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16話 折中案

何とか使節団の全員が生き残ることが出来た。

ハルコは約束通り用意されていた個室でベッドに腰掛け、ため息をつく。

今日は想定外のことが多かった。まるで夢でも見ているようだと思い返す。

元々、この村を占領するにあたり武力的衝突は多少なり起こると考えていた。

それを押さえつけるための管理権限の乗っ取りだった。のだが、なすすべもなく見たこともない無生物に無力化され虜囚としての辱めを受けた。

今までに敗北を経験したことが無いわけではない。これまでに命の危機は何度か経験したこともある。

しかしそれは人や怪物どもに対してだった。

気づいたことは今回の想定外の原因は奇妙な鎧を着ていた男が中心であろう。というところだ。

胴部や手足は動物の皮を使っていることはわかったのだが、染色の美しさから考えるにこの領や国の物ではないことは確かだ。頭部の無生物の様な装備も見たことは無い。

奇妙なのは鎧もだが、鎧を着ていたというのに戦闘経験がなさそうだ、というところもおかしい。

元来鎧は体を守る為の物だが必然的に戦闘を前提にしている為、着る人間は漏れなく軍人や武人、傭兵だ。強力な使役者の中には自身での戦いを得意としない者もいる。それでも得意にしないだけで基礎は一通りできる。あの場で動けないほど間抜けだということは無い。

しかし、あの場を仕切っていたのは間違いなく奴だ。

「エンジ、という名前だったか...」

少なくとも記憶にある有名な人物に該当は無い。

悔しいことに、今我々使節団全員の生殺与奪権はあいつが握っている。

本来であれば今日の今頃この村を占領し、明日1日を休息日とし2日後に出発の準備、3日後に一部の人員を残して帰路に就くはずだった。

今、このクロイワ領は窮地に陥ろうとしている。

このまま時間を浪費し続ければもう挽回の手はない。

領の危機に気づいているのは自分以上の上司と私や他に4班いる使節団の全員だ。

領民は知らされていない。物品の動きや軍部の収集から気づいているとしてもそれはあくまで無生物の養殖場を占領し、領地の防衛を確固たるものにするという戦術までだ。怪物からの防衛という戦略まで読めている領民は恐らくいない。

怪物が戦闘の現場でおそろしいのは突破力である。

一体一体の戦闘能力も高く、疲れ知らずだ。

少し前にも防衛線の一点を突破された結果、抑え込みに失敗した。

防衛線の戦闘評価では一部個人の失態ともいわれているが、そこの防衛線が最も早く崩壊しただけで、抑え込みは出来なかったのではないか、とトウドウ様は仰っていた。もちろん原因となった人間には申し開きの機会と罰を与えたが、罰は鍛錬の強化と減給で使役者の資格のはく奪などは行われなかった。実質、あれでも戦力だ。

防衛戦。あまり好きな言葉ではない。

しかし、怪物の戦術的目的も生態系もわからない。

こいつらがどれほどの脅威なのか、どうして危険なのか、なぜ対策が必要なのか。

これを見せつけ、説得させ、援軍と対応策の開発協力を得るため今は時間を稼ぐ必要がある。

幸いにも、現場での対応策が全くないわけではない。

確か無生物の研究部が偶然発見したことだったか。

怪物どもは無生物が建築したり設置したものを破壊しない。ということだ。

前回の失敗した包囲網、その際に大々的な実験が行われたが、結果として成功だったそうだ。

実験の場を直接見たわけではないが、ある程度の高さと幅があると破壊せず、囲うように設置すればそこから出ず、囲いの中に入らない限り襲ってこないらしい。

まるでこちらが見えていないかのように。

今はその際に捕らえらえられた数匹の怪物で戦術の研究もおこなわれているが、結果が出るまではまだまだかかるだろう。

防衛戦で時間を稼ぎ、まずは領民を守るための壁を建設していく。

幸い珍しい素材でも建設が大変なわけではないがそれでも2年はかかると想定されている。

予測されている激戦区の1つがここ第3養殖場だった。

「はぁ...」

考えれば考えるほど、なぜ自分は失敗してしまったのか。こんな重要な任務に。

さして問題がなかったはずの計画に。自分がほころびを作ってしまった。

しかし、この養殖場に捕らえられている現状を変えられる力は今の自分にはない。

あの時、管理権限を乗っ取ろうとしたとき、目に見えない壁で押さえつけられ身動きが取れなくなった。

そのまま使節団の全員がいとも簡単にとらえられたのだ。

そこで怪物どもが村に近づいてきていると、養殖場の警備をしているらしき無生物がエンジに報告していた。

その時点では少なくとも自分たちは殺されないと確信があった。

それはクロイワ領への明確な反逆で、許されない。

しかし、エンジはあろうことか使節団と向かってきている怪物をぶつけてつじつまを合わせ私達を消そうと画策したのだ。

運が悪いことに第三者の目もあった。

怪物の恐ろしさはよくわかっている。あの時はさすがに目の前が真っ暗になった。

少し漏らしたが、鎧のおかげで周囲にはばれなかった。もしかしたら部下も漏らしていたかもしれない。

その後、縛られたまま現場まで荷車で運ばれ、いよいよダメか。と思ったが以外にも束縛を解き、装備も手元にあった。

このまま逃げるか、とも思った。だが、使節団の面々の視界の隅には実際に怪物に追われている商隊達。

色々な考えがせめぎ合ったが、自身の中にある領民を守るという最終目的が体を動かす。

部下も含め、意外にも士気は高い。それぞれ自分を鼓舞し、使役している無生物が居なくとも勝利してみせると確固たる意志をもち戦闘を開始する。

正直、善戦は出来ていたが全員が生き延びるので精いっぱいという形だった。

悔しいことに、エンジに、奴が使役している無生物どもに助けられた。

圧倒的な戦力差。こいつが、エンジが一緒に戦ってくれるなら、そうすれば状況をよくすることが出来るかもしれない。

どうにかして仲間に引き込めないか。今は無生物側についている。

...ヴェローサと仲が良いように見えた。

異常性癖者と思われる奴を身内にするのは難しいだろう。

物で釣れそうな気配もない。

そう想像する理由はこの檻の豪華さだ。

全員が個室ということは無いだろうが、清潔な寝床となんと便所もついている。

檻といってもただの部屋にも見える。ちょうど人が一人生活するのにちょうど良さそうだと感じる個室だ。

残念なことに、壁も扉も触った感じ素手で壊せるようなやわな物ではない。

装備があればとも思うがさすがに装備は脱がされ武器も没収された。今は渡された白い薄着のみだ。

しかし、着心地がいい。逆の立場なら裸にするかぼろきれの様な不快な服を着せ辱めるのだが、上等な下着を用意しているのだ。

檻の中はよくわからない者が多く、下手に触れて痛い目を見たくないので今は大人しくやけに柔らかい寝床に腰掛けている。

ぐぅうとお腹から音がする。そういえば、今日は朝に戦闘食を食べたっきりだった。

ご飯は貰えるのだろうか?

そんなことを考えていると扉がノックされる。

「こんばんは。えーとハルコさんでしたっけ?」

恐らくエンジだと思われる人物が扉越しに声を掛けてくる。

「...なんのようだ」

「いえ、晩御飯を一緒に食べませんか?お互いすれ違いもありましたが仲良くやっていく道を探せればと思いまして」

「フン。嫌だと言ったら?」

空腹を我慢し虚勢を張る。

「あなた方と俺達で助けた商人たちがお礼を言いたいと言っておられるので断るのは彼らに失礼では?」

「なんだ、遠回しに彼らを人質に取っていると言いたいのか?」

「はぁ...まぁどんな想像をしているのかわかりませんが、あなたも何か使命を受けてここにきているんでしょう?正直、あなたの言う通り俺達はこの村を潰されたくない。他のキャストもこれ以上迫害してほしくない。だからあなた達に協力できることは協力しようと思ってるんですよ。話だけでも聞きませんか?お腹もすいてるでしょうし。素直になりましょうよ」

「...いいだろう」

「ああ、すみませんがほかの使節団の人たちは同行できません。ご飯は同じものを与えますので安心してください」

装備もなく、部下たちを人質に取られている。下手に手を出さず大人しく従うことにした。

「扉開けますよ」

向こう側から奴が無防備にも扉を開けると奇妙な装備を脱いだエンジが扉の外に立っていた。

「っ」

なぜだろう。憎い相手なのに、戦力として利用したい奴なのに。エンジと目が合った瞬間、顔が赤くなった。

自分でも感情の理解が出来ない。

(な、なんで、これってもしかして...)

「...匂うんでお風呂に入ってからにしましょうか...ナナさん。お願いします」

エンジからの一言で変に盛り上がった感情は急降下した。

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