極星
長めの戦闘ゆえ、ひとまずの決着まで連投。
:片目、いつもより色深くない?
:トゥルース=アクアマリンっていう、シアちゃんの特異体質
:シア本来の右目の色はこれやね
:なんなら左目にマナ通すと微妙に色が違う青になる
:おもちゃかよ
窪地を見下ろす私の視界の端に、コメントが流れる。触れられているのは、私の瞳の色。
“極光秘めし御守の藍玉”。
私の特異体質である瞳、そしてその瞳が有する能力に付けられた名だ。
いわく『見通し、見透す力』らしい。
母方の祖母が純血のなんとからしく、その関係で私に遺伝した力だ。
ちなみに容姿も母方の遺伝が強く、ゆえに純日本人なのに日本人離れしている。
さて、そんな私の、マナ由来の力。
パッシブ的に人よりも“目が良い”私の瞳に宿る、本来の能力の片割れとでも言うべき力。
開いた私の瞳に映るのは、きらきらと輝き続ける世界の情景。
多種多様な、色鮮やかな光が、世界を漂い、彩っている。
私たちが言う、マナ。
霊樹から漏れ出した、精霊の残滓。
魔力視の力を持つ私の片眼は、世界に満ちるマナを映す。
空を漂う風属性のマナも、地に芽吹く土属性のマナも。
そして生き物に宿る、それぞれによって色も輝きも多種多様なマナも。
久しぶりに、本当の意味で目を開く。
通常視界に魔力視界を重ねた景色こそが、本来私が目にする世界なのだ。
「────きっつ」
といっても、この通り。
目を開けば、私の頭に流れる情報量は、ほとんど倍になる。
ダンジョンの中ではすべてにマナが宿る都合上、どこを見てもマナの分の情報が足された状態になるのだ。
母親が言うには、元々人よりも見えすぎる目のおかげで、白織の家系は処理している情報量は常人よりも多いらしい。
母親の兄弟とか、大抵幼いころの写真はみんな目隠しをしている。
とてもこれを普段使いしながらの生活なんて、できそうもない。
そんなことしたら、一瞬でパンクしてしまうだろう。
事実私も、完全に制御下におけるようになるまでは、生活のほとんどを目隠しありで過ごしていた。
さて、それはさておき。
そんな瞳を開いたのは、私のとっておきをぶっ放すためだ。
本来、術師が組となって構築する“儀式級”と呼ばれるカテゴリに属する魔術。
強力な反面、消費するマナの量が多かったり、マナ制御が複雑であったり。
基本的にマナドライバという機械に頼って魔術を行使する人類ではあるが、だからといって何もかもが機械頼りというわけではない。
同じ機械でも、扱う人間によってもたらす結果が変わる。特に小型の機械類は、使い手の技量が試されるものだ。
丸のことか、そういうのとはまたちょっと違うかもだけれど。
マナドライバにだって、使い手の技量が全く関係ないというわけではない。
マナを流すタイミング、量、波形、その他諸々。
市販されているユニットは大抵、どんな流し方をしても最低限の働きをするように調整されているけれど。
ユニットそれぞれにある個性にマナの流し方を合わせに行くといった技術が、上手と呼ばれる魔術行使には求められる。
なんて魔術の基礎をさらったわけだが。
私が今から組み上げる魔術は、ちょっとミスすれば行使すらできない暴れ馬。
膨大なマナを喰う上に、精密性もかなり必要。
ロスなんてしてたらこれからの戦闘にマナが残らない。
というか、目を開いてないと、まともに組み上げられない。
詠唱法、それも完全詠唱ですら、目を開かないとまともに組み上げられない術式だ。
そりゃ六人前提の儀式級魔術を一人で組み上げるのだから、当たり前だはあるのだが。
ソロ専なのにこんなユニットを組んだ過去の私を、殴ってやりたい。
多少の助走で、瞳がもたらす莫大な情報量に脳が適応しつつある。
ってわけで、“極光秘めし御守の藍玉”、全開出力。
藍色の瞳に、一気にマナを回す。
一気に、世界の流れが遅くなるように感じられた。
遥か下方の窪地の中央を見据えて、私は声を紡ぐ。
「凍てつきし夜、空の瞳は開かれて」
全十三節からなる、氷属性最上級儀式魔術。
声とともに、ユニットが演算を始め、宙に空の円環が浮かび上がった。
「白銀の息吹は、光無き空の向こうより」
流れ込む。氷のマナが、円環の淵へと。
刻まれた文字は、術式を顕現させるための、基礎的な文字列。
「月の祈りを受けた杯にて、願うは極点の理」
刻まれた文字に、光が灯る。
どこまでも白い魔術陣が、未だ雪が残る山岳の直上に現れる。
「巡れ、巡れ、極光の環。結べ、結べ、純白の螺旋」
形成。円環の魔術陣が七つ重なり、展開する。
それは言うなれば、銃身。弾丸の通り道。
「瞳より生まれし雫は、星をも穿つ涙なりて」
さらにもう一つ、小さな小さな魔術陣。
マナをロスなくしずく型に形成するため。そのためだけの最低限が詰まった陣。
「眠る空に浮かぶのは、騒乱を拒む凍涙」
八十一の魔術陣が、宙に展開される。
魔術陣により描かれた魔術陣。私の背後に展開されているのは、そんな魔術陣だ。
「声を、熱を、あまねく動を凍てつかせ」
展開された魔術陣が、一気に小さくなっていく。
圧縮に次ぐ圧縮によって、ついにはひとつの魔術陣へと。
「陸を、海を、空を、廻る世界すら凍らせて」
高圧縮魔術陣が、次々に。
その数合計、六つ。総数四百八十六個分。
「創られしは、氷神の泪」
六つの魔術陣の中央に、小さな小さな魔術陣。
圧縮されたマナを、さらに圧縮して、ひとつの雫に形成する。
「我が名において開かれよ、絶対なる零の凍律よ」
これから涙星が通る軌跡が、一気に輝きを放つ。
マナが充填された七つの展開された魔術陣が、待機状態に入った。
「凍り、閃き、残るは静寂の原」
巨大な弓をかたどった魔術陣が、宙に現れる。
純白に輝くその弦を、右腕で引いた。
「天より墜ちよ、燐光纏いし氷の涙星!」
標的に向けて、矢をつがえるように。
引き絞って引き絞って、落下点を固定。
「“極星”ッ!!」
先手必勝、完全詠唱。
はたして、放たれた涙は、魔術陣を通り超加速。
隕鉄の窪地の中央、特に大きなクレーター。
その中心にいるのは、未知の魔物。
影を濃縮したかのように、どこまでも黒い竜を連れた、人型の影。
瞬間突き刺さった涙星は、着弾点を爆心地に、氷属性エネルギーを撒き散らす。
その余波は、はるか上空に立つ私の元まで。
:なにこれなにこれなにこれ
:やっば……えやっばぁ……
:これ窪地大丈夫?隕鉄の窪地から改名するはめにならん?
:クレーター増えたからある意味隕鉄の窪地かも?
マナを確認。
「……生きてる。マジか」
本気だった。本気で潰しに行った。
最初から、正面衝突する前から殺しきって、安全に街に帰るつもりだった。
たとえ十二層級の魔物とはいえ、地帯主や階層主クラスじゃない限りは耐えられないレベルの魔術を撃ち込んだと、そう確信した。
ただし、あいつは今もそこに立っている。
元気に、どこまでも異質に感じられるマナをたぎらせて、そこに立っている。
直後。
パキンと氷が割れる音がして、風と共に一気に晴れた霜の先に見えるのは、氷漬けの飛竜と片腕を凍り付かせた禍々しい人影。
その凍り付いた腕も、数秒すれば元通り。
まるで氷なんてなかったかのように、真っ黒な腕はもう片方の腕と同じようになっていた。
その手は、氷漬けになった黒い飛竜の頭を優しく撫でる。
殺意に満ちた視線が、私の元へと飛んできていた。
詠唱って、いいですよね。
そういうの、作者は大好きです。




