【連載版開始しました!】推し悪役令嬢のモブ兄に転生しました~努力のみで最強になった俺が妹の破滅フラグを折りまくっていたら、ついにデレてブラコンのツンデレ令嬢に成長した~
いよいよ推しとの対面だ。
この日をどれだけ待ち望んだことか。
推しが義妹になる日を。
「……!」
家の前に馬車が止まり、すらりと足が伸びてくる。
降りてきた美しい彼女に、俺は手を差し出した。
「は、はじめまして」
「……」
だけど、ぷいっと目をそらされる。
「────」
それから言い放たれたのは、なんとも俺に刺さる一言だった──。
★
「これって推しの服じゃね?」
飾られていた服を見つめて、俺はふとつぶやいた。
だけど、自分で言った言葉に自分で驚く。
「ん? ”オシ”ってなんだ?」
なぜか知らない単語を口走っていたんだ。
それと同時に、俺は忘れていたものを思い出すように前世の記憶を取り戻した。
「……!」
自動車、飛行機といった未知の乗り物。
高層ビルに、アスファルトが敷き詰められた道路。
今とは似ても似つかない世界の記憶だ。
そして、何より驚くべきなのが、この世界のこと。
ここは、前世で大好きだった『ブレイブテール』の世界じゃないか!
「まじかよ……」
ブレイブテール──通称『ブレテ』は、王道の学園RPGだ。
男主人公が中心となり、学園で起こる数々のイベントをこなしながら、ヒロインや友達と絆を紡いでハッピーエンドを目指す。
その多彩なシナリオ、個性的なキャラ達を以て、大人気のゲームだった。
そんな世界に転生していたなんて。
前世ではよく創作されていたジャンルだけど、まさか俺がそうなるとは。
「なんだか景色も違って見える気がする」
周りを見渡せば、剣や魔導書、貴族の飾り物がそこら中に置かれている。
ここは俺の家であり、一応貴族の屋敷だ。
男爵家と地位は高くないが、必要最低限の物は揃っている。
夢にまで見たブレテの世界観が広がる光景に、俺は感動すら覚えていた。
そんな中で、肝心な事を思い出してみる。
ブレテにおいて、俺の役割は──
「……モブだ」
何の変哲もない、ただのモブ貴族だった。
──シアン・フォード。
今年で十二歳になる、フォード家の嫡男だ。
原作では、可もなく不可もなく、ほどほどに生きている普通の貴族である。
立ち絵すら存在せず、本編には文字としてしか登場しない。
だけど俺は、そんなモブの名前を覚えていた。
彼には、一つだけ重要な事実があったからだ。
「俺って推しの兄じゃないか……!」
──レニエ・フォード。
いずれフォード家の養子となり、シアンと共に学院に通う少女だ。
年齢は同じだが、少しの差でレニエが義妹となる。
そんなレニエの立ち位置は、悪役令嬢だ。
主人公たちの前に何度も立ちはだかり、ことごとくシナリオの邪魔をしてくる。
一番長く生存した場合は、彼女がラスボスとなるんだ。
「でも、違うんだよなあ」
誰もが嫌いになりそうなレニエだけど、俺の“推し”だった。
その秘密は、クリア後に見られる情報にある。
レニエは、作中で唯一無二の【闇属性】を持っている。
この世界で【闇】は、不幸や弱体化の象徴と言われる。
それが起因してか、彼女の周りでは幼少期から次々に不幸が訪れるんだ。
家族は謎の死を遂げ、次に拾われた家族も不審死し……と続く。
そうする内に、彼女はいつしか“忌み子”と呼ばれるようになった。
“忌み子”に対しては、周囲の目はひどく冷たい。
蔑まれ、陰口を叩かれ、さらに噂に尾ひれがついていく。
そんな環境で、レニエが真っ直ぐに育つはずがなかった。
そうして、学院編が始まる頃には、悪役令嬢と評されるほど性格が歪んでしまっていたんだ。
「誰も手を差し伸べてくれなかったんだよな」
だったら殺せという話だが、その場合も周りに不幸が訪れる。
前世で言えば、旧神社を工事しようとすると事故が発生するのと同じだ。
結果、レニエは数々の家系をたらい回しにされる。
それで最後に行きつくのがフォード家ってわけだ。
上からの命令には従うしかない男爵家は、嫌々でも了承するしかない。
要するに、ゴミ箱扱いだな。
「時期的に、もう前の家族も亡くなっているか……」
レニエが義妹として家にやってくるのは、今から二年後。
本編である学園編は十五歳で始まり、ちょうどその一年前だったはずだからな。
だったら、今すぐにでも探しに行きたいところだけど、原作でもレニエの現在地は明記されていない。
「ここは我慢か……」
原作通りに進めば、レニエは確実にやってくる。
それに、下手な詮索をして何かある方が最悪の事態だ。
ならば、今の俺ができることは一つ。
「推しの破滅フラグを叩き折れるぐらい強くなってやる!」
レニエは、ルートによって様々な破滅フラグが存在する。
大体はラスボスとなる彼女だが、その前に彼女が死ぬルートも多くある。
だけど、それは俺が全て叩き折ってやる。
「なんたって、お兄ちゃんだからな」
そして、推しに伝えてあげたい。
世界は悪い事ばかりじゃないってことを。
良い事もたくさんあるんだぞってことを。
何より、俺は推しが幸せを掴む姿を見たい。
原作では見ることができなかった、彼女が笑っている姿を。
「よし、やるぞー!」
こうして、何の変哲もないモブだった俺は、この日から猛特訓を始めた──。
★
──そして、二年後。
ついにその日はやってきた。
「……っ」
ごくりと固唾を飲んで、俺は走ってくる馬車を見つめている。
そこに乗っているからだ。
夢にまで見た本物の“推し”が。
「……!」
近づいてきた馬車が、家の前でピタリと止まる。
同時に、俺の心臓がドキンと高鳴った。
この瞬間を緊張するなという方が無理だろう。
そうして、馬車からすらっと足を伸ばし、レニエは現れた。
「……あっ」
銀色のロングヘアには、所々紫がかっている部分がある。
作中でも、彼女だけの特徴的な髪色だ。
ギロリと鋭い眼光は、まるで人を寄せ付けそうにない。
お世辞にも綺麗な服装とは言えない。
でもそこには、確かに夢にまで見た推しの姿があった。
「「「……」」」
案内の者は嫌そうな顔をしている。
少しでも近づきたくないといった雰囲気だ。
隣に立つ両親も同じくである。
けど、そんなのは関係ない。
俺は「おい!」という両親の声を振り切って、一人で前に出た。
そのまま、レニエへすっと手を差し伸ばす。
「は、はじめまして。今日から兄となるシアンだよ」
「……」
返事はない。
周囲を凍らせるような冷たい視線は、チラリと僕を覗いて逸らされる。
でも、これは思っていた通りの反応だ。
これこそが“推し”レニエなんだよなあ。
「レニエって呼んでも、いい?」
「……」
ただ、計算外があったとすれば二つ。
一つは、この時点でレニエの毒舌がかなり進行していたこと。
「──キモ」
「……っ!」
もう一つは、悪役令嬢を推していた俺は、自分でも知らぬ間に目覚めていたことだ。
「よ、よろしくね……フフ」
推しの罵倒、染みるぅっ!
「おーい、レニエー?」
俺がコンコンと扉をノックする。
だけど、中からの返事はない。
「まあ、こんな小屋じゃ嫌だよな……」
右手にレニエのお昼ご飯を持ちながら、改めて周りを見渡す。
ここは家とは離れた“別館”だ。
レニエが住む用に建てられた場所である。
でも、造りはひどいものだった。
「さすがに手抜きすぎる」
手をかけたとは思えない、最低限の小屋。
猫に餌でもあげるような、ご飯が運ばれてくる小窓。
形だけ整えて、後はテキトーにやりましたみたいな手抜き具合だった。
言うのも辛いけど、ここは“忌み子を閉じ込めておく”ための場所だからな。
原作では、レニエがここから出てくることもなければ、メイド達もご飯の受け渡しだけを行っていたとか。
現に、レニエは屋敷に案内されることなく、ここへ直行だった。
お昼を持ってきたのは、俺がメイドに言ったからである。
「そうか、早速使う時が来たか」
一行に返事をしそうにないレニエに対し、俺は別館の裏口に回る。
ここには誰にも知られていない、秘密の出入口がある。
前世の“忍者”が使う様な、俺が作った隠し扉だ。
「こんちはー」
「……!?」
裏から突然現れた俺に、レニエは目を見開く。
無表情な彼女がそうなったのだから、よっぽど驚いたんだろう。
ていうか、やっぱりいるじゃないか。
「ここの居心地はどう?」
「……ふん」
答えることはなく、ぷいっと目をそらされる。
だけど、レニエはちらちらと周りを確認していた。
これは気づいてくれたかな。
僕はお昼ご飯を机に置きながら、彼女に伝えてみた。
「実は、毎日掃除してたんだよ」
「あっそ」
この別館は、外から見ればただのボロ小屋だ。
だけど、内面だけは毎日綺麗にしておいたんだ。
推しに汚い場所に住まわせるわけにはいかないからな。
もちろん、中からしっかり固定してあるため、崩れる心配もない。
「本当は大豪邸でも建てたかったんだけどなあ」
「……」
そうしたかったのは山々だが、そんな権力はない。
原作をいじらないことも考えると、これが一番正解だったと思う。
レニエが来るまでに何かを勘づかれると、来ない可能性もあったし。
加えて、あまり大々的なことをしないメリットもある。
外面は綺麗じゃないから、メイドさん含め誰も近寄らない。
──つまり、ここは俺とレニエの“二人だけの空間”になったわけだ!
ああ、決してやましい意味ではない。
ファンたるもの、推しに手をかけようとするのは最低だからな。
「シャワーも地面から通したし、お手洗いも比較的清潔だよ。あ、覗き穴とかはないから! そこは安心して!」
「……ふん」
あくまで無表情に。
でも、少し周りを気にしているのが見える。
すぐに気に入るのは無理かもしれないけど、少しは楽に過ごしてくれたらいいな。
「えと、他に何か気になることはある?」
「……別に」
「そ、そっか」
レニエはあくまで淡々と返事をする。
これはすぐに距離を縮めようとしてもダメだな。
そう思い、僕はレニエに背を向けた。
「またくるね」
「……」
裏口をパタンと閉めた後、はああと顔を抑えてしゃがみ込む。
推しとの会話緊張したあ……。
反応はあまりもらえなかったけど、“別館キレイ作戦”はまあまあ成功だったんじゃないか?
チラチラ気になっていたみたいだし。
「よし」
軽い成功を胸をしまい、俺は再び立ち上がる。
伝えるべきことは伝えたし、日課の鍛錬を始めよう。
今日で終わりなわけじゃない。
むしろこれからが本番ななわけだからな。
「今日も推しのために!」
「また俺がご飯を持っていくよ、リア」
鍛錬を終えて、俺はメイドのリアに話しかけた。
彼女はふっと微笑むと、レニエ用の夕食を渡してくれる。
「ふふっ、本当に坊ちゃまは変わったお方ですね」
彼女は、メイドリーダーの『リア』。
金髪ボブに、片側をお花の髪飾りで留めている。
服装はお決まりメイドの衣装だ。
彼女は、この家における僕の唯一の理解者である。
「でも、反対はしないんでしょ?」
「もちろんでございます」
原作上、本来の俺はただのやる気なしモブ貴族。
両親からも努力をしない怠惰な奴だと思われている。
だから俺は、レニエが来るまでの日々を原作通りに進めるため、秘密裏に鍛錬をしていた。
でも、鍛錬を始めて数日後、まだ未熟だった俺はリアに覗かれていたことに気づかなかった。
だったらもう、彼女に理解を求めることにしたんだ。
幸いリアはとても強く、良い修行相手になってくれた。
レニエが家にくると両親が発表したタイミングで、レニエと仲良くしたい旨も伝えてある。
「レニエ様の噂は聞き及んでおりますが……私は坊ちゃまを尊重いたします」
「ありがとう。本当に助かるよ」
「いえ、これもあの時の恩──」
「だー! その話はもう良いから!」
感謝をする度にその話を持ち出すけど、さすがに聞き飽きた。
とまあ、リアとは一件あって信頼もできる。
メイド側で一人でも協力者がいれば、レニエへの“推し活”も捗るってもんだ。
本来のレニエには残飯のような飯が出されるはず。
けど昼食同様、リアに頼んで良いご飯を用意してもらった。
レニエもきっと喜ぶんじゃないかなあ。
「じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
ふふ~んと鼻歌を歌いながら、別館の裏口へと回った。
今度は返事してくれるといいな、なんて思いながらノックをする。
「おーい、レニエー。入るよー」
やっぱり返事はないんだけどね。
でも、シャワーやトイレ中だったらさすがに多少拒否するだろうし、開けても問題なさそうだな。
「おじゃましまーす……って、あれ?」
しかし、実際に入ってようやく気づく。
レニエの姿が見当たらないんだ。
「レニエ!? どこだ!? いるなら返事をしてくれ!」
急にさーっと怖くなって叫ぶも、返答はない。
この大きくもない部屋で物音が全くしない。
だったら、考えられることは一つ。
「まさか、脱走した……?」
どうしてそんなことを。
部屋が気に入らなかったのか。
これも原作にあったイベントなのか。
様々な疑問が浮かび上がってくるけど、俺はとにかくその場を蹴り出した。
いても立ってもいられなかったんだ。
「レニエ!」
僕は“闘気”を張り巡らせて、辺りを探る。
この二年間で身につけた俺だけの力だ。
「……!」
そうして、かすかに気配を感じた。
けど、この方向は……。
「いや、だったらなおさらだ!」
俺は“近づくな”と言われている、森の方へと駆け出した──。
★
<三人称視点>
「ハッ、ハッ……!」
息を切らしながら、一人の少女が森を駆ける。
この日、フォード家の義妹として迎えられたレニエである。
だが、浮かべているのはイラついたような、怯えたような表情だ。
「……っ!」
頭に巡るのは、今までレニエが過ごしてきた数々の場所のこと。
檻や独房、藁の上など。
なんなら場所があるだけ、まだマシな方だった。
不幸中の幸いは、忌み子だからと、男に最後までは襲れなかったことだろう。
「なんなの、あいつ……!」
ただ、今回はそれらと明らかに違った。
外面は「いつも通りか」と思わせるボロい小屋だ。
だが、慣れた嫌な臭いがしなかったのだ。
そうして、入った途端に分かる。
綺麗な部屋に、綺麗な水回り。
今までは受けてこなかった、ありえない良待遇だった。
しかし、レニエはそれが逆に怖かったのだ。
「一体、何を企んでいるの……!」
優しさの裏には企みがある。
すでに“人”を嫌というほど味わってきた彼女は、そんな考えが根付いていた。
蔑まれ続ける内に、そう育ってしまったのだ。
ならば、今回の多大な優しさの裏には、どれほどの企みがあるのか。
そう考えると怖くなり、彼女は逃げ出したのだ。
「……っ」
原作通りならば、レニエは別館に捨てるように投げ入れられる。
シアンの優しさにも触れることなく。
つまり、これはシアンが知る原作には存在しないイベントである。
「あれ、ここは……」
そうして、ふと気がつけば、レニエは周りが分からなくなってしまった。
初めて来た家で脱走など、今まではしようとも考えなかった。
それほど彼女にとっては初めての体験だったのだ。
そんなレニエに、忍び寄る手が現れる。
「なんだ、この嬢ちゃん」
「……!」
ここは、フォード家の領地外の森。
魔物に加え、行き場を失った“ならず者”たちが住んでいるのだ。
複数人の男たちは、ニヤアとした表情を浮かべた。
「随分と良い匂いじゃねえか」
シアンが運んできた昼食の匂いだろう。
メイドのリアが用意した貴族の料理は、ならず者にとっては香ばしい。
さらに、彼らは貴族ではないため、レニエが忌み子と呼ばれていることは知らないようだ。
ならば、レニエを貴族だと思うのがごく自然。
「どうしたのかな、こんなところにご貴族様が一人で」
「……っ!」
男たちは、ゲスな顔で一歩ずつ寄ってくる。
この視線は何度も見た事がある。
自分を手にかけようとする表情だ。
チラリと視線を交わし合った男たちは、次の瞬間に同時に動く。
「「「「やっちまえ!」」」
レニエに一斉に飛びかかってきたのだ。
「脱がした服は取っとけよ! 売れるからな!」
「……っ!」
すぐに一人の手がレニエの襟を掴みかかる。
こんな場面は何度遭遇しても慣れない。
しかし、助けてくれる人がいないのも分かっている。
(最後まではやられたことなかったんだけどな)
レニエは全てを諦めて、ふっと力を抜いた。
いつかはこうなるだろうと思っていたのかもしれない。
「ははっ! こりゃ上玉──ぐふっ!」
「……え!?」
だが、男がレニエの胸を鷲掴もうとしたところで、いきなり吹っ飛んだ。
さらに、後方からは声が聞こえてくる。
「おい」
低く、怒りを露わにしたような声だ。
レニエも含めて振り返った先には──シアンがいた。
「汚い手でレニエたんの体さわんじゃねえ!」
「「「……!?」」」
男たちは目を見開く。
現れたのが知っている者だったと同時に、不思議な単語を聞いたからだ。
(((レニエたん……?)))
加えて、シアンの姿にはレニエも驚いていた。
(ど、どうして……!)
まさか自分を助けに来る者がいるなんて思わなかった。
男たちに囲まれた時点で、この人生の終止符を打つのもありかもしれないとさえ、心のどこかでは思っていたのだ。
そんな状況だったからこそ、初めてレニエから口を開いた。
「な、なんで」
「ん?」
「なんで、私なんかを……?」
シアンに裏があると思っているからか、恐る恐るの口調だ。
だが、次の返答には何か温かいものを覚えた。
「レニエが大切な妹だからだよ」
「……っ!」
レニエの鼓動がドクンと高鳴る。
この温かさの正体を安心感だとはまだ知らない。
しかし、嫌な感じは一切しなかった。
それから、先ほど吹っ飛んだ男が声を上げた。
「あいつを殺せ! どうせ奴も一人だ!」
その声にようやく周りはハッとする。
確かにシアンは助けに来たが、依然としてレニエは人質状態なのだ。
一人がレニエを抱え込み、残り三人はシアンへ向かった。
「何がご貴族様だ!」
「生まれが良いからってよお!」
「死ねえええええ!」
憎悪を口にしながら、男達は一斉に襲いかかる。
だが、次の瞬間、彼らはまたもシアンに触れることなく吹っ飛ばされた。
「「「ぐわああああっ!」」」
ドカっと尻持ちをついた男達は、悔しさをにじませながら声を上げる。
「な、なんだ今のは!?」
「何の属性魔法を使いやがった!?」
「属性まで恵まれやがってよお!」
この世界の大気にあふれる“魔素”。
それを体内に持つ“属性”で変換して放出すると、“属性魔法”となる。
しかし、シアンは頬をぴくっと持ち上げた。
「そんな便利なもの、持ってたら良かったんですけどねえ(怒)」
「「「……!?」」」
シアンは属性を持っていなかったのだ。
これは魔素における“蛇口”を持っていないのと同じ。
つまり、シアンは属性魔法を扱えない。
「魔法の才能」=「蛇口の大きさ」だとよく表現される。
だが、シアンは舞台にすら立てていなかったのだ。
(制作陣さん、シアンに属性付け忘れたとかないですよねえ!?)
シアンは心の中で制作陣を恨む。
魔法が物を言うこの世界において、属性がないというのは大きすぎる痛手だ。
それでも、推しのためにシアンは努力を惜しまなかった。
「だから俺には“闘気”しか無かった」
対して、男達は途端に笑い声を上げる。
「はあ!? 闘気だって!?」
「ふざけるのも大概にしろよ!」
「あーなんか勝てそうな気がしてきた」
この反応が、この世界における共通認識である。
闘気は体内のみに流れるエネルギーだ。
属性魔法は出せないが、魔素と本質はそれほど変わりない。
『身体強化』や、エネルギーを飛ばす『気弾』などの“無属性魔法”は扱えるのだ。
ならば、なぜ闘気はバカにされるのか。
わざわざ使う必要がないからだ。
大気中にあふれる“魔素”と、体内だけに流れる“闘気”。
どちらがより多くのエネルギーを持つかなど、子どもでも分かる話だ。
そして、男達は今度は魔法を構える。
「じゃあ見せてやるよ!」
「魔法ってやつをな!」
「最初からこうすりゃよかったぜ!」
それぞれ三種類の魔法が放出されようとしている。
属性を持っていないシアンへの皮肉でもあるのだろう。
対して、シアンも手を前に構えた。
「受けて立つぞ、ゴラア!」
「「「ナメやがって……!」」
三つの魔法と、シアンの『気弾』がぶつかり合う。
だが、両者は全く拮抗しない。
シアンの『気弾』が一方的に押し切ったのだ。
「「「ぐわああああああっ!」」」
男達はまたも仲良く吹っ飛ばされる。
先ほどからの攻撃は、シアンの『気弾』によるものだったようだ。
常識では考えられないその威力に、男の一人が言葉を漏らす。
「なんで、属性魔法が負けるんだ……?」
「そんなことも分からねえのか」
魔素に比べて、闘気は絶対的に量が少ない。
しかし、一つだけメリットがあったのだ。
それは、死線を超えるたびに増えるということ。
「愛だよ」
「……!?」
つまり、シアンは超えてきたのだ。
文字通り“推しのためなら死ねる”シアンは、鍛錬で自分を死ぬほど追い込み、その度に闘気を増やし続けた。
結果、属性を持っていなくても“最強”と言えるまでに。
これは愛以外の何でもない。
「さあ、妹を返してもらおうか」
「「「……っ!」」」
シアンはゴキゴキと指を鳴らす。
今なおレニエに触れている手が許せないのだ。
対して、男達はさーっと顔を青ざめた。
「「「す、すみませんでしたー!」」」
「あ、おい!」
次の瞬間には、ダッシュで逃げ帰って行く。
とっさに追いかけようとしたシアンだったが、すぐに足を止めた。
こちらをじっと見ている推しがいたからだ。
「レ、レニエ!」
「……っ!」
シアンはとっさに駆け寄り、レニエに上着を被せる。
胸元が少し破られてしまっていたからだ。
「大丈夫だった!?」
「……」
相変わらず返事はないが、レニエは目を逸らして、こくりとうなずく。
それにシアンはほっと一息をついた。
「よ、よかったあ」
「……」
「さ、帰ろうか」
「……うん」
まだ口数は少ないレニエを、シアンは先導しながら歩く。
だけど、後ろからふいに、裾をぎゅっと掴まれる感覚があった。
「レ、レニエ?」
「あ、あの……」
頑張って言葉にしようとするのを、シアンはじっくり待つ。
それから、顔を真っ赤にしたレニエは小さくつぶやいた。
「……あ、ありがとう」
「~~~っ!」
まだまだ無表情な方ではある。
だが、すでに原作では見た事のない表情をしていたのは確かだった。
早くも原作が変わろうとしていたのだ。
そして──
「がはっ!」
シアンは吐血した。
もちろん悪役令嬢のレニエも好きだが、原作で見せなかった表情は、効果が抜群だったようだ。
これが、前世の記憶を持ったシアンと、悪役令嬢に育つはずのレニエの出会いの日だった。
連載版を投稿いたしました!
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