狩人会議、あるいは白きもふもふの査定表
──時は夕刻、空は茜をこぼし、猫の世界では「ご飯まだ?」の合唱が始まる頃。
だが、この家の二階では、ある重要な会議がひっそりと開かれていた。
場所は、お姉さんの寝室、天袋裏にある三姉妹の密談所──通称【シャカシャカゾーン】。保護材代わりになぜかぷちぷちが敷き詰められており、足元のビニール音がたまらなく心地よい。
集ったのは、三匹の狩人。
すなわち、ミー(サバトラ/天然人間大好き)、チコ(白黒三毛混じり/お姉さんのストーカー)、エリ(白黒三毛混じり/ビビり優しめ)。
議題はただ一つ。
「ノエルって、結局どうなの?」
ミーはカゴのふちでくるりと一回転し、無邪気な笑顔で言った。
「ねえねえ〜、あの子、やたらお腹揺れるけど、意外とやる気あるよね?」
「揺れるって言わないの」
チコが即座にツッコむ。「あれは、重心が安定してるって言うのよ。体幹があるっていうか」
「うん……でも、かわいいよね……どたんこどたんこしてて……」
エリはもじもじと前足を揃え、思い出したように呟いた。
──ノエルは、狩人たちにとって、未だ謎多き生態であった。
エリが手元の観察ノートを開く(それは実際には中身は当の昔に失せたカリカリの袋だが、今はノートという設定)。
「最近の記録……階段、七段目まで到達。紐に三回絡まり、自力で解けず、お姉さんに救出される。猫じゃらしを咥えてベッドに持ち込むも、そのまま寝る。うーん……評価は……残念な子?」
「でもあの子、寝るときめっちゃかわいくない?」
ミーが手で顔を隠すポーズをしながら再現する。
「こーんな顔で、お姉さんのひざに、ぽすっ。てして、『ねかしつけるです……』って!」
「わかる! わたしあれ真似してみたけど、お姉さんには『ん、ミーちゃんお口痛いの?』って言われた!」
「ていうか……」
チコが急に真面目な目で言った。
「ノエルって……狩れるの?」
──一瞬の静寂。
三匹の間に流れるのは、哀愁なのか、期待なのか、それとも単に夕飯待ちの時間の長さか。
「……そもそも、狩りする気……あるのかな?」
ミーが疑問を投げると、エリが即座に答える。
「ないと思う」
全会一致である。
しかしその時、下からひときわ大きな、どたんこっ!という音が響いた。
階段をのぼってくる足音──どたんこ、もっちもっち。
「……も、もしかして……のぼっている……?」
狩人たち、に再度緊張が走った。
ミーは爪とぎ台の裏に隠れ、チコは観葉植物の影に身を潜める(猫草だけど)。
エリは、最上段の高みでかたまる。
そして──八段目で足を滑らせたノエルの「ぴえええん……」という声と共に、階段踏破挑戦者の気配がふわりと消えた。
「……落ちた?」
「たぶん、眠気に負けたわね」
チコがつぶやく。
そう、ノエルはカツオジャーキーの誘惑も、そしてささやかな筋力も超えられたが、重力と睡魔には勝てなかった。
「寝かしつけられにお姉さんのところ行ったみたいね……あれは戦術的撤退……」
ミーがやや真剣に言い、三匹はしばし静かにうなずいた。
そしてチコが最後にノートにこう書いた(たとえそれが洗濯バサミでも)。
「ノエル、今後の観察継続。狩人タイプではないが、愛され型の可能性 大」
こうして狩人たちによる会議は、今日も平和裏に終了した。