千年樹の侵略者
「ユイ、とにかく攻撃を続けて。全部捌く」
たとえ理不尽魔術を放たれたとて、方針は変わらない。
私が陽動し、ユイが攻撃する。
多少の打ち漏らしはユイでもなんとかなるだろうから、とにかく私は反射する剣と他の魔術を捌ききることに注力することになる。
発射待機状態から二秒、同時十二門射出。
右に五つ、左に二つ、上から二つに下から三つ。
掬い上げるように放った三つの弾を避けるために上に避ければ、囲むように全方位からの同時攻撃で仕留める算段なのだろう。
もちろん全部受けても死ぬことはないが、極力装備の損耗は避けたい。
と、いうわけで。
「ん」
:いともたやすく曲芸しないでね
:こんな感じの動きはシアの十八番やからさ……
着弾する直前に、魔術を短剣で弾く。
もちろんこの魔術の性質通りに、弾かれた魔術は一気に跳ね返っていった。
その先に、“氷穿”によって氷剣を形成。
それに当たった魔術は、またさらに軌道を変えて、私から見て右側に飛んでいく
弾いたすべての魔術に同じようなことをして、右側に集めていく。
フォルティアが操作するのなら、その先を読んで、私は氷剣を配置していく。
反射されたフォルティアの魔術は、やがて右側へと収束していく。
弾いて、反射させて、集めて。
:でたソードビットでのリフレクター
:七年前もやってた
:七年前ってそれ二層ハンターだった頃なんじゃ
:昔っからセンスの塊よ、この子は
操作したとしても、私はそれを読み切って、魔術による包囲攻撃を許さない。
また、剣状の魔術を操作することに意識を向けさせ、新たに魔術を使うことを許さない。
この魔術の厄介なところっていうのは、結局のところ環境や持続時間による他の魔術との合わせ技によって脅威度が跳ね上がることだ。
パーティ攻略ならそれに仲間の方へと飛んで行ってしまうという点も追加されるが、それを封じられるのならさして厄介なところはない。
軌道をコントロールし、フォルティアの他の魔術へと向ける意識を削ぎ続ける。
これさえできれば、対処自体は非常に容易だ。
なんなら体で受ける陽動者だって存在している。もちろんこれはある程度マナ適応が進んだハンターに限られる強引な突破手段だが。
「ユイ、離れて」
「離れ……?はい!」
そしてもう一つ。
この魔術の有効的な利用手段がある。
一度体外に出て成形されたマナは、吸魔の術式を施すでもしない限りは、マナの状態に戻ることはなく、そして体外に出たマナは、完全に性質が固定されており、攻撃魔術に成形されたそれは万人に対して牙を剥く刃となる。
もちろん特定の人物を効果範囲から外して魔術を発動するという術式や演算も存在しているが、基本的に一人の場合は、そういった演算を行う必要性は薄い。
魔術を行使する魔物だろうと、どうやらそこら辺の感覚は同じようで。
今私たちの目の前にふよふよと飛んでいるフォルティアも、攻撃目標の指定は行っていない。
つまり、こういうこと。
「ばーか」
さながらオウンゴールといったところだろうか。
自身の魔術を、自分に跳ね返されるフォルティア。
そこまで威力の高い魔術というわけではないが、しかし突き刺さったのは十二門。
別に装甲が硬いというわけでもないフォルティアにとって、魔術十二門分のダメージは、決して無視できるようなものじゃない。
「ユイ。行って」
指揮者らしく、指示を出す。
良い返事を響かせて、ユイは大きくひるむフォルティアに向けて駆けだしていった。
……インカムついてるから大きな声でいい返事をする必要性はないのだが。
さて、案外というべきか、それとも私にとっては想定通りというべきか。
すんなりと緑の剣状魔術を攻略してしまった私に、どうやらフォルティアの視線は釘付けのようだ。
「人気者は辛いね」
:クソザコ配信者やろうが
:熱量は他に負けてへんで
:フォルティアのヘイトについて言ったのでは……?
“氷精の舞踏”再起動。もう一度かけなおし。
並列処理のために一旦切っていたバフがもう一度かかり、格段に身体が軽くなる感覚が身を包む。
片足を踏み出せば、しっかりと足場も生成されている。準備万端。
ここまで私がフォルティアの攻撃を捌いてる中で、ユイはひたすら攻撃を続けていた。
身体能力、というか筋力──筋肉量というよりはマナ適応的な本人の攻撃力──は二層ハンターの平均よりは少々上といったくらいのユイではあるが、しかしいくらその程度と言えど、どちらかと言えば装甲の薄いフォルティアへ攻撃を続けていれば、積もったダメージはかなりのもの。
私の見立てでは、すでにフォルティアはかなり弱っているはずだ。
ってことで、使ってくる魔術は予想が立てられる。これも経験・知識によるもの。
実に昆虫らしい、言い換えればシステマティックな生態をしているフォルティアは、たとえ知性のある魔物だと言えども、その本質は昆虫だ。
先ほども言った通り、昆虫というのは大抵システマティックにできているもの。
この蛾も、死の危機に瀕した際には、一部の例外を除いてある特定の行動をしてくるようになる。
「シアさん!何か、来ます!」
「知ってる」
ハンターたちが俗にいう“発狂モード”。
PvEゲームで、ボスキャラが行ってくる熾烈な攻撃になぞらえて名づけられたらしい、魔物の暴走気味なレベルの攻撃を表す言葉だ。
発狂モードに入ると、こいつの場合は、大量の魔術を撒き散らし、マナの残量やra
自傷を気にしない魔術砲台と化す。
視界に大量の魔術陣が映る。
私たちを取り囲むように、自分ごと魔術の檻に閉じ込めるように。
水色、赤色、黄色、緑色、橙色、紫色、青色、白に桃に黒に他にも多数。
色とりどりの魔術陣は、そのどれもが私たちを刈り取ろうとする、殺意の塊だ。
それらが全て、発射待機状態へと移行した。
:やっば
:綺麗ねぇ
「シアさんシアさん、やばくないですか!?」
「ん。頑張って避けて。スイッチ」
ユイに対して応援の言葉を置いて、私は遊撃者を交代する。
流石にこの量の魔術を捌きながらフォルティアに攻撃も入れろというのは、二層がメインであるユイにとっては厳しいといったものだろう。
そもそもフォルティアを攻略するとしたならば、中層入りして多少の時間が経った頃が適切なのだ。
割と段をすっ飛ばしてここに来ているので、これくらいは大目に見ておく。
私は二層にいたときに初見で攻略してる。ユイより凄いのだ、私は。ふふん。
:なんか得意気
:多分心の中でマウント取ってるよ
:初見でこれ見切ったシアならマウント取ってもいいでしょ
跳び上がる、けど右から魔術が来てるので、足場生成から回避。
その先にまた二つほど来ているので、左手に握った短剣で弾く。
下から赤色の魔術陣。つまりは特大ビーム。足場生成から一気に跳ねて回避。
後ろ髪を掠めてビームが背を通る。周囲を確認すれば、他には当たりそうな魔術はない。
この発狂モード、フォルティア自身が攻撃対象を補足し照準する余裕がないのだ。この量の魔術を同時並列展開し、撃ったそばから魔術を構築し続けている中で、特定の場所に向けての攻撃をするほどの処理能力は、あいつにはない。
ちらりとユイの方を見る。どうやら大丈夫なようで、なんだかんだ悲鳴を上げながら躱し続けていた。
「っと、危ない」
よそ見してたら目の前に魔術が迫っていたので、右手に握っている短剣で弾く。
剣状の魔術だったので、弾いたそれをフォルティアの方へと誘導しておいた。
そのまま私も、フォルティアの元へと駆けていく。
ステップ回避。前から迫るビームを右へと躱す。
ローリングで前へと飛び込み、挟み込まれていた二つを躱して、更に前へ。
急静止。からの軽く体を後ろに傾けて、逆袈裟に切り上げられる魔力による剣を躱していく。
フォルティアに届く寸前に薙ぎ払うように振るわれた短射程の超高威力砲を躱せば、フォルティアはすでに私の間合いの内側。
つまりは既に、チェックメイト。
:やっば……
:相変わらずの化け物
:近くで見るフォルティアきっっっっ……
ひねったその力のままに、一気に短剣を振りぬけば、確実に命に届いた、そんな手ごたえ。
振りぬく音とともに、フォルティアの断末魔とともに、千年樹の頂上を埋め尽くしていた魔術陣が、一斉に光を失って消えていく。
後に残ったのは、死してなお星光の様な輝きを宿す、フォルティアの死骸のみ。
捻じれた千年樹の攻略は、ここに終了したのだった。
「────ッ!」
初回投稿はここまで。
次回からは、すでに書き終わってる一章終了まで一週間と少し、毎日一話に切り替わります。
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