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極悪島〜地獄に舞い降りた灰色の天使〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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最初の授業(1)

「おい、なんだこれは?」


 警備隊の男が、居丈高な態度で尋ねた。


「先生方の手を煩わせないようにと、起床した後に脱いでおきました。さあ。早く持ってってください」


 東原は、すました表情で答えた。




 朝になり、明かりがつく。と同時に、少女たちは起床した。

 しばらくして、警備隊の男たちが洗濯もの回収のため部屋の扉を開けた。すると、床の上には全員分のシャツと下着が置かれていたのだ。無論、少女たちは裸ではない。ジャージの上下を身につけている。

 カゴが入ってくると、皆はシャツと下着を放り込んでいく。

 最後に灰野がカゴを渡すと、警備隊と白衣の者たちは速やかに去っていった。そんな彼らを見つつ、東原はニヤリと笑う。


「これからも、今の手でいこう」


 その言葉に、皆は頷いた。




 その後は、全員で朝食を食べた。矢吹は旺盛な食欲で、高杉の残した分を平らげ東原と鹿島が笑う。ここまでは、昨日と同じだ。

 しかし、そこから先は昨日とは違っていた。食器回収から三十分ほどした頃、またしても扉が開いた。

 廊下に立っているのは、松山である。皆の顔を見回すと、おもむろに口を開く。


「お前ら、今日は授業を行うぞ」


「授業? 筆記用具もないのに、どうやるんですか?」


 東原が聞き返したが、松山の態度はにべもない。


「いいから、黙って付いて来い」


 言いながら、早く出ろとばかりに手招きをする。彼女たちは、仕方なく廊下に出た。

 全員を並ばせると、松山は歩き出す。生徒たちは、黙って従うしかなかった。


 途中、不意に松山が立ち止まる。それに合わせ、生徒たちも止まらざるを得なかった。

 松山は、後方を睨みつけ口を開く。


「おい鹿島、前から言おうと思ってたんだがな、あんまりキョロキョロすんな。まっすぐ前だけ見てろ」


「は、はい。すいませんッス」


 言われた鹿島は。慌ててペコペコ頭をさげる。

 松山は、チッと舌打ちしただけで再び進み出す。生徒たちも、ついて行くしかなかった。




 そんなこんなで到着した場所は、これまでとは雰囲気の違う部屋だった。

 扉は、ガラスの付いた木製の引き戸だ。昭和の教室に有りがちなものである。コンクリートの壁とは不釣り合いだ。

 松山が扉を開けると、中には木製の机と椅子が並んでいた。いずれも古ぼけており、昔どこかの学校で使われていたものをそのまま流用している感じだ。

 もっとも、壁と床はコンクリートのままである。教壇とおぼしき場所には、ホワイトボードがあった。 

 ホワイトボードの横には、事務机とパイプ椅子が置かれていた。そこに、ひとりの中年男が座っている。小太りで口ヒゲを生やしており、紺色のスーツを着ている。つまらなさそうな顔で、週刊誌を読んでいた。

 そんな中年男に向かい、松山は声をかける。 


「先生、後はお願いしますよ。みんな今回が初めてなので、お手柔らかにお願いします」


 言われた中年男は、すっと立ち上がる。身長は、さほど高くない。百七十センチもないだろう。立ち上がると、腹の脂肪がさらに目立つ。


「ええ、お任せください」 


 そう答えると、中年男はいやらしい目つきで少女たちを見ていく。一方、松山はさっさと引き上げてしまった。

 やがて、中年男が口を開く。


「君たち女子四人は、一番前の席につきたまえ。灰野は……一番後ろだ。どこでもいいから、適当に座ってろ」


 言われた通り、少女たちは四人並んで席についた。灰野もまた、後ろのドアに近い席に座った。

 すると、中年男が語り出す。


「やあ、皆さん。本日、君らの授業を担当する西田(ニシダ)光一(コウイチ)です。よろしく」


 そう言うと、西田はニヤニヤ笑いながら少女たちを見回す。


「さて、君たちは……足し算や引き算はわかるよな。わからない者いるか? いるなら、恥ずかしがらずに手を挙げてくれ」


 少女たちは唖然となった。この男は、何を言っているのだろうか。

 たが、西田は構わず語り続ける。


「いないのか。よかったよかった。では、九九はどうだ? 割り算が出来ない者はいるか?」


 ニコニコしながら、そんなことを聞いてきたのだ。当然、手を挙げる者などいない。

 西田は、ウンウンと頷いた。


「いないようだな。それはありがたい。余計な手間が省ける。じゃあ、次は英語だ。みんな、アルファベットはわかるよな? わからない者がいたら、恥ずかしがらずに手を挙げるんだ」


 そう言うと、少女たちを見回した。これまた、手を挙げる者などいない。

 すると、西田が笑みを浮かべた。直後、とんでもないことを言い始める。


「ちなみにだ、先生が若い頃は恋のステップをABCで言い表してたんだよ。Aはキス、Bは……これだよ」


 そう言うと、右手を前に突き出した。いやらしい顔で、指をくねくねと動かしている。

 その仕草が、何を意味するのかは明白だった。本人は面白いと思っているらしいが、少女たちは露骨に不快そうな顔をしている。

 しらけた空気が教室内に漂っているが、西田は全く怯んでいない。不意に、ひとりの少女に顔を近づける。


「鹿島、お前は処女か?」


「はい? ジョジョっスか?」


 いきなり訳のわからない話を振られ、鹿島は困惑し聞き返した。しかし、西田はニヤニヤしながら話を続ける。


「うんうん、みなまで言わずともわかってる。お前は処女だ。間違いなくバージンだ。お前みたいなボーイッシュな娘を女にするのも、またオツなもんだよな」


 とんでもないことを言ったかと思うと、西田の目線は矢吹へと移る。


「矢吹、お前は惜しいなあ。顔は綺麗だが、デカすぎるしゴツすぎる。先生は、ちょっと苦手だな。だが安心しろ。世の中には、お前みたいなメスゴリラがタイプだっていう男も、履いて捨てるくらいいるからな」


 途端に、矢吹はギリリと奥歯を噛みしめる。だが、何も言わず目を逸らした。

 続いて西田は、高杉を見つめる。


「高杉……お前は、どんなテクを仕込まれたんだ? 先生に教えてくれ」


「は、はい?」


 高杉の視線は、あちこち泳いでいた。だが西田の方は、いやらしい顔つきで話を続ける。


「とぼけなくてもいいよ。先生は、全部知ってるんだ。まあ、仕方ないよ。お前は可愛いもんな。お前と一緒に暮らしてたら、先生だって我慢できないよ。血が繋がってても、確実にヤるな」


「やめてください!」


 突然、高杉が叫んだ。その目には、涙が溢れている。しかし、西田にやめる気配はないらしい。


「そんなこと言うなよ。なあ高杉、これから三年間、みんなで一緒に暮らすんだ。隠し事はなしにしようよ。まだ皆に言ってないなら、ここで告白しちまったらどうだ?」


「い、嫌です……」


 かぶりを振り拒絶する高杉だったが、西田はさらに顔を近づけていく。


「そう言うな。ありのままの自分をさ、クラスメイトの前でさらけ出すんだ。なんなら、先生が手伝おうか?」


 変態じみた手の動きをしながら聞いた時、横でバンと音がした。机を叩いた音だ。

 続いて、勢いよく立ち上がった者がいる。隣の席の矢吹だ。机を叩いたのも、彼女である。

 立ち上がった矢吹は、西田に向かい口を開く。


「てめえ、いい加減にしろ」


 低い声だ。矢吹の怒りが、見ている者たちにも伝わってくる。

 にもかかわらず、西田は怯んでいない。


「何だ矢吹? メスゴリラってのが気に障ったのか?」


「メスゴリラなんて、どうでもいいんだよ変態野郎。お前は、口を閉じて高杉から離れろ。そして、今すぐ教室から出ていけ。出ていかないなら、あたしが叩き出す」


 静かな口調で語った矢吹に、西田の表情も変わった。


「何ぃ? おい、それが先生に対する態度か?」


 その瞬間、矢吹は机を蹴飛ばし怒鳴る──


「口を閉じて高杉から離れろって言ったのが聞こえなかったのかエロジジイが! 離れねえとタマ蹴り潰すぞ!」


「この……」


 西田が睨んだ時、矢吹の前蹴りが放たれる。右足がまっすぐ伸びていき、中年教師の腹に炸裂した。


「ぐふぅ!」


 おかしな声と共に、西田は仰向けに倒れた。無様な姿に、見ている東原はプッと吹き出した。

 が、中年教師にもプライドがある。凄まじい形相で起き上がった。痛みよりも、怒りが上回っているらしい。腹に付いた脂肪の量が多く、蹴りの衝撃を和らげたのも幸いした。


「このメスゴリラが! 男の怖さをきっちり教えてやる!」


 西田は腹を押さえつつ怒鳴ると、机の引き出しを開けた。

 中から、棒を取り出す。全員、その棒には見覚えがあった。警備隊が持っているスタンバトンである。

 見ている少女たちは、青い顔で両者を見ている。そのため、灰野が音もなく教室を出ていったことに気づいた者はいなかった。


「こいつを食らうとな、電気ショックでブッ飛んじまうんだ。小便もらした女もいるんだぞ。お前の体で、たっぷり味わわせてやるよ」


 言いながら、スタンバトンをビュンと振る西田。しかし、矢吹は引かなかった。


「上等だよ! やってみろやゴラァ!」


 吠えた直後、両拳を挙げ構える。完全に戦闘モードへと突入していた。

 対する西田は、残忍な笑みを浮かべている。いくら矢吹が強くとも、スタンバトンが相手では不利だ。変態中年教師は、その事実を充分にわかっている。

 矢吹もまた、自身が不利なことは理解している。それでも、彼女は戦うつもりなのだ。

 他の女子たちは、両者を見ていることしかできない。ふたりの殺気すら感じさせる迫力を前にし、完全に呑まれていたのだ。

 矢吹と西田の距離は、徐々に縮まっていく。闘いは避けられない……見ている誰もがそう思った時、予想外の出来事が起こる。

 教室の扉が、ガラッと開いたのだ。


「先生、向こうで呼んでますよ」


 廊下にて、とぼけた声を発したのは、なんと灰野であった。今にも殺し合いを始めそうな空気など、意に介していない。


「は、はあ?」


 間抜けな声を発した西田。矢吹の方も、お前は何を言っているのだ? とでも言わんばかりの表情で彼を見つめる。

 しかし、灰野はお構いなしだ。ずんずん進んできて、西田の左手を掴んだ。


「何か知らないんですが、怖そうな人に先生を連れてこいって言われたんですよ。とにかく来てください」


 言いながら、西田をグイグイ引っ張っていった。その力は、異常に強い。西田は抵抗も出来ず、ズルズルと引っ張られ廊下に出た。


「お、おい! お前らは、ここでおとなしく待ってろ!」


 女子たちに怒鳴ると、西田は灰野の方に顔を向ける。


「灰野、誰が先生を呼んでるんだ?」


「タイラマサヒコって名乗ってました。西田先生を呼んでこいって、怖い顔で言われたんで……」


「タイラマサヒコ?」


 西田は困惑した。その名前には、聞き覚えがある。しかし、この少年が知っているはずのない名前なのだ。

 それ以前に……タイラマサヒコが、ここに来るはずはない──


「そいつは、どんな顔してた?」


「ええとですね、髪が短くて、左の眉のところに傷がありました。刀傷みたいな、おっきい傷痕です」


 途端に、西田の表情が変わった。真っ青な顔で、灰野の肩を掴む。


「そ、そいつはどこにいるんだ?」


「すぐそこです。そこの角を曲がったところにいました」


 聴いた西田は、スタンバトンを構えた。そっと歩いていき、角から覗いてみる。

 そこは行き止まりの袋小路であり、スタンド式灰皿とパイプ椅子が置かれている。横の壁には、窓も付いていた。外の様子が見える。しかし、誰もいない。

 窓から逃げたのだろうか……そんなことを思いつつ、西田は灰野の方を向いた。


「おい、誰もいないぞ」


「何を言ってるんですか。いるじゃないですか。ほら、そこに座って手招きしてますよ」


 言いながら、灰野はすたすた歩き袋小路に近づいていく。

 立ち止まると、パイプ椅子を指差した。ここにいるじゃないか、とでも言わんばかりの表情だ。


「いや、いないだろうが……」


 言いかけた西田だったが、不意にある事実に気づいた。

 もし、平良正彦が幽霊になっていたとしたら?


 そう、平良は確かに死んだ。自分たちが殺したのだ。生きているはずがない。ちゃんと死体の確認もしている。

 となると、霊となって現れたのか? だから、自分には見えないのか?


「な、何を言っているんだ……」


 西田は、震えながら椅子に近づいていく。無論、彼の目には何も見えない。しかし、灰野は当然のごとく椅子に向かいウンウン頷いている。誰かが、そこに座り話しているかのような態度だ。

 さらに西田が近づいていくと、灰野が動いた。そっと窓の方へと移動する。話の邪魔にならないように、という配慮だろうか。

 西田は、さらに椅子へと近づいていく。しかし、先ほどと同じく何も見えなかった。


 この中年教師は、あまりにも突飛な状況を前にし、完全に混乱していた。平良正彦という名前が与えた衝撃が強すぎ、思考力も低下していたのである。

 そのため、背後に迫る者に全く気づいていなかった。


 窓際にいた灰野は、すっとメガネを外した。その目つきは、先ほどとは百八十度違うものになっている。

 次に彼は、メガネの右側のテンプルをいじった。途端に、テンプルは外れる。先端は、鋭く尖った針となっていた。

 灰野は、音も立てず西田の背後に移動した。針を逆手に構え、教師の首筋に突き刺す──


「地獄へ落ちろ」


 西田がこの世で最後に聞いたものは、灰野の発した言葉であった。

 針は、正確に西田の延髄を貫く。西田は、声も出さずに倒れた。何があったのか、把握する間も無く即死したのだ。

 メガネを外してから殺すまでの時間は、僅か三秒ほどである。灰野は、何事もなかったかのようにテンプルを元に戻し、メガネをかけた。教室にいた時と同じく、気弱そうな顔に戻る。

 そのまま、教室へと戻って行った。






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