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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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17/33

事件の影響

 事情聴取が終わった松山は、まっすぐ職員室へと戻っていった。

 そこに残っていたのは、浜口と谷部だけである。他の教師たちは、学園内を見回っているのだ。


「いやあ、まいっちゃいましたね」


 ぼやく松山に、浜口も顔をしかめて頷いた。


「本当だよな。西田のジジイ、よりによってこんな時期にくたばるとはな」


「しかし……これ、どういうことですかね? 何が起きたんだ?」


 松山は、誰にともなく尋ねる。

 実のところ、教室には監視カメラがない。西田は、教室内で女生徒たちとよからぬ行為にふけることを趣味にしていた。それも、かなりマニアックなプレイを好む。

 そのため、教室の監視カメラを全て外させていたのだ。プレイの模様を、誰にも見られたくないからである。もっとも、それは松山や浜口も同じだ。彼らがコトに及ぶ時は、もっぱら教室内か、カメラの死角となる場所である。

 先ほどまで、生徒たちにあれこれ聞いていたのも、そのためだった。教室内で何が起きようと、カメラには映っていない。

 したがって、死体の第一発見者である灰野から事情聴取するしかなかった。偉そうな態度で、彼の頭を小突き回しながら話を聞いたのだ。


 今は違う態度である。松山の表情は怯えきっていた。迷子の子供のように、情けない顔でオロオロしている。

 それも仕方のないことだった。これまで、松山は数々の犯罪に手を染めている。この極楽島で、何人の人間が命を落としたか……松山は、それに手を貸してきたのだ。

 松山だけではない。浜口も、谷部も、死んだ西田にしても同じだ。皆、一般社会でまともな人間としては暮らせず、この島に来た。挙げ句、様々な犯罪に手を染めている。

 それでも、この島にいる限り安全なはずだった。学園内では絶大な権力を振るい、好き勝手なことが出来る。誰も、自分たちに逆らえない……その魔力は、あまりにも大きい。いつしか教師たちは、魔力の虜になっていた。

 ところが今、その安全なはずの場所にて事件が起きてしまった。それも、教師が殺害されるというものだ。


 そもそも、この学園は犯罪者の巣窟であった。地下では、覚醒剤やヘロインなどの違法ドラッグが製造されている。作っているのは、学園の上級生および卒業生たちだ。その上、高級売春宿も併設されていた。

 そう、この島にはふたつの側面がある。ひとつは、生徒たちを奴隷化する学園。もうひとつは、上級国民らが本土では得られぬ快楽を味わう特殊施設だ。

 しかし、人殺しが起きたとあっては、施設の方は閉鎖せざるを得ない。そうなると、儲けの方は大幅に減る。

 だからこそ、秘密裏に片付けなくてはならないのだ。




「浜口さんは、どう思います?」


 怯えた表情で聞いてきた松山に、浜口はしかめっ面で答える。


「俺に言われても、わからねえよ」


「灰野は、確かに平良正彦と言っていたんですよ。しかも、外見の特徴もぴったり一致しています。あいつが平良のことを知っているはずがないですからね」


「そりゃそうだ。知ってるはずがねえ」


「じゃあ、西田を殺したのは平良なんですか?」


「それも、あり得ねえよ。あいつの死亡は、みんなで確認しただろうが。その後、まともな臓器は全て抜いて売っ払ったんだぜ。あんなスカスカの体じゃ、ゾンビだって動けねえよ」


 そう、あの男の死は教師たちの目で確認している。

 平良正彦は刑事だった。友愛学園に入学した生徒と関係があり、密かに学園のことを調べていたのだ。

 やがて、学園で行われている犯罪に気づいてしまった。同時に、上からもストップがかかる。大半の刑事は、ここで引き下がるはずだった。

 ところが、平良は引き下がらなかった。それどころか、とんでもない行動に出る。密かに島へと入り込み、学園の内情を暴こうとしたのだ。

 もっとも、その目論みは失敗した。学園内に入った直後、警備隊に取り押さえられる。学園長の指示により、すぐに殺されてしまった。それが、一年前のことである。

 まさか、平良という名前を今になって聞くことになるとは──


「じゃ、幽霊ですか?」


 とんでもないことを言い出した松山に、浜口はかぶりを振る。


「んなわけねえだろ。殺ったのは、平良の関係者だ。間違いねえよ」


「関係者? 警察ですか?」


「いや、警察ではないな。ひょっとしたら、親戚かもしれねえ」


「親戚、ですか」


「あるいは友だちか。とにかく、それしか考えようがねえだろ。平良はたぶん、ここのことを誰かに話してたんだよ。で、その誰かがこの島に来やがったんだ。で、西田を殺したんだ。あるいは、裏の人間を雇ったのかもしれねえな」


 そう言った時だった。思いもかけぬ言葉が飛んでくる。


「その西田先生だが……灰野に殺された、という可能性はないのか?」


「はあ? あの灰野に、人を殺せるわけないでしょう。何を言ってるんですか?」


 いきなり口を挟んできた谷部に、松山ほ呆れた表情で聞き返していた。

 しかし、谷部は気分を害した様子もなく語りだす。


「状況から考えて、一番怪しいのは間違いなく灰野だろう。だが、お前はあいつを全く疑っていない。なぜなんだ? 理由を教えてくれ」


 真顔で聞いてきた谷部に、松山は困惑しつつも答える。


「まず、西田さんと灰野が廊下に出て、防犯カメラの死角となる位置に移動しました。そこから、灰野が教室に戻るまでに二十秒ほどしか経っていないんですよ。たった二十秒で、西田さんを殺すなんて、あいつには無理ですよ。西田さんは、スタンバトンも持っていましたしね」


 そう、西田の倒れていた場所は監視カメラの死角となっていたのだ。そのため、殺された時の状況は映っていなかった。


「次に西田さんの死因ですが、細長い刃物で延髄を貫かれて即死とのことです。他に傷らしいものはありませんでした。つまり、犯人はスタンバトンを持った西田さんの延髄を一撃で刺し貫き、即死させたんですよ。こんな殺し方、ヘタレの灰野には不可能です」


 事件の詳細を、冷静に語っていく松山。話しているうちに、落ち着きを取り戻してきたらしい。

 対する谷部は、時おり相槌を打ちながら聞いている。


「しかも、凶器となる物を奴は持っていなかったんです。念のため身体検査もしましたが、それらしき物は持っていませんでした。また、警備隊に周囲を探させましたが、凶器は発見できなかったんです。だから、殺した後に凶器を捨てたという線もなくなりました」


「なるほど。凶器は発見できなかったのか」


 谷部は、誰にともなく呟いた。しかし、松山はその言葉を無視し語り続ける。


「だいたい、あいつ教室に戻った後に何したと思います? 矢吹のチチ触ろうとして蹴られたんですよ」


「矢吹を触ろうとしたのか?」


 真剣な表情で聞いてきた谷部とは対照的に、松山は呆れた顔で頷いた。


「そうなんですよ。よりによって、あの矢吹ですからね。それ以前に、人ひとり殺した直後に、女のチチ触ろうとしますか? あり得ないですよね。灰野が犯人の可能性はゼロです。警備隊の連中も、それだけはないと断言してました」


 自信満々の表情で言い放った松山を、谷部は無言のまま見つめる。

 ややあって、フウと大きな息を吐いた。


「そうかそうか。確かに、とんでもねえ野郎だ。お前たちとは、違う意味だけどな」


 そう言うと、谷部は去って行った。

 ふたりのやり取りを見ていた浜口は、不快そうな表情で口を開く。


「谷部の野郎、最近さらにヤバくなってきたな」


「本当ですよね。入学式の時、灰野の前でナイフ出した時は、どうなるかと思いましたよ」


「今度は、何をやらかす気なんだろうな?」


「さあ。未だに、灰野が人殺しだとか思ってるのかもしれないですね」


「やっぱり、あいつ頭おかしいな。そろそろ学園長に頼んで、飛ばしてもらうか」


 浜口の言葉に、松山はニヤリと笑い頷いた。

 一般企業では、飛ばすとは異動のことを指すのだろう。だが、友愛学園(こ こ)では違った使われ方をしている。事実上の死刑宣告なのだ。


「元傭兵だか何だか知らねえが、頭おかしい奴とは仕事できねえよ」


 不快そうな表情で言った浜口に、松山は顔をしかめ言葉を返す、


「でも、そうなると代わりの奴を連れてこないとならないですよ。ただでさえ西田さんが抜けて、面倒なことになってますからね」




 そのころ谷部は、電話器の前に立っていた。

 この島では、ネットが使えない。外の世界と連絡を取る手段は、設置された固定電話もしくは無線だけだ。また、固定電話は特定の番号にしかかけられない仕組みとなっている。

 谷部は、その固定電話の受話器を手に取り、ある番号にかける。

 すぐに声が聞こえてきた。


「はい。どんな御用です?」


「谷部だ。新しく入った生徒の灰野茂だが、もっと詳しいデータが欲しい。出来る範囲で構わないから、調べて欲しいんだ」


 今、谷部が話している相手は……この友愛学園の卒業生・高橋(タカハシ)だ。学園生の時代には教師たちに散々しごかれ、卒業後は学園の関係者として特別に本土にて勤務している。

 卒業したとは言っても、学園で受けた「教育」の記憶は今も高橋の体に刻み込まれている。彼は、未だ友愛学園の教師たちに逆らうことが出来ない。

 また、高橋は学園の裏の裏まで知っている。この島では、何人もの人間が死んでいるのだ。それら全てが、事故ではなく人為的な理由による死亡なのだ。警察が介入し詳しく捜査すれば、何があったかは簡単に判明するであろう。

 それらの事実を暴露すれば、今の日本を揺るがす一大スキャンダルとなるのは間違いない。

 だが、彼にはそれが出来なかった。学園の人間に逆らい、死ぬよりも恐ろしい目に遭った者を間近で見ていたからだ。

 そう、高橋は完璧なまでに洗脳された学園の犬なのである。秘密を漏らすことなど、彼には出来ない。

 そんな高橋だが、ごく普通の声色で聞いてきた。


「詳しくって、具体的にどんな点ですか?」


「例えば……あいつの周りで、おかしな死に方をした奴はいないか?」


「おかしな、ってほどでもないですが、小学四年生の時に同じクラスの生徒が、ホームレスに殺されていますね」


 途端に、谷部の表情が変わった。


「やっぱりな……で、その殺された生徒と、灰野とは何か関係があるのか?」


「それはちょっとわからないですね。調べてみます」


「ああ、頼む」


 ・・・


 その夜。

 島にある防空壕の中で、ひとりの男がしゃがみ込んで作業をしていた。ライトを片手に、古いボンベのようなものを調べている。ライトで照らしつつ、ボンベの表面を手でなぞっている。

 突然、カサリという音がした。男は、パッとそちらに視線を移す。その瞬間、手が滑りボンベが壁にぶつかった。

 シューという音と共に、ボンベから気体が勢いよく噴射される。男は、その気体を間近で大量に吸ってしまった。

 直後、男は胸を押さえ倒れる。床で胸をかきむしり、苦悶の表情でもがき苦しむ。

 やがて、その動きは止まった。倒れている男の横を、ネズミが駆け抜けていく。そのネズミこそ、カサリという音の主だった。








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