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萌芽

 咄嗟だった。本当にギリギリだった。

 直感頼りの最高速度での飛翔。コンマ三秒遅れていたら、確実にユイは死んでいた。


「逃げて」


「はぇ?えと──」


「逃げて!」


 言いながらユイを突き飛ばす。もしかしたら落ちて小さくはない怪我をしてしまうかもしれないが、死ぬよりかはマシだ。

 ユイの後を、ドローンカメラが追っていく。

 事前にリンクしていた位置情報を確認してみれば、何が何だかわからずとも、私の指示に従いここから離れようとしてくれているようであった。


 メッセージにて、ロロテアの支部に連絡するように伝える。

 幸い私は今配信中。詳細な報告なんてしなくても、山岡なら私の配信を確認して現状を把握し、動いてくれるはずだ。


:おかしいだろなんで二層に

:竜種が作れるマナなんて上層にあるわけ

:シアちゃんいける……?


「…………余裕」


 正直、場所が悪い。

 竜種を相手するくらいなら、確かに余裕だが。

 ここは千年樹の頂点。足場は最悪で、なにより狭い。

 それに今目の前にいるのは────


「っ!」


 目の前で光った赤色を見て、咄嗟に左に跳ぶ。

 肌に刺すような、小さな痛み。焼けるような、肺の感覚。

 先ほどまで私がいた場所を、真っ赤な炎の波が通り過ぎていった。


 ドレイク。赤竜ともいう。

 意味としてはオランダ語でのドラゴン。しかし日本では、ダンジョン内に出現する魔物であるドレイクとドラゴンは、明確に別のものとして扱われる。

 特に火属性のマナを多くもった竜種を指し、ブレスや火属性魔術の行使によって、属性攻撃を放ってくることが特徴だ。


 相性は最悪。

 二層に存在する植物は、そもそもの二層の環境的に、火属性のマナを受けることが少なく、ダンジョンの外にある木材とさして性質は変わらない。

 七層に存在する樹林地帯に生える木々のように、火に対する耐性を持っているわけではないのだ。


 そしてドレイクの放つブレスの温度は、平均して摂氏四百三十度ほど。

 いろいろ言ったが、早い話ドレイクのブレスまたは火属性魔術を受ければ、この千年樹は燃えてしまうのだ。


 それならば氷属性魔術で冷やせばいい。

 私だってそうしたいのだが。


:頭いいなこいつ

:魔術構築できてへん……?


 “氷穿フロストエッジ”の発動の予兆が見えた瞬間、魔力場を乱す竜種の咆哮によってそれをかき乱される。

 “氷穿フロストエッジ”を構築するまでにかかるのは、思念法ならば大体コンマ七秒ほど。

 たった一秒以下に反応して、魔術構築が乱されていく。


「……っち」


 そして魔力場が乱されると、現在発動している魔術も強制的に解除されてしまう。

 基本的に私の空中機動というのは、“氷精の舞踏(フェアリィダンス)”頼りだ。

 それがなくなってしまえば、私の空中機動力の七割は削がれたも同然になる。


 空中に躍り出たまま無防備な私に向けて、ドレイクの細く長い尾が迫る。

 迫るそれに短剣を合わせ、弾く。

 無理矢理が過ぎる弾きによって、衝撃を殺すことなく受けてしまった私は、直撃を受けない代わりに地面に打ち付けられることになった。

 着地の瞬間、受け身を取りながら転がっていく。


「“絶対零度コキュートス”ッ!」


 転がりながら組み上げた魔術を、樹冠の中心を起点に発動する。

 どうやらダメージを受けながらの魔術の発動は想定外だったようで、ドレイクもこれに咆哮を合わせることは叶わなかった。


:いった!

:仕切り直しか


 この魔術は広範囲に氷属性のマナを爆発させる魔術だ。

 私の魔術の中で、最も範囲が広く、一撃の威力が高いものでもある。


 のだが、しかし。

 この魔術の威力は、起点からの距離と反比例する。

 爆心地である起点から離れれば離れるほど、エネルギーを持った氷属性のマナがもたらすダメージが小さくなっていくのだ。


 私がニュートラルで使った場合の絶対零度コキュートスの効果範囲は約十五メートル。

 しかし実際に下層以下の魔物に対して有効効果範囲となるのは、その半分以下の約五メートルほど。


 ドレイクは広げた翼を凍らされながらも、まだまだ余裕そうにこちらを見据えている。

 樹冠に広がっていた炎を止めることはできたが、ドレイクに対して大きなダメージとなったかと問われれば、間違いなくノーと言える状況だった。


「っはは。こいよトカゲ」


 こちらの意を介するのか、それは分からない。

 ただ少し、テンションが上がったが故の、ノリに任せた挑発だった。

 それが効果をもったのか、それとも先ほどの魔術によってなのか、はたまたた最初から私に対する殺意は変わっていないのか。


 確実に、ドレイクの私を見る目が、変わった。


「その翼じゃ飛べないでしょ?トカゲ」


 凍てついた翼を羽ばたかせても、ドレイクの体が空に浮かぶことはない。

 その隙を、見逃す私ではない。


 氷穿(フロストエッジ)によって、空中に氷の足場をいくつも生成する。

 氷精の舞踏(フェアリィダンス)では不可能な、複数個の足場の遠距離展開。


「うるさい口。黙れ」


 咆哮し、魔力場を乱そうとするドレイクの口を、私は蹴り上げて無理やり塞いだ。

 そのままドレイクの顎を蹴り、地面に向かって一気に加速。

 反転、ぐるんと体を回して今度は地面を蹴り上げる。

 身体強化をフルで回した私は、まるで弾頭のように螺旋を描きながら跳びあがり、短剣によってドレイクの腹を斬り裂いていく。


 斬り抜けて、空中に躍り出る。

 踏んでいるのは、先ほど生成した氷の足場。

 音が届くよりも先にそれを蹴り、魔力場が乱れるその一瞬前に、私はまた空中に跳び出していた。


 振るわれる両の爪。

 それをさらに踏んで、文字通り足掛かりにする。


 跳び上がり、頭上。脳天のその直上。

 ドレイクの、完全なる死角。


 思念法によって氷精の舞踏(フェアリィダンス)を発動し、高く澄んだ音を響かせながら、私は氷の足場を踏み割って頭へと跳び込んでいく。

 そんな私の元へ、音を頼りに索敵をしたドレイクの視線。

 こちらを見ることを予想していた私の一手……いや二手が、ドレイクの元へと飛来し、突き刺さる。


 短剣によって両の目を貫かれたドレイクは、大きく仰け反りながらひときわ大きな咆哮を放つ。

 そんなドレイクの口を踵落としで黙らせて、私は異空間に手を突っ込む。

 瞳をt閉じた私が抜き出した手に握るのは、鞘から抜かれた一振りの大太刀。


 白く輝くその刀の銘は、天白(あましろ)。 

 付与(エンチャント)された特性は、“ (はく)”。

 斬れば斬れる、そんな刀。


 全ての理を超える刃が、ドレイクの脳天に突き刺さった。

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