前にも感じた、中身が無い感覚。
正確に言えばちょっとだけ違うのだが、こいつに関しては、中身もマナもどこまでも薄いような、そんな感じ。
初めて感じた異様な感覚に関しては、マナの圧だけ見ればシアさんと戦っていたドレイクよりも圧倒的に大きかったのだけど。
これなら、私でもなんとかなる可能性は、ある。
とにかく救援要請だけ出しておいて、時間を稼ぎながら逃げ回るくらいなら。
もしかしたらその過程で、倒してしまうことだってあるのかもしれない。
そう考えられるし、事実それができそうな感じはある。
調子に乗って痛い目を見て時間が経たずのうちにこの判断をしているのは、ちょっとどうなのかとも思わなくもないけれど。
なんだか、やれる気がした。
マナドライバを起動する。
私の持っているそれは、埋め込み型。マナドライバとしての核であるコアを剣などの武器に埋め込むタイプだ。
マナを纏わせて簡易的な魔剣として使用したり、剣先から発射型の魔術を行使したりと、ハンターの中じゃかなりメジャーな形。
むしろシアさんのような装備品型は、あまり身に付けている人がいない印象。
メンテナンスとかが大変で、さらに装備品型は小型ということもありひとつひとつが高価。動きを阻害しないという利点はあるが、そもそもハンターの基本は盾受けして反撃だとか、陽動者が気を引いている間に攻撃だとか、とにかく機動性を重視しない動き。
小さなコアに基礎演算術式なんかを組み込んだものは脆弱性もあり、攻撃を全て躱せる自信がある人くらいしかつけていない。
それをやってのけるのがシアさんなわけだが。
「“炎舞の剣”」
私はそんなことできないので、安定性重視の戦い方でいかせてもらう。
自身の周囲に、数本の炎の剣を出現させる魔術。いわゆる展開型と呼ばれるカテゴリに属する魔術演算ユニットだ。
脳神経接続技術によって脳波を読み取り、ユニットが敵と判断した対象に自動的に炎剣を放つ。
クールタイムが明け次第、何度も何度も炎剣を飛ばす、意外に馬鹿にならない魔術であり、シンプルながら強力な効果ゆえに、愛用者も多い。
私も二層に入ったその時から使用しているのだが、とりあえず戦闘時に発動しっぱなしにしておけばそれだけで活躍してくれるため、よくお世話になっている。
ちなみにもちろんオートマでやっているわけだが、どこぞのソロ専十二層到達者が言うには『マニュアルでやれば処理も軽いから連続で撃てて効率がいい』らしい。
そうすると今度は本人に負荷がかかるのでは、なんてことをその人に言ってみたら、『慣れる』と返された。
やはり深層ハンターはおかしい。
炎の剣が、早速竜の元へと飛来する。
それを尻尾で払う、ラプトル型の雷の竜。
そのままこちらに近づいてくるつもりだったのだろうが、しかし甘い。
尻尾で薙ぎ払うのなら、視線は一度私から外れる。
その隙に姿をくらませれば、一瞬くらいは見失ってくれるはず。
死角へと入りこむことの重要性は、シアさんを見ていれば必然的に理解できる。
助けられた時も、そして画面越しにドレイクとの戦闘を見ていた時も。
決めはどちらも、死角からの一撃だった。
「──固っ!?」
重力とともに突き立てた剣が、皮膚と鱗に阻まれて、浅くその肌に傷をつけるにとどまる。
突き立てるよりも力を込めて振り下ろすべきだったか、なんて冷静に思考している場合ではない。
即座に跳び退り、反撃に備える。
小さく弾ける光。口元に見えるのは、迸る電流。
見えた瞬間、私は勘に任せて右手に握った盾を構えていた。
姿勢を低くして、頭を守る。防御の基本に忠実なそれは、今回の最適解を引き当てていた。
質量を持っているわけでもないのに、ぐっと押されるような、そんな感覚。
この感覚には覚えがある。マナだ。
マナを纏った攻撃は、たとえそれが光だとしても、質量をもったものを受け止めたかのような感覚を受ける。
もちろんマナを纏っていても光よりも岩の方が重い感触なのだが。
今回の雷撃は、その点で言えば大して強くない。
精々踏ん張れば、一歩も動かないで受け止められるくらいだ。
右手を戻す。盾は一旦放り投げて、左手に握った剣を両手で握る。
竜種はブレスの直後、圧縮された属性エネルギーのマナを喉から発射する都合上、喉の内部がその属性マナによって傷つけられることがある。
特にくらいの低い下位竜と呼ばれる竜種は、その傾向が強く、毎回ブレスの直後には喉を再生する時間が必要になる個体も少なくない……と、そう聞いた。
ラプトル型の竜種というのは、そのほとんどが下位竜なため、ブレスの連発は厳しいと踏んだが、またしても正解。
どうやら私はラッキーガールのようだ。
「“揺らめく貴剣”!」
炎属性中級魔術に属する、強化型のユニット。
使用するには剣を両手持ちしている状態にある必要がある。
埋め込み型のマナドライバ前提の魔術で、これまた愛用者の多い汎用的な魔術だ。
効果は剣身に業火を纏わせるという、シンプルなもの。
また、剣を振るうと、その先に短射程の炎の斬撃を飛ばすといったもの。
これまたマナ由来のため、本来物理的な質量を持たない炎だが、飛ばされた炎の斬撃に当たれば、斬れる。
弱い魔物程度なら、直撃させなくても炎の斬撃だけで断ち斬ることも可能だ。
そんな強化を施された炎の両手剣を、ブレス直後の痛みか何かで動きが鈍い竜の懐へと潜りこみ、一気に斬り上げる。
流れる炎の軌跡は、正確に首筋を捉え、振りぬかれればそれは、確かに首を落とした感覚。
おまけとばかりに、私の周囲を舞っていた炎の剣が、首元へと叩き込まれる。
そしてさらに、首元へと追加の炎の斬撃。
「ふう……竜種でこの弱さ、おかしいですね?」
危なげなく、本当に難なく勝利。
まるで使い捨ての人形のように感じられた竜の首元からは、美味しそうな匂いが漂ってきていた。




