部屋
「おし、お前らここに並べ」
少女たちは、松山に言われた通り一列に並ぶ。もはや、反抗する気力などない。矢吹に至っては、立っていることすら辛そうだ。
灰野を除く全員が並んだのを確認すると、松山はホール奥にある扉を開けた。彼に引率され、少女たちは扉からホールを出る。と、異様な光景が広がっていた。
扉を開けると、そこは通路になっていた。左右の壁と床は、灰色のコンクリートで構成されている。窓はなく、外の風景は全く見えない。
天井には、一定の距離を置いて電灯らしきものが設置されている。もっとも、その光量は小さい。そのため通路は薄暗く、数メートル先がやっと見えるくらいだ。天井は高く、三メートル以上はあるだろう。だが、横幅は狭い。ふたり並んで歩くのがやっとだ。
まるで刑務所のようである。
「いいか、お前らは今から寮に行く。これから三年間、みんな同じ部屋で生活するんだ。じゃ、付いてこい」
想像を絶する環境に唖然となっている少女たちに、松山は冷めた口調で言い放つ。直後、すたすた歩き出した。
が、すぐに立ち止まった。振り返ると、少女たちに向かい口を開く。
「あっ、忘れてた。ひとつ忠告しておく。もし、俺の命令を無視して勝手な行動を取った場合、最初は注意に留めてやる。なぜなら、俺は優しいからだよ」
そう言って、ニコッと微笑む。しかし、誰も反応しなかった。この状況に打ちのめされ、言葉を返す余裕がなかったのだ。
そんな少女たちに対し、松山は一方的に語る。
「ところが、だ……優しくすると、勘違いするバカが出てくる。そういうバカは、やることがエスカレートしてくるんだ。そうなると、俺はこいつを押さなきゃならない。押したら何が起こるかというと……」
言いながら、壁に近づいていく。
そこにはスイッチがあった。松山は大げさな仕草で右手を挙げ、そのスイッチを押す。少女たちは、何事が起きるのかと辺りを見回した。
だが、何ひとつ変化はない。けたたましい音が鳴るわけでも、光がチカチカ点滅するわけでもない。何が起こるのだろうか。
その答えは、すぐに判明した。突然、パタパタという足音が聞こえてきたのだ。足音はどんどん大きくなる。
やがて、足音の主が現れた。三人の男だ。いずれも、同じ紺色のジャンパーを着ており。紺色の帽子を被っている。手には奇妙な形の棒を握っており、腰のベルトには無線機を装着していた。
「松山先生、どうかしましたか?」
三人の中でも一番年かさの男が、険しい口調で松山に尋ねた。だが、松山はヘラヘラした態度で答える、
「いや、新入生にお前らを紹介しとこうと思ってな」
そう言うと、松山は生徒たちの方を向き語り始める。
「この人たちは、ウチの学校の私設警備隊だ。何かあったら、すぐに駆けつけて来る。こいつらは怖いぞ。殴る蹴るは、当たり前だ。体罰なんて言葉が、生ぬるく思えるくらいの目に遭うことになるからな。おまけに、こんな武器まで持ってるんだ」
言いながら、彼らの持つ棒を指さす。
「これはな、ただの警棒じゃない。スタンバトンといってな、殴られると電気ショックがおまけに付いてくる。つまりだ、こいつで殴られたら、死ぬほど痛いってことだよ」
そう言って、松山はクスクス笑った。だが、少女たちはニコリともしない。警備隊もまた、表情ひとつ変えていなかった。
そんな中、松山は笑いながら警備隊に近づく。若いふたりを、手で指し示した。
「ちなみにだ、このふたりはウチの卒業生だ。なあ、そうだろ」
その言葉に、少女たちはギョッとなった。卒業後、こんな恐ろしい学校に就職したというのか。理解不能な世界だ。
若者ふたりはというと、無言のまま首肯した。言われてみれば、どちらも若い。まだ二十代前半であろう。その目つきは異様だった。死んだ魚のような目をしている。
松山は、そんなふたりに馴れ馴れしく話しかける。
「ついでに、この後輩たちに学園での生活についてアドバイスしてやってくれないか?」
その問いに、ふたりはまたしても無言で頷いた。直後、まず片方が口を開く。
「先生方には、絶対に逆らうな。でないと、地獄が待ってる」
「死んだ方がマシだと思えるような目に遭った奴もいる。とにかく、先生方の言うことには絶対服従だ」
続いて、もう片方が言った。まるで、ロボットのような口調である。少女たちは何も言えず、ただただ彼らを見つめていることしか出来なかった。
その後、彼女らは再び歩き出した。
十分ほど歩いた頃だろうか。突然、松山が立ち止まった。見れば、壁に鉄製の扉がある。引き戸らしく、ドアノブは付いていない。扉の上部は、ノートくらいの大きさのガラスが付けられていた。そこから、中が見られるらしい。
松山は手を伸ばし、扉を引いた。ガラガラという音ともに、扉が開く。
「ここが、お前らの寝泊まりする部屋だ。一年生の間は、ずっとここで生活することになる」
松山が言ったが、少女たちは答えることが出来なかった。その部屋が、あまりにもひどいものだったからだ。
広さは十四畳ほどだろうか。畳が敷かれた部屋と、水道の設置された洗い場とに分かれている。壁際には、布団が積み重ねられていた。その隣には、座布団も五枚積み重ねられている。
部屋の真ん中には、長方形の白いテーブルが置かれている。いや、大きなちゃぶ台といった方が正確か。
ちゃぶ台の上には、小冊子と白いタオルそれにブラスチック製のコップと木の箸が五人分おかれている。洗い場の壁には、歯ブラシと歯磨き粉が五つ立てかけられている。その横には、テレビが設置されていた。さらに、奥の隅にはトイレらしき小部屋がある。
その他には、何もない。娯楽用品はもちろんのこと、タンスや小物入れなどといったものすらないのだ。
それだけではない。トイレらしき小部屋は、上半分がガラス張りになっているのだ。つまり、外から上半身が丸見えなのである。
さすがに下半身は見えない構造になっているものの、こんなトイレに躊躇いなく入れる者は少ないだろう。
「こんな場所で、暮らせっていうんですか?」
尋ねたのは高杉だ。その声は虚ろなものであり、どんな答えが返ってくるかはわかりきっているようだった。
その予想は外れなかった。
「ああ、そうだ。嫌なら、もっとひどい場所がある。反抗的な生徒を、罰するための部屋だ。お前らにも、そのうち見せてやるからな」
松山の答えは、皆が想像していた通りのものだった。愕然となっている少女たちだったが、松山はお構いなしに指示を出していく。
「ほらほら、さっさと入れ。でないと、さっきの警備隊を呼ぶぞ。そしたら、かなり痛い思いをすることになる。どうするんだ?」
そこまで言われては、従わないわけにはいかなかった。少女たちは、部屋の中に入っていく。
全員が入ったのを確認し、松山は満足げに頷いた。
「まあ、今日のところはこれくらいにしておいてやる。後は、そこにある生活のしおりを読んで頭に叩き込んでおけ。あと二時間もすれば、夕食の時間だからな。腹いっぱい食べろよ。ここの飯は、結構イケるぞ」
そう言うと、松山は扉を閉める。ガラガラという無情な金属音が響き渡った。
続いて、ガチャガチャという音。どうやら、鍵をかけたらしい。
少女たちは、この部屋に閉じ込められてしまったのだ──
皆、へたり込むような形でその場に座った。その顔は、疲労の色が濃い。
それも当然だろう。この島に来てからは、考えられないようなことばかり起きている。
始まりは、入学式での身体検査だった。続いて、矢吹と浜口との闘い。灰野の常軌を逸した行動。さらに暗い通路を歩かされ、行き着いたのはこの部屋だ。
こんな場所で、三年間を過ごさなくてはならない……悪夢を見せられているかのような気分であった。
ややあって、鹿島がちゃぶ台の上にある小冊子に手を伸ばす。
開くなり、汚いものでも見るかのように顔をしかめる。さらにパラパラとめくっていくと、フウと溜息を吐き語り出す。
「ざっと見ただけッスけど……ここ、刑務所みたいッスね。食事の時間もテレビの時間も寝る時間も決められてるみたいッス。ヤバいッスね」
「完全に管理する気だね。風呂は週三回。食事は決まった時間。授業以外の時間は全て部屋で過ごす。だってさ……これじゃあ、拘禁病になっちまうよ」
同じく小冊子を読み始めた東原が、歪んだ表情で応じた。
少しの間を置き、東原が再び口を開く。
「たぶん、ここは刑務所よりひどい。刑務所は、一応は人権が守られてるらしい。けど、ここは人権なんて言葉自体がないみたいだね」
「えっ? 東原氏は刑務所に入ったことあるんスか?」
素っ頓狂な顔で聞いてきた鹿島に、東原は苦笑しつつ応じる。
「あるわけねえだろ。あたしゃ、まだ十五だよ」
「それもそうッスね」
鹿島もクスリと笑った。東原も笑ったが、次の瞬間に表情を一変させる。
「とにかく、三年どうにか我慢すれば卒業だよ。だからさ、なんとか上手くやっていこう。卒業さえすれば、こっちのもんだよ。この学校を絶対に訴えてやるからさ」
そう言った時、今度は高杉が口を開く。
「矢吹さん、大丈夫?」
心配そうに声をかけると、矢吹は顔を上げた。
「うん。何とか大丈夫」
答えたものの、大丈夫でないのは明らかだった。彼女は、先ほどから一言も発していない。表情は暗く、目は虚ろだ。その理由は、体のダメージだけではなさそうだった。
「ヤブっちゃん、気にすんなよ」
「そうッスよ。あの浜口って奴、ほとんどゴリラッスから。あんな奴、勝てるわけないッスよ」
東原と鹿島も、声をかける。矢吹は、口元を歪め頷いた。
「うん、わかったよ。ありがとう」
答えると、矢吹はちゃぶ台に手を伸ばし小冊子を手にする。ひとつを高杉に渡し、もうひとつを開いた。
その時、鹿島が怪訝な表情になる。
「今ふと気づいたんスけど、生活のしおりは五つあるッスね? てことは、ここにあとひとり入ってくるんスか?」
「そういうことになるね」
東原が答えたが、直後にとんでもない言葉を吐く。
「まさか、灰野じゃないよなあ?」
「いやいや、いくらなんでもそりゃないッスよ」
鹿島が、笑いながら答えた時だった。コツコツという足音が聞こえてきた。さらに、もうひとつの足音も──