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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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22/33

真相

「どうやら、僕の他にも仕事でこの島を訪れた人間がいるようですね」




 灰野の言葉に、真っ先に反応したのは矢吹だ。


「他にも、ってことは……あんたはここに仕事で来たのか?」


「そうです。そのために来ました」


「仕事って、やっぱ人殺しッスか?」


 ストレートに聞いた鹿島。周りの者の表情は引きつっているが、灰野は気にもせず答える。


「まあ、そんなところです。だから、あの谷部という教師の言っていたことは正しかったのですよ。まさか、一目で見破られるとは思いませんでした」


「じゃあ、あの西田先生を殺したのも、灰野さんなんですか?」


 次に尋ねたのは高杉だったが、灰野は頷きつつ答える。


「そうです。僕が殺しました」


「なんで、そんなことを?」


 東原が、そっと尋ねた。彼女もまた、恐れながらも興味を感じているらしい。


「絶好の機会だったからですよ。矢吹さんが騒ぎを起こしてくれたおかげで、仕事がやりやすくなりました。そして、あいつを殺したおかげで、教員や警備隊の連中はかなり動揺していました」


 聞いている矢吹は、思わず頷いていた。確かに、あの件から皆の様子がおかしくなった。校内の空気も変わった気がする。


「ところが、僕は谷部に目を付けられてしまいました。あの男は、かなり厄介です。さすが元傭兵ですよ。僕は、仕方なく作戦を中止し撤退することにしたのです。僕の仕事は本来、標的となった人物だけを殺します。しかし今回はね、殺すためというより、事件を起こすために来たんです。しかし、あの状況では無理ですからね」


「えっ? 事件?」


 聞き返す矢吹に向かい、灰野は頷いた。


「そうです。僕は、この学園に生徒として潜入しました。その後、隙を見て何人か殺す予定でした。学園の人間が次々に殺されていけば、奴らは学園に恨みを持つ者が、この島に潜み人を殺し続けていると思うことでしょう。学園の人間には、そう思わせる予定だったんです。平良正彦という名前を使ってね」


「その人、何者なんスか?」


 今度は鹿島が尋ねた。旺盛な好奇心を止められないらしい。楽しくてたまらない、という表情である。

 対する灰野は、ちょっと困った顔になりつう答える。


「一年ほど前、行方不明になった刑事です。どうも、密かにこの学園のことを調べていたようなんですよね。しかし、見つかって殺されてしまったものと思われます」


 途端に、皆の表情が変わる。刑事ですら、簡単に殺されてしまう……この島は、本当に危険な場所なのだ。

 そんな一同に、灰野は語り続ける。


「当初の計画としては、平良正彦の幽霊が西田を殺したのか? あるいは、平良の関係者が復讐に来たのか? などと誤解させる状況を作り、学校の職員たちの恐怖心を煽りパニック状態に追い込むつもりでした」


「なんか、少年探偵の事件簿みたいッスね」


 鹿島が口を挟むと、灰野はクスっと笑った。


「そう、推理小説によくある離島での連続殺人事件、あれをやる計画だったんです。そうなれば、いずれ学園関係者が島から逃げていくか、もしくは警察に連絡するだろう、とね。結果、この島の全貌が暴かれ学園長が逮捕される……それが、僕を雇った人間の計画でした」


 そこで、灰野は言葉を止めた。皆の顔を、ぐるりと見回す。

 少しの間を置き、再び口を開く。だが、その内容は衝撃的なものだった──


「皆さんも、もうおわかりですよね? ここは、学校じゃないんです。犯罪者もしくは奴隷を養成するための機関なんですよ」


「なんだよ、奴隷って……」


 唖然となる矢吹に、灰野は笑みを浮かべ答える。


「そうです。皆さんは、ここに売られたんですよ。いや、捨てられたと言った方が正確ですね」


「どういうことッスか?」


 尋ねた鹿島の顔つきも変わっている。だが、灰野の答えは非情なものだった。


「では、もっとはっきり言いましょう。皆さんの両親もしくは親代わりの方は、誓約書を書かされているはずです。この学園でどんな目に遭わされようが、一切の責任を問わない……という内容です。つまり、皆さんがここで殺されたとしても、両親は何もしません。葬式すら、出席しないのですよ」


 途端に、東原が立ち上がる──


「ざけんな! うちの親はクソだけどな、そんなもん書くはずがねえんだよ! ちゃんと言ったんだ! ここを卒業できたなら、また家族としてやり直そうって!」


「はっきり言います。それは嘘です。あなたの親は、嘘をついたのです。ここに入学した生徒の中で、無事に島を出られた者などいません」


 冷たい口調で言ってのけた灰野に、東原はなおも喚き散らす──


「嘘つくんじゃねえ! てめえ、ブッ殺すぞ!」


 直後、何を思ったか灰野に掴みかかっていったのだ。しかし、それは非常に愚かな行動だった。

 次の瞬間、東原はあっさりと倒された。灰野の足払いで、仰向けに倒れていたのだ。

 直後、灰野は彼女に馬乗りになる。全く無駄のない動きだ。倒されてから一秒もかかっていない。

 しかも、彼の人差し指は東原の左目に突きつけられている。今にも、眼球に触れそうな状態だ。


「いい加減にしてください」


 灰野の声は冷酷そのものだった。その時、矢吹が恐ろしい形相で怒鳴る。


「灰野ぉ! そこまでにしとけ!」


 今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。事実、矢吹は拳を握りしめていた。しかし、灰野は無視して語り続ける。


「僕の指をこのまま前に進めたら、あなたの左目が潰れます。さらに前に進めていくと、脳に達します。そうなれば、あなたは死にます。死にたいのですか? 死にたくないなら、右手を上げてください」


 すると、東原は震えながら右手をあげる。

 灰野は、動きを確認すると右手を収めた。パッと立ち上がり、彼女を見下ろす。


「賢明ですね。今はまず、おとなしくしておいてください。ここでは、法など存在しません。学園の連中に見つかったら終わりです。捕らえられたら、殺されます。あるいは、死んだ方がマシという目に遭わされますよ」


 言った後、灰野は皆の顔を見回した。少しの間を置き、再び口を開く。


「先ほども言った通り、あと三日経てば、僕の仲間が様子を見に来ることになっています。そうすれば、本土に帰ることか出来ますよ」


 そこで、灰野は苦笑した。口元を歪めつつ語り続ける。


「僕の方も、計算が狂ってしまいましてね。谷部のせいで、計画は失敗です。教師のあいつに睨まれてしまった以上、下手に動くのは自殺行為ですからね。こうなっては仕方ありません。みんなで逃げましょう」


「じゃあ、あたしたちは助かるんだね?」


 矢吹が念を押すように尋ねると、灰野はかぶりを振った。


「いいえ。今は、助かる可能性があるというだけです。学園の奴らは、この島をくまなく捜索するでしょう。三日間、逃げ切れるかどうかですね。厳しい戦いになりますよ」


「だったら、その三日間のかくれんぼで鬼に捕まらなきゃ、僕たちの勝ちというわけッスね」


 鹿島が、トボけた口調で聞いてきた。どうにも緊張感のない少女である。

 矢吹と高杉は、思わず笑っていた。今は、その緊張感の無さがありがたかった。


「かくれんぼ、ですか……まあ、そういうことです」


 灰野も、苦笑しつつ答えた時だった。

 突然、東原が立ち上がった。灰野を睨み、口を開く。


「あんた、あたしたちが親に捨てられたって言ったね」


「そうですよ。また、蒸し返す気ですか?」


「違う違う。ついに、来るべきものが来たんだな、てね」


 そう言うと、東原は笑った。言うまでもなく、おかしくて笑ったのではない。

 悲しい笑みが、その顔に浮かんでいた。


「ウチはさ、けっこう金持ちの家だったわけ。で、姉上(あねうえ)はあたしと違って超優秀。真面目だったし成績もトップグラスだった。あたしは、そんな姉上の下に生まれて本当に苦労したよ。何かにつけ、比較されてさ。お姉ちゃんはこんなに優秀なのに、なんであなたは……みたいな感じだった」


 姉上という言い方に、矢吹は引っかかるものを感じた。お姉ちゃんと呼ばず、姉上と呼ぶ……どこか屈折した思いが伝わってくる。

 一方、東原は静かな口調で語り続けていく。


「あたしもさ、努力はした。必死で勉強したんだ。でもね、頭の根本がバカなんだよ。地頭、っていうのかな。姉上は、普通に勉強すれば百点とれる。でも、あたしは猛勉強しても七十点いくかいかないか」


 それは違う、と矢吹は思ったが口にはしなかった。

 矢吹の見る限り、東原は頭がキレる。学園内での立ち回り方や教師とのやり取りを見るに、頭の回転は早いし、環境に適応する能力もある。また、多くの選択肢から正解を導き出す能力も高い。事実、彼女のおかげで助けられた局面もあった。

 ただ、それらの能力はペーパーテストで発揮されなかっただけだ。東原は、断じてバカではない。


「それでも、小学生の時はまだマシだった。私立の中学に入ったら、人生が変わっちゃったよ。周りは、あたしと違って本物のお嬢さまばかりだった」


 そこで、東原はまたしても笑う。自嘲の笑みだ。

 今や、ここにいる全員が彼女の話に聞き入っていた。灰野ですら、黙ったまま口を挟むことはしなかった。


「ウチみたいな成金と、本物の金持ちとは全然違う。あいつらは凄いんだよ。勉強やスポーツはもちろんだけど、喋りも達者だし集団での立ち回り方も上手い。優秀な遺伝子の溜り場なんだよ、上流階級は。何やっても勝てない。あたしは、学校に行く度に惨めな気分にさせられたよ。しかも、勉強のレベルも上がってきた。毎日猛勉強して塾通いしても、平均点いくのがやっとだった。本当につらかったよ」


 その時、東原の目から一筋の涙がこぼれた。だが、彼女はそれを拭い話を続ける。


「だから、あたしはそっちの競争から逃げることにした。必死で頑張って勉強しても七十点より、まるきり勉強してないから零点……そっちを選んだんだよ。それからは、もう弾けまくったね。タバコや酒、さらには草。あと、市販薬でのキメ方なんかも教わった。当時は、どうなってもいいと思ってたよ」


「東原……もう、いいよ。わかったから、言わなくていい」


 矢吹の口から、思わずそんな言葉が出ていた。しかし、東原は無視して語り続ける。


「あたしって、本当にバカだよね。何もわかってなかった。まさか、親に捨てられた挙げ句、こんな地獄みたいな場所に来ることになるとは思わなかったよ。親にとって、あたしは家族の一員じゃなく、必要のない不良品だったんだ」


 言いながら、東原は矢吹の方を向いた。その瞳は濡れており、あまりにも痛々しい表情だった。

 その表情のまま、話を続ける。


「島を出ても、あたしには帰る場所なんかないんだね。じゃあ、戻っても意味ないよ。ここで奴隷やったって、一緒ってわけだ。もし学園の連中が追いかけて来たら、あたしが囮になるよ。みんな、その隙に逃げな」


 その時、ようやく灰野が口を挟む。


「泣き言ですか。今さら、そんなこと言ったところで状況は変わりませんよ」


「ちょっと!」


 矢吹が彼を睨んだが、灰野は構わず語り続ける。


「谷部の言っていたことは当たっています。僕はね、自分の父親を事故に見せかけ殺しました。なぜかと言えば、父が僕に生命保険をかけ殺そうとしていたからです。まず手始めに、叔父さんと叔母さんが村のチンピラと共に、僕を殺そうと森の中で襲いかかってきたのですよ。さらに、父親まで僕を殺そうとしました。だから、全員を返り討ちにしたのですよ。人間なんて、しょせんそんなものです。自分の得になるなら、子供なんて平気で捨てますよ」


 そこで、灰野は東原を見つめる。東原も、彼の方を向いた。

 両者の視線が交わった。その状態で、灰野は静かに語り出す。


「あなたより幸せな人間は大勢います。しかし、あなたより不幸な人間もまた大勢いるんですよ。それ以前に、今は戦いの最中(さなか)なんです。後悔も反省もしている時ではありません。まず生き延びること、それだけを考えてください」


 その言葉が終わると、今度は矢吹が東原の肩に触れる。


「囮になるなんて、絶対に許さねえぞ。あたしは、引きずってでも連れていくからな。帰る場所がねえなら、帰ってから自分で作りゃいいだろうが。あたしが一緒に、あんたの居場所を作るから」


 力強い声だった。東原は今にも泣き出しそうな顔で、矢吹を見つめた。

 そんな東原に、矢吹は語り続ける。


「みんなで、無事にこの島を出るんだ。そしたら、あたしと一緒にあんたの親を殴りに行こう。あたしがボコボコにしてやった後、あんたの前で土下座させてやる。その時、言いたいことがあるなら全部言ってやんな」


「わかった……」


 東原はうつむき、小さな声で答えた。矢吹は優しい表情で頷くと、灰野に目線を移す。


「灰野、あんたには本当に感謝してる。でも、もしまた東原にさっきみたいなことしたら、あたしは許さないからな」


「許さない、ですか。怖いことを言いますね。僕と戦う気ですか?」


 尋ねた灰野の顔には、面白い表情が浮かんでいる。勝てるとでも思っているのか? とでも言わんばかりだ。

 しかし、矢吹は引かなかった。


「そうさ。あんたが、あたしより強いことくらいわかってる。でもね、目の前で友だちにあんなことをされたら、黙っていられないんだよ。今度やったら、あんたをブン殴る。殺されるとしても、一発は入れてやるよ。あたしは、必ずやるからな」


 拳を突き出し、鋭い表情で言い放つ。すると、灰野は苦笑した。


「わかりました。実のところ、あなたを失えば、こちらとしても大きな戦力ダウンですからね。気をつけます」


 そう答えた時だった。何を思ったか、東原が矢吹に近づいていく。


「ヤブっちゃん……」


「な、何?」


 思わず後ずさる矢吹だったが、東原は構わず距離を詰めていく。


「今、友だちって言ってくれたね。あたしを、ヤブっちゃんは友だちだって思ってくれるんだね」


「えっ? いや、その、あの……」


 頬を染め口ごもる矢吹。照れているらしい。

 そんな彼女の手を、東原はそっと握った。


「本当に、ありがとう……」


 言った彼女の目から、涙がこぼれた。










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