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14話 ポジティブキャンペーン

「そ、それで、本当に、本当に犠牲にするの?彼女らを...」

ヴェローサは不安げな雰囲気でエンジに問う。

理由はエンジの考え付いた作戦、というより方針についてだ。もし、問題解決のために見殺し、もとい生贄に使えば50人の人命を奪うことになる。

「...さっきは奴らの手前、そう言うほかなかった。あまりにくだらないし最低の考え方だったから思わず声に出してしまったんだ。でも、あの手は個人的には最終手段として、解決だけに論点をおけば割とありだと個人的には思う。論理的な部分は無視して...」

ここでの問題というのは3つある。

1つ、ヘプト村はそもそも属している領主側から不要と判断され既に占領が視野に入っている。そのための使節団はすでに村内に進駐してきている。こうなると使節団が無事に帰っても帰らなくても軍の本隊がヘプト村を占領しに来る点。

2つ、その使節団は事が進展する前に捕らえることが出来たが、すでに互いの関係性は最悪で、改善は至難の業だ。前時代的解決策でいえば口封じ。所謂皆殺しを行うことも可能だが、その場合は3つ目の問題にもつながってくる。さらに言えば、現在進行形でこの使節団をどのように扱うべきか戸惑っている現状である点。

3つ、使節団を無事に返しても死体で返してもヘプト村は人間によって占領の為に進軍される。正直、ヘプト村が防衛に専念すれば守り切ることは難しくないと考えられる。この場合ヘプト村と領主の軍で全面戦争となるだろう。だがこの問題はヘプト村だけでは恐らく完了しない。キャスト達が反抗の手段を、謀反を起こすことが出来るという事実と、人間に逆らうおろかな種族として他の村や世界に存在するキャストの同種たちが無き罪で糾弾され、弾圧される可能性がある。最悪従順な者以外すべて抹殺されるきっかけ、ホロコーストの要因となるかもしれない点。

そして、エンジの考えとは以下である。

ヘプト村に敵対的な印象を持つ使節団の処分をヘプト村で行えば間違いなく今までの人間とキャストの関係は崩壊し、一族郎党処分されてしまうだろう。だが、ヘプト村とは関係ない団体に、共通認識(?)の敵である怪物どもに殺されたのなら?その場合、ヘプト村の者が「使節団は怪物に殺された」と言ったところでどこまでその証言が受け入れられるかわからない。正直、現時点でのキャストの扱いから言うに信じてもらえる確率は非常に低い。

そこで、第三者による証明。幸い、その怪物は人間の商隊を追って迫ってきている。その商隊に使節団が怪物に殺されている場面を、その現場をしっかり確認してもらい情報を持ち帰ってもらう。

「じゃが、その場合、結局は人間たちはこの村を占領に来るのじゃ...問題を先送りしただけにすぎんのじゃないか?」

村長のヘプトは尻尾部分で頭を支えながら思考を巡らせている。

「...そこは、希望的観測ですがキャストの、ヘプト村の売り込み方次第かもしれません」

「...というと?」

「使節団のハルコは言っていました、怪物の勢力圏が広がっている。と」

そう、ヘプトから今まで話を聞く限り、この辺りで怪物の姿や進行を目の当たりにしたことはない。つまり、ヘプト村まで勢力圏が広がってきているのだと考えられる。

「そこでです。具体的に勢力図を地図上で確認できているわけではないですが、怪物たちの防波堤としてヘプト村を残してもらうんです。自治権や人間との関係改善を引き換えに」

「でも、すでに私たちは一度裏切られているわ。ハルコたちに。エンジの言うように向こうがどのような反応を、私たちの意見をどこまで受け入れてくれるかはわからない。使節団の様子を見るにあまり期待できそうにないけども」

考えられる時間はある程度限られている。

このままいけば怪物を連れて迫ってきている商隊はあと10分もかからずヘプト村に到着してしまう。最悪、到着できず怪物に囲まれて全員殺されてしまう可能性もあり得る。そうなればこの手は使えない。

あと3分以内に対応の方針を決め、5分後には行動の実行を行えるようにしなければならない。

「私は、エンジ様の案に一部賛成です」

「え、ナナが?」

「はい、現状を鑑みますとあまり時間がありません。私の考えを聞きますと他の案を考える猶予は恐らくなくなります。それでも進言をよろしいでしょうか?」

「頼むのじゃナナ。今解決しても明日解決しても人間が攻めてくるのは変わらんのじゃ。そしてわしは解決策等現時点で湧いてきておらぬ」

「ヘプト様。ありがとうございます。かしこまりました。私の考える作戦とは...」

結果としてナナの話を聞き、少しでも明るい未来に向かい村の歩みを進めることに決めたのだった。


:::::::::::::::::::::

「くそ!この辺で怪物どもが現れたなんて聞いたこともないぞ!」

そう商隊の隊長であるマグチは悪態をつく。

この商隊には対山賊用、つまり人間に対する武器しか用意されていない。

護衛もその関係から数も少なくマグチ含む商人8人に対し護衛は5人だ。

対してこちらを補足して追ってきている怪物は最も姿を確認されている4本腕のカイリキと呼ばれる種類だ。正確には怪物内で種別や性別の差があるのか現時点では判明していないが脅威であることには変わりない。そして最悪なことに今まさに目視範囲で8匹が襲い掛かってきている。

「マグチさん!荷物を捨てましょう!少なくとも現状よりましになります!」

商人の1人がそう声を上げる。護衛の人間はこういったことに口を出せる立場にないが表情では荷物を捨て速度を上げることに同意しているようだ。

「それは商人としてあるまじき行為だ!どんな積み荷でもそれは我々の命でもある!それにこいつはその程度関係ない!」

マグチがこいつと言った目線の先。そこには機械の体の馬が2頭いる。

今にもバラバラになりそうに悲鳴を上げている馬車を引いているその馬は、マグチが隷属している無生物だった。

軍属が多い使役者としては珍しく、マグチは位の高い人物の物資の輸送をメインで行っている。その少数精鋭かつスピーディな輸送のつツケが今こうして危機を招いていた。とてもではないが怪物どもをやり返す戦力は持ち合わせていない。

出来ることはただ逃げ切ること。

そんな時、一筋の希望が見える。

「おい、あれは村じゃないか?」

その瞬間。マグチはまずいと思った。

(こんな場所に村なんてなかったはずだ。このままこいつらを連れて行ってしまったら最悪だ。俺たちのせいでその村が滅んじまうかもしれない...)

「マグチさん!あれは愚図どもの養殖場です!怪物は無生物を襲わないと聞いていますがうまくすれば擦り付けることが出来るかもしれません。一か八かです!利用してみましょう!」

「そうですよ!人間のお情けで生き延びている種族ですよ!今こそ役に立ってもらいましょうよ!」

周りの声と命の危機、その焦燥感からマグチにはそれが最善の方法に聞こえてきた。

そして、何れにしても、すでに進路変更は無理であった。

「ああ、くそ!いけいけいけ!」

そうして養殖場を目指し森を抜け広い川辺が見えてきたとき、自分の運の良さをマグチは歓喜する。

「領主様のお抱え部隊!?」

怪物との戦いを専門としている彼らだ。ありがたいことにすでに臨戦態勢のように見える。

「あいつらの言いなりになんてなってたまるか!私たちの力で未来を切り開くの!」

「やってやる。やってやるぞ!奴らに力を見せつけろ!生き延びるんだ!」

「人間は!俺たちはあんな奴らに負けない!負けるはずがない!全員で生きて帰るぞ!」

その掛け声は、自身たちを鼓舞する叫びはまさに人類の刃が具現化したように見えた。

「すまない!助けてくれ!」

マグチは馬車で駆け寄りながら領主軍の代表と思われる女性に声を掛ける。

「任せて!私達もここで終わる気はないの!全員で生きて帰るんだから!」

「ありがたい!この恩は必ずお返しします!生きて会いましょう!」

それ以上の会話は邪魔になると思い逃げる勢いそのままに距離を放す。

後方では戦闘が始まり、怪物どもの追撃は止まる。そして安全圏まで離れたその時。

「あーだめだ。こんな時に何で!」

ここまで無理をしてきた馬車がいよいよ破損してしまった。車軸が突然損傷したようで人が歩く程度しかスピードが出なくなる。

結果、後方で行われている戦闘がよく見える。

(戦い方に違和感を感じるのは何だ?)

マグチは軍人ではないので直に戦闘に参加したことは無い。しかし、戦場での物資輸送の為、使役者特有の戦闘というのを何度か見たことがある。

何かが足りない。そう考えたとき。答えが分かった。

「どうして隷属化した奴らがいないんだ?」

そう、使役者と言えば無生物を巧みに使い奴らの真価を発揮させ、魔法のように敵を屠る。

遠距離から矢よりも早く敵を穿つ種類を使役する者。

頑強な外殻と俊敏な近接戦を得意とする種類を使役する者。

戦闘で傷ついた者を助けるべく、迅速に治療を行うことが出来る種類を使役する者。

マグチの隷属化している種類のように物資を運搬する者も勿論いる。

戦闘や支援の種類は様々だが、そういった花形と呼べる使役している戦力がこの戦場には無いのだ。

それでも、生身で巧みに継戦をしている。

一方でカイリキと一般では呼ばれている種類のこの怪物は4本ある腕を器用に活用する戦闘スタイルだ。

知能があるのかないのかわからない見た目だが、防具を身に着け、武骨な剣や人間ではとても引くことのできない張力の弓を引き、分厚い盾を持っている。

戦闘を生業とし、武器を持つ者であれば10人以上でようやく1匹勝てるかどうかという戦力比だ。

一般人なら束でかかっても到底勝てない。

それをひっくり返すのが各領主軍であり、使役者だ。

(見える限り、勢いはあっても押されている状況か...)

怪物の方は計10匹見える。大して領主軍は50人。外から見るにだいぶ厳しい戦いだ。

それでもいまだ独りも欠けていない。その戦いざまからかなりの精鋭に見える。

「あれでは...持って20分程度、私達もすぐ追い付かれてしまうでしょう...ここから防備の整った町まではこの状態では何日もかかる...おしまいだ...」

長年連れ添ってきた相棒が悔しさをにじませる声で呟いた。

何故だかわからないが、この怪物どもは追い付ける限り執拗に人間を追いかける。

人間を殺す目的でのみ迫ってくるのだ。

食事の為でもなく。肉欲をはたす為でもない。

理由はなくただ殺戮あるのみ。食べる為というなら理屈はわからなくもない。人間も野生動物を狩り食事を得るのだから。

より最悪なのがそもそも奴らは食事を必要としていない可能性だ。

他の商人から聞いた話では三日三晩追いかけられたことがあると言っていた。まさに生きた心地がしなかっただろう。川を下り続けて大海に出るとようやくあきらめたと話していたか。

マグチの目の前には確かに川はあるが、船もなく、しかも川上に向かっている現状ではその商人の言う逃げ方は不可能だ。

「万事休す。か...」

既に奇跡は起こった後だ。その奇跡も長く持ちそうにない。

「くそ!新手か!?」

進行方向を見ていた護衛の1人が警戒を露わに声を上げる。

「囲まれた...?」

そう、それはいよいよ終わりを宣言する。もう逃げ場はない。

「いや?あれは無生物ども?まさか助けに来たのか!?」

商隊の誰もが生存を絶望視した時、あきらめたその時、本日二度目の奇跡が舞い降りた。

6本の脚をカサカサと動かしながら近づいてくると通り抜け戦場に向かっていった。

10体ほどすれ違うと皮で出来た奇妙な全身鎧を身にまとい、これまた奇妙な丸い形の仮面を被った男が向かってくる。

「ここは任せて下さい。俺はエンジ。これからヘプト村のキャストが食い止めます。」

「なんだって!?よくわからないが助かるぜ!」

思わず感謝を述べるがわからないことだらけだ。

(エンジという人物があの無生物を隷属化させているのだろうか?そうなるとかなりの実力者だ。恵まれた使役者で5体と考えると...しかし、ヘプト村なんて聞いたこともないし、きゃすととはなんだ?)

「任せるったって...あんな弱そうな無生物を10体追加したとて無理だ...」

警戒を発した護衛は希望を持っていないらしい。

それはマグチもそうだ。期待半分、不安半分といった所。しかし彼らがどうにかしてくれないと馬車が壊れ、速度が出せない自分たちは間違いなく死ぬ。

「なんだありゃ...」

胡乱げな目で戦いざまを見ていたマグチを含む商隊全員は驚きを隠せない。

そこで広げられたのは一方的な戦闘。それもエンジと名乗った男の側が優勢な状態でだった。

6本足の奴がカサカサと怪物に近づくとビクッと震えるように怪物の動きが止まる。まるで見えない何かに縛り付けられたかと思うと、エンジと名乗った謎の男は見たことない筒を拘束対象に向け何かを打ち出す。

最初は怪物の体液が飛び散ったのかと思ったがどうやら違ったようで、その鮮やかな桃色の液体を何度も筒から打ち出し続けてその液体をかけ続ける。

何となく溶けた蝋が台座にたまって山になっていくような図を頭に思い浮かべる。

ただ単純作業を行うように奴らを無力化していく。

「おいおい、名前の通り馬鹿力で有名なカイリキを捕縛する気か?なぜ?いや、しかし、あの様子なら全員助かりそうだ」

最初に接敵した領主軍の者たちはすでに2匹目を無力化し3匹目に手をかけている。

各個撃破を戦略の是としているが、倒す対象の孤立化を行うのにどれほどの労力が必要かは語りつくせない。いくら鼓舞したとて無敵になるわけではない。何人か致命的ではないにしてもケガをしている。

(もしかしたら偶々最新兵器と戦術の実験を近くで行おうと思っていたのかもしれない。そう思うとあの領主軍とあの男は仲間か)

戦況が好転しどちらにしても離脱スピードを出せないマグチは状況をユックリ観察し、この後どのような立ち回りをするべきか考える。

(ひとまず、領主軍の市民を守る為、軍人の鑑のような立ち振る舞いだ。引き渡し先が決まっている商品以外はすべて引き渡すべきだろう。エンジとかいう男も軍属の装備ではなさそうだがああして共闘しているのを見ると同じように感謝すべきだな。けが人も何人かいるようだし積んでいる応急箱を分けるのもいいか)

それからしばらくたつと戦闘は終了したようだ。

(怪物どもは3匹が死に、7匹は桃色の塊にされている。生きているのか死んでいるのかは判断できないが無力化出来ているのは間違いない)

「はぁ。さすがにもうだめかと思いました。まだ汗が止まりませんよ...」

商隊の面々は危機が過ぎ去ったと安堵している。

「ふぅ、大丈夫そうですね。先ほども名乗りましたが俺はエンジ。馬車も車軸が壊れているみたいだしヘプト村によって行くと良い。俺もお世話になっているんだ」

「ああすまない、俺はマグチという。あなたと領主軍のおかげで命を助けていただきました。商隊の長として礼を言う。ありがとう。そうだな、そのヘプト村とやらにお邪魔させていただこう」

「いえいえ、人を助けるのは当然ですよ。では村まで案内します。すぐそこですよ」

「ところで...領主軍の方たちとあなたはどのような関係なのですか?」

「ああ、そこ気になりますか?うーん、なんだろうか、協力者ですかね。分けあって今は俺の指揮の元動いてもらってます」

「そうでしたか、その領主軍の方たちにもお礼を言いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「あー、今は戦闘が終わって疲れています。村に帰ってから改めてお話しましょう。彼らも落ち着いた場所で、村の中で話すことを希望するでしょうし」

「かしこまりました。ケガをされている方が居ましたら化膿止めがあります。こちらをお使いください。ではお言葉に甘えてまた後ほど、皆様一息つかれましたらよろしくお願いいたします。」

(ケガをした姿を見せて我々を心配させないための配慮だろうか?いづれにしてもすぐに恩を売ろうとしないなど、素晴らしい人たちだ。わからないことも多いが言う通りその村にお邪魔させてもらおう)

遠目に見える領主軍の人たちは各々楽な姿勢で休息を取っていた。

「ところでですが、勉強不足で申し訳ありませんがヘプト村とは最近出来たのでしょうか?どこからの村から開拓として分裂した村ですか?」

「いえ、ヘプト村はキャストの為の全く新しい村です」

「先ほどもきゃすとと言われておりましたが、きゃすととは何でしょうか?」

「キャストとはこの子達のことですね。ちょうど馬車を引いている...人間種や植物種といった種族名としてキャストと呼んでいます」

「...ふむ...キャスト...そうですか、ヘプト村内ではわからないことが多そうです。村につきましたら領主軍の方たちと合わせ色々お話を聞かせてください」

(正直理解できていないが、ああして領主軍も手を貸しているようだしここの領主様の新しい管理方法だろうか?養殖場の効率化の為の。下手に意見は言うべきではないな)

「皆さんにキャストの良い印象を持ってもらうためのポジティブキャンペーンの1つです。彼らは歓迎してくれますよ。なんといってもお客様第一号ですから」

商人としての得たい情報もある。個人的に興味のあるところも聞いてみたい。

いまいちつかめない態度で、聞いたこともない言葉も、見たこともない装備も気になるところだが村についてからいろいろ聞こうと質問攻めをしたいと逸る気持ちを抑えゆっくりと村の入り口に向かう。

マグチにとって、これから訪れる村が大きく商人としての人生を左右することになるのを当然本人は知る由もないのだった。

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