美食家は語らず、ただ皿を睥睨する
朝焼けは静かに差し込む。だが、この家の最古参たるマーブルは、すでに目覚めの時を迎えていた。ジャパニーズボブテイル一族の証でもある、短めの鍵尻尾には歴史を背負い、ひげには哲学を抱く。
この家の最古参にして、変食美食家の称号を欲しいままにする彼女は、今日も静かに、その皿の前に鎮座していた。
その皿に、出されたるは──
「……腎臓食……、また腎臓食……」
人間が目にしたら、餌皿に向かって、にゃごにゃご呟くその姿に、微笑むかもしれぬ。だが違う。実際は、「また腎臓食か――激マズの――」である。マーブルは、そっと、しかしはっきりと、その不満を顔に刻んだ。
「ねえ、これは、食べられるものなの? 本当に?」
その顔は、言葉にせずとも全てを語る。まるで五七五の短歌を彷彿とさせるリズムで、あらゆる不満と諦念を織り上げる。そして、皿を去る。カリカリは一口も減っていない。
だが、ここで終わらぬのがマーブル姐さんである。彼女はふらりと冷蔵庫へ向かい、その前に陣取った。人間に圧をかける、猫流の高度な外交手段。
「察しなさい……冷蔵庫には、たしかサーモンのお刺身があるはず……」
お母さんはその無言の交渉に慣れており、すぐさま「丁寧に細かくちぎったサーモンのお刺身ほんの一口分」を小皿に入れて差し出す。
──ぺろり、完食。
「はあ、これこれ。猫らしい朝食とはこういうもの……」
一方、白きもふもふ猫ノエル。朝のホットカーペットの上で、紐の幻覚とともにぐるんぐるん回っていた。
「ふふっ、ひも……いい……とうとい……」
マーブルはちらりと白猫を一瞥し、ため息をつく。
「この子、階段での家猫修行は進んでいるのに、精神年齢は逆行しているのでは……?」
次の瞬間、ノエルが突然静かになり、すくっと起きて、読書に勤しんでいたお姉さんの膝に前足をぽすっとのせるのだった。
「ねかしつけ……ください……」
「え!? いま起きたばっかりじゃない!?」
それでも、ノエルはそのまま愛しの膝で眠り始める。マーブルは黙ってそれを見つめ、ふ、と鼻を鳴らした。
「愛されることも、ある意味では才能よね……狩りより難しいわ、きっと」
その瞬間、マーブルの心のなかで、一年前のある記憶がそっとよみがえる──庭の隅。びしょ濡れで震えていた、よれよれの小汚い白い猫。怪我でもしたのか両耳の先は真っ赤で、体のいたるところを禿げちらかしていた。
「……でも、あの頃から、愛され系の顔はしていた、たしかに」
今、リビングにはホットカーペットのぬくもりと、猫たちの無言のドラマが静かに流れていた。マーブルは再び皿を睥睨す。
「でも腎臓食オンリーは、やめて。ほんと、猫やめたくなるから」