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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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19/33

再戦

 寮内は、異様な雰囲気だった。

 谷部の語った話は、女生徒たちに強い衝撃を与えていた。ひょっとしたら、この灰野は本当に殺人犯なのかもしれない……そう思うと、下手な話も出来ない。

 少女たちの間には、重苦しい空気が漂っていた。


 もっとも灰野だけは、それまでと変わるところがなかった。相変わらず、扉の方を向き体育座りを続けている。彼女らの方を向くのは、食事の時だけだ。

 女生徒らに対し、態度が変わるということもない。一言も喋らず、淡々と生活している。それが、かえって不気味だった。



 

 朝食を食べ食器を片付けた後も、室内には通夜のごとき空気が漂っていた。誰も、口を開こうとしない。

 その空気をぶち壊したのは、ひとりの教師であった。突然、扉が開く。


「今日は、俺が授業を担当する。お前ら、ついてこい」


 こう言って現れたのは浜口である。相変わらず自信たっぷりの表情で、ニコニコ笑っていた。嬉しいことでもあったのだろうか。

 寮にいる生徒たちは、一列に並び彼の後をついていった。正直、皆ホッとしていた。もちろん、女生徒たちは浜口のことが嫌いである。しかし、息がつまりそうな部屋にいるよりはマシに思えた。

 だが、それは大きな間違いだった。




 生徒たちが到着したのは、入学式の時に使っていたホールであった。浜口は畳の上に生徒を並べ、偉そうな態度で語る。


「今日は体育だ。お前ら、体はきっちり鍛えておけ。特に女子たち、綺麗なスタイルには、ある程度の筋肉が必要だからな」


 言った後、浜口は灰野に視線を移す。ゴミを見るような目つきだ。


「灰野、お前は参加しなくていい。隅の方で、腕立て十回、スクワット十回、腹筋十回、背筋十回くらいやっとけ。終わったら、あとは見学だ。座って見てろ」


「は、はい! わかりました!」


 灰野は、怯えた表情で答える。完全に、いじめられっ子の態度だ。入学式から、一昨日までと同じキャラである。

 しかし、女生徒たちは見てしまった。昨日、あの谷部を相手にして一歩も引かず、不敵な態度で言い返していた姿を……醸し出す空気も、まるで違うものだった。冷酷な殺し屋のごとき表情で、元傭兵の谷部を睨み返していたのだ。

 それに、この少年は本物の殺人犯かも知れない──


 女生徒たちは、恐る恐るという表情で灰野を見た。しかし、浜口は気付いていない。 


「てなわけで、体育は女子だけでやる。とりあえず、お前ら今から渡す服に着替えろ。これが体育着だ」


 そう言うと、浜口はホールに置かれていたダンボール箱を開ける。各自に、上下ふたつずつ手渡していった。


「これはな、動きの邪魔にならないよう先生が選んだんだぞ」


 得意げな表情で浜口は言ったが、中を開けてみればとんでもないものだった。

 シャツは、スケスケの極薄生地で作られた白いものである。下の肌は、ほとんど隠せていないのだ。しかも、短すぎて腰の位置を隠せていない。パンツに至っては、ただの黒い紐にしか見えない。

 唖然となる女生徒たち。こんなものを着るのは、グラビアアイドルかセクシー女優くらいのものだろう。

 しかも、浜口の話は終わっていなかった。さらにとんでもないことを言ってきたのだ。


「あとな、この体育着を使う時は、下着の着用は認めない。わかったら、ここで着替えろ」


 さすがに、女生徒たちの表情も変わった。これでは裸も同然である。


「こんなの着れません! だいたい、なぜ下着の着用を認めないのですか!?」


 まず口火を切ったのは高杉である。しかし、返ってきた答えは理不尽なものだった。


「校則で決まってるんだ。以上」


「校則ッスか……でも、これはちょっとね……」


 鹿島が苦笑しながら言い、さらに東原が畳みかける。


「ああ、そうですか。だったら、あたしたち灰野と同じく体育を見学します。それなら、着なくていいですよね?」


 もっともな話ではあった。しかし、浜口はかぶりを振る。


「駄目だ。灰野の見学は、俺が許可した。だが、お前らの見学は許可できない」


 そう言うと、浜口はニヤリと笑う。


「なあ、お前ら。先生のことをあんまり困らせないでくれよ。あんまり困らせられると、先生もキレるかも知れないぜ。そうなると、何するかわかんねえぞ」


「先生、いい加減にしてくださいよ」


 低い声で凄んだのは矢吹だ。表情も険しく、完全に攻撃態勢になっている。


「なんだと? おい矢吹、誰に向かってンな口聞いてんだ?」


 対する浜口に、恐れる様子はない。なにせ、前回は全く相手になっていなかったのだ。

 矢吹とて、その時の記憶は残っている。いや、忘れようにも忘れられない心の傷であろう。

 にもかかわらず、矢吹には引く気がなかった。


「あんたに言ってるんですよ。こんなしょうもないことして、恥ずかしくないんですか?」


「矢吹、お前も学習しねえなあ。もう一度ぶっ飛ばされないと、わからねえらしいな。こないだは邪魔が入ってノーコンテストだったが、リターンマッチ受けてもいいぞ」


 浜口は溜息を吐くと、軽く首を回す。ウォームアップだろう。その表情は自信に満ちていた。眼の前の少女は、絶対に受けないだろう……という思いの表れだ。

 しかし、矢吹の口から意外な言葉が飛び出した。


「わかりました。やりましょう。もし、あたしが勝ったら……ここにいる全員を、今すぐ退学させてくださいよ」


「おお、構わんぞ。その代わり、お前が負けたらどうするんだ?」


「先生の言うこと、何でも聞きます」


「だったら、この学園にいる間は服も下着もなしで生活するんだ。そして、先生方や警備隊の人たちに御奉仕する。御奉仕がどういうことが、言わなくてもわかるよな?」


 そう言って、浜口はいやらしい顔つきで笑った。途端に、高杉が矢吹の腕を掴む。


「駄目ですよ! そんなこと!」


 だが、矢吹は彼女の手を振り払った。


「高杉、こんな理不尽な思いをさせる学校で、三年も我慢するつもりか? あたしは嫌だよ。もし負けても、あいつらの言いなりにはならない。負けた時は、自殺してやるだけだ」




 矢吹は、上着を脱ぎ捨てた。浜口と向かい合う。

 ゴクリと喉が鳴った。わかってはいたことだが、この男は本当に大きい。その巨体からくるプレッシャーが、容赦なく襲いかかる。


 体の大きな者と闘う時、まず第一の関門となるのが、この巨体から醸し出されるプレッシャーだ。理屈ではなく、生物の本能によるものである。こればかりは、体験した者でないとわからない。

 浜口が近づいてきた。前回と同じく、余裕たっぷりの表情だ。矢吹は、思わず下がっていた。

 彼女とて、無策で挑んだわけではない。密かに、浜口との再戦に備え考えていた戦法もあった。しかし、いざ向き合うと、それら全ては頭から消えていた。浜口の巨体に加え、柔道選手としての実績やキャリアに裏打ちされたプレッシャーの前には、小手先の作戦など消し飛んでしまう。

 代わりに、かつて何も出来ず敗れた記憶が蘇ってきた──


 周りにいる者たちは、ただ見守るだけだった。ふたりの間に割って入ることなど出来ない。矢吹が怯えていることもわかっているが、どうすればいいのかわからない。

 その時、思いもかけぬ声が飛んできた。


「今さらビビってどうすんですか! 死ねば助かるんですよ! 勝ち負けなんかどうでもいい! 相手を殺すことだけに集中するんです!」


 その声は、灰野が発したものだった。いつの間にか、すぐ近くまで来ていたのだ。普段とは、全く違う声である。

 当の矢吹は、ハッとなった。


 そうだよ。

 負けたら死ねばいい。

 死ねば、助かるんだ。

 こいつらの奴隷にならずに済む。


 矢吹は腹を括った。どうせ死ぬのならば、前のめりに討ち死にだ。

 次の瞬間、思い切り息を吐いた。かっと目を見開き、自ら間合いを詰めていく。

 前進しつつ、鋭い気合いの声と共に左右のパンチを放っていく。だが、大振りのパンチは見切られてしまった。いとも簡単に弾かれてしまう。

 次の瞬間、左手首を掴まれた。さらに、右手首も掴まれる。これでは、パンチはおろか、手刀や裏拳といった手技が一切使えない。

 両手首を掴んだまま、浜口は顔を近づけてくる。


「さあ、これからどうする?」


 ニイと笑い、そんなことを言ってきたのだ。顔には、勝利を確信しきった者の表情が浮かんでいる。

 一方、矢吹の表情は歪んでいた。当然ながら、浜口の力は強い。掴まれた腕は、ピクリとも動かせないのだ。まるで、機械に固定されたようである。

 これでは何も出来ない。もう終わりだ……と思った時だった。 


「矢吹さん! 頭突き!」


 灰野の声。同時に、矢吹も動く。考える前に、体が動いていたのだ。

 浜口の顔面に、思い切り額をぶち当てる──


 プロレスで見られる頭突き(ヘッドバット)は、相手の頭に額を当てていく。

 だが、本物の闘いで用いられる頭突きは、相手の顔面に己の額を打ちつけるものだ。額の骨は硬く、しかも頭部は重量がある。その威力は、下手なパンチやキックを上回るものだ。

 さすがの浜口も、この一発は効いた。思わず顔をしかめる。手首を掴む力も弱まった。

 そこで、さらに灰野の声が飛ぶ。


「次は肘です! 肘を目に叩き込むんです!」


 聞くと同時に、矢吹は行動に移る。右の横殴りの肘打ちを、顔めがけ叩きこむ。

 続いて、左の肘打ちも放つ。そう、手首を掴まれていても肘打ちは打てるのだ。

 立て続けに放った肘打ちは、目にこそ当たらなかったものの、浜口の額を抉る。

 当たった瞬間、確かな手応えを感じた──


「ぐっ!」


 浜口の口から、声が漏れていた。直後、額から血がダラリと垂れてきたのだ。


 矢吹は、目を狙い肘打ちを放った。だが、僅かに逸れ浜口の眉に当たっていた。もちろん、それだけではKO出来るようなダメージはない。

 しかし、肘打ちの怖さはダメージだけではない。相手の皮膚を切り、流血させることがあるのだ。特に、額のような肉の薄い部分は切れやすい。

 ムエタイでは、肘打ちを相手の額に当て流血させ、TKOを狙うテクニックもあるくらいだ。

 今、矢吹の肘打ちで、浜口の額は切れてしまったのである。


「クソ!」


 吠える浜口だったが、その間にも血は流れている。垂れてきた血は目に入り、浜口は反射的に手を離し目を拭った。必然的に、防御できない状態になっている──


 その瞬間、矢吹がパンチを放つ。

 まず左のジャブ的な正拳突きが、浜口の鼻に炸裂した。次いで、腰の回転を利かせた右のストレートが、浜口の口元をぶち抜く──


「ぶおぉ!」


 浜口の口から、奇妙な声が出た。

 視界が完全に塞がれていたため、彼に矢吹のパンチは見えていなかった。見えない打撃は、数倍の威力がある。タフな浜口といえど、これは相当に効いたはずだ。

 彼は苦し紛れに両手を振り回すが、矢吹は素早く飛び退き間合いを空ける。

 直後、浜口の鼻と口から、大量の血が溢れる──


 素手のパンチの怖い点は、硬いがゆえに外傷を負わせやすいところだ。グローブのパンチよりも、鼻骨や前歯が折れやすい。

 ましてや、サンドバッグを叩き、巻藁を突き続けて作り上げた矢吹の拳は、もはや鈍器に近いレベルである。

 その鍛え抜かれた正拳をまともにくらい、浜口の鼻と前歯は砕けてしまったのだ。


「こ、この野郎! もう手加減しねえ!」


 怒りのあまり、浜口は吠えた。直後、突進し掴みかかろうとする。だが、それは大きな過ちだった。


 次の瞬間、浜口はむせた。足は止まり、ゲホゲホと咳込む。

 今、浜口の鼻と前歯は折れていた。その傷口からは、大量に出血している。そんな状況にもかかわらず、大声で怒鳴った。そのため、気管に血液が入ってしまったのだ。

 もはや闘いどころではない。浜口は、ただただ咳込むだけだ。

 このチャンスを逃すほど、矢吹は甘くない。


「こっちも手加減しねえんだよ!」


 叫ぶと同時に、矢吹は飛んだ。空中で体を回転させ、背中を向ける。

 次の瞬間、右足がビュンと伸びていく。飛び中段後ろ蹴りだ。右足の(かかと)が、浜口の鳩尾(みぞおち)に打ちこまれる──


「ぶおぉ!」


 浜口の口から、血と歯の欠片が吐き出された。痛みのあまり、腹を押さえ前のめりになっていた。


 今、矢吹が放った飛び中段後ろ蹴りは、蹴り技の中でも最高クラスの威力を持つ。腹に入れば、肋骨骨折や内臓破裂させることも珍しくない。

 しかも、今の浜口は気道に血が入り、呼吸すらままならない状態である。そんな時に、矢吹の七十キロある全体重を乗せた飛び後ろ蹴りをまともに食らってしまったのだ。いかに体格差があるとはいえ、無事でいられるはずがない。

 浜口は、両手で腹を押さえ崩れ落ちた。そこに、駄目押しの一撃が放たれる──


「くたばれ!」


 咆哮と共に、矢吹は手刀を振り下ろす。狙いは、浜口の首だ。首の後ろの部分……いわゆる首筋に、渾身の力を込めた手刀を放つ。

 当たった瞬間、浜口は削れ落ちる。手刀により脳震盪を起こし、意識が飛んでしまったのだ。


 倒れた浜口を見下ろし、矢吹は荒い息を吐いた。

 次の瞬間、天井を向いた。両手を挙げ吠える──


「うっしゃあー! ざまあみやがれ!」



 




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