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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合短編

聖女が断頭台に登ろうとするのを見て悪役令嬢は王子を殴って婚約を破棄させた

作者: れとると

 8000字余り、悪役令嬢×追放聖女百合です。


 ノリと勢いしかありませんので、頭軽やかにガッとお読みください。


「追憶のぉぉぉぉ…………」



 貴族学園の正門そば。その地獄の底から響くような声に、多くの令息令嬢が何事かと足を止めた。


 仁王立ちになった一人のご令嬢が……指を一本一本折り曲げ、ばきばきと鳴らしながら。


 右の拳を、握り締めている。



 そして彼女は――――この国の王太子に向かって、駆け出した。



「レイ・ジョー! ブロオオオオオ!!」


「ぼげぇ!?」



 弧を描き、拳が突き刺さる。


 すさまじい衝撃(インパクト)


 王太子スパルの左の頬が、たわみ、歪んでいく。



「ブレェェェェェェク!!」



 令嬢の拳が、轟音を立てて振り抜かれた。



「はべっ! ごばっ! おぼぼぼぼぼ」



 王子は二転、三転と石畳をえぐりながら跳ね、最後に顔面で長めに滑って……止まった。



「な、に……なぜ、俺、が」


「貴様ッ! 一度振った私と再び婚約したのは何事かと思ったら!


 聖女スミレを振って、あまつさえ旅の最中の勇者パーティから追放させたなッ!!」


「ぐッ! なぜそれを知って!」


「愚か者ッ! この私、大公爵の娘たるビオラを甘く見るなッ!!」



 令嬢は……一度軽く咳ばらいをし。


 胸を張り、続けた。



「クロス神聖王国第一王子スパル・クロス! あなたとの婚約を、破棄いたしますわ!」


「何を言う、貴様の一存で出来るはずが!」



 青い目をした王子がなんとか顔を上げ、抵抗するも。



「問答無用! さぁ! 我らが神聖なる星の女神に誓って選択しろ!


 (デッド) or(オア) 婚約破棄!!」




 ◇ ◇ ◇




(これでフラグは、戻るはず)



 屋敷に帰ってきた令嬢は、自室の中をうろうろしながら思考を続ける。



 令嬢ビオラは……地球からの転生者であった。


 彼女は乙女ゲームを模したこの世界を、熟知していた。


 ゆえ、勇者パーティへの参加を主人公たる聖女に押し付け、破滅の未来を逃れた、つもりだったが。



(ヒロインだから普通に大丈夫でしょうと思ったのに、なんで追放されてるのよ!)



 聖女が辿ったのは、()()()()ビオラがする破滅への道だった。



(冗談じゃないわ! 私のせいで、人が、あんな惨い目にあって、死ぬなんて……)



 ビオラは震えあがった。このゲームにおける悪役令嬢の末路はかなり酷いものだ。


 追放、婚約破棄、断罪、指名手配、娼館落ち、捕縛、そして容赦なく罰せられ……首を落とされる。


 彼女は自分がそんな目に遭うのも絶対いやだったが。



 それ以上に、聖女が身代わりになって破滅するのが、とてもとても嫌になった。


 ビオラは小心者で臆病な、怒れる小市民なのだ。



(これでいいはず、だけど。そもそもどうしてこうなったのかしら。


 王子もちゃんと一度破談にして距離を置いたのに、いつの間にか王家と公爵家で話がまとまっていて。


 正規の道筋でなかったことにするのは、大変だったわ)



 先の学園での一幕の後、王子はビオラの裂ぱくの気合いで泡を吹いて気絶した。


 令嬢は仕方なく公爵夫人の母、そして王妃と密に連携をとり、王子との婚約を撤回させた。



 母は一度破談になった経緯を知っているし、娘を王家の嫁出すなどむしろ格が下がると思っている。


 王妃は息子のダメっぷりに頭を下げる始末だった。



(父親に泣いてすがって、聖女より私がいいと懇願したなどと……。


 しかしこれで、二度と私のもとには寄り付かぬはず)



「お嬢様、大変です!」



 ノックもせず、扉が開いた。


 だが入室してきたのは、ビオラが腹心と頼りにする専属侍従。


 彼女はゆったりと振り返り、己が右腕と信頼する彼女を招いた。



「それは……見せなさい、フィオ」


「はい。重要機関に触れが出されたそうで」



 メイドが持ってきたのは、ある罪人指名手配の告示書だった。


 罪状は横領、詐欺、国家転覆未遂、その他多く。


 その大罪人の、名は――――



「王弟殿下の印ね。行かなくては」



 令嬢ビオラが、前を向く。


 頭の左右から垂らす巻き髪が、静かに揺れ、浮き上がる。


 彼女の魂に、怒りの炎が灯っていた。




 ◇ ◇ ◇




 体を上下に(ダッキング)()左右に揺らし(ウェービング)


 令嬢の上半身が〝∞〟を描く。


 彼女は距離を詰め、体格のいい派手な格好の男に迫った。



「あれは、(いにしえ)のブロー……」



 少し遠くで、唯一の観客にして立ち合い人、法務補佐官の男が呆然と呟いた。


 ビオラの右腕が、弧を描いて……法務大臣・王弟プレースに迫る。


 彼の身を護る腕のブロックに、大きな音を立てて突き刺さった。



(重い! これが〝レイ・ジョー・ロール〟!!)



 プレースのシャツの袖が、弾け飛ぶ。


 拳を振り抜いたビオラの体は、そのまま流れ。


 今度は……左フックを放つ。



 王弟の右腕に当たり、跳ね上げた。


 ビオラの上半身が再び反対に流れていき、必倒の右フックを構える。


 一方のプレースはその瞬間、半歩身を引いた。



(馬鹿め! その技が廃れたのは、カウンターをとられやすいからよ!)



 正確に振り子のようにリズムを刻んで、左右からフックを放つ〝レイ・ジョー・ロール〟。


 だが現代拳闘では、相手の拳に合わせて撃ち抜くカウンターが主流であり。


 大振りで次の挙動が読みやすいこの技は、センスのいいボクサーたちにとってはただの的だった。



 プレースは向かって左からフックを打ち込んでくるビオラに、右の拳を合わせようと放つ。




 だが。




(な、に?)




 彼の顎に、()()()()()から何かが突き刺さっていた。


 そして左からは、令嬢のフックが今も迫りつつある。


 王弟の右腕に、十字の形で被せられたのは――――



(こ、これは! コイツ、巻き髪(ドリル)接近戦士(インファイター)!!」



 渦巻く金糸。令嬢の髪の、一房だった。


 魔法ありのハイレギュレーションでのみ認められる、最新のファイトスタイル。


 プレースに迫るビオラの口元が――――にやり、と笑っていた。




 ◇ ◇ ◇




(これでフラグは元通りのはず……なのですが)



 法務としては先の聖女への指名手配は手続き無視の発令であり、これは令嬢の訴えもあって取り下げられた。


 撤回を賭け、女神に誓った拳闘での結果を重んじ、王弟プレースも罪状の再審理に動いてくれている。


 小市民たるビオラに法の実際などわからなかったが、プロができるというなら後は任せてもいいだろう。



 しかし。



(人治の横やりが見られるわね……先の婚約や追放の話もそうだけど、()()()()()()()



 まだ油断できない。


 そう思いつつ、屋敷へ帰ろうと華やかな大通りを歩くビオラ。


 その目の端に。



(いま、のは)



 連行されている、罪人たちの姿が、映った。



 そのうちの一人は。


 この世界では珍しい、黒髪、黒い瞳の。



(スミレ!? どうして!!)



 地球から召喚された聖女、スミレであった。




 ◇ ◇ ◇




「コオオオォォォォ――――」



 深く息を吐きつつ、ビオラは両の手を体の前で複雑に動かす。


 それは、星の結びを描き、内なる宇宙の力を高める構え。


 闘気の煌めきが――――



『ブモーーーーーーーーーーーーーー!!』



 雄叫びを、上げた。



「タウラス 令 嬢 拳 (レイジョーケェェェン)!!」



 音速の拳が、いくども放たれる。


 その先にいるのは。



「ぬるいわ、ビオラッ!」



 令嬢ビオラの父・ディルム公爵ハラン・メモリーその人。


 クロス神聖王国の宰相でもある。


 国家に勝る勢力を持ち、大公とも呼ばれていた。



 彼は両の手で、簡単にビオラの拳をいなしていく。



「うぉぉぉぉぉぉ!!」



 令嬢が裂ぱくの気合いとともに、小さな宇宙の力を高める。


 彼女の身は激闘の末、すでにボロボロだった。


 だがその瞳が、爛々と輝く。



(力尽きる前の悪あがき、か。


 む? まて。そもそもこやつの五感は先に封じたはず。


 念のためにと脳も揺らし、第六感も働かない。


 ならばなぜ、拳が正確に、この私に)



 撃ち落され続ける拳を、それでもビオラは諦めず繰り出した。



(腕が引きちぎれるまで撃つつもりか? 娘よ。


 いや、おかしい。拳の速度が……。


 マッハ1。マッハ10、マッハ35、マッハ120)



 牡牛の闘気(オーラ)が、黄金に輝いた。



第七感(セブンセンシズ)! まさか〝12聖女〟の力に目覚めたのか!!)



「うぉぉぉぉぉ!! ゴールド・ホーン!!」



 構える令嬢の両の巻き髪(黄金の角)から。


 無数の煌めきが放たれた。



(こ、これは! 光速拳!!)



 父の体が、何かに轢かれたように天井付近まで打ちあがり。



(なん、ということだ。娘に……超えられる、とは)



 顔から、赤い絨毯に落ちた。




 ◇ ◇ ◇




(これで、いい。お父さまも動いてくださる。今度こそ、今度こそ……)



 娘を次代当主たると認めた大公は、その地位を明け渡すことを約束した上で独自に動き出した。


 王城から出たビオラは、少し遠めに見える城の尖塔を眺める。



(スミレ……待っていてね)



 まずは保釈の段取りを整えなくてはならない。


 早急に手配せねば、彼女の身に深刻な傷を残すだろう。



(きず……しんこく、な……)



 ビオラの、黄金の差した瞳が。


 大きく、見開かれ。


 王城の尖塔から、離れない。



(あそこは、わたしの。ちがう、せいじょが、とらわれて。


 だって悪役令嬢が捕まってたのは、ちかろう、で。


 ウッ!)



 石畳に膝をつくビオラ。



「お嬢様!?」



 そばに控えていた侍従のフィオが、その細い体を支えた。



「もう、お嬢様の体は限界です! 無茶をなさらないでください!」


「……………………ダメよ、フィオ。私は、行かなくては」



 地獄の底から絞り出したような声を吐き出し、令嬢は震える膝を無理やり立てる。



(おもい、出した。そしておかげで……すべてが繋がった)



 メイドの肩を借りず、ビオラは真っ直ぐに立った。



(勇者パーティの選定と追放処置。


 王子の婚約。


 急についた様々な罪状と、指名手配の強行。


 そして逃げるあの聖女を、捕縛できたこと。


 なんたる……なんたる人治専横の極みッ!!)



 彼女は真っ直ぐに立ち上がり。



「国王オクタールッ! 貴様のやることはッ!!」



 再び王城を、振り返った。



「スジがッ!! 通らねぇ!!」



 ビオラの怒髪が、黄金に輝いて。


 天を、衝いていた。




 ◇ ◇ ◇




 王城は……酷い有様となった。


 巨大化した国王オクタールと、令嬢ビオラの戦闘により、そのほとんどが破壊されていた。


 黄金の力をフルに発揮し、ビオラが筋を通したが……彼女はすでに、満身創痍であった。



 ビオラは唯一無事な尖塔の階段を、ゆっくりと上がり。


 その果てにある扉を。


 拳の一振りで、破壊する。



 そして部屋を見渡し。



 一人枷に嵌められ、壁際に立つ、罪人を見つけた。



「…………あら。びおら、さまが。なぜこんなところ、に」



 かすれが声がその罪人……聖女スミレの口から、紡がれた。



(ひどい……女人に対して、よくもこんな)



 彼女の様子を見つつも、ビオラは口に出さない。


 それは尊厳を貶める行為だと、口元を引き結んだ。


 まずは、彼女自身に聞かねばならないことがある。



(知れたこと、ではある。やっぱり()()


 でも聞かずには、おれない)



 ビオラは国王との戦闘中に気づいた、疑問を口にする。



「あなたの行いは……スジが通らない」



 ざわり、と令嬢の髪がドリルを巻く。


 聖女は傷ついたその顔の下で……薄く、笑っていた。



「なぜ――――なぜ!


 ()()()()()()()()()()、スミレ!!」



 ビオラの言葉に。


 スミレが目元口元で、嬉しそうに……笑う。



「あの国王陛下を倒してしまえる、なんて。すごいですねビオラ様。


 いえ――――悪役令嬢、ビオラ」



 召喚された聖女スミレは。


 このゲーム世界を……熟知していた。


 ()()()()()破滅に向かえるか、も。



(確かに、すべては国王オクタールの企み。


 けれども奴の、本当の()()は!


 大公ハランとその娘、ビオラ!!)



 奥歯を噛みしめ。


 ビオラは自ら破滅に向かった愚かな女に、詰問する。



「どうして。どうして私の、身代わりになど、なったのです」


「私はね、真っ直ぐに立つ、ゲームのかっこいいビオラ様が……大好きだったのよ」


(知っているわ)



 聖女がたまに咳き込みながら、苦しげに、しかし晴れやかに話し出す。



「でも本物のあなたは、もっともっとかっこよかった。


 だから守りたかった……それだけよ」


(そう、やっぱりあなたもそう、なのね)



 ビオラは、痛む胸から息を吐きだした。


 そしてスミレは。



「ねぇ、転生者さん?」



 聖女の黒い瞳が、確信をもってビオラを見据える。


 ビオラは、答えなかった。


 スミレはそれが、自身の見立てを認めた証だと受け取り、続ける。



「私がフラグを修正しても、すぐ追いすがってくるんだもの。


 おかげで、次々にイベント起こさなきゃならなかったわ。


 あなたこそ……どうして?


 そのままにしておけば、あなたは優雅に暮らせたのに」


「誰かを犠牲に、破滅を免れる。そんなのは……スジが通らねぇ。


 それに」



 背筋を伸ばし、天を衝くように立つビオラ。


 それを陶然と見て、彼女の答えを待つスミレ。



「それに?」





 同じ花が。





()()()()()()()()





 交わる。



「――――――――へ?」



「こう言えば伝わるかしら。私は、()()()よ」



 転生により記憶に欠けが出ていたが……ビオラは前世で得た〝12聖女〟の力に再び目覚めたとき、すべてを思い出していた。



 かつて自分が、地球から召喚された聖女スミレとして、悪役令嬢ビオラを救おうとしたことを。


 そしてこの尖塔で獄死寸前の責めを受け、その後に断頭台に上げられ。


 群衆の中に、処刑される自分(スミレ)を見て涙を流す、ビオラを見つけ。



 ――――救えなかったと、悟ったことを、思い出していた。



(命を救うだけでは、足りなかった。


 そのお心を、お救いせねばならなかった。


 ()は死んではッ! 身代わりになどなっては、ならなかったッ!)



 令嬢は悔恨を胸に、聖女をじっと見据える。


 かつての自分自身を、真っ直ぐに見る。



「その心を、魂を救うため……私はビオラその人になった。


 誰かを犠牲にせず、自分自身で立ち上がるために。


 そしてあなたも、救うために」


「そん、な。私に、すくい、なんて」


「私自身の救いをッ!


 この私が願って、何が悪いッ!!」


「――――ッ」



 令嬢が吠える。


 聖女はあまりの説得力に、しかし。


 抗った。



「あなたが私自身だっていうなら、知ってるんでしょう!?


 私が身の破滅を招くために、どんな酷いことをしたか!」



 ビオラの顔が。


 苦痛を耐えるように、歪んだ。



「追放されたのは、私を押し倒そうとした仲間を殺したからよ!


 横領も、詐欺も、国家転覆だって合ってる! それは私の罪よ!


 私をとらえようとした兵たちを、何人殺したかだって、覚えてるんでしょう!?」


(…………覚えて、いるとも)



 やむを得ず、あるいは悪役令嬢の身代わりを果たすために。


 それらを躊躇わず実行した。


 事情はあれども罪は罪。罰を受けねばならぬとは……かつてのビオラも思っていた。



 ゆえにこそ、あの惨い扱いも、受け入れたのだ。


 だが。



「違う」


「何が違うっていうの!!」



 悲鳴のような声を上げるスミレを見据え。


 ビオラはぐっと拳を握り締める。



彼女()が悪いわけじゃない。何かを間違えたわけじゃない)



 かつてスミレ……常葉(ときは) すみれだったビオラは。


 何もかも、納得がいかなかった。



 破滅する誇り高き令嬢。


 苦悩の末に職責を外れ、大事な物を守ろうとする男たち。


 その選択によっては、自らが破滅し、令嬢の身代わりとなれる……聖女。



 ビオラはこのゲームの、すべてに納得がいっていなかった。



「まったくスジが通らねぇ!!


 悪いのは! 悪役令嬢ビオラでも!


 聖女スミレでも!


 王子でも! 王弟でも! 宰相でも! 国王でもないッ!!」



 令嬢は……両手を広げ、天を仰ぎ見た。


 尖塔の昏い天井の彼方に。


 女神のおわす――――救いの、星空を見た。



「悪いのは! キャラクターのことを考えずに書き散らされる! 悲劇(シナリオ)だ!」


「な、いや、は?」



 唐突に変わったビオラの怒りの矛先に、スミレが困惑を零す。


 だが令嬢は……涙して叫んだ。


 魂から、声を絞り出した。



「ここにいるのは人間だ!


 罪があるなら罰を与え!


 皆が救われなければならないッ!


 誰も彼も生きてるんだッ!


 好きで悪党やってるんじゃぁないんだよッ!!」



 尖塔の床を踏みしめ。


 ビオラは高らかに謳う。



「こんな舞台があるからいけないんだッ!


 いなくならくちゃいけない人なんて、どこにもいない!


 性根の曲がった脚本家が書いた、この世界を破滅させなきゃならないんだッ!!


 そうしなければ――――」



 そうして彼女は。


 両の拳を、握り締めた。


 ビオラに宿る黄金の力が、強く輝き。






 天の彼方の星を、女神の力を――――その身に降ろす。






「スジがッ! 通らねぇッ!!」



 ビオラ(令嬢)の魂を持ったすみれ(聖女)が。


 罪人(スミレ)に……白く輝く、拳を向けた。



「ゴォォォォッド! ブロォォォォォォォ!!」


「がはっ!?」



 胸元に打ち込まれた拳を振り抜かれ、尖塔から地上に真っ直ぐに撃ち出されるスミレ。


 ビオラはすかさず彼女を追いかけ、地上へ跳んだ。


 ついた先は、王城脇の敷地。



 今は誰もいない、貴族学園の正門そば。



 そこは――――ゲーム本来の、断罪の場。



 咳き込みながら、立ち上がるスミレに。



「そのために、まずは!」



 また拳が、炸裂する。スミレの身に、温かな白い光が、宿る。



「あなたのすべてを! 私は断罪する!」



 左の拳が、脇腹に突き刺さる。


 その下で砕けた骨が蘇り、聖女の内蔵が癒え、傷が塞がっていく。



「自ら破滅するために! どれほど罪を犯した!!」



 右の拳がほおをとらえた。


 削ぎ落された肉が戻る。スミレのやけどが癒え、肌が蘇る。



「さぁ! お前の罪を数えろ! 私はあと何度、この拳を打ち込めばいい!!」



 放たれた、ビオラの左の拳に。






 ――――スミレの右腕が、十字に重なった。






 肩で荒く息をする、スミレ。


 ゆっくりと膝から崩れ落ちる……ビオラ。



「見事な、クロスカウンター。


 お前は罰せられ、罪は――――(あがな)われた」



 令嬢の身が、石畳に倒れ伏す。



「その罪は、私が許す。


 私が、持っていく。


 さぁ、真っ直ぐに立つがいい……常葉(ときは) すみれ」



 ビオラがゆっくりと、目を閉じた。


 数々の戦いで彼女の体は――――限界を、迎えていた。



「や……だめ」



 思わず殴り返した聖女は、我に返って膝をついた。


 令嬢の体を抱き起こし、仰向けにする。



「私を救っておいて! 勝手に倒れるんじゃないわよ!!


 あなたが救われなきゃ、私は!! 私たちは!!」



 溢れ、零れる涙が。


 笑顔を浮かべ、眠るビオラの。


 頬に落ち、伝って流れる。



「ビオラ!!」




 ◇ ◇ ◇




 かつての王城跡には、荘厳な神殿が建てられた。


 ゲームの都合で形ばかり「神聖」と名がついていた王国は。


 王を廃し、変わりつつある。



 女が、正門の様子を伺いつつ、その脇を抜け、神殿の庭へと回る。


 そろりそろりと進んで。



「あぁっ!? 巫女様、いつの間に外へ!!」



 お忍びで勝手に外に出ていた巫女――――スミレは、脱兎のごとく駆け出した。



「ごめんなさい! 後で私が始末書書くから!!」



 そう言い残して、逃げた。


 なおそうはいっても、警備の者たちは後でお小言をもらうことになる。



(しょうがないじゃないの。甘いものがほしいとか、急に言い出すんだもの)



 神殿の中のキッチンなどを使い出すと、様々なところに知れ渡って大掛かりになってしまう。


 やむを得ぬとはいえ、様々な不自由がここにはあり。


 スミレは少し、それを――――楽しんでいた。



 庭を抜け、あるところから二階に……跳び上がった。


 開けて出てきた窓から、こっそりと入り直す。


 そして窓に背を向け、執務机に座る背中に。



「ただいま、私」



 声をかけ、椅子の横から抱き着いた。



「こら、字が乱れるでしょう。


 おかえりなさい、スミレ」


「何か相変わらず他人行儀ではー?」


「自分行儀なんてわかりません。


 戦果は?」


「ほいよ」



 持ちこんだ紙袋から、揚げ菓子を取り出すスミレ。


 好みの幾種類かを……すべて二つずつ。


 サイドテーブルの皿に出し、彼女はお茶を煎れにかかった。



「あなたがやらなくても」


「神聖国セイジョーを象徴する巫女ってことで、私完全に無職でしょ?


 いい暮らしだけさせてもらって、申し訳ないのよ」


「それが私の甲斐性というやつよ。甘んじて受けなさい」


「ふぐっ。なんでそう急にかっこいいこと言うの!


 国ごと捧げられた私の身にもなってほしい!」


「さぁ? 自分のことでも、そこはわからないわね」



 お茶を煎れ、椅子を出し、スミレが座って……待つ。


 彼女の様子を見て、ビオラはペンを置いた。



「お待たせ。なに?」



 じっと覗き込んで来る黒い瞳に、ビオラは問いかけた。



「いやー……そろそろビオラ書記長閣下には聞いておきたくてさ」


「どうぞ。国民の言葉を広く聞くのが、私のモットーですから」


「では遠慮なく。そのー……なんで私を囲っておくの?」



 クロス神聖王国は解体され、神聖国セイジョーとなった。


 聖女スミレはそれに関わった功績をたたえられ、国の象徴という地位を与えられている。


 ある意味……飼い殺し、のようなものだった。



「放っておくと、あれが気に食わない、これを救わなくてはと、国を出ていきそうだからよ」


「なにそれ自己紹介?」


「そうよ。合ってるでしょ?」



 ビオラは大公の勢力地盤を継いだうえで、新しい国の政治的トップの座についた。


 絶大な権力を誇り、その多岐におよぶ業務で、自らを国に縛り付けている……とも言える。



 なお本来は。


 女神の力を持つビオラと、その巫女スミレという関係ではあるが。


 これは機密事項である。



「合ってるけど。なんで?」


「互いがそばにいるためには、それしかないと思ったからよ」


「そこだー! それがなんでだーッ!!!!」



 スミレが勢いよく立ち上がった。


 サイドテーブルが少し揺れ……お茶の水面が、徐々に平らにもどっていく。



「どうして女に走った! そうはならんやろ!? 言え私!!」


「あら、そんな簡単なこともわからないの? 私ともあろう人が」


「わかりません! 納得いかねぇ! スジを通せオラァ!!」



 ビオラは口元に手をあて、ひとしきり優雅に笑ってから。



 元聖女の手を掴み。



 ぐっと間近に、引き寄せた。



「な、な!? まだ昼間ですよ!!」



 至近で黒と金の視線が混じり合い、スミレが慌てる。


 人生経験一回分の余裕があるビオラは……妖艶に、微笑んだ。



「あなたは、唯一……この私を、倒した者」


「…………は? んっ」



 そっとスミレの唇を()んでから。


 ビオラは囁くように、続けた。



「惚れた女を捨て置くなんて――――スジが通らないでしょう?」



 王政を排した国・神聖国セイジョーは。


 見事な巻き髪の女性書記長と、象徴たる巫女の二人が。


 人治と救済の限りを尽くし。



 末永く、筋書きのない太平の世を築いたという。


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