灰色の天使たち(2)
突然の襲撃者に、チンピラたちは慌てふためく──
「てめえ何なんだゴラァ!」
まず立ち上がり喚いたのは加藤だ。しかし、これは大きな過ちだった。喚いている暇があったら、迎撃のための行動を取るべきだったのだ。
矢吹の方は、既に攻撃を開始している。彼女の右足が、ビュンと放たれたのだ。
強烈な上段回し蹴りが、加藤の側頭部を直撃した。
加藤は、口を開けたままバタリと倒れる。蹴りにより脳震盪が起き、意識が途絶えてしまったのだ。
その後ろから、室内に入ってきたのは東原麗奈と高杉亜理砂だ。東原はパーカーを着ており、高杉は作業服姿である。
「おいコラァ! ここに女の子を捕まえてんだろ!? 早く連れて来いやぁ!」
矢吹はというと、森田の襟首を捕まえ怒鳴る。森田は、怯えた表情で左側の扉を指さした。
「そ、そこにいます!」
「そうかい。ありがとさん!」
言った直後、矢吹の拳が飛んだ──
森田の腹に、左のボディフックを叩き込む。重い一撃に、チンピラはひとたまりもなかった。腹を押さえ、崩れ落ちる。
ほぼ同時に、奥の部屋から男たちが飛び出してきた──
そう、矢吹らが部屋に侵入したのと同じタイミングで攻撃を開始した者がいたのだ。
「ヒャッハー! 鹿島愛瑠! 参上!」
奇声を発しながらベランダから飛び込んで来たのは、野生児・鹿島愛瑠である。彼女は、この十階まで壁をよじ登り、ベランダに到着すると音もなく潜んでいたのだ。
インカムからの合図とともに、ガラス戸を開け室内に乱入した。そこにいるのは、リーダー格の中谷を初めとする三人だ。鹿島は、臆することなく攻撃に移る──
入ると同時に、鹿島は飛び上がった。
「スパイダーネット!」
わけのわからないことを叫びながら、網のようなものを投げつける。三人は、突然のことに何も対応できない。網は、中谷たちの顔や頭を覆った。
これは粘着テープを網状にしたものであり、殺傷力はない。だが、そんなものが顔面にへばりついてきた時の不快さは計り知れない。三人は、慌ててテープをむしり取ろうとする。
そんな中、鹿島はさらに追撃する──
「くらうッス! 必殺・エレクトリッガーパンチ!」
ふざけた雄叫びとともに、彼女の右手が突き出される。その手には、スタンガンが握られていた。
途端に悲鳴があがる。電撃の痛みに耐えきれず、飛びあがったのは中谷だ。
鹿島は、残りのふたりにも容赦なくスタンガンをくらわしていった。ふたりもまた、ぴょんぴょん飛び跳ね逃げていく。
スタンガンは、映画やドラマなどのイメージと違い当てただけで気絶させるようなことは出来ない。しかし、与える痛みは強烈である。常人ならば、一撃で戦意を失い逃げ惑うほどの激痛が走るのだ。
彼ら三人もまた、戦意を失っていた。この場から逃げることしか頭になく、ドアを開けてリビングへと走った。
だが、そこには矢吹が待ち構えている。
「よく来たな! 手厚くもてなしてやんよ!」
吠えた直後、矢吹は猛然と襲いかかる。
鍛えに鍛え上げた彼女のパワーやスピードは、二年前を遥かに上回るものだった。体格も大きくなっている上、技のキレも増している。
そんな矢吹を相手にして、三人に勝ち目などない。為す術なく、一撃で倒されていった──
矢吹と鹿島が暴れている間に、高杉は監禁されていた女の子を外に連れ出した。ガリガリに痩せており、怯えきった表情を浮かべている。服は着ておらず、全裸のまま監禁されていたのだ。
そんな少女に向かい、高杉は優しい表情で声をかける。
「大丈夫だよ。今、助けてあげるから」
そう言うと、少女の体にコートを着せ車に乗せた。
一方、リビングは惨憺たる状況になっていた──
「こりゃあ、マニアが見たら喜ぶだろうな」
楽しそうに呟いた矢吹目の前には、六人の男たちが転がされている。
全員が仰向けに寝かされ、手首と足首とをダクトテープでぐるぐる巻きにされている。ご丁寧にも、右手首と右足首、左手首と左足首という形でテープを巻かれているのだ。
さらに、口には猿轡をかけられている。しかも全員、衣服の類いはいっさい身に着けていない。全裸なのである。
そんな男たちの姿を、東原はスマホで撮影していた。裸体だけでなく、顔もきっちりと映している。
一方、矢吹はしゃがみこんだ。中谷の猿轡を外すと、残忍な表情で話しかける。
「久しぶりだね。あたしの顔を覚えてっか?」
「は、はひ?」
中谷は、矢吹の顔をまじまじと見つめる。だが、すぐにかぶりを振った。
「あ、あなたに会うのは、きょ、今日が始めてだと思います! だ、誰かと勘違いされているんじゃないですか!?」
「そうか。あんたらは忘れちまったのか。だがね、あたしはあんたらの面を覚えてるよ」
そう、矢吹は中谷を知っている。中谷たけでなく、本村と板垣のこともだ。
中学生の時、彼ら三人を叩きのめしたせいで、矢吹は友愛学園に送られてしまったのだ──
「あんたら、どうしようもないクズだね。クズは、死ななきゃ治らないか」
呆れた口調で言うと、矢吹は立ち上がった。ブンと足を振り上げる。
直後、中谷の股間に踵落としを叩き込んだ──
断末魔のごとき悲鳴があがった。中谷の睾丸は、矢吹の踵落としにより潰されてしまったのだ。
次いで彼女は、他の男たちにも同じことをしていく。猿轡ごしの悲鳴が、五回続いた。
「いいか、こんな商売はこれで終わりにしとけ。でなきゃ、また来るぞ。次に会った時は、必ず殺す」
矢吹が言い終えると、次は東原の番だ。彼女は、スマホをかざして見せる。
「もし警察に言ったりしたら、この映像が出回るよ。あんたらの名前と罪名の字幕付きで拡散してやるからね」
そう言うと、ふたりは玄関へと向かう……が、矢吹は立ち止まり振り向いた。
「おいコラ、いつまで遊んでんだ? そろそろ引き上げんぞ」
声をかけると、鹿島が他の部屋から出てきた。彼女は、面白いものがないかと室内を物色して回っていたのだ。
「あっ、行くッスか。とりあえず二十万くらい見つけたッスよ」
そういう彼女の手には、札束が握られている。
「あのなぁ、あたしら強盗じゃねえんだからよ。あんまり部屋を荒らすな。まあ、軍資金は必要だから拝借するけどな」
ブツブツ言いながら、矢吹は鹿島を引っ立てていく。
「いや、さんざん部屋の物を壊してたあんたの方が、部屋を荒らしてると思うよ……」
ツッコミながら、東原が続く。三人は、静かに部屋を出ていった。
三人はマンションを出た後、何事も無かったかのように歩いていった。
周囲には、人影がない。この辺りは住宅街であり、夜の八時を過ぎると人通りはない。
矢吹たちは、そのまま進んでいった。まっすぐ行けば、国道に出る。
そこには、車が待っている。車中には高杉がいるはずだ。さらに、灰野や吉本も乗っている。
歩いていた三人だったが、横道からスッと現れた者がいる。灰野茂だ。矢吹や鹿島と同じく、宅配業者のような作業服を着ている。
その隣には、高杉もいた。神妙な顔つきで、下を向いている。車で待っているはずだったのに、何かあったのだろうか。
「皆さん、ちょっとそこに来てください」
そう言うと、灰野はとある場所を指さす。そこは、小さな有料駐車場であった。車は一台も停まっていない。
灰野は、皆の返事も聞かず歩き出した。矢吹らも、仕方なくついていった。
駐車場に入ると、灰野は振り返り皆の顔を見回す。
「お疲れさまです。皆さんの仕事、見させていただきました」
冷たい口調で言った。
実のところ、彼女らの服にはボディカメラが仕込んである。灰野は、四人の行動をモニターで観ていたのだ。
「なんだよ。わざわざ来たってことは、あたしらの仕事ぶりに感動しちゃったのか?」
ニヤけた表情で言った矢吹に、灰野は呆れた表情でかぶりを振る。
「何を言ってるんですか。全くダメですよ。プロなら、有り得ない仕事ぶりですね。百点満点中、おおまけにまけて五十点といったところです」
途端に、矢吹の目が吊り上がった。
「ちょっと待てよ! どこがダメなんだよ!」
「まずは鹿島さんです。あなたは一階から外壁をよじ登り十階に行き、ベランダに潜んでいましたね。屋上からロープを使って降りた方が安全だったでしょう。なぜ、危険かつ目立つことをしたのですか?」
「いやあ、そこに壁があったので、なんか登りたくなっちゃったッス。すいませんッス」
鹿島は頭を下げる。もっとも、その表情はヘラヘラしている。灰野の言葉は、全く堪えていないようだ。
顔をしかめつつ、灰野は話を続ける。
「ああいう行動は控えてください。しかし、あなたはまあいいでしょう」
そこから、灰野の目線は高杉に移る。
「次に高杉さん。あなたは、監禁されていた女の子に衣服を着せてあげました。温かい言葉で慰め、どこかの施設に送ったようですね……が、これは我々の仕事ではありません」
そう、矢吹らが部屋で暴れている間、高杉は運転手である吉本に頼み、少女をNPO法人の施設に送っていったのである。その施設は、家出した少年少女たちを支援する団体が運営しているものだった。
「ご、ごめんなさい。なんか可哀想で……」
うなだれる高杉に対し、灰野はさらに口撃を続ける。
「お陰で、吉本さんに余計な手間をかけさせました。後で、余分な金を払わねばなりません」
「すみません……」
頭を下げる高杉の肩を、矢吹がポンと叩く。気にすんな、と言っているかのようだった。
次に灰野は、東原の方を向いた。
「次に東原さん、今回の作戦の立案者はあなたです。まあ、悪くはないものでした。ただし……」
そこで、彼の目がスッと細くなった。
「高杉さんの勝手な行動を、あなたは注意しなかった。チームの参謀役であるあなたが、余計なことを黙認してどうするんです? さっきも言いました通り、あの子のケアは我々の仕事ではありません。ああいった事態を見たら、止めなくてはならない立場なんですよ?」
「そうだね。あの捕まってた子、昔のあたしを見てるみたいでさ。ごめん、これから気をつけるよ」
東原は、素直に頭を下げた。もっとも、彼女の表情は先ほどとさして変わっていない。
次に灰野は、矢吹に視線を向ける。
「最後に矢吹さん、あなたはチームリーダーです。にもかかわらず、余計な発言や動きが多すぎです。万一、中谷があなたの顔を見て、名前を思い出したらどうなりますか? よく考えて行動してください」
「はいはい、わかりました」
小馬鹿にしたような態度である。灰野の顔つきが、さらに険しくなった。
「その態度は何です? わかっているのですか?」
「説教は終わりだね? じゃあさ、今からラーメン食いにいかね?」
「はい?」
思わず聞き返す灰野だったが、矢吹はお構い無しに話し続ける。
「たまにはさ、ラーメンでも食いに行こうよ。国道沿いにさ、まだ開いてる店があるってさ。初仕事祝いってことでさ、一緒に行こうぜ。金もあるし、久々に腹いっぱい食えるよ」
「あのですね、限りなく不合格に近い内容なんですよ。少しは自覚を──」
灰野は、最後まで言うことが出来なかった。矢吹が近づき、灰野の腕をガシッと掴む。いや、己の腕を絡ませていったのだ。
「ンな細けえこたぁいいんだよ! ほら、観念して来な!」
言いながら、強引に灰野を引きずっていく。と、そんな矢吹の横にピタッと付く者がいた。
「矢吹さん、あたしも行きます。一緒に食べましょう」
「えっ? あっ、おう、それなら三人で行こうか」
戸惑いつつも答えた矢吹。そのまま、三人ほ歩き出した。
おかしな光景であった。真ん中にいるのは、作業服を着て背が高く体もがっちりしている矢吹。彼女が右腕を絡ませ引きずって歩いているのは、パーカーを着た灰野である。小柄な彼は、困った顔で矢吹に付いていく。
そんな矢吹に、熱い視線を向けつつ左側を歩いているのは高杉だ。時おり、灰野にも敵意を込めた視線を送っている。
対する灰野は、高杉の視線にはあえて気づかぬふりをしているようだった。
前を歩いている三人を見て、東原はフウと溜息を吐く。
「なあ、あの三人て妙な関係性が出来上がってるよね。どうなるのかな?」
横にいる鹿島に言ったところ、彼女はキョトンとしている。
「へっ? 何がッスか?」
「気づいてないのか。やっぱ、あんた大物だわ」
苦笑しつつ、鹿島の肩をポンポン叩く。
「それより、僕もラーメン食いたいッス。東原氏も行くッスよね?」
「行くよ。あんたらみんな、ほっとくと何やらかすかわかんないからね。やっぱり、あたしが付いてないと」




