事故の多い山道
「ああくそ、この道は通りたくなかったってのに……」
真夜中近くに街灯もほとんどない暗い山道を車で走りながら俺は一人でそう呟いた。
この道は俺の住んでいる地域から隣町へと移動するには最短経路となるのだが、なぜか夜中に事故の多発する道として付近の住民から恐れられているのだ。
例に漏れず俺も事故は怖い。そのため普段ならば絶対に使わない道なのだが、今日は仕事の関係でどうしても急いで隣町へと向かわなくてはならなかったのだ。
「今日中にだなんて社長も無茶を言うよな」
事故が多いのはこの山道に潜んでいる霊が仲間を求めて誘き寄せているからだ、そんなくだらない噂を思い出した私は一つ身震いをすると、強がりの独り言を呟きながら、早くこの道を抜けようと車のスピードを上げた。
その瞬間だった。
不意にぶるりと体を震わせたくなるような冷気が車内に忍び込んできたのだ。
エアコンを強くしすぎたか? そう思いながら正面から一瞬目を離した俺の耳に地の底から響くような人の声が届いた。最初はなにを言っているのか分からなかったが、それはやがて意味を持った言葉になっていく。
「……せ……とせ……おとせ……」
その声は落とせ落とせと繰り返していた。
落とせっていうのは、まさか俺の車のことか!? この声がこの道の事故の原因なのか!?
パニックになりかけた俺はさらにアクセルを強く踏み込む。すると、今度ははっきりとその声が聞こえてきた。
「だからスピード落とせって言ってんだよ!」
突如として耳をつんざいた怒声に俺は思わずブレーキを踏む。ガタンと音を立てて車は止まり俺はつんのめった。
そこにボヤくような声が届く。
「なんでこんな見通しの悪いところでみんなスピード出すかなあ。いちいち事故を見ることになるこっちの身にもなって欲しい」
その声には飽き飽きしたという感情が強く込められていた。