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入学式(3)

「おい、お前ら。今から先生のお話がある。口を閉じてろ」


 生徒たちに声をかけたのは浜口だ。次いで、松山が口を開く。


「では、簡単な自己紹介をします。私の名前は、松山秀明です。そして、こちらが浜口大吾先生。柔道三段の怖い人です。逆らったら、怪我では済みません」


 言った後、今度は高木の方を手のひらで指し示した。


「こちらは、谷部雅人先生です。この先生は、かつて本物の傭兵でした。海外に渡り戦場にて活躍し、帰国後は友愛学園の教師をされています。君らくらいなら、素手で簡単に殺せる人ですよ」


 そう言うと、新入生たちをじっくりと見回していく。

 皆、何も言えなかった。松山はともかく、浜口と谷部が普通でないのは見ただけでわかる。

 浜口は耳が餃子のように変形しており、小山のような体格の持ち主だ。その大きさだけでも、大半の人間を圧倒できるだろう。

 谷部の方は、体格こそ浜口に劣るが、鋭い目つきといい立ちふるまいといい普通ではない。今も、ビシッと背筋を伸ばし生徒たちを睥睨(へいげい)している。何かあったら、すぐにでも殴りかかってきそうだ。

 そんな両者の迫力に、女生徒たちは完全に圧倒されていた。とんでもないところに来てしまった、そんな空気が漂っている。

 だが、彼女らはまだ甘かった。浜口が、さらにとんでもないことを言い出したのだ。


「今から身体検査を行う。全員、服を脱げ」


「は、はい?」 


 聞き返したのは東原だ。すると、松山が溜息を吐いた。


「おや、聞こえなかったのかな。では、もう一度言います。身体検査を行うから、皆さん服を脱いでください。まあ、今日のところは下着を付けたままでOKとしましょう」


「じょ、冗談だよな?」


 引きつった表情で、矢吹が尋ねた。だが、松山はかぶりを振りつつ答える。


「先生は、こんなつまらない冗談など言いません。これは、決していやらしい目的ではなく、あくまでも体の検査です。さっさと、言われた通りにしてください」


 真顔でそんなセリフを吐き、松山は一同を見回した。

 新入生は愕然となっており、咄嗟に言葉が出ない。まさか、男性教師の前で服を脱ぐなどという展開が待っていようとは思わなかったのだ。

 ややあって、口を開いたのは高杉だ。


「ちょっと待ってください。それ、セクハラじゃないんですか? 私たちにも人権があります──」 


「いいえ、ありません」


 高杉が言い終わらぬうちに、松山がピシャリと言ってのけた。


「この島には、ハラスメントなどという概念はありません。そして今の君たちに、人権はありません。人権を主張したいのなら、まず本土に戻ってください。その上で、然るべき場所に訴える必要があります。自分たちは、人権を侵害されてます……とね。そうすれば、法的機関が動いてくれるかもしれません」


 そこで、松山は言葉を止めた。少しの間を置き、芝居がかった仕草で高杉を指差す。


「高杉さん、でしたね。この状況をよく考えてみてください! 今の君たちには、本土に戻る手段はありません! 船がないのに、どうやって戻るのですか!? それとも、泳いで帰りますか!? それが出来るのなら、我々は止めませんよ! さあ、どうぞ!」


「そ、そんな……」


 途端に、高杉の表情が歪む。今にも泣き出しそうだ。

 他の少女たちにも、同様の変化が現れていた。確かに、この男の言う通りなのだ。孤島に設立された友愛学園……この閉鎖空間の中では、外部に連絡する手段などない。今の理不尽な扱いを、誰かに訴えることは出来ないのだ。

 ようやく状況を理解し、衝撃に打ちのめされる新入生たち。だが彼女らに構わず、話はどんどん進んでいく。今度は、浜口が喋り出した。


「はっきり言っておく。今までの常識は、全て捨ててもらおう。ここには、親も警察もいない。助けを求めたところで、誰も来てくれないんだ。俺たちが法なんだよ。お前たちを生かすも殺すも、俺たちの一存で決まる。今のうちに、きっちり頭に叩き込んでおけ」


 言い終えた時だった。今度は、矢吹が彼を睨みつける。そう、彼女だけはまだ戦意を失ってはいなかった。

 直後、矢吹の口から言葉が吐きだされる──


「ふざけんじゃねえよ」


 はっきりと、そう言ったのだ。

 聞いた浜口の表情も変わった。


「ああン? 今、何と言ったんだ?」


「ふざけんじゃねえと言ったんだよ! 冗談は顔だけにしろ! こんな学校、今すぐやめてやるよ!」


 怒鳴りつけた矢吹に、松山が真面目くさった態度で語り出す。


「それは無理です。退学させるかどうか、決めるのは我々であって、君ではありません。つまり、君の一存では退学できないのです。親御さんたちにも、そう伝えてあるはずです」


「そんなふざけた話があるか! あたしは、ここを辞める! 船がないなら、泳いででも本土に帰ってやるよ!」


 怒鳴り散らす矢吹。彼女は本気だった。こんなところに入るくらいなら、一か八か泳いでやる……そう心に決めたのだ。

 しかし、教師たちは平然としていた。


「君、確か矢吹さんだったよね? バカなこと言わないで、冷静になりなよ。この状況で先生に逆らっても、誰も得しない」


 言いながら、松山は矢吹に近づき肩をポンポンと叩く。

 と、矢吹はその手を乱暴に払い除けた。


「気安く触んじゃねえ! また触ったら、ぶっ飛ばすぞ!」


 怒鳴り、松山を睨みつけた。

 松山は、ハァと溜息を吐いた。直後、浜口の方を向く。


「浜口先生、見ての通り彼女はとても反抗的です。これは、教育的指導が必要ですね」


 話を振られた浜口は、ウンウンと頷いた。矢吹の方を向き、真面目な顔で語り出す。


「矢吹純。資料によれば、お前は三人の男子生徒を殴って怪我を負わせたんだよな。空手の初段を取得しており、喧嘩にも相当の自信がある……と」


「そうだよ。それがどうかしたか?」


 鋭い口調で言い返した矢吹に、浜口は驚くべき提案を持ちかける。


「だったら、先生と勝負しよう」


「勝負? 何の勝負だよ!?」


「簡単だよ。先生とお前は、ここで闘うんだ。ルールは無し。パンチでもキックでも、投げでも関節技でも、好きなようにやっていい。早い話が喧嘩だ。お前の得意なことだろう。というより、得意なことはそれしかないんだよなあ?」


「何だと……」


 さすがの矢吹も、そこで言葉に詰まった。こんなプロレスラーのごとき体格の男を相手に闘えというのか。あまりにも不利だ。

 そんな彼女に構わず、浜口は話を進めていく。


「この勝負で、お前が勝ったら退学を認めてやる。だが、お前が負けたら……ちょっとした罰ゲームをやってもらおう」


「罰ゲーム? なんだよそりゃ?」


「この場で、服を脱いで土下座するんだよ。もちろん全裸だ。これからは、先生の言うことには全て服従し奴隷として生きていきます……と、誓いの言葉を述べながらな」


 そう言うと、浜口はいやらしい笑みを浮かべた。矢吹は、顔を歪めて怒鳴りつける。


「そ、そんなこと出来るか!」


「じゃあ、やらないのか?」


「当たり前だ! そんなこと、誰がやるかよ!」


「ほう、そうかそうか。つまり、お前は怖いんだな」


 横から口を挟んだのは松山だった。途端に、矢吹の表情が変わる。


「こ、怖い? どういう意味だよ?」


「そうだろうが。こんなありがたい話はないぜ。勝てば、お前は何事もなく退学できるんだ。そうすれば、晴れて自由の身だよ。ま、ここから泳いで帰らなきゃならんが、そんなのは些細な問題だよ」


 些細な問題ではない。

 実のところ、この島から本土までは、船で半日ほどかかる。まだ十五歳の女の子が、泳いで渡れるような距離ではないのだ。しかも、確実に退学させてくれるという保証もない。

 その上、負けたら裸で土下座という辱めを受ける。つまり、この勝負は勝とうが負けようが矢吹に損しかないのだ。

 そんな状況の中、松山は矢吹を煽り続ける。


「それなのに、お前は闘おうとしない。つまり、浜口先生と勝負したら百パーセント負けるとわかっている。だから、この勝負をやらない。そうだろう?」


「ち、違う! こんな奴になんか負けねえ!」


 言い返した矢吹に、松山は大げさな仕草でぱちぱち手を叩いた。


「おお、浜口先生に勝つ自信があるのか。凄い凄い。だったら、何でやらないんだ? デカいこと言ってるが、本当は浜口先生に勝つ自信なんかないんじゃないのか?」


 その言葉に、矢吹の顔が歪む。すると、松山はさらに煽り続けた。


「あっ、わかったぞ。結局お前は、自分より弱いとわかっている相手としか喧嘩できない卑怯者なんだな。ダッセー奴だよ。空手の黒帯らしいけどよ、そこらのイキッてるチンピラと変わりねえんだな」


 松山の目には、あからさまな侮蔑の感情が浮かんでいる。そんな表情で立て続けに煽りの言葉を投げつけられ、矢吹は完全に我を忘れてしまった。

 そう、彼女は挑発に乗ってしまったのである──


「あたしはチンピラじゃねえ! 卑怯者でもねえ!」


 怒鳴った後、今度は浜口を睨む。


「やってやる……あんたをぶっ飛ばして、ここをおさらばしてやるよ」


「やっとやる気になったか。じゃあ、好きなようにかかってこい」


 言葉を返すと、浜口はニヤリと笑った。








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