4話 施設の探索
驚愕のあまり思考が少しストップしてしまったが、すぐに目の前の情報を頭に落とし込む。
こうなると平行世界説や異世界説は考えづらい。
そう、そこにある情報では建設計画や実際の竣工について記録も乗っている。
プレートには2055年、日本政府の要請により建設計画の開始と書かれていた。
この時点で自分の住んでいた時代からちょうど30年未来だ。
「ちょっと?エンジどうしたの?」
目の前の情報にただただ翻弄されている自分を見て、ヴェローサが心配そうに声をかける。
「...ああ、すまない。少し、驚いているんだ。もしかしたら、俺は平行世界でもなく、異世界に来たわけでもないのかもしれない」
「どいうこと?」
「俺は西暦2025年の日本という国に生きていた。そして、此処にはこの施設が2055年に建設計画が開始されたと書いてある」
「...?」
「まぁ、いきなり知らない情報と名前が出れば困惑もするか。俺も正直わけがわからない。ただ、此処にある建設関係企業は俺も関係していたことがある。名前はまだしも企業ロゴや事業内容から考えると、間違いなく、此処は俺が住んでいた世界だ」
「よくわからないわ」
「つまり、俺の住んでいた世界の未来がここということだ」
「未来?」
「例えるなら、君たちの暦、皇歴542年に住んでいる君が、例えば突然皇歴600年に来たと思ってくれ。どうだ?」
「なるほど...」
「さらに言えば、皇歴542年が言葉通りなら、少なめに見積もっても570年も俺の時代から経っている」
「なんだか、途方もない話ね」
「ああ、正気を失いそうだよ」
チョビが心配そうに体を寄せてくる。頭にあたる部分を少し撫でて気分を紛らす。
「何もわからないよりもマシかもしれない。しかしこれは...とりあえず先に進もう」
現状の把握も確かに大事だが、チョビの修理も大事だ。
引き続き通路を進んでいく。
施設が稼働しているのは外から見てわかったが、自動ドアも問題なく稼働している。とてつもない耐久性だ。汚れはひどいがステンレスと思われる表面部分は劣化が全く見られない。
幾つかのドアを通り少し広めのロビーに似た場所にたどり着く。
感じた印象は大きい病院の受付といった感じだ。
たくさんの椅子や長いカウンターテーブル。ATMのような入力端末もいくつか見え、カウンターの奥にはパソコンに似た機材が散見できる。
カウンターに沿って進んでいくと駅の改札に似た、恐らくこの施設の従業員向け通用口と思われる場所にあたる。
セキュリティに関する設備は機能していないのだろう、ヴェローサとチョビはその通用口を気にもせず先に進む。
そこからは従業員の休憩室と思われる場所や会議室、着替え室などを通過しヴェローサとチョビは歩みを止める。
「この先が、ちょうど村長の家の下にあたるの。私達もこの先は見たことない」
「もしかして、ヘプトさんの建物から君たちは生まれて出てくるということか?」
村長宅がやけに大きいのに対し、生活...といって良いのかわからないが住んでいるのが狭い部屋なのが理解できた。入ってすぐの大きい空間は丸ごとエレベータホールなのだろう。
「そういうこと、ね」
ここが相当に大きい地下施設だということが分かったのと、この周辺は騒音が多い。大量の水が流れるようなゴー、という音や溶接機の音や何かが高速で回転するゴウンゴウンと言う音が聞こえてくる。
つまりは、現時点では自身の持つ「生産工場」の常識は通じそうだということが分かった。
「これは、ドアか。本来は社員証のNFCか何かと...網膜スキャンか」
この先は機密レベルが高いのだろうか?当然セキュリティは突破できない。
だが、このドアをオーバーライドすることは出来るかもしれない。
「どうにかできそうなの?」
「ああ、ちょっと大きい音が出るかもしれないから気を付けて。」
ヴェローサとチョビにそう声をかける。
この先はおそらくクリーンルームかそれに準ずる設備と考えられる。
理由はドアの密閉構造。通気ダクトの配管の量。セキュリティの通過方法が非接触であること。
そして、アクリルに囲まれた如何にも非常時に操作してくださいと言わんばかりのプルスイッチ。
正常に動作するだろうか?さらなる混乱を招くのではないだろうか?
わからないが意を決し、アクリルカバーを開きスイッチを強く引く。
するとけたたましい警報音が鳴り響く。
「わ!何!?」
自分はある程度予想していたがやはり慣れない音なのだろう。
ヴェローサは腰を低くし臨戦態勢をとり、チョビはエンジの背後に隠れた。
「大丈夫。だと思う」
ややあって、周囲にあったドアがすべて開きだす。汚れのせいで認知できていないドアもあったので少し予想外だったが標的としていたドアの開放という目的は達成できた。
「先に進もう」
「え、ええ、そうね」
ドアの先は清潔感あふれる工場だった。
外とこのドアの中は気密ドアと空気の限定循環で状態を保たれていたのだろう。
数分あって警報音が小さくなり、合成音声のアナウンスが鳴り出す。
『緊急事態発生、フルオートメーション区画、通用口B1、セキュリティ管理地点にて完全操業停止デッドマンスイッチの作動を確認しました。非常回路以外のサーキットブレーカーを動作。施設内複数の箇所で状態を確認できません。本設備に深刻かつ壊滅的ダメージの可能性あり。施設管理者、セキグチ ユウと緊急連絡が通じません。管理者からの指示がなき場合60秒以内に施設管理権限をバックアップAIに譲渡します』
『フルオートメーション区画、室内温度、酸素濃度、問題なし。避難訓練に従い、作業を中断。周囲の状況を必ず確認した後非常口から落ち着いて避難して下さい。バックアップAIにより各従業員のヘッドセットへ連絡が入ります。各員はバックアップAIに従い状況を説明してください』
「ちょっと!何かわからないけどただ事じゃなさそうよ!」
「ああ、いや、俺がわざとただ事じゃない状態を作り出したからしょうがないんだが、これは色々想像外かも知れない」
「避難って言ってるけど逃げなくていいの!?」
「そこについては大丈夫だろう。アナウンスでも言っているがここは問題ないようだし」
変わらず鳴り続ける警報音とわけのわからないアナウンスにイラついているヴェローサは対して落ち着いているエンジをみて少し落ち着きを取り戻す。チョビは変わらず何が何だかわかってない様子だ。
『バックアップAIの起動を確認。規定時間を経過したので権限の委譲を行います』
『バックアップAIです。施設の状況を...確認しました』
権限を移し終わったのか直ぐに別の声色の音声が流れだす。合成音声だが、より優しい声音だ。
『現在地上施設と連絡が通じません。施設内も複数個所のモニタリングが出来ません。地中通常通信...失敗、地中予備通信...失敗、地中緊急通信...失敗、無線通信網...機器エラー、衛星通信...高利得アンテナ、低利得アンテナに障害あり。施設外部との通信はすべて失敗しました。本施設内で状況を説明できる人間は説明をお願いします』
『どなたでも構いません。ヘッドセットを装備されていない場合は出来るだけ大きな声で「AIナナ」と呼んでください。収音できる全ての機器を使いお話を伺います』
かなり状況に順応できるAIなのだろうか、あの手この手で情報収集と対応を行っているようだ。もしかするとこの状況は好機かもしれない。
「エンジ!これ本当に大丈夫?信じていいの?」
ヴェローサはもちろんこの状況を理解できていない。変わらず臨戦態勢だ。チョビは犬でよく見る尻尾を隠しておびえる姿勢をしている。
「俺に任せてくれ。もしかするとうまく利用できるかもしれない。もう少し様子を見てて欲しい」
ヴェローサ達を安心させるため状況を落ち着かせるため口を開く。
「AIナナ!聞こえているか!?」
『はい、聞こえています。そこは、動作した非常スイッチ付近ですね?もしかして動作させた本人でしょうか?』
「ええ、そうです!声の感度は大丈夫ですか!?」
『はい、通常会話の声の大きさで問題ありません』
「まず先に謝罪を行います。すみません。避難をする必要はないのですが、緊急時だった為、非常スイッチを動作させました」
『かしこまりました。それで現在起こっている問題とは何でしょうか?』
「この施設は事実壊滅的だ。ここに働いていた従業員ももはやいない」
『...状況から推察するに戦争か何か起きたのでしょうか?』
「え...いやそうではない。そうだな、まずは警報を止めてゆっくり話をしたいのだが」
『かしこまりました。しかし警報の停止には私が納得できる状況確認とあなたの協力が必要です。まずは人的被害が出ていないか、出る可能性がないか確認をさせてください』
「具体的にはどう手伝えばいいだろうか?」
『現在、観測カメラも人感センサーも監視ユニットも動作できていません。私が周りを確認できるようにハードウェアの接続か修理をお願いします。ちょうど接続できそうな未認識のハードウェアが存在しているようです。弊社製品のシリアルコードを確認しました。LQB-12201114と観測ユニットの共有ができそうです。ペアリング予定の機器から電子音が鳴ります。よろしければ許可をしてください』
ピロリンピロリンと少し大きめの電子音がチョビから鳴る。LBQ何たらはチョビのことだったらしい。チョビには悪いが、少し共有を許可するほかなさそうだ。
チョビはどこから音が出たのかわからずぐるぐるその場を回って確認をしている。ヴェローサは,,,状況にもはやついていけないのか黙って静観する姿勢だ。
「わかった。共有だけなら許可する」
『ありがとうございます。接続できました。えっ...これは!』
落ち着いていた声音から驚愕の声が漏れる。そういった意味では優秀なAIだと思う。かなり人間らしい。
『観測できる周囲の状況からの推察ですが、この設備はすでに廃棄されていたのでしょうか?』
たしかに、この汚れ具合や一部の金属以外の荒廃をみればそう判断できるだろう。
「ああ、そう思う、しかし、俺も個々の従業員ではないし、関係者でもないんだ。すまないが何も情報を持っていない。むしろここには調査の目的で来たくらいだ。」
『...廃棄されていたのでしたら確かに人的被害は出ないと判断できます。警報を停止します。失礼ながら、あなたのお名前と調査に来た理由を教えていただいてもよいでしょうか?』
「名前はセトウチ エンジだ。理由か。話せば大分長くなるが...」
AIナナにはすべての話を説明した。
自分の現状、この村のこと、この設備について、そしてこの世界について。
『...ひとまず、エンジ様の現状は確認いたしました。この場合、私に入力されている非常時マニュアルは一切役に立ちそうにありません。まず、世の中の状況を確認できないことには具体的指針を決めることは難しいですが、日本という国家や西暦時代の一般概念が通じないと思われる世の中です。エンジ様の補佐をし、情報の収集を行っていただくことがしばらくの方針をしたく思います。お願いできますでしょうか?』
「ああ、かまわない。あと、そうだな、調査の協力者を紹介しとこう」
そういってチョビのカメラと思われる箇所に顔を向けヴェローサに手を向ける。
「こちらがヴェローサで、AIナナとペアリングしている子がチョビだ」
『かしこまりました。シリアル番号と名前を紐づけします』
「ところで、なんで名前がナナなんだ?」
『本施設には姉妹として同じように建設されています。私は7番目に建設、運用されました。そのためナナと呼ばれています』
「なるほど、それで、最初の目的だが、どうだろうか?ここには修理するための部品や設備はあると考えるが、動かせるか?」
『はい、此処は修理工場も併設されています。しかし、施設内通信もままならない状態です。無線の中継器も動作が不安定な為、チョビ様とのペアリングが切れご案内が出来なくなる可能性がございます。結論としまして、大変申し上げにくいのですが、一部設備の復旧をお願いできないでしょうか?そうして頂ければ様々な助力が可能となり修理も調査も効率を上げることが可能と具進致します』
「そうだな。それが良いかもしれない。どうすればいい?」
『ありがとうございます。まずは、この近くにあるターミナルと接続を行いたく思います。状況を見なければわかりませんがチョビ様を通じて通信が可能と考えます』
「わかった。案内できるか?」
『はい。お任せください』
会話を一旦終え、AIナナの音声ガイダンスに従い綺麗な工場エリア内を3人で進んでいく。
ヴェローサは見える全てに興味がありそうで周囲をしきりにキョロキョロと確認している。チョビはよくわからないが、警報音も止み、役に立っている自負があるのか調子を完全に取り戻しお散歩モードだ。
(フルオートメーション区画と言ったか。車の工場に近い構造か。材料はどこから入手しているのだろうか?)
現在、すべての生産ラインが止まっているのだが、組み立て中の物はほとんど見えない。
「なぁ、ヴェローサ君、最後に仲間がヘプトさんの家から出てきたのはいつだ?」
「え?そうね、1年前かしら?村長が言うには昔は10日に1体の仲間が出てきていたらしいけど。どうしたの?」
「もうすでに、此処にも限界が来ていた。ということかな」
「?」
「言いづらいんだが、その、君たちを作るには材料がいる。もちろん材料にも限りはある。君たちを作る産業ロボットだってここまで何の手入れもされていない。そのすべてが破綻しかけているかしているんじゃないかなと」
「ふーん」
「希望的観測だけど、AIナナの力を借りればこの状況を打破できるかもしれない。仲間をもっと増やすことも...叶うかも」
「!?それは是非とも望むことね。よくわからないけど私も手伝うわ」
(機械音痴の機械か。ふふっ)
「何そのムカつく顔、被ってる物ごと叩き割るわよ」
「いや、別に...さて、始めるか、修理のための修理をね」