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見えないもの、見えてなかったもの

 第一印象、殺意が増した。

 続いて第二印象、速度が増した。

 そして第三印象、マナの気配が爆増した。


 瞳をフルで回した私が、遅く遅く流れる世界の中で、決して遅いとは言えないほどの速度で動く奴の身体を見ながら思ったのは、そんなこと。

 体表にまとっているマナの鎧の厚さが増しているのはもちろんのこと、体内に回っているマナの量も、どうしてか爆増している。

 その瞳に宿った殺意は、今までの比ではなく、そしてなにより、身体の形が人型のそれとはかけ離れていた。


 統括。めっちゃパワーアップした。


 殺気。からのワンツー。

 狼型になり、随分と増した速度で、量の腕が振るわれる。

 もちろんその手には、おそらく私の防具をもってしても、まともに当たればそれなりの怪我を負うことになる、凶悪で禍々しい爪。


 半歩後ろに下がって回避。

 その瞬間、奴の身体が私の視界から消える。

 まさか、蒼玉の動体視力さえも振り切って視界の外へと出るとは、意外や意外。

 だけども、姿が見えていなくても、私には見えている。


「そこ」


 手ごたえ。直後に澄んだ金属音。

 火花散らすその中に見えるのは、真っ赤な瞳の光が揺れる奴の顔。

 その光の揺らぎが残像だということに気が付いたのは、刹那の後。


 しかし、予測は立てられる。

 スピードタイプにとって、最高速度を出し続けての戦闘が最もきついことは、私がよくよく理解している。

 機能しない視界の中で目標を攻撃するのは、できなくはない事でも大変なのだ。


 もちろん奴の動体視力や情報処理能力が私以上だったのなら、それに限ることは無いけれど。

 第一形態と言ってもいい先ほどの形態では、少なくとも情報処理能力に関しては、私よりも遥か格下。

 動体視力が上がっても、積んでる脳が変わってないのなら、多分処理能力は同じ。


 ゆえに、トップスピードのまま攻撃はしかけてこない。と、考えた。


 流石に速度を落とした状態でも残像すら見えないなんてことは無い。

 そう信じたい私が出した結論は、そもそも私の視野角に奴は存在していない。

 そして死角を狙う奴らってのは、大抵狙うはひとつ。


「ほい」


 またも火花。半回転した私が弾いたのは、奴の鋭い牙。

 頭を打ち上げられた奴の顔が、大きく仰け反る。


「顎、がら空きだよ」


 腕にマナを纏わせて、アッパーカット。

 ついでに腕につけていた氷剣を、一気に顔面に撃ち込む。

 “氷穿(フロストエッジ)”の氷剣生成に、“氷精の舞踏(フェアリィダンス)”のマナ噴射を組み合わせた、即席のパイルバンカーだ。

 かなりの推力をもってして撃ち込まれたそれの威力は、なかなかに高い。

 反動で私が数メートル後ずさるほど。


:決まったァ!

:パイルバンカー!パイルバンカーじゃないですか!


 私渾身のアッパーカットに、おまけに氷剣パイルまでぶち込んだ。

 並みの魔物なら、これだけでもだいぶ消耗するのが普通なのだが。


「ま、そうだよね」


 基本的に、追い詰められて形態変化したその先が、弱いはずがないだろう。

 事実、氷属性のマナを爆発させたせいで溢れ出した霜が晴れたその先に見える奴の……いない。


 後ろの気配を探る。いない。

 霜の中にマナ反応。しかしあまりにも小さな反応すぎる。まさか一撃で消し飛ばしたなんてことはないはず。手ごたえだって浅いものだった。

 右、そして左。反応なし。

 上からの風切り音もない。


 下。


「ぐ……おらっ!」


 地面から飛び出してきた奴の尾撃を真正面から受ける。

 受け止めるほどの力は私にはない。ハンターの中じゃ人数の多い中層域や下層域のハンターよりは圧倒的に力が強い自信はあるが、それはあくまでハンター対象の話。

 深層ハンターの中じゃ、むしろ私は弱い方。十二層ハンターだが、力の強さだけで言えば十層ハンターとさして差はないくらいだ。


 受け止めれば大ダメージは必至。だから止めずに、流す。

 敵の攻撃の勢いと、体重を利用して。

 投げるように、力の流れを流れのままに通らせる。


「いっ……!?」


 通り過ぎる寸前に体から棘を生やした奴によって、露出している部分に深い切り傷ができる。

 血があふれる感覚。痛みで若干動きも思考も鈍る、けど。


 流石にこの程度の痛みで、止まるような人間ではない。


 氷属性治癒魔術、“雪月花(せつげっか)”。

 最もシンプルな氷属性の治癒魔術。


 一旦傷口を凍結させて、その氷が溶けながら傷口を元に戻していく魔術だ。

 治癒魔術の中では、治癒されている側の苦痛が全くないことが特徴。あと魔術の効きが悪くても、傷口からの出血を抑えることができるのもこの魔術の強みだ。

 あと、傷口が晒されないということ、傷口へのさらなる攻撃を氷が防いでくれるのもこの魔術の強みと言えるだろう。

 欠点は、治癒が完了するまではちょっと重量を感じる部分だろうか。


 ただその程度、何の問題もない。


 氷剣生成。発射。

 もちろん見えている攻撃に当たってくれるほど馬鹿な魔物はいない。奴らも生きている。死にたがりだってたまにいるけども、大抵の生物は死を怖がるものだ。

 だから、どこかには飛び退る。


 そしてそのどこかは、こっちが決めることだ。


 右に飛ぶように、氷剣の軌道を計算。さらに発射。

 追加で設置型のスパイクも空中に置けば、それを避けようとするのは当然のこと。

 まして、さんざん設置型の罠に苦しめられたあとだというのならば、その思考は手に取るようにわかるといったものだろう。


 さらに、氷を爆散させて、退路の選択肢を狭めていく。

 だんだんと追い詰められた奴が、どのルートで逃げるのか。

 いや、どう行動するのか。


 逃げだけでは抜け出せないなら、攻める。

 そんな思考ができるほどの知性があるのなら、奴がこちらに向かってくる。

 体内に爆弾を取り込もうとせずに再生する判断を下せる存在なら、それくらいはしてくれるだろう。


 半ばどころか八割やつに依存した判断だが、しかしそれは正しかったようで。

 退路を塞ぎまくったのちに、奴の視線の向いた先は私の体。

 実に操りやすい。駆け引きに慣れる前に、とっとと仕留めてしまいたいが。


「丸見えだよ」


 真正面からの攻撃ほど、対処しやすいものはない。

 魔術によって完治し、しっかりと戻ってきてくれた片腕があるのなら、なおさら。

 爪でのワンツー。からの噛みつきは体をずらして回避。くるりと回っての尾撃は、軽く後ろに下がれば当たらない。


 そして。


「もう見た。単細胞」


 当たらなければ、無理やり当てに来る。

 先ほどと同じように、身体から棘を生やして奴は攻撃しようとするが、読み通り。

 そこからの棘飛ばしだって、予測できれば回避するのは簡単だ。


 所詮、初見殺しに頼っているだけの、駆け引きも何もない獣に過ぎない。

 マナ濃度も身体強度も地帯主(エリアガーディアン)レベルではあるが、しかし戦闘技術の方は、一般の魔物にすら劣るくらいのレベルしかない。


 どこか、異質だ。


 と、しばらくそうやって防御や回避と反撃を繰り返しているうちに、奴の再生が止まった。


 何か来る。

 そう思った私は、咄嗟にその場を大きく飛び退る。

 しかし何かがあるわけでもなく、奴は再び再生を行った。


 再生のタイミングをずらしたのだろうか。でもなぜ。

 私は今、罠を仕掛けているわけでもなく、攻撃の構えをとっているわけでもなかった。

 距離を離すために、だろうか。


 そんな思考がよぎる私の視界に、窪地の中央の氷塊が映る。

 “極星(ミーティア)”にて凍り付いた、奴が隣に連れていた黒い竜だ。

 その竜の瞳が、赤く光っていた。


「……!」


 理解。

 無限の再生と、そのメカニズム。あとついでに、頭を失ってでも再生した理由。

 十二層級の魔物にしては、あまりにもお粗末な戦闘技術の理由。

 そして、あのドレイクに魔石が無かった理由と、それなりに強いのにマナが薄かった理由。


 最初から、私は標的を間違っていたようだ。

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