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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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20/33

本性

 吠える矢吹を尻目に、灰野は音もなく動き出した。慣れた手つきで浜口の体を調べ、すぐに顔を上げる。


「意識を失っています。これは、矢吹さんの完全勝利と言っていいはずですが……問題はここからですよ」


 妙な言い方だ。引っかかるものを感じた矢吹は、どういう意味なのか尋ねようとした。

 その時、ホールに叫び声が響き渡る──


「やった! 勝ったんですよ! 矢吹さんが勝ったんてすよ!」


 その声の主は高杉だ。いつもは物静かな彼女が、子供のようにピョンピョン飛び跳ねているのだ。

 次いで、東原が満面の笑みを浮かべ矢吹に抱きつく。これまた、普段クールな彼女にしては珍しい。


「やったよ! これで、あたしたち出られるんだね!」


「それは無理です」


 言ったのは灰野である。冷酷な表情で、かぶりを振った。


「えっ、だって浜口先生が言ってたじゃないッスか?」


 困惑した表情で聞いてきた鹿島に、灰野は淡々と答えていく。


「甘いですね。この浜口は犯罪者です。それに、友愛学園は学校と呼べる場所ではないのですよ。我々のような一般生徒との口約束を、ちゃんと守ると思いますか? その確率は、僕が新宿のナンバーワンホストになるより低いでしょう」


「そ、そんな……」


 高杉は、その場に崩れ落ちた。感情の消えた顔で、畳を呆然と見つめている。

 それも仕方ないだろう。このメンバーの中で、寮生活を一番嫌っているのは彼女である。やっと出られる……その希望が、あっさりと砕かれてしまったのだ。


「ちょっと待てよ! そんなの、本人に聞いてみなきゃわからないじゃん!」


 泣きそうな顔で怒鳴ったのは東原だ。表情といい口調といい、自分の言い分を通そうとする駄々っ子のようだった。


「だったら、本人に聞いてみるとしましょう」


 素っ気ない口調で言うと、灰野は例の「体育着」を用いて、浜口の足を心臓より高い位置に乗せる。

 次に、耳元で囁いた。


「浜口先生、大丈夫ですか? 早く起きてください」


 言いながら、軽く体に触れた。そっと揺する。

 一分も経たぬうちに、浜口の目が開いた。上体を起こし、寝ぼけたような表情で周囲を見る。先ほどの出来事を、忘れてしまったのか。

 しかし、次の瞬間に表情が変わる。巨体に似合わぬスピードで、勢いよく立ち上がった。

 矢吹を睨みつけ、吠える──


「てめえ! 俺を本気で怒らせたな!」


 浜口の口には前歯がなく、口の周りは血まみれだ。風貌の迫力が、さらに増している。

 だが、矢吹は退かなかった。


「待てよ! あんた、約束はどうなってんだ!? あたしたちを辞めさせてくれるんだろ!?」


「約束だあ!? バーカ! んなもん知るか! この際だから、本当のことを教えてやる! てめえら全員、死ぬまでここから出られねえんだよ!」


 顔を怒りで赤く染め、恐ろしい勢いで怒鳴り散らす浜口。矢吹に負けたのが、よほど悔しかったのだろう。

 対照的に、少女たちの顔は青くなっていった。確かに、この友愛学園はおかしいとは感じていた。だが、そこまで狂った場所だったとは……。


 絶望的な表情の矢吹らを見て、浜口の気分も収まったようだ。前歯のない口で、ニヤリと笑う。


「矢吹、お前だけは許さねえぞ。まず両手両足ぶった切って、首輪を付けてやる。学園にいる間は、俺さまがペットとして可愛がってやるからな。その後、海外の変態に叩き売ってやる。生まれてきたことを後悔することになるぜ」


 恐ろしい発言が飛び出した時、横から灰野が口を挟む。


「わかりましたね。この先生は、約束を守るような高潔な人格の持ち主ではありません。なんたって、女性を痛めつけるのが大好きな変態ですからね。オリンピックに出られなかったのも頷けます」


 からかうような口調である。

 その言葉を聞き、浜口はゆっくりと首を動かした。灰野を、じろりと睨みつける。


「さっきから、何を調子こいてんだガキが? バックに議員がいるからって、勘違いしてんじゃねえぞ」


「勘違いしてるのは、あなたの方ですよ。あなたは確かに強い。ただ、上には上がいます。何なら、今から証明しましょうか?」


 言った後、灰野は笑みを浮かべた。

 直後に、メガネを外す。浜口を恐れている素振りは、微塵も感じられない。それどころか、放つ空気も変化している。

 先ほどまでのいじめられっ子の仮面が、完全に剥がれ落ちていた。代わりに、冷酷な殺し屋の顔が現れていたのだ──

 

 浜口は、異様な雰囲気を感じた。

 日本の国技である柔道にて、オリンピック候補になるというのは、尋常ではない強さの持ち主ということだ。全国の何千何万というフィジカルエリートの選手たちと闘い、勝ち上がらねば候補にすら選ばれない世界である。

 オリンピック候補だった浜口は、確かに強い。並の人間なら、五人や六人たばになっても敵わないだろう。矢吹との闘いも、もう一度やれば、浜口が勝つ可能性の方が高い。


 そんな浜口だが、灰野の前で動けずにいた。

 今の灰野からは、人として異質なものを感じたのだ。武道に打ち込んできた人間特有の勘が、警告音を発している。

 そう、浜口の勘は灰野を危険だと言っていた。具体的なことは何もわからない。しかし、危険だということだけは、はっきりとわかっている。


 その時、灰野がクスリと笑った。浜口をバカにしているようた。

 途端に、浜口の怒りに火がついた。


 何を止まってるんだ? 


 浜口は己に言い聞かせ、違和感を振り払う。目の前にいるのは、あまりにも貧弱な少年だ。確かに異様なものを感じる。だが、自分には勝てまい──


「調子に乗るなゴミクズが。ひねり潰してやる」


 そう言うと、浜口は真正面から掴みかかる。

 これまで必死の鍛錬で、己を磨き上げてきた。そうやって得た強さに、絶大なる自信を持っている。だからこそ、正面から潰しに行くのだ。


 その時、灰野はパッと伏せた。同時に、浜口の足へ針を突き刺す。何の躊躇もない攻撃であり、しかも浜口は裸足である。

 メガネのテンプレに仕込まれていた針は、足の親指に深々と突き刺さった。予想もしなかった攻撃に、浜口は苦悶の表情を浮かべ下を向く。

 直後の灰野の動きは、敏捷な野生動物のようであった。この一瞬の隙に、針を引き抜き後ろへと回り込む。

 直後、さっと飛び上がり背中へと移動する。小柄な彼ならではの戦法だ。

 灰野の手にした針は、まっすぐ延髄を狙っていた──


「地獄へ落ちろ」


 低い声で呟きながら、針を突き刺した。さすがの柔道オリンピック候補も、延髄を突き刺されては、どうすることも出来ない。

 浜口の巨体が、前のめりに倒れる。




 ホール内は、静まり返っていた。女生徒たちは、無言のまま浜口を凝視していた。

 針を引き抜いた灰野に、矢吹は震える声で尋ねる。


「は、灰野、浜口はどうなったんだ?」


「殺しました」


 表情ひとつ変えず即答する。

 直後、へなへなと崩れ落ちた者がいた。高杉だ。彼女は、生まれて初めて人が殺される場面を見た。その衝撃により、立っていられなくなったのだ。

 他の女生徒たちは、かろうじて立っている。だが、衝撃を受けていることに代わりはない。動くことも喋ることも、考えることすら出来なかった。

 一方、灰野は動き続けている。浜口のポケットを探り、鍵の束を取り出した。

 顔を上げ、口を開く。


「こうなっては仕方ない。逃げましょう」


 そう言ったが、誰も反応しない。憑かれたような表情で、死体を見つめていた。

 灰野は、スッと立ち上がる。矢吹のそばに行き、いきなり平手打ちを放った──


「矢吹さん! しっかりしてください! 逃げなければ、奴隷として一生あいつらに奉仕させられるんですよ!」


 叩かれ怒鳴られた矢吹は、ハッとした表情で灰野を見る。

 その時、東原が震えながら口を開く。


「ひ、人殺し……」


 言った直後、彼女は後ずさっていく。

 東原は今まで、大勢の不良少年を見てきた。また、自身も人を殴ったことがある。したがって、暴力には慣れているはずだった。

 しかし、灰野はそんな不良連中とは次元が違う。本物の人殺しなのだ。東原は、今になってその事実を理解した。

 この少年が怖い──


 しかし、灰野は表情ひとつ変えず答える。


「ええ、僕は人殺しです。でもね、今はそんなことを言っている場合じゃないんですよ。早く逃げないと、この島から一生出られなくなります。極楽島で、奴隷として生活したいのですか? なら、僕は止めませんよ。生き方は人それぞれですからね。奴隷もまた人生です」


 言ったかと思うと、灰野は(うやうや)しい態度で頭を下げる。


「では、今後も奴隷生活がんばってください。僕はひとりで退学させていだきますよ。それと……もうじき、警備隊が駆けつけると思います」


 皮肉たっぷりの口調で言うと、灰野はホールの扉に向かい歩き出す。本当に、ひとりで逃げる気なのだろうか。

 その時、矢吹がようやく動いた。東原に近づき、腕を掴む。


「東原! しっかりしなよ! 逃げるんだ! でなきゃブン殴るよ!」


 怒鳴りつけ、強引に腕を引いていく。

 次いで、高杉に近づいて行った。しゃがみ込むと、腕を掴む。


「ほら! 腰抜かしてる場合じゃないよ! 立つんだ! 立って逃げるんだ! 一緒に、あんたのクソ親父をボコりに行くって約束したろ!」


 言いながら、力任せに立たせる。残るはひとり……と思い周囲を見回した時だった。とんでもない光景が飛び込んでくる──


「これが死体なんスね。動物の死体はいっぱい見ましたけど、人間の死体は初めてッス」


 そんなことを言いながら、しゃがみ込んで浜口の死体をツンツンつついている少女がいた。鹿島である。表情はヘラヘラしており、何のためらいもなく死体に触れているのだ。

 この少女は、目の前で人が殺されたという事実を何とも思っていないようだ。ただ、好奇心のおもむくまま行動している。とんでもない大物なのか、それとも恐ろしいまでのバカなのか……。

 こんな状況にもかかわらず、矢吹は思わず苦笑していた。だが、すぐに怖い顔を作る。


「鹿島ぁ! 遊んでる場合じゃねえんだよ! さっさと来い! 駆け足だ!」


「あっ、そうッスね。すいませんッス」


 とぼけた口調で言うと、鹿島は立ち上がった。こちらに走って来たが、足取りはしっかりしており表情もいつものままだ。

 大した奴だよ……心の中で呟くと、矢吹は扉に向かい歩き出す。両手で、東原と高杉を引っ張りながらだ。

 

 灰野は、外に通じる扉の前にいた。ゆっくりした動作で鍵を差し込むと、扉を開ける。

 きしむような音を立てながら、扉は開いた。

 

「待っててくれたんだ。あんた、意外とイイ奴なんだね」


 矢吹が声をかけると、灰野は口元を歪め答える。


「待ってたわけではありませんよ。鍵が多かったものですからね。ひとつずつ試していたら、時間がかかってしまいました。あなたたちは、本当に運がいいですね。ただ、その強運をいつまでもあてにしないことです」


 嫌味な口調である。だが、矢吹は不思議と腹が立たなかった。


「そうだよ、あたしは運がいいんだ。で、これからどうすんの?」


「僕について来てください。この島の地理は、ある程度は頭に入っています。あと、僕の指示には従ってください」


 素っ気ない態度で言うと、灰野は外に出る。少女たちも、続いて外に出ていった。






 

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