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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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24/33

 皆は、リュックに入っていたレーションを食べ始めた。英語の書かれたビニール製の容器に入っており、ビスケットのような固形物とスープ状のものに分かれている。


「本当に美味くはないッスね。でもまあ、食べられないことはないッス」


 文句を言いながらも、鹿島はパクパク食べている。他の者も、自分に割り当てられた分を食べていた。

 そんな中、灰野がボソッと呟いた。


「それにしても……妙ですね」


「何が?」


 矢吹が尋ねると、灰野は学園の方角を見る。


「もうじき夜になろうというのに、追っ手の気配が全くないんですよ。来てもおかしくない頃なんですがね。それと、もうひとつ……このリュックがあったという事実は、誰にも言わない方がいいです。厄介なことになる可能性がありますからね。我々だけの秘密にしましょう」




 レーションを食べた後、皆は床にしゃがみ込んでいた。喋る者はいない。鹿島ですら、黙り込んでずっと下を向いていた。

 もっとも、これは灰野の指示でもあった。声を出せば、外にいる者に聞かれる。そうなったら終わりだ。皆、声を殺して小屋に潜んでいた。


 やがて日が沈み、空には星が輝く。周囲は、完全な闇に支配された。

 そんな中、灰野が口を開く。


「夜になったことですし、まずは寝るとしましょう。見張りは、僕がやります」


 その時、声を発した者がいた。


「灰野さん、私たち助かるのですか? 助かる可能性は、どのくらいですか?」


 尋ねたのは高杉だ。不安げな表情だった。

 灰野は、彼女の方を向く。


「正直、最初は……あなたたち全員を助けるのは無理だろうと思っていました。いざとなれば、あなたたち全員を見捨てて、ひとりで逃げるつもりだったんですよ。しかし、状況は変わりました。助かる可能性は、かなり高くなっています。確率としては五分五分……いや、それ以上ですね。あとは、余計な行動を取らずおとなしくしていれば、みんなで生きて島から脱出できるでしょう」


「本当ですか? 本当に、私たち島を出られるのですか?」


 縋るような目で聞いてきた高杉に、灰野は笑みを浮かべ答える。


「本当です。なぜなら、この時間になっても、追っ手が来ていないのですよ。また、来る気配もなさそうです。となると……おそらく、学園で何か起きたのでしょう。僕らの脱走などより、よっぽど大きな事件がね。教師や警備隊は、その事件解決にかかりっきりになっていると思われます」


「事件? どういうこと?」


 聞いたのは東原だ。


「奴らは、僕らの脱走に気づいていないはずがないのですよ。にもかかわらず、捜索している気配がない。人の声も聞こえないし、車の音もない。つまり、奴らは脱走者を探しもせず学園内にいるのですよ。何か、とんでもない事件が起きたとしか思えません。あなた方は、本当に運が良いですね」


「学園で何が起きたんスかね?」


 尋ねた鹿島に、灰野はかぶりを振ってみせた。


「さあ、僕にはわかりません。ですが、これはまたとないチャンスです。あと三日、いや二日逃げ切れば、僕らの勝ちです」


 その言葉に、皆の表情が緩む。


「良かったあぁ……」


 言ったのは高杉だったが、灰野は冷たい視線を向ける。


「まだ、助かったと決まったわけではありませんよ。油断は出来ません。ひとまず、今は寝てください。ひょっとしたら、残り二日間は寝ることも出来ない可能性がありますから。見張りは、僕がやりますから」


「えっ……いいのか?」 


 矢吹が聞くと、灰野は頷く。


「こういうことに慣れてます。叔父夫婦に殺されかけた時には、三日間寝ないで隠れてましたから」




 暗闇の中、灰野は腕時計を見た。

 時刻は、午前三時半である。少女たちはというと、全員が熟睡していた。

 寝ている場所は、硬い木の床である。寝心地は悪いだろう。にもかかわらず、少女たちはあっという間に眠ってしまったのだ。

 それも当然だろう。少女たちは昨日、人が殺されるのを見た。さらに、この学園の裏を知ってしまった。肉体的な疲労はもちろんのこと、精神的な疲労も大きい。少々寝心地が悪いことなど、気にしていられないのだ。 

 

 しばらくして、むっくり起きてきた者がいる。矢吹だ。

 彼女は、そっと歩き灰野の隣に腰掛けた。


「どうしたんです?」


 灰野が尋ねると、矢吹はあくびをしながら答える。


「目が覚めちまった。だからさ、見張り交代するよ」


「大丈夫ですよ」


「大丈夫じゃねえだろ。いざとなったら、一番強いお前に戦ってもらわなきゃならないんだ。そのお前が、寝不足で殺られたら、残るみんなは終わりだよ。だから、あたしが見張る」


「いや、しかしね──」


「それとも、あたしじゃ信用できねえのか? あたしには見張りもさせられねえってのか?」


 暗いため表情は見えないが、口調からして怒っているのは明白だ。

 灰野は苦笑しつつ答える。


「別に、そういうわけじゃありませんよ。お好きにどうぞ」


「だいたいな、腹減って眠れねえんだよ。だから、起きてる方がいい。ところで……」


 矢吹は、そこで言葉を止めた。彼女にしては珍しく、次の言葉を発するのにためらっているらしい。

 少しの間を置き、口を開く。


「浜口が言ってたろ。あたしの手足をぶった切って変態に売ってやるって……あいつ、そんなことしてたのか?」


「正確には、学園がしていたんです」


 灰野が答えると、矢吹はうつむき黙り込む。どうしたのだろう。灰野も無言で、彼女の次の言葉を待った。

 ややあって、矢吹は語り出す。


「何でだよ……何で、そんなことするんだ? 自分の欲望のために、ひとりの人間の体と人生をめちゃくちゃにして、それで平気なのか? そいつらは、本当に人間なのか?」


 彼女の声は震えていた。体は大きいが、矢吹はまだ十五歳の少女である。そんな彼女には、理解できない世界なのだ。

 灰野はというと、静かな口調で答える。


「そういう人間こそが、大金を掴み力を得るのです。自分の欲望のためなら、他人の人生など知ったこっちゃないんですよ」


「その奴隷は、最後はどうなるんだよ? 退職金みたいなのもらって自由になれるとか、そういうのないのか?」


「残念ながら、それはありません。変態に飽きられたら、ほとんどが処分されます。暗い闇の底で、誰にも知られることなく短い人生を終えるのですよ。友愛学園から売られていった奴隷たちも、人知れず死んでいったものと思われます。この島を出られたら、人身売買組織について調べてみるといいかもしれません」


 灰野の身も蓋もない答えに、矢吹はうつむいた。暗いため表情は見えないが、彼女の裡にどんな感情が湧いているのかは察せられた。

 ややあって、矢吹は口を開く。


「あたしは、何も知らなかったんだな。そんな連中が、現実にいるなんて思ってもいなかった。奴隷を売る奴も買う奴も、みんな殺してやりたいよ。なあ、どうすりゃいいんだ? あたしに何が出来るんだ?」

 

 その声は真剣であった。矢吹の純粋で切なる思いが込められている。本気で何かしたい、と願っているのだ。

 しかし、灰野の答えは非情だった。


「あなたに出来ることほ、何もありません。あなたは警察ではないし、ましてや正義のヒーローでもないんです。今の矢吹さんに出来ることは、かかわらないでいることだけです」


「クソ……」


 矢吹は、呻くような声を出した。彼女にとって、自身が無力で何も出来ないという事実が、つらくてたまらないのだろう。

 そんな矢吹に、灰野はさらなる言葉を放つ。


「一般市民として生きるなら、目を背け見て見ぬふりをするしかないんですよ。実際、あの浜口や松山にひどい目に遭わされた女生徒は大勢いたでしょう。さらに、あいつらに逆らって死んだ生徒も、ひとりやふたりではないと思います。かといって、今から学園に殴り込みをかけ仇を討つのは無理でしょう。我々はただ、静かにここを去ることしか出来ません」


「ああ、わかったよ。ところで……」


 言いながら、矢吹はポケットから何かを取り出す。

 それは、トイレットペーパーだった。それも、字が書かれたものだ。

 入学式の夜、灰野が矢吹に宛てて書いた手紙(?)だ。


「これ書いたの、お前だよな」


 言った矢吹に、灰野は溜息を吐いて見せる。


「捨てろと書いたのに、何で取っておいたのですか?」


「これのお陰で、あたしは助けられた。ありがとう」


 言った矢吹が、どんな表情をしているのかはわからなかった。ただ、彼女が強い恩義を感じているのは確かだった。ひょっとしたら、この一言のために、わざわざ起きてきたのか。

 灰野は、思わず目を逸らす。


「あのねえ、これが教師たちに見つかってたら、僕たち全員が反省室送りになってたんですよ。たまたま運に恵まれて、見つからなかったから良かったようなものの……」


「前にも言ったろ。あたしはね、運がいいんだよ」


 自信に満ちた口調の矢吹に、灰野は冷ややかな言葉を返していく。 


「あなたは何を言っているのですか。運のいい人間は、最初から友愛学園に送られたりしません」


「でもさ、友愛学園(こ こ)に来たからあんたに会えた。やっぱり、運いいじゃん」


「な、何をバカなこと言ってるんですか。とにかく、もう寝てください。あとは、僕がひとりで見張りますから」


 灰野らしからぬ返しだったが、矢吹は一蹴する。


「ふざけるな。さっきも言ったろ、寝るのはお前だよ。あたしが見張る」


「そうですか。では、僕はここで寝ます。何かあったら、すぐに起こしてください」


 そう言うと、灰野は横になる。




 翌朝も、少女たちは静かに身を潜めていた。割り当ての僅かなレーションを食べた後は、小屋の中に無言で座り込んでいる。

 このままいけば、何事もなく島を脱出できるのでは……という空気が漂っていた。

 しかし、そう甘くはなかった。昼になった頃、灰野が声を発する。


「誰か近づいて来ます。やっと、追っ手が来たようですね。にしては少ないですが……」


 途端に、少女たちの顔色が変わった。


「どうする?」


 尋ねた矢吹に、灰野は落ち着いた表情で答える。


「まずは、様子見です。相手がこの小屋に来るようなら、僕が殺します。あなたは、他の皆さんを守っていてください。いざとなったら、逃げるんです」




 やがて、地下道から姿を現した者がいる。

 教師の谷部雅人であった。アラブ系にも似た濃い顔立ちと、筋肉質の体には問答無用の迫力がある。ただし、その顔からは疲労が感じられた。

 そんな谷部は、ジャージ姿で真っ直ぐに小屋へと向かい歩いてきている。

 灰野の表情が、一気に険しくなった。

 

「厄介な奴が来ましたね……皆さんは、ひとまず隠れていてください。僕が奴を殺します。しかし、ちょっとでも僕が不利になったら、これを持って逃げてください」


 そう言うと、灰野は矢吹に何かを手渡す。よくみれば、それは義歯だった。


「な、なんだよこれ?」


 怪訝な表情で尋ねた矢吹に、灰野は静かに答える。


「これは発信器で、電波を発しています。僕の仲間は、この電波を頼りに来るはずです。今まで、奥歯に仕込んでいたんですよ。これがあれば、僕が殺られても仲間に助けてもらえるはずです。仲間の名は吉本ですから、忘れないでください。あと、灰野が私たちを助けるように言っていた、と伝えてください」


 言い終えると、灰野は立ち上がった。小屋を出て、谷部に近づいていく。

 歩いていた谷部は、灰野の姿を見るなり立ち止まった。

 両者は、十メートルほど間隔を空け睨み合う。両者の間には、危険な空気が漂っていた。重苦しい緊張感が、ふたりのみならず周囲まで支配している。


 まず、灰野が動いた。メガネを外し、テンプルに仕込まれた針を抜く。さらに、一歩前に踏み出した。

 しかし、谷部の反応も早かった。パッと後ろに飛び退き、さらに間合いを離す。同時に、ポケットからは飛び出しナイフが抜かれていた。入学式で、灰野にちらつかせたものだ。

 銀色に光る刃を見て、灰野も動きを止めた。両者は、再び距離を空け睨み合う。

 その時だった。何を思ったか、矢吹が小屋から出ていったのだ。灰野の隣に立ち、構えた。

 すると、灰野が舌打ちをする。


「さっさと小屋に戻ってください」


 小声で言ったが、矢吹に言うことを聞く気はなかった。


「嫌だね。あたしも闘う。ふたりがかりなら、こいつに確実に勝てるだろ」


 そう返した時、谷部が意外な行動に出る。パッとしゃがんでナイフを地面に置き、両の手のひらを前に突き出したのだ。


「ちょっと待て。まず、話をさせてくれないか? 小屋の中に、他の生徒たちもいるんだろう? 彼女たちにも、ぜひとも聞いて欲しいんだ。頼むから、出てきてくれ」


「話? いったいどんな話でしょうか。まあ、どうせ先生からのありがたい降伏の勧告でしょうけど」


 灰野は、皮肉たっぷりの口調で聞き返す。

 その時、他の少女たちもぞろぞろと出てきたのだ。灰野は、冷たい目で少女たちを一瞥した。何をやってるんだ、とでも言いたげな表情である。 

 一方、谷部は静かな口調で語り出した。先ほどまでの刃物のような雰囲気は、綺麗さっぱり消えている。


「みんな聞いてくれ。今、この島は大変な状態なんだ。まともな人間は、ほとんど残っていない。俺とお前らだけなんだよ」


「それは前からでしょう。そもそも、あなた自体がまともな人間とは程遠いですからね」


 またしても皮肉たっぷりの口調で返す灰野だったが、谷部は意に介さず話を続ける。


「灰野、この際だ。正直に言ってくれ。お前、もしかして公安の手先か何かか?」


「そんなわけないでしょう。何をバカなことを言ってるんですか。僕は、警察に捕まる側の人間です」


 即答する灰野に、谷部も苦笑した。


「そうだよな、お前が公安とかかわりがあるわけないよな。まあ、お前の本業なんかどうでもいい。俺はな、実は刑事なんだ。この島には、とんでもない秘密がある。俺は、捜査のために教師として潜入したんだ」






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