ゆうぐれ
折角ならと、カクヨムにて投稿してたものをこちらにも。
始めまして、藍が姓、々瀬。が名前です。
二十四歳は果たして少女なのだろうか……?
「異常は……無し」
小さな風に揺れる新緑の草木、きらきらと太陽の光を跳ね返す小川の水面、遠く空を並んで飛ぶ鳥たちの群れ。
それらを感じながら私が出した結論は、私に命じられた任務の重大さとは裏腹に、どこまでも平穏そのものなものだった。
そんな呑気な草原の、ぽっこりと盛り上がった岩の上に座る私の背後に浮かんでいたドローンが、音も立てずに私のすぐ側に飛んでくる。
今となっては至極ありふれた技術である脳神経接続技術によって、私の意思をシームレスに受け取って動作してくれるこのドローンは、私がハンター稼業を始めてからずっと共に戦ってきた、相棒とも呼べる存在だ。
そんなドローンが、微細な駆動音を鳴らして、周囲の記録を開始する。
といっても、ハンター用コミュニティツール──と言いながらもはやただのSNSとなりつつあるが──であるハンターズリンクを通して、既にドローンを通した映像は配信され、アーカイブされている訳ではあるのだが。
ドローンがマナ粒子を飛ばして、スキャンする要領で周囲の記録を開始する。
大気の状態すらをも記録してしまうこれによって、記録時点での空間的情報が保存され、後から様々な角度から見返すようにして確認することが出来るのが、私が愛用する理由でもある。
もちろん他にもいくつか理由があるにはあるのだが。
:ダンジョン内のくせに呑気なもんだね
:そりゃ二層じゃね
私の視界の端に、半透明の文字が流れていく。
現在私は配信中。そして先程流れたのは、そんな私の配信についている、私宛てのコメントである。
そんなコメントを、私は完全に無視した。
というのも、私が今こうして配信をつけているのは、というか今ダンジョン内で私が配信をつけるのは、基本的に自衛のためが主である。
ダンジョンには、常に想定外の危険が付きまとう。それはたとえハンターとしての実力があろうとなかろうと、対処しきれずに命を落としかねない危険だ。
想定外の異常個体が出現することもあれば、見落とした何かが牙を剥くことだってある。他にも無法者による襲撃だったり、もっと単純に魔物による負傷だったり。
命の危機に陥った際に、ハンターズギルドや周囲の同階層を探索しているハンターに向けて救援要請を出すことは出来るが、それだって駆けつけてくれるハンターがいるかどうかは分からない。
まあリアルタイムで配信しているからと言って、必ずしも危機に対しての救援が早くなるという保証は無いのだが、しかしその可能性が高くなるのは事実。
またこうしてドローンが浮いている、つまり誰かの人の目がある可能性が存在すると言うだけで、少なくとも無法者ハンターによる襲撃というのは激減……どころかほぼゼロになる。
特に私のような、小柄な女性ハンターともなれば、人を傷つけることを厭わないような奴らに狙われる可能性は高く、こうして配信を行うのは、ギルドも推奨する対抗策のひとつである。
そんなギルドは全ハンターに対して配信を推奨している。
裏の意図としては、提供義務では中々手に入れることが出来ない、ダンジョン内の情報を効率よく収集しようとしているのだろう。ハンターにもギルドにもメリットがあるがゆえのリアルタイム配信推奨方針だと言えるのかもしれない。
:二層ってことは依頼っぽい?
:辻救助の可能性も
:枠タイ見たらわかるやろ
:# 2 7 5 4
:安定の番号
特に反応もしないが、コメント欄がリスナーたちによって動かされていく。同時接続数は35人ほど。
ほぼほぼフリーチャットである私の配信のコメント欄は、エンターテインメント的意味合いで言う配信とは程遠いこんな垂れ流し映像であろうと、随分と活発に動いている。
8年というそこそこに長い経歴がゆえの、ほとんどが現役ハンターか元ハンター、特に現役であれば大抵がBランク以上という、割と異質な配信である。
「依頼だけど、内容は話せない。ごめんね」
そんな皆に向けて、一言。
今回の依頼は、ハンターズギルドから直接発注された、第二層の魔物や周辺環境の調査という内容である。
というのも、最近異様に活性化している魔物が、二層の北部に多く確認されているそうなのだ。
異常個体の出現、霊脈からのマナ噴出、統率者となる強力な魔物の出現、スタンピードの兆候。
可能性としては様々なものが考えられるのだが、魔物の活性化が起きている以上、人にとって危ない状態に陥る可能性は低いと楽観視出来る状態ではない。
かと言って、証拠も無いのに何かありますなんて発表をしてしまえば、無駄に混乱を産んでしまう可能性がある。
だから、それなりに実績のあるハンターに向けて、ギルドからの依頼として調査任務が発注されたのだ。
ただ先述の通り、まだギルドはこの異常について、正式な発表は出していない。
明確な言葉にしていなければ、もしこの配信を見ている人が何かを察してそれを発信したとしても、所詮は一個人の憶測であるという建前をとることができるのだ。
ゆえに、こちらからは言葉にできない。
ただ危険であることは確かであり、何かしらの兆候である可能性は存在しているので、言葉にしない注意喚起としてこうして配信することは、ハンターズギルドからは止められていない。
それに私の主観だけでなく、リスナーからの色んな視点での意見をコメントに募ることもできる。なるべく多角的に、客観的に見るようにはしているが、どうしても一個人だ。本物の客観視があるのならば、それが一番なのである。
誰かと繋がっていたかったという気持ちも、無いわけではない。
:シアちゃん……お前喋れたんや……
:いや声は出てたやろがい
:口下手で無表情だけど会話自体はできるよこの子
まるで人のことを喋ることの出来ないハンターだと見ているようなコメントに、少しばかり腹が立つような感覚が私を包む。
実際コミュニケーションは苦手な方ではあるが、必要となれば最低限はこなせると自負しているのだ、私も。
なのでそうして全く会話ができないコミュ障のように扱われると、少し舐められたような気分になってしまう。
わざわざ伝える必要も無い事なので、声にも顔にも出すつもりは無いが。
と、そんな私の腰のホルダーに入れられていたハンター用支給端末が震える。
調査ということもあり、基本は隠密だったために、アラートは無い。しかしバイブレーションということは、少なくとも緊急の連絡や通達であることは確か。
『救援要請を受信:E167m』
素早く腰から端末を抜き出して、画面を確認した私の目に飛び込んできたのは、そんな文字列。
意味はそのまま。助けを求めているハンターが、ここから東に167メートル進んだ先にいる。
即座に応答。マップを開き、救援要請の発信元を表示。
周囲を読み取っても、どうやらこの救援要請に応答したハンターは、他には存在しないようである。
薄情と思われるかもしれないが、しかし応答しなかったハンターを責めることなんて、同業者としてはとてもできるはずがない。
ダンジョンの中という、常に命の危険が付きまとう環境で一番に優先するべきは、自分の命だ。どれだけ魔物の素材を得ても、どれだけ情報を得ても、持ち帰ることが出来なければなんの意味もない。
よっぽどよ余裕が無い限りは、救援要請なんて無視してしまうのが最善の判断なのだ。応答することによって得られるものは、信用と繋がり、それから個人からの謝礼があるかないか程度のものである。
それに、今回の相手は少々、第二層をサルベージするハンターにとっては分が悪すぎると言わざるを得ないものであった。
救援要請を発信した端末は、同時に周囲の空間を撮影し、映像として情報を垂れ流すようなシステムが組み込まれている。
これは、受信した端末に現在救援要請を発信しているハンターがどんな状況にいるのか、そしてどのような危険がそこにあるのかを知らせるための、状況報告も兼ねているシステムだ。
救助においてもっとも回避すべき事態は、向かった救助者が巻き込まれ、被害が拡大されてしまうこと。それを防ぐためのシステムなのである。
そんな映像の先に映っているのは、ヒグマよりもはるかに大きい、5メートルはあろうかという、巨大な黒い熊型の魔物。
間違いなく異常個体といえる、第五層の魔物が、まだ駆け出しであろうと思われるハンターを襲っていた。
よければ評価と感想下されば、励みになります。




