胎動
天白を一度振り、血を払う。
ドレイクの目に刺さった二本の短剣も引き抜いて、刃を拭き、腰のベルトについている鞘へと納める。
異空間から天白の鞘もまた取り出して、その中に刀身を納めれば、臨戦態勢は完全にどこかへと消え去った。
後に残ったのは、かろうじて燃え残ったフォルティアの死骸の一部と、ドレイクの死骸のみ。
「わー」
フォルティアの死骸に近づけば、体の大部分が燃え尽きたせいで、魔石が露出していた。
火耐性の低い体のため、仕方ないか。
割とフォルティアの素材は、魔術をメインで戦う人に需要があるのだが、今回はその素材を持ち帰ることはできなさそうだ。
魔石を拾い、ポーチの中へと仕舞う。
ユイの資金源にとフォルティアの素材もすべて渡す予定だったのだが、そうはいかなくなってしまった。
流石に私が一から討伐したドレイクの素材を渡せば、ユイに良くない噂が立ってしまうかもしれない。
二層最難関であるここを攻略できるユイとなら、他のランドマークも余裕だろう。今度別のランドマークを一緒に攻略するとしよう。
なんて少々気を抜いて、ドレイクの死骸を解体していたのだが。
そこで私は、見たことがないものを見ることになった。
いや正確には、いつも見るはずのものが見えない、といった方が正しい。
「魔石が、無い…………?」
:ちょちょちょちょちょ
:血みどろ解剖映像はやめてください
:魔石ないね
:……なんで?
本来魔物には、どの個体にも魔石と呼ばれる核のようなものがある。
これはダンジョンに生まれた魔物のマナの中枢であり、霊樹が魔物を作り出す際に一番最初に形成する、魔物という存在の象徴とも呼べるものだ。
小石程度からこぶし大ほどのの大きさのその中には大量のマナが内包されており、一般に強い魔物、つまりは体内のマナ濃度の高い魔物ほど、魔石のマナの濃度・純度も高くなる。
また魔物の持つマナの属性によっても性質が変化し、今回のドレイクならば、高純度・高濃度の火属性の魔石が採れるはずなのだ。
そんな魔石が、無い。
確かに例外として、ダンジョンの外で生まれた、人工的に作られた魔物なんかには、魔石が自然発生することはない。
魔物を捕獲し、ブリーディングし、魔物使いへと売るような店。
特に駆け出しの魔物使いなんかは、強力な魔物をテイミングするには危険なため、魔石の無い安全な魔物である使い魔を購入することが多い。
もちろん魔石が無いためにほとんどマナが体内に無く、かなり弱いという欠点はあるが。
しかしそんな魔物とは違って、このドレイクは決してマナが薄いわけでもなかった。
確かに魔術を見ることはついぞなかったが、それは使えないというよりも、私が使う隙を与えなかったことが原因だ。
身体強度も能力も、十層に出現するドレイクの平均水準を、どちらかといえば超えているほどにこの個体は強かったはずだ。
魔石がない状態でこの強さとは、考えられない。
魔物のマナは血に溶けて全身に運ばれるため、心臓のほど近くに魔石はある。
ある、はずなのだが。
「ない」
どこにも見当たらない。
竜の心臓という折角の希少素材を切開して確認しても、まったく見当たらない。
ならばと心臓を細切れに斬り刻んでも、どこにもない。
ドレイクほどの大きさの魔物ともなれば、魔石はこぶし大ほどの大きさは確実なのだが、それらしき素材は、どこにも見当たらない。
もし魔石を斬ってしまっていたのなら、周囲に火属性のマナが撒き散らされるはず。
威力の高い爆弾ともなるそれが起きていないということは、少なくとも斬ってはいない。
かといって、その存在は確認できない。
とりあえず角と牙と爪と大量の鱗を仕舞い、食料用のマジックバックに大量の竜の肉を仕舞う。ちなみに竜種の肉は凄く美味しい。シンプルに焼くだけでも美味しいし、いろいろ味付けしても美味しい。
竜種の素材は捨てるところが無さすぎて、ソロハンターからすると逆に困る。
何度私が竜種の素材を、ポーチの容量が足りずに泣く泣く手放したことだろうか。
さて、そんなことを考えながら手際よく解体して、さあ骨だといったところで、私に駆け巡る、違和感。
また、違和感。
「────…………ん」
:???
:どしたん
直感に従い、私は真っ白な骨の、少しばかり色の違う場所の匂いを嗅いだ。
薄い。ドレイクにしては、骨に残ったマナが薄すぎる。直接嗅いでしまえば、骨に残った火属性のマナで、肺が焼けるように痛くなるようなそんな感覚を覚えるはず。
試しに私は、骨の中に私の中の氷属性のマナを流し込んでみることにした。
数秒で凍る、ドレイクの骨。
:おかしい
:素人には全く理解が追い付かんのやが
:シアって、マナ濃度はそこまでなんだよ
:相反属性は相殺しあうから、九層の魔物の素材にここまですんなり氷は通らない
やはり、違和感。
相反する属性のはずなのに、そして私のマナ濃度はそこまで高くないはずなのに、あまりにも早すぎる。
「マナが抜けてる……?でも生きて──」
その時、コネクタを通して、着信が鳴った。
かけてきたのは、山岡。どうやらメッセージで伝えた通り、山岡に対して報告してくれたらしい。
端末の方から見れば、ハンターズリンクにギルドからの緊急連絡が入っていた。
『聞こえているか、白織』
「ん。なにがあった?」
『二層北部山岳地帯の最奥、ランドマーク“隕鉄の窪地”にて、規格外のマナ反応を確認した。ハンターズリンクでもギルドから通達したが、これより二層を特別指定階層とする。確認されたのは竜種のマナと、未確認種族のマナ。マナ濃度は……』
そこで山岡は言いよどむ。
何か想定外の事や信じられないことがあったのだろうか。そんな気持ちを抱えた私に肌に、圧倒的なまでのマナの圧。
覚えがある。覚えしかない。
上層を拠点にするまでに、私が常に浴び続けていた、そんな圧だった。
おかしいそんなはずはない。
ダンジョンがこの世界に現れて、百年。
一九五二年から二〇五四年までの歴史の中で、そんなことは起きたことがない。
ダンジョンの構造として、あまりにも現実離れしているそんなことが、起きるはずがない。
そう頭は言うのに、思考はそう結論を出すというのに。
五年深層に潜った私のこのハンターの体は、それがそうと言っている。
ありえない。のに、非現実的なのに。
どこまでも、私はこれを、現実であると判断せざるを得ない。
データなんかじゃない。文献なんかじゃない。
私の感覚と、直感と、経験が、そうだと言っている。
「ッ!」
『十二層級だ……!』




