12話 キャストと人間の摩擦
ついに、ヘプト村に人間がやってくる日になった。
村長のヘプトさん曰く、大体午前中に到着し、お昼過ぎには退却していくらしい。
人間側の一般的意見として「無生物どもの村の中で一夜を過ごすなど言語道断。提案することもおぞましい侮辱」だそうだ。
あまりにもあまり過ぎる意見だが、現状キャストは家畜以下、犯罪奴隷と同じかそれより若干低い地位であることを考えるとそんなものだろうか。
使役者に隷属しているキャストには、軍の備品程度の地位はあるので、使役者次第だが、軍馬や装備程度には扱われているらしいが、それは隷属しているキャストは使役者の所有物であるという観点からで、キャストそのものにフォーカスが当たって価値が出ているわけではないのだ。
「俺からすればキャストも人も動物も同じ地位何だがな」
これは自分の今まで受けてきた教育の関係だろうか?それとも機械に対して嫌悪感がなく、むしろ複雑高度でありながら、人間や動物のように生活を営んでいるから、共に生活しているから仲間意識が生まれたからなのか?
ふと、足元にチョビが寄ってきていることを感じて擦り付けてくる体に足を耐えさせる。
今日は地下設備で作成した服ではなく、この時代に飛ばされたときに来ていたオートバイ用の装備を着用している。ヘルメット、グローブもだ。
理由は人間側に顔を見せたくないためだ。あとは、想像したくないが不測の事態に備え、持っている最大暴力の装備を着ておきたいと考えたから。
日頃は生身であることを考慮して優しく体を寄せてくるチョビだが、今日はプロテクターの入ったズボンなので容赦なくガンガンタックルしてくる。
「うっ。チョビ、久しぶりに遠慮なくスリスリ出来るからって容赦なさすぎじゃあないか?」
たまにはいいじゃないの。と言いたそうな顔をこちらに向けてかまわずスリスリを再開する。
そういえば、猫だったら所有物へのマーキングみたいな意味もあったか。久しぶりに着た装備だから匂いが薄いのかもしれないな。
...チョビは少し前まで使役者によって隷属化していた。過去に隷属化から解除されたキャストは情報がないらしく、その間のキャストの自意識がどうなっているのかあまり知られていないらしい。
データを解析したナナ曰く「最優先オーダーが使役者による指示になるようです。人間でいう催眠とは違い、隷属化中の意識によってそれまであった自意識が切り替わる、という形です。本人にとっては夢を見ているような物と言えるでしょう。隷属化が解けるまで覚めることの無い」とのことだった。
うーん、それが悪夢でないことを祈る他ない。
ちなみに、チョビが隷属化していた時に経験していたデータは一通り確認した。
チョビの使役者はあまり良い者ではなかったようだ。
人間として悪人というわけではない。しかし、キャストに対する、チョビに対する差別的な扱いは目に余る。これが一般的な隷属化しているキャストの日常だと思いたくない。しかし、チョビの目を通じて見た他のキャスト達も基本的にボロボロで、馬などと違って体調を壊すということがない分、より劣悪な待遇だった。
基本的には屋内に立ち入ることはない。綺麗にされることもない。自由に行動することなどない。そして与えられる命令は基本的に不条理だ。
高度な命令処理系統をもつキャスト達は複雑な指令でも状況さえ整理出来れば処理することが可能だ。
しかし、それはデータを与える人間次第で大きな違いが出てくる。
チョビの使役者は度々言っていた「こいつは外れだ。全くササキの奴が羨ましいよ、まぐれでいいのを隷属化出来たんだから」と。
使役者もキャスト達の扱いはともかくとして、命令の出し方で違いがあるように見えた。優秀な使役者は指令の出し方や事前の情報収集が上手だったところを見ると、そこで評価を得られる者とそうで無い者が分かれているように見える。例えば行軍についてなら「問題を解決しろ」と指令されるのではなく、「荷物運搬の問題について未開拓地に入った際の道順を考え、案内してくれ」という考え方の差だ。
人間より多くの観測装置を持っているキャストは、野生の感などではなく、得た情報から最適な動作を選ぶことが出来る。それは状況によっては人間より優秀で、使い方次第で様々な利益を享受できる。
それを知ってか知らずか、使い方の上手さ、下手さが使役者としての格として如実に現れている。そうチョビの経験からは感じられた。
「エンジ殿、人間への納品物が一通り用意できたが確認するかの?」
「はい。ヘプトさん教えてもらいありがとうございます。チョビ、物資を確認に行くぞ」
そうだった、ヘプトさんにお願いして、人間に上納している物資を見せてもらおうと思ったのだった。
今回、ヘプト村としては今までの村の在り方、キャストとして、養殖場という不名誉な名前から変わり、違う方針へとかじを取る重要な一歩を踏み出そうとしている。
人間との対等な立場の確立。これは一朝一夕に得られるものではない。しかし意識改革や積極的な活動なくして前に進むものではない。
具体的には今回の人間への上納品は今までの物より多く高品質だ。
それではただ人間側が得をするだけになるのだが、しかしこちらとしてもこの物資の引き渡しについて条件を設けている。
それはヘプト村での、一方的な使役者によるキャストの隷属化の禁止だ。
どんな反応が人間側から帰ってくるかわからない。予測がつかない。出たとこ勝負だ。
そんな不安は一旦置き、村長宅にヘプトさんとチョビを連れて入る。
「えーと、食料品は今までに比べて25%上昇と」
稲、大根、芋、蓮根、ほうれん草を始めとした作物は道具や設備の改修で効率を伸ばすことが出来た。微かな期間で次回以降は作物の回収量は120%増える予想だったか。今回は残念ながら時間が短かった。
これから作る作物は肥料や水、農薬などを最適に使用し、効率的に大量生産できるからだったな。
あとは肉に関して。これは狩猟のやり方と干し肉の作成の効率化及び燻製設備の配備によって大きく能率を伸ばしている。
狩猟の道具や罠を前時代的なものではなく安全で確実な方法に移ったから狩りを行うキャストも危ない目にあうことがなくなったようでそこも良かった。
「あとは、今回の目玉商品か」
商品と言っても残念ながら売り物じゃあないが、目を引くものだろう。それは服飾とケブラー繊維と強化プラスチックで出来た先進的で軽量な鎧だ。
服については実用的なものから着飾るものまで計200着ある。この世界の人間からすれば価値観が合うかわからないが、縫製や布の質から良し悪しくらいは判断できると思う。
鎧については敵に塩を送るようで癪だけど、乗騎として扱われるキャストが多いので隷属化されている彼らの負担を少しでも下げれるように考えた結果でもある。強度は恐らく今流通している人間側の鎧と同程度で、軽さは80%も軽減されている上に防御できる範囲も多い。ちなみに、ここでいう人間側で一般流通している鎧の性能はチョビから得られた情報を元に比較しているので本当にどの程度優れているかはわからない。一応シミュレーションと警備ボットで性能試験は行っているけども。
「そういえば、この荷物を持って帰れるように荷車も用意したんだったか」
これもあった。強化プラスチックで出来た荷車だ。少なくとも木で出来たこの世界標準の荷車に比べれば強度も軽さも耐久性も段違いだ。簡単に制作出来て貴重な資材もほとんど利用しないのでくれてやることにしたんだった。
「さて、村の方針も決まった。物資も用意できた。あとは人間を待つだけか...」
「なに?不安なのエンジ?」
ヴェローサか。正直不安だ。何せ最終決定をしたのは村長だったとしてもここまでの提案は俺がおこなったものだ。エゴにも等しい。一歩間違えば、歯車が狂えば全面戦争もあり得る。ここまでやっていて胃が急に痛み出すな...
「不安。だな。正直どう話が転がるかわからん」
「あんたは心配しなくてもいいって言ったでしょ?今回来る人間たちも軍が付いてくるとはいえこの村を攻め落とせる程来るわけでもないんだし。出来てもせいぜい嫌がらせくらいよ。むしろ手を出してきた方がこちらの戦力を身をもって感じられる分うまく話し合いが進むかもよ?」
「ふぅ。好戦的なのはいいが、ヘプト村交戦規程に人間側が抵触するまでこちらからは決して手を出すなよ」
「わかってるわよ。そこまで馬鹿じゃないわ」
「まぁでも、少し楽になったかも。ありがとう」
「ふふ、さっき人間側の使者が先触れで来たわ。もうそろそろ使者本隊がくるはずよ」
「そ、そうか。うむ」
「まぁ、会話は基本村長がやるんだし大丈夫かな」
と話をしているとゴリとゴラが、人間の使者たちが村の入り口まで来たことを知らせてきた。
「私と村長は出迎えに出るからあんたは変わらず村長宅にいなさい」
いよいよ始まるのか。
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ヘプト村の変わりように私は驚いた。
昔、屈辱的な過去だがこの村に住んでいたことがある。これら無生物と寝食を共にし喜びを分かち合ったこともある。
姉のように慕っていた相手、ヴェローサへの感情も今では消し去りたい事柄。
ヘプト村は極貧街より少しマシな衛生環境だったのが自分の住む町より綺麗に清潔になっていた。それも一部ではなく村の中全てがだ。
そんなヴェローサも目の前にいるのは別物かと思うほどきれいで着飾っている。
そう、人間の私達よりも。
これは許しがたい屈辱だ。人間に庇護されているおかげで生き延びることが出来ているごくつぶしどもが私達より優れた環境で清潔に暮らしている?
使節団という名目でなければ村の入り口でこいつらの立場を思い出させるところだった。
見たこともない建築物。ヘプトに聞くと詳しくは話せないがハツデンセツビというらしい。無生物の活動に必要なものがあって、時々私の隷属している奴も専用の建物に入れる必要があるのは知っている。それに関連しているらしいということ以外わからなかった。
食料品は質も量も上がっていた。ここだけは評価しよう。
問題ないか確認させたがどれも変な臭みがなく、肉もクンセイというのは香りもよく気に入った。これには町の皆も喜ぶだろう。
そして服。今までに見たこともないような洗練された外観と機能美に目を奪われた。悔しいことに品質も問題ない。
だが、さらなる衝撃を我々は受けた。なんと鎧を上納してきたのだ。
最初は初めて作ったものだから強度もなさそうだし軽くて頼りないと思ったのだが、別の隊員が性能を試してみようと盛り上がり、何と使役者に専用に配備されている高級な鎧よりもはるかに性能が高かったのだ。
そう、生存が最も優先される使役者の為の鎧。量産されているとはいえ、平民の民家と同じ値段がするこの鎧より。私たちの崇高な志を体現する高貴な鎧を超える性能。思わず歯を食いしばってしまった。悔しくて。
おまけと言って渡してきた荷車も上納してきた鎧と似た材料らしい。確かに軽そうだった。
納得できない。許せなかった。
そんなこちらの気を知ってか知らずか「自分たちはキャストという種族名で呼んでいただきたい。人間たちと対等な存在として受け入れて欲しい」と言ってきた。
ここまで感情を表に出してないことは幸いだった。今までの訓練の賜物だろうか?
しかし、この度を超えた発言で、私が受けてきた指令の実行を行うのは今だと思った。
これ以上こいつらの話を聞きたくない。雑草の様なお前たちを利用することは当然だろう。
私の直属の上司、トウドウ様が領主様との会議の結果、ヘプト村の全面隷属化を推し進めることを決定したらしく、生産率の低下や新しく使役者が有効活用できるような物が生まれてこないのでこのまま養殖場として運用することをやめ、全てを隷属化し連れ帰るというものだった。
そして、そのために用意された新しい腕輪。そう他の養殖場でも成果の出ている能力向上の為の装備だ。
これを使ってこの村長、ヘプトを隷属化する。
代表者が隷属化されればどちらが立場が上かはっきりするだろう。
そして私は、会談を行うと案内された部屋に入るや否やヘプトを隷属化するための装備を発動する。
「管理権限の一時上限解除を行いました。第3養殖場は本日をもって解体します」
この村で受けた屈辱を返すようヘプトの頭を押さえながらヴェローサに向け笑みを向ける。
さぁ、忙しくなりますよ。