ホットカーペット再稼働事件
五月尽の土曜、曇天より滴る雨は庭木の葉に囁きを授け、つんと冷たい空気は家の隅々に忍び込む。まるで季節が春から秋へと、時の糸を逆さに手繰ったかのよう。
某市の閑静な住宅地にある、白い壁に赤い屋根といった具合の、典型的な建売住宅。昭和に数多建てられたであろうその一階居室にて、麗しき白猫、ノエルと云う。
金と蒼の瞳を有すは天の遊戯か、はたまた偶然の戯れか。
ふくふくぽよぽよとしたその肢体は、やや重たげにソファから滑り落ち、ひやりとした床に肉球を当てた。
「……ぬくぬくゆか……ちべたい……」
その表情は、まるで熱を亡くした小説のラストページをめくるかの如く、しょんぼりとした哀愁と諦観に包まれている。
だが、天の配剤か、運命のスイッチは鳴る。
──カチッ。
ホットカーペット、復活せり。
ノエルの視線が煌めき、身を横たえるその姿は、まるで温もりに溺れた詩人のよう。
彼女の至福の時を見下ろすのは、高きキャットタワーに鎮座する、齢二十有一のさび猫・マーブル。
歯を一本も失わぬその強靭さは、すでに猫又の門前にまで至りし者とも噂され、眼差しには一分の隙もない。
「若き者よ……温き床に酔うその姿、悪くはなし」
語らずして語る老猫のまなざしに、ノエルはただ黙して応える。
そしてその時、階段の上──。
気配、三つ。目に見えぬ存在が、静かに、しかし確かにこちらを見下ろしていた。
サバトラ一つ、白黒ミケ風二つ。
十四歳の三姉妹。二階に棲み、声を発せず、ただ「存在」をもって階下に問いかける猫たち。
ノエルはホットカーペットに沈みながら、何を思うか。
マーブルがぽつりと独り言を零す。
──そう、これは、序章。物語はまだ、幕すら上がっていない。
外では雨、じとりと。
内では猫、ぬくもりに溶けて。
今日も、まったくもって平穏に包まれた某居室は、静かに熱を取り戻す。