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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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潜入

 谷部は、学園裏口の扉を開け校舎内へと入っていった。皆は、彼の後に続き校舎内へと入っていく。

 廊下はがらんとしており、人の気配は感じられない。ゾンビのような感染者が集団で襲ってくるかと思いきや、中は静かなものだ。

 

「静かですね」


 高杉が呟いた。ちょっと拍子抜けした、という感じである。 

 

「本当ッスね。いきなりゾンビみたいなのが、ドドドと襲ってくるの期待してたんスけど……残念ス」


 本当に残念で仕方ない、という表情で鹿島が答えた。


「残念じゃねえよ。ンなもん期待しなくていい」


 東原がすかさずツッコミを入れ、皆がクスッと笑った。その時、灰野が口を開く。


「ところで谷部さん、そのウイルスですが、空気感染はしないのですか?」


「断言は出来ないが、濃いガスを近距離で吸ったりしない限りは大丈夫だと思う。もし、僅かな量でも空気感染するようなら、完全にお手上げだよ。我々も感染してしまうだろうな」


「そうですか。未知のウイルスに感染した連中を相手に、専門家でもないあなたの意見を参考にして立ち向かわねばならないとは……なんとも切ない状況ですねえ」


 嫌味たらしい灰野の言葉に、谷部はじろりと睨んだ。


「君は、本当に嫌な言い方をするんだね。ここは、俺を信じてくれとしか言いようがない。それに、今の状況を放っておいたら、被害はどんどん拡大していく。危険は覚悟の上で、今やれることをやらなくてはならないんだ」


「ああ、やってやるよ。こんなもん、ほっとけねえからな。あたしらが何とかしなきゃ」


 矢吹が威勢よく答え、ずんずん歩き出した。気合いの入り方が、他の者とはまるで違う。

 それを見た谷部は、慌てて走り出した。彼女を追い越し、押し止める。


「ちょっと待ってくれ。俺が先頭を行くよ。ここの構造に、一番詳しいのは俺だ。俺の後を付いて来れば間違いない」


 谷部の言葉に、矢吹はハッとなり立ち止まった。その時、灰野が口を開く。


「そうですね。ところで鹿島さん、あなたが見たゾンビみたいな奴について、もう少し具体的に教えてくれませんか?」


「具体的ッスか? あれは窓ガラス越しでしたけどね。離れてましたし……」


 聞かれた鹿島は、そこで言葉を止めた。うーん……という表情をする。だが、それは一瞬だった。


「最上階の廊下に、警備隊の服着た奴が歩いてたんス。だけど、その歩き方が変なんスよ。酔っ払いみたいにフラフラしてたんス。あの警棒みたいなのも持ってなくて……それだけでもおかしいのに、向こう側からは裸の女が歩いてたんスよ。その女も、酔っ払いみたいな歩き方で、警備隊と普通にすれ違ってたんス。こりゃ知らせなきゃヤバいと思って、すぐに降りたんスよ」


「は、裸って全裸か? 何でそんなのがいたんた?」


 矢吹が素っ頓狂な表情で聞くと、鹿島は真顔で頷いた。


「はい、全裸でした。あっ、でも肌色のレオタードかなんか着てたのかも知れないッスけど」


「いや、それはないだろ」


 またしても冷静に突っ込む東原に、皆はクスリと笑った。


「その女は、奴隷として売られるはずだった三年の女生徒だろう。あるいは、懲罰房にいた女かも知れないな。とにかく、生徒であることは間違いない」


 続いて谷部が、矢吹の疑問に答えた。すると、矢吹の表情が歪む。


「本当に、ロクでもねえところだな」


「ああ、ここは本当に腐ってる。教師連中は気に入った女生徒を性のはけ口にするし、警備隊はストレスのはけ口として生徒たちに躊躇いなく暴力を振るう。死人が出ても、事故扱いで終わらせる。俺が赴任したのは三ヶ月ほど前だが、その間にも死人がひとり出てる。ここでほ、何人死んでるかわからないよ」


「ひどい話ですね」


 高杉の言葉に、谷部は頷く。


「そう。ここのシステム自体がヤバいんだ。教師たちが本土に渡れるのは、年に二回か三回。警備隊に至っては、年に一回行ければいい方だ。しかも、現在の居場所を学園に伝えなきゃならない。家族と会うことも、基本的には無理だ。そんな閉鎖的な空間に閉じ込められていると、人間の頭はおかしくなるんだよ。教師も警備隊も、みんな狂ってる。はっきり言うが、君たちへの扱いは甘すぎたくらいさ」


「そうだったんスか……」


 さすがの鹿島も、感ずるところがあったらしい。真面目な表情になっていた。

 一方、谷部はさらに語り続ける。


「君らは全員、顔がいい。ここに来る生徒たちの中では別格だよ。しかも、タイプもバラバラだ。暴力で押さえつけず、じっくり調教してこう。そうすれば高く売れる……とも言われていたよ」


「ふざけやがって。だいたいさ、何で警察は動かないんだ?」


 聞いたのは矢吹だ。既に怒りの感情が露わになっている。


「前にも言ったが、ここの学園長は元警視総監だ。警察のヤバい事情を、いろいろと握ってるのさ。それに、ここに送られてくるような連中は、みんな世間から弾き出された人間だ。家族ですら、さじを投げちまった。そんな人間が死のうが行方不明になろうが、誰も知ったこっちゃないってわけさ」


 谷部が答えた時、東原がクスッと笑った。 


「つまり、あたしみたいな人間は死んでも誰も気にしないってことか」


「バカ言うな。あんたは生きるんだよ。生きて、ここを脱出するんだ。そして、あんたの親をあたしと一緒に殴りに行くんだよ」


 言ったのは矢吹だ。東原は、こくんと頷いた。


「うん。ありがと」


「話はそこまでにしましょう。ひとり来ます」


 灰野の言葉とともに、足音が聞こえてきた。一行の表情が変わる。


「もしかして、感染者は仲間を呼んだりするんですか?」


 高杉が尋ね、さらに東原も相槌を打ちつつ言う。


「ゲームじゃないけどさ、仲間呼ばれると面倒だね」


「その心配はないと思う」


 谷部が答えた時、曲がり角から現れた者がいる。スーツ姿の軽薄そうな見た目だが、歩き方が変だ。

 その顔には、見覚えがあった。東原が呟く。


「あいつ、松山じゃん」


 そう、友愛学園の教師・松山だ。入学式の時には、偉そうな態度で仕切っていた。しかし、今は見る影もない。フラフラとした足取りで、こちらに向かっている。

 矢吹は、複雑な表情でポツリと呟く。


「あいつも感染しちまったのか」


「だったら、遠慮なく殺しましょう」


 言うと同時に、灰野は動いた。松山に向かい、真っ直ぐ向かっていく。


「お、おい!」


 谷部が思わず声を発したが、灰野は止まらなかった。真正面から、松山へ突進する。

 一瞬にして、松山の表情が変わった。くわっと口を開け、灰野に飛びかかる。映画などで見るゾンビと違い、動きは早い。

 もっとも、灰野にとって脅威ではなかったらしい。彼は野球のスライディングのような動きで床を滑り、松山の脇をすり抜けていく。

 松山は、何が起きたかわからす混乱したらしい。動きを止め、キョロキョロと左右を見る。

 その頃には、灰野は後ろに回っていた。針を抜き、延髄に突き刺す──

 松山は、バタリと倒れた。それきり、ピクリとも動かない。灰野はしゃがみ込むと、冷静な表情で観察する。

 ややあって、顔を上げた。


「どうやら、ゾンビほどしぶとくないようですね。助かりました」


 事もなげに言ったが、矢吹は納得いかないらしく怒鳴りつける。


「お前! 何でひとりで先走るんだよ! 噛まれたらどうすんだ!」


「考えてみてください。感染者の攻撃で怖いのは噛みつきです。ところが、人間という生物は顔の構造からして噛みつきに不得手です。強い四つ足を持つ生物が瞬時に間合いを詰め、突き出た口を開け急所に噛みつく……それが、噛みつき攻撃の理想でしょう」


 冷静に答えた灰野に向かい、鹿島がパチンと両手を打ち合わせた。


「なるほどッス。犬も猫も、口が前に出てるッスよね」


「そうです。要するに、感染者の噛みつきよりスタンバトンで殴ってくる警備隊の方が、遥かに手強いということです」


「何でも冷静に分析しやがって、ヤな奴だな」


 言いながら、ジロリと睨んだ矢吹。しかし、灰野の目は谷部に向けられていた。


「それより、ひとつ疑問があります。廊下を歩いている感染者の数が、あまりにも少ないのですよ。谷部さん、これはどういうことだと思いますか?」


「逆に、君はどう思うんだ? 意見を聞かせてくれ」


 聞き返してきた谷部に、灰野は目を細めた。不快になったのか、それとも何か思うところがあったのか。

 しかし、それは一瞬だった。灰野は、静かな口調で答える。


「僕の考えでは、奴らは理性は失っているが、普段の習慣や習性は体が覚えているのではないかと。その体が覚えている記憶に従い行動しているのではないですかね」


「さすがだな。俺も同じ考えだ。そもそも、この学園内を自由に移動できる人間自体が少ない。松山や浜口、西田といった教師連中だけだ。実のところ、俺にも行けない場所や行ったことのない場所があるくらいだ」


 言った谷部に、高杉が尋ねる。


「じゃあ、大半の感染者はどこにいるんてすか?」


「生徒たちは、教室もしくは寮だ。地下で働いていた連中は、今も地下をウロウロしていると思う。ひょっとしたら、まだ作業を続けているのかも知れない」


 谷部はそこで言葉を切り、皆の顔を見回した。


「これはチャンスだよ。実際に入って見てみるまではわからなかったが、さほど苦労せずに四階まで行けそうだ。皆で四階に行こう」


「そうですね……」


 灰野が答えた。


「この先に、教師と警備隊だけが使う階段がある。四階まで一直線だ。そこに行こう」


 そう言うと、谷部は扉を押す。

 ギイという音とともに、扉は開いた。鉄の階段が、上へと伸びている。ここには、誰もいないようだ。

 一行は、階段を上り出した。






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