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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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18/33

過去の事件

 その日の始まりは、普段通りであった。警備隊が着替えを取りに来て、その後に朝食を食べる。

 食器回収から三十分ほどした時、松山が扉を開けた。妙にやつれた顔で口を開く。


「君ら、授業だ。おとなしくついてこい」


 その声にも、力がなかった。いつにも増して、やる気の感じられない態度で生徒たちを引率していく。少女たちは、彼に従うしかなかった。




 前回とは違うルートを通ったが、辿り着いたのは前と同じ教室である。無論、西田はいない。

 だが、いたのは西田などより遥かに厄介そうな男だった。入学式の時はジャージ姿だったが、今はスーツを着ている。鋭い目つきで、じろりと生徒たちを睨む。


「谷部さん、よろしくお願いします。くれぐれも、殺さないでくださいよ」


 面倒くさそうな表情で言うと、松山はさっさと引き上げていった。

 そこで、谷部雅人はおもむろに口を開く。 


「今日は、俺が授業を担当する。席はな、座りたいところに座っていい」


 生徒たちは、西田の時と同じ席に座る。女子四人が前列、灰野が後列だ。

 谷部は皆の顔を一通り見回した。と、その目線が鹿島で止まる。


「まずは……鹿島、俺の名前を言ってみろ」


「えっ? あっ、いや、その、谷部先生ッス」


「フルネームは? 言えるか?」


「すみません、わからないッス」


「谷部雅人だ。この機会に、しっかり覚えておけ。あと、君は好奇心が旺盛なようだな。結構なことだが、過ぎる好奇心は身を滅ぼすぞ。気をつけろ」


 機嫌を悪くしたような気配はない。機械音声のように、必要なことを言っただけ、という口調だ。

 続いて、谷部は東原に視線を向ける。


「東原、君はちょっと悪ふざけが過ぎたようだな。だがな、ひとつ言っておく。今はまだ若いから、多少の無茶は大したダメージとはならないだろう。しかし、その無茶は年齢を重ねてから、体へのダメージとして現れることがある。その時に泣いても、遅いんだぞ」 


「はい、わかりました」


 本当にわかっているかは不明だが、彼女は素直に答えた。

 次は、高杉の顔を見た。


「高杉、君はいろいろ苦労したようだな。だがな、ここに同情してくれるような人間はいない。覚えておけ」


「そうでしょうね」


 高杉の口調は冷めていた。確かに、この学園にそんな者はいそうにない。

 次に、彼の視線は矢吹へと移る。


「矢吹、君は……空手をやっていたそうだな。俺も、高校生まで空手をやっていたんだ。だがな、上には上がいる。無謀な行動は慎め」


 言った後、谷部は歩き出した。灰野が座る席の前で立ち止まり、彼を見下ろす。

 灰野の方は、無言のまま下を向いていた。


「そして最後に……灰野茂、十五歳。身長百五十六センチ、体重五十キロ前後。スポーツの類いは一切やっておらず、成績の方も今ひとつだ」


 谷部の口調が変わっていた。ただならぬ気配を察し、矢吹らもじっと聞き耳を立てている。


「小学校二年生の時、両親が離婚し母親が君を育てることとなった。だが四年生の時、母親が事故で亡くなり父親に引き取られる。必然的に、学校も変わることとなった」


 重苦しい空気の中、谷部は淡々と語っている。灰野はというと、表情ひとつ変えず下を向いていた。


「転校して半年後、同じクラスの川田武(カワダ タケシ)が死亡する。川田は夜、塾の帰りに古い空き家に寄った。結果、その空き家を寝ぐらにしていたホームレスに襲われ、撲殺された……警察は、そう見ている」


 そこで、谷部はニヤリと笑った。

 直後、予想もしなかった行動に出る。しゃがみ込んだかと思うと、机の上に顔を乗せたのだ。

 その異様な体勢で、なおも語り続ける。


「この事件だが、おかしな話なんだよ。逮捕されたホームレスだが、発見された時は眠りこけていたそうだ。警察に叩き起こされたが、前日の記憶がほとんどなかった。かろうじて覚えていたのは、空き家の前に中身の入った酒瓶が転がっていて、開けてみたらウイスキーだった。久しぶりのウイスキーに、ホームレスは喜び勇んでグイグイ飲んだ。挙げ句、記憶をなくして眠ってしまった」


 横で聞いている矢吹は困惑していた。わけがわからない。その事件と、灰野と何の関係があるのだろう。

 他の少女たちも同様であった。


「眠っていたホームレスは、手に角材を握っていた。その角材には川田の血が付いており、あちこちへこみもあった。そこで警察は、酔ったホームレスが空き家に入ってきた川田を撲殺したと判断した」


 そう言うと、谷部は口を閉じた。何を思ったか、灰野の顔を見つめる。灰野は灰野で、黙ったまま下を向いていた。

 どのくらいの時間が経ったのだろう……谷部が、再び口を開く。 


「君は、亡くなった川田からイジメを受けていたそうだな?」


 聞かれた灰野は、ようやく顔を上げた。目が泳いでいる。


「えっ? あっ、いや、その……」


「しらばっくれるな。こっちにはわかってるんだよ。はいか、いいえで答えろ。君は、この川田からイジメを受けていたんだな?」


 有無を言わさぬ口調だ。灰野は、青い顔で頷く。


「はい」


「当時の同級生から聞いた話によれば、川田は体が大きく乱暴なガキ大将だった。相当ひどいことをしていたようだな。殴る蹴るは当たり前だったと聞いている。スーパーで万引きをさせたり、裸で廊下を歩かせたりしたそうだな。汚水が溜まったプールの中に君を放り込み、もがく姿を見てゲラゲラ笑っていたとも聞いたぞ」


 横で聞いている少女たちほ、思わず顔を歪めていた。聞いていて、気持ちのいい話ではない。

 だが、直後に谷部の口から放たれた言葉に、皆は愕然となった──


「川田を殺したの、君だろ?」


「い、いいえ! 違います!」


 真っ青な顔で、かぶりを振る灰野。すると。谷部は立ち上がった。ウンウンと頷く。


「そうか。違うのか。君は、そう言うんだな。だが、先生の推理はこうなんだよ。君は、ホームレスの住み着いた空き家に睡眠薬入りの酒を置いた。ホームレスはそれを飲み、酔っ払った挙げ句に熟睡してしまった」


 サスペンスドラマに出てくる刑事のごとき口調で詰めていく。聞いている少女たちは、唖然となっていた。


「ホームレスが熟睡したのを見届けた君は、空き家に現れた川田を角材で殴り殺した。その後、眠りこけているホームレスに、凶器となった角材を持たせた。これが真相なんじゃないのか?」


「ち、違います! 僕はやってません!」


 灰野は必死の形相で否定するが、谷部は無視して語り続ける。


「その一年後、今度は隣のクラスの豊臣辰雄(トヨトミ タツオ)が事故死した。これまた夜中、工事中のビルに入り込んでの転落死だ」


 またしても、とんでもない話が飛び出した。灰野は、顔をしかめ下を向いている。

 だが、谷部は構わず語り続ける。


「この豊臣も、ひどい奴だったそうだな。聞いた話では、君をさんざんイジメていたとか。君の手には、豊臣が作った根性焼き(タバコの火を押し付けること)の痕が未だに残っている。また、君の家庭のプライベートな事情をあちこちに触れ回ったそうだな」


 聞いている矢吹は、今にも殴り込みをかけそうな表情になっていた。正義感の強い彼女にすれば、許せないのだろう。

 谷部の方は、何の感情も交えず語っていく。


「これ以上の詳しい内容は、灰野の名誉のために避けるが、聞いていて気分のよくなる話じゃないことは確かだ」


 言いながら、谷部は少女たちの顔を見回した。


「そんな豊臣だが、君をイジメ出したのは、川田が死んだ後という話だ。何か間違いはあるかな?」


「いえ、ありません」


 灰野は、神妙な顔つきで答える、すると、谷部は首を傾げつつ尋ねる。


「なあ、この豊臣も君が殺したんじゃないのか? 俺には、そう思えるんだがな」


「ぼ、僕は関係ありません」


「そうか。まあ、そう言うよな。さて……中学一年生の夏休み、君は叔父さんの家に泊まることとなった。叔父さんは山村(さんそん)に住んでおり、君は大自然の中で夏休みを満喫するはずだった」


 今度は、いったい何が起きたのだろう。女生徒たちは、固唾を呑んで聞いている。教室内は、異様な空気へと変わっていた。

 そんな空気の変化を感じ取ったのか、谷部の口調も変わる。 


「ところが、その山村で恐ろしい事件が起きてしまった。まず、叔父夫婦が森の中で死亡した。さらに、三人の村人が遺体となって発見されている。なあ灰野、これはどういうわけだろうな?」


「どういうわけって……僕、何も知りませんよ」


 面倒くさそうに答えたかと思うと、灰野はメガネを外した。

 その瞬間、灰野の雰囲気が一変する。ただメガネを外しただけなのに、彼の顔は別人のようになっていたのだ。暗闇に潜む妖怪のような顔つきで、谷部を見つめる。

 しかし、谷部は怯まない。 


「警察は、この五人は事故死したのだと判断した。まあ、それは仕方ないんだよな。山の中の死体は、あっという間に獣が食い荒らしていく。そうなると、検死も一苦労なんだよ。事故死で終わらせたくもなるよな」


 言った後、谷部はニッコリ微笑んだ。なにやら嬉しそうな表情である。灰野の変化を、歓迎しているようだった。


「俺はな、田舎のお巡りみたいに甘くねえぞ。こいつら全員を殺ったのは、お前だろ?」


「やっていません」


「ふーん。そうか」


 間の抜けた口調で答えた。

 しかし、直後の行動に少女たちは度肝を抜かれる。谷部が、机めがけ肘を振り下ろしたのだ──


「おい、いい加減にしろよ。知らぬ存ぜぬで、ごまかし通すつもりか? あのな、田舎のアホな警察はお前の演技で騙せるかもしれねえ。だがな、俺はそこまで甘くねえんだよ」


 凄む谷部。直後、机が割れる──


 木製とはいえ、分厚い板で造られた机である。しかし、谷部の肘の一撃により真っ二つに割れてしまったのだ。恐ろしい威力である。

 しかし、灰野は平然としていた。


「先生は、僕が川田くんや豊臣くんや叔父さんや叔母さんを殺したと言うんですか。では、その証拠を見せてくださいよ」


 言い返した少年は、不敵な表情を浮かべていた。今までの気弱そうな少年の仮面は、完全に剥がれ落ちている。


「その後、お前の父親が事故死した。そのため、お前は遠い親戚に預けられることとなった。だが、叔父夫婦と実の父親を立て続けに失ったショックにより、部屋に引きこもり外出しなくなってしまった。結局、中学にはほとんど登校しないまま卒業となった……表面上は、な」


 対する谷部も、さらに異様な空気を発していた。先ほどまでの暴力教師と気弱ないじめられっ子の構図は消え失せ、二匹の怪物が相対しているような雰囲気を醸し出していた。

 矢吹は、緊張した面持ちで両者のやり取りを見つめていた。他の少女たちも同様である。このふたりの闘いに、割って入れる者などいない──


「そんな灰野茂だが、議員の大泉氏の特別なはからいにより友愛学園へと入学した。なあ、教えてくれないか? お前は、ここに何をしに来たんだ?」


「何をって、勉強ですよ。それ以外に何があります?」


「勉強ねえ。だったら、別にここじゃなくても良かったんじゃないか?」


「どういう意味ですか?」


「お前は、何か他の目的があって来たんじゃないのか?」


「目的? そんなもの、ありはしませんよ。入れる高校が、ここしかなかったんです」


「そうかい。だがな、そんなしょうもない言い訳がいつまでも通ると思うなよ。これからお前が何をやらかすか、実に楽しみだ」


 言ったかと思うと、谷部は向きを変えた。教壇へと戻り、面倒くさそうに口を開く。


「では、授業終わり。みんなて寮に戻るぞ」


「えっ、授業はこれで終わりッスか?」


 鹿島が、素頓狂な声で尋ねた。その言葉で、緊迫した空気が僅かに和む。


「ああ、終わりだ。ここではな、まともな勉強なんかしない。一度だけ言っておくが、君たちは本当に気の毒だと思う」


 谷部の言葉に、女生徒たちは顔を見合わせる。


「どういう意味ですか?」


 尋ねた東原に、谷部は冷たい顔つきで答える。


「俺の口からは、これ以上のことは言えない。後で、この件について質問されても答えられない」


 そう答えると、谷部は灰野を睨みつける。


「ただし灰野、貴様は別だ。気の毒だといった中に、灰野茂というシリアルキラーは入っていない」


 ・・・


 その日の夜。

 ひとりの男が、防空壕の奥で倒れていた。うつ伏せの体勢であり、片手で胸を押さえている。

 しばらくして、男は起き上がった。ふらふらした足取りで、防空壕を出ていく。その目には、奇妙な光が浮かんでいる。

 後には、荷物が残されていた。ダイビングの器具一式、リュックサック、そして古いボンベ。

 ボンベの端には、小さな穴が空いていた。


 

 

 




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― 新着の感想 ―
お疲れ様です&お久しぶりです! 滅茶苦茶読み易い上に面白いですね、続きが気になります♪♪ また仮面が外れた灰野がカッコいいですね(^^)
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