ふりなおし
気が付いたと同時に、私の中にさらなる危機感が灯った。
おそらく、奴の本来の能力は、単に魔物を操る能力で、今までの再生は全て、操り人形と化していた魔物が持つ変形の能力の応用だったのだろう。
もちろんこれが間違っていることも考えられるが、状況から見てそうである可能性が高い。
ドレイクの炎を操る能力、目の前の黒い魔物の変形能力。
操った魔物の特性をそのまま利用できるのだろう。
操られた魔物と戦っている途中で、あまり強さを感じなかったのは、操り人形とかした魔物との同期があまりうまくいかないのか、それとも本体が戦闘向きではないのか。
しかし戦っている感じでは、最低でも下層域レベル、つまり八層以下のレベルは持っているだろう。
どちらにせよ、下層域の魔物。マナ適応してなければ、適応した瞬間死あるのみ。
隕鉄の窪地に現れたのは、意図的か、それとも偶然か。
険しい山岳が織りなす厳しい自然の中央にあるこのランドマークは、辿り着くだけでもかなりの体力を必要とする。
陸路で向かうとなると、かなりの消耗が約束される場所だ。
意図的なのだとしたら、その狙いはおそらく本体がやられることを防ぐため。
操る能力を持っている奴が狙っているのは、傀儡魔物にによるスタンピード。
ドレイクが出てきたということは、下層域の魔物の大群である可能性すら存在する。
もちろんドレイクみたいな竜種ばかりだとは考えていないが。
二層レベルを超過する魔物の軍勢の侵攻は、それだけで大きな脅威。
ここまで思考するのに、約三秒。
目の前の二体ともを討伐する方針は変わらない。
考慮するべき事案が多少増えた程度の事。所詮些事でしかない。
接近。その先に見据えるのは、窪地の中央にある氷塊。
その先でおとなしく氷漬けになっている黒竜の脳天めがけて、閉じた視界の中振るうのは、異界から取り出した結果を先取りする必殺の刃。
手ごたえは、無い。
突如視界に爆増する、炎属性のマナの光。
藍玉がとらえた、攻撃の予兆。
そのマナの出どころは、氷を割って空に飛びあがった黒い飛竜の口元で。
視界の中に二重に映った、炎の姿。
蒼玉がとらえた、これから起こる架空の未来の一つ。
確実ではない。しかし九割五分を超える、超高精度。
:ブレス来る!
:これ避けれなくね???
:遮蔽も全くないじゃん
「ッ!“多重展開”!!」
あらかじめ設定していた、キーワード。
“氷精の舞踏”の応用による氷壁を、自分の前方に最大限度の数展開するための、特別なプログラムだ。
その性質上、氷精の舞踏は、許容できる以上の衝撃を受けると割れてしまう。そして通常では、一度に生成できる氷の足場もとい壁は、一枚だけだ。
その処理を限定解除して、私の持つマナドライバの処理能力の限度までユニットの演算を行わせるのがこのプログラム。
もちろん多用するべきものではない。
むやみやたらに使いまくればドライバの方がオーバーヒートして、しばらく魔術の運用効率や処理精度が激減する。
それに処理限界までドライバを使うことで、他の魔術を発動させる隙間も、他の演算を行う余裕もなくなる。
防御特化のプログラムだ。私好みでない、雑で汚いドライバと魔術の使い方。
それでも、これに頼らなければ私は炎に飲み込まれる。
「なっ……卑怯」
絶え間なく続く炎の波の中、炎属性のマナに遮られ見通せないその中から現れたのは、黒い狼型の影。
向かうその爪の先にあるのは、私の首筋。
頑丈さを捨てて、目の前の犬っころからの攻撃を防ぐことに集中。
多少改造したとはいえ、もとは市販の魔術演算ユニットだ。
あまりにもひどいマナの流し方さえしなければ、大抵動いてくれる。その分魔術の効果は損なわれてしまうが。
それにドライバやユニットに頼らず、体内でマナ操作を完結させられる身体強化術は、ドライバの処理上限を叩くことはない。
:もってくれ氷壁……!
:相性最悪だもんな……
火花。マナはない。私の短剣が、爪を弾いたことによるもの。
次いで噛みつこうとするが、悪手。
口の中ががら空きになるそれは、ノリにノってきた私相手には、最悪の手と言ってしまってもいい。
丸見えの口内に、左手に握った短剣を突き立てる。
そこからさらに右手も追加。おまけで腹に蹴りを加えて、刺さった短剣を抜く。
ギアが上がった私相手に、大して精度の高くない肉弾戦なんて、無謀もいいとこ。
目も慣れた。頭だって冴え渡って、常に全開出力でも処理が可能なレベル。
戦闘の高揚感と、アドレナリンとかなんとかと、あと普通に身体強化術にてブーストがかかっている私の身体能力は、今だけだったらハンターの中でも一番と言ってしまってもいいだろう。
それほどまでに、今の私はノっている。
「っはは!破れなかったね、氷壁!」
ブレスが止んだ瞬間に、私の目の前には飛竜の顎。
見開いた奴の赤い瞳の中に映る私の顔は、珍しく表情筋が仕事をしているようで、軽く口角が上がったそんな表情。
どうやら私、楽しいらしい。
至近距離からの、短剣二本による二連撃。
当然のようにめちゃくちゃに硬いその鱗が、私の連撃を防ぐ。
しかし止まらない。止めるつもりは毛頭ない。
そのまま足場を生成して、さらに連撃。
頭を振って私を攻撃しようとするが、それを蹴って跳びあがった私は、重力を加えて真上からの一撃を頭に浴びせる。
斬撃は効いていない。しかし衝撃はあるはず。
頭に衝撃を加え続ければ、生物なら結構なダメージになるはず。
そうでなくとも、斬り続ければいつかは死ぬ。
まだ天白は使わない。
まだこいつの動きを全部見ていない。
まだこいつの音を全部聞いていない。
まだこいつの動きの癖を覚えていない。
覚えきれていない中であの刀を使うのは、一か八かの賭けにしかならない。
必ず斬る大太刀の抱える弱点は、それ相応に大きいもの。
視界を閉じていなければ刃が顕現しないあの大太刀は、全てを見て聞いて覚えた先に振るう必殺の刀なのだ。
叩きつけられる前脚での攻撃を、またも直上に跳びあがって回避する。
竜種というのは、というか視界に頼るたいていの魔物は、その体の構造上、直上の視認はあまり得意ではない。
真上に跳びあがられると、上を見るというワンアクションが必要になるのだ。
そしてスピード型との戦いにおいては、そのワンアクションが戦況を左右する。
異界から、大槌を取り出す。
二層ランドマーク、“隕鉄の窪地”。
つまりここの本来の地帯主である鉄纏いの星獣エルメーンの心臓部から少量採取される、無窮の隕鉄。
それを大量に大量に精錬し、純度百パーセントの無窮の隕鉄だけを素材にして、さらに重量増加の付与を施した、重さしか見ていないような一振り。
その総重量は、約二トン。加工費何と五億ちょい。
身体強化術を回しまくって、なんとかギリギリ武器に振り回されるレベルにはなれるといった、馬鹿みたいな一振りだ。
私には、実践でまともに振ることはできない。
しかし、降ることはできる。
私がこの重量しか見ていない武器を作ってもらった時に考えた、唯一の運用方法。
それは、重力に任せての質量攻撃。
落ちてぶつける。至極単純な、そんな攻撃。
奇しくも、元となった星獣がこの地に降り立った時と同じように。
重力に引かれて、この大槌は隕石のように。
当たる寸前、ひねりを加えて何とか振れるそれが生み出すのは、まさしく星降りの一撃。
打たれた“星獣の隕鉄槌”の名にふさわしい一撃が、竜の顎をぶっ叩いた。




