ふられなおし
隕鉄の窪地にさらにクレーターをもう一つ作った手に残ったのは、それでも奴は生きているという、肌感覚でしかない直感。
マナを見れば、確かにそこに生物の存在は明らか。
異界へと星獣の隕鉄槌を仕舞いなおして、飛び退る。
流石にだいぶ堪えたようで、砂煙の中立ち上がるそのシルエットは、どこか不安定。
そんな奴に、手心を加えるような私ではない。
「“絶対零度”ッ!」
溜めの時間は三秒ほど。
体内のマナ循環はすこぶる好調。制御精度も、運用効率も、過去の戦闘と比べてもなかなかに上位に食い込むほど。
流石に十一層階層主討伐作戦の時ほどとは言えないが。
追撃の氷属性上級魔術が突き刺さる。
先ほどのブレスのせいで大気中に炎属性のマナがばらまかれており、威力の減衰が激しかった。
活性化はしていないために、そこ周辺に立ち入るだけで発火するだとかそういうことは起こらないけども、マナがそこに在るというだけで、相反属性のマナを使う魔術にとっては防壁となってしまう。
別に活性化していないからと言って影響は全くないというわけではなく、全然気温は今すごく高くなっているのはそう。
ただし活性化すると、気温なんて次元じゃなくなってしまう。
いるだけで燃える煉獄ができあがるのだ、活性化した炎属性のマナの集合地点というのは。
それはさておき。
:倒れんかぁ……
:久しぶりのメテオフォールも持ち出したんやけどなぁ……
:それよりなにあの武器。しれっとクレーター増やしてますけど
:シアちゃんきっての脳筋武器よ
コメントの通り、倒れていない。
まだ、かの飛竜は生きている。
ふらつきながらも、確実に内側に滾る莫大な竜種のマナを燃やしながら、脅威を排さんとその瞳を殺意に染め上げて。
まだまだ、油断するには早すぎる。
目の前に映るのは、十二層に匹敵する存在だ。
と、気を引き締めていた私の右目に映る、赤い光。
炎属性のマナが放つ、そんな光。
それはとても強く輝いていて、そして揺らいでいて。
駆けだした私の足が竜の顎を蹴り上げたのは、一秒もしないうちの話だった。
:はっっっっっっっっっっや
:0.25倍速、敗北
:常にその速度で見とるんかお前は
:ちなみに0.05倍速なら何したかしっかり見れるよ
竜の口の中で、炎が爆ぜる。
またもブレスを吐こうとしていた竜は、その一撃で予備動作を潰されて、自傷するに至った。
さて、なぜ防げるのにわざわざ止めたのか。理由は主に二つ。
普通にめんどくさいのがひとつ。
そして、おそらくあのブレスは大気中の炎属性のマナを活性化させるためのものであろうと見たのがもうひとつ。
ただ、別になにか理由があって動いたのではない。
後から分析してみればそうだっただけで、私を動かしたのは“なんとなく”の直感だ。
ハンターを長くやっていると、咄嗟の直感が割と正しい事なんてたくさんある。
今回だって、突き動かされるように跳び出して、正解だった。
打ちあがった飛竜の顎に、生成した特大の氷剣を放つ。
もちろんのように、鱗に阻まれて突き刺さることはない。
ただし、衝撃によって多少仰け反らせることはできる。
「ボディががら空きッ!」
できた小さな間隙に、私は再び拳を叩きこむ。
腕のすぐそこに生成したのは、刺突に特化した氷剣。
一撃、からの氷剣パイルバンカーにて追撃。
反動で後ろに下がっていく右半身。回転する私の体。
続く二発目も、充填してある。
回転を利用して、私は握った左の拳を飛竜の腹に叩きつけた。
そのままもう一発氷剣パイルバンカー。
四連撃。マナコントロールが冴えている今だからこそできる、馬鹿みたいな攻撃。
反動の制御とか姿勢の制御とか、あとは連続して各ユニットに最適なマナを流したりだとか。
とにかく、シンプルな連撃に見えて、必要な技術は計り知れない。
マナを噴射して、一気に離れる。
ちなみにこのマナの噴射自体も、氷属性のマナを活性化させて行っているために、当てれば微量のダメージになったりする。
一層の魔物に全力の噴射を当てれば、それだけで倒すこともできるかもしれない。
わざわざやろうとも思わないけれど。
足場を生成。飛んできた狼型の魔物からの攻撃を防ぐ。
短剣による攻撃で撃ち落として、そのまま氷の槍を生成して串刺しに。
変形能力があるからそのうちすぐに抜けてくるだろうけど、多少の足止めにはなるはずだ。
にしても、狼からの攻撃がかなりまばらになった。
自律制御ではなく、あくまで飛竜の方が制御しているのだろうか。
戦った環境もあるが、同じ傀儡でも正直千年樹で戦ったドレイクの方が強く思える。
というかなぜ奴は最初はこいつに人型をとらせていたのだろうか。
普通、身代わりとして操って戦うのなら、自分と同じ竜型にして戦う方が操りやすいだろうに。
多少なりとも飛竜の能力が分かってきてはいるが、しかし謎は増えるばかりだ。
なんてことを考えていた私の目の前に映る、竜の尾。
咄嗟に受けようとするが、流石に竜の尾撃を短剣二本で受けられるわけもない。
氷の生成をしようにも、足場として使っている以上、この状態から生成することは不可能。
足場を消す。もちろん重力に引かれて、私は地面の方へと落ちていく。
そんな私を捉えている尾撃は、宙に浮かぶ身体を打ち付けようと振るわれるが、しかしそれは足場が消えた代わりに生成できるようになった氷の壁が受け止める。
高く澄んだ音を響かせて衝撃を受け止めた氷壁は、そのまま役目を終えて消えていく。
受け止めきれずにそのまま振られた尾は、しかしすでに範囲外から三次元的に逃れた私に、当たることはない。
足元をちらりと確認。
その先で地面に磔になっている狼の方は、未だ動かず。
足場を蹴って私が向かったのは、またも竜の腹。
この飛竜も、懐への攻撃手段はあまり持っていないらしい。
もし仮に魔術を使えるとしても、懐にいる私を撃とうとすれば、必然的に自分の体に当たる可能性が高まってしまう。
特に体の大きな竜種のことだ、私を攻撃する以上に自傷してしまう可能性の方が高い。
と、総攻撃を仕掛けようとした、その時。
突風。私の長い髪が、それによって大きく乱れる。
大気がかき回されて、風属性のマナがちょっと発生して。
きらきらと光るマナたちが、まるでミキサーにかけられるみたいにぐるぐると渦巻いたと思ったら、私の目の前の飛竜の身体が一気に遠のいた。
飛び上がった竜の視線は、私に向いていない。
その瞳の中に、私は映っていない。
かの竜の向く先にあるのは、どこか別の場所。
この窪地以外の場所を見ている竜の、その視線の方角は、ここから見て南。
竜の頭が向いている先にあるのは、千年樹。
「どこへ……まさかっ!?」
足場を生成。踏み込んで、一気に跳びあがる……つもりだった。
痛み。血が流れる感覚。何かが肉を貫いた感覚。
「ぐっ、あ?」
足を見れば、そこに刺さっているのは黒い棘。
それを撃った奴には覚えがある。先ほどまで静かにしていたのは、私の注意の外に隠れるため。飛竜が逃亡するその時まで、隠しておくため。
見せたいものを見せて、見せたくないものを見せない戦術。
やられた。急に逃げ出すから、焦って追いかけようとしてしまった。
その結果、注意の外にこいつの存在を追いやってしまった。
棘を抜く。血が噴き出るが、無視。どうせ治る。
氷穿の方で氷の壁を作る。もろいが、しかし一発で破られるほどにもろいわけではない。
雪月花による怪我の治療。
自然治癒力活性化のアンプルを患部に投与して、治癒魔術の効きをブースト。
私のようなスピードタイプは、脚が一番重要だ。必然治癒の優先度も高くなる。
目標を、また目の前の影のような黒い体に定める。
推定本体である飛竜は、もうここにはいない。空を飛ぶかの竜の姿は、かなり小さくなっている。
一刻も早く、目の前の犬っころを倒さなければ。
あの竜が見ていたのは、ロロテアの街だったのだから。




