後編
『リア、起きて!朝だよ!』
「んぅ〜、まだ眠いです……」
『リア、起きないと朝食食べれないよ!』
「!それは困ります!!」
『精霊』たちの言葉で私はがばりと起き上がりました。朝食を食べ損なうのは困ります!昨日は夕食抜きにされてしまいましたから!
「『精霊』たち、起こしてくれてありがとうございます!」
『うん、いいよ!』
私は急いで服を着替え、食堂に向かいます。行く途中に侍祭や神官たちに色々暴言を吐かれましたが、今日の私はそれに構っている暇などありません。はしたなくない程度に裾を上げて小走りします。
「何とか間に合いました!朝食抜きでは流石に堪えますからね」
私は間に合ったことにるんるんしながら席について、朝食を食べます。今日の朝食はなんとデザート付きなのです!甘いものは滅多に食べられるわけではないので嬉しいです。ですが、やはり朝から何かを言ってくる人たちはいるものです。
「『能無し聖女』さまは働かないくせに食事は食べるのですか。流石、聖女さまですね?私たちとは違います」
「ほんとにねぇ?こっちは必死に働いているというのに」
「でもそれも今日で終わりなはずよ?」
「あら、そうだったわね。だったら今日くらいは見逃してあげましょうよ」
「あははっ、その通りね」
彼女たちはそれで去っていきましたが、朝食のときに言われると気分が下がります。それよりも彼女が話していた『今日で終わりなはず』というのは私が今日、ここから追い出されるということでしょうか?だとしたら
「嬉しいことなのですが……」
私は複雑な感情を抱きながら朝食を食べました。デザートのプリンは甘くて、ここを出たら真っ先に食べたいと思いました。
「さて、ここから追い出されるらしいですがいつ頃シェラルさまから呼び出されのでしょうか。今日はポーション作りをしなくてもいいですよね。というか私がいなくなったあと、クローディアさまはポーション作りをどうするのでしょうか?……まあ、私が気にすることではありませんが」
『リアは今日することないの?』
「ええ、今日は恐らくポーション作りをしなくてもいいと思うので暇です」
『じゃあさじゃあさ!僕たちと一緒に遊ぼうよ!』
「いいですよ、何をしますか?」
『かくれんぼをしよう!僕とリアが鬼!他のみんなは隠れるんだ!』
『いいね、かくれんぼ!』
「楽しそうです。では『精霊』たち、隠れてください」
『『うわぁ〜!にげろ〜!』』
羽をパタパタ動かして逃げていく様子は微笑ましいものです。『精霊』たちがそれぞれに散って見えなくなると私と鬼である『精霊』と一緒に他の『精霊』たちを探し歩きます。
「……なかなか見つからないものです」
『みんなどこに行ったんだろう?森の中かな?』
「そうかもしれませんね。教会はだいたい探しましたから。……仕方がありません。今日は何もないので森の中に入りましょう」
森の中に入るため教会のテラスから庭に出て柵を越え、しばらく歩いて森の入口に着くと、後ろから神官3人がやって来ました。
「探しましたよ。今までどこにいたのですか?」
「それはすみませんでした。教会のなかをぐるぐると回っていたのですが……」
「こちらはあなたと違って暇ではないのですよ。勝手に動き回らないで頂きたい」
「その通りですよ。『能無し聖女』なのですから大人しく部屋にでもいてください。それよりシェラル司教さまがお呼びです。私たちについてきてください」
「……分かりました」
『えぇー、リアかくれんぼはー?』
「────また今度でお願いします─────」
神官たちに聞こえないように小声で『精霊』たちに断りを入れると、神官たちの言うように大人しくあとをついていきました。それにしても思ったよりも遅い呼び出しです。もうお昼近いのですが、まあいいでしょう。これでここから出ていけるのですから。
「着きました、ここです」
「ここは……会議室?意外な場所です。案内ありがとうございました」
「いえ、それでは」
さてここにシェラルさまがいるのですか。これで私はクローディアさまから何かされずにここを出ていけます。
「リーテリアです。失礼します」
「よく来てくれた、リーテリア。早速だが話がある。そこに座ってくれ」
「わかりました」
「……話というのはお前のことだ。いい加減、お前のことをここには留めておけなくなった。『能無し聖女』であるお前はろくにポーション作りができない。お前は教会に何も貢献していない」
「…………」
「だからここから今すぐに出ていってほしい」
ああ!この言葉を待っていました!もちろん出ていきますよ!誰が好き好んでこんなところにいたいと思いますか?
「分かりました。出ていきます。ここにはもう戻ってきませんので心配なさらないで下さい」
「え……?あ、ああ。それと今日はクローディアとあの方とで約束があるから昼前にはここを出ていきなさい」
「分かりました」
会議室を出ると私は思わず飛び跳ねてしまいました。あまりの喜びに心から溢れ出てしまったのです。そして私の喜びが『精霊』たちにも伝わったのでしょう。隠れていたはずの『精霊』たちは一斉に姿を現します。
『リアどうしたのー?すっごい喜んでる!』
『リアが嬉しそうなの!』
「たった今、教会から出ていくように言われたのです!ここからようやく出ていけます!」
『やったー!リア自由!』
「はい!行きたい場所や食べたいものをこれでもかと満喫するのです!」
私はすぐに部屋に戻り、トランクケースに服や貯めておいたお金を入れ、教会の出入り口に向かいます。
「初めはどこに行きましょうか!帝都に行ってご飯を食べるのも、買い物をするのもありですね!」
『僕たち知ってる!帝都には美味しいものがたくさんあるんだよ!みんな言ってる!』
「!ではそこに行きましょう!」
白い大理石の出入り口を出ると、久しぶりの自由を感じました。そこから少し長い白が基調の馬車道を通り、教会の敷地から出ようと階段の下を見ると、豪華な馬車1台と普通の馬車3台が止まっていました。
「あれはなんでしょう?少し気になりますが、あまり長居してはシェラルさまに怒られてしまいますので早く行きましょう」
『リアは歩いて行くの?僕たちが送ってあげるよ?』
「せっかくですから色々景色を見てまわりたいのです。ですから精霊魔法で送ってもらうのはまた今度ということでお願いしますね」
『わかった!じゃあリアと色んなものを見てまわろう!』
「新しい発見があるといいですね。今から楽しみです」
「───何が楽しみなんだ?」
「!?」
『精霊』たちと普通に話していたら急に声をかけられて危うく階段から落ちてしまうところでした。声をかけてきた男性に支えてもらったので落ちたりはしませんでしたが、びっくりしました。
「あ、ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いや、急に声をかけたこっちが悪かった。……それよりなぜそんな荷物を持っているんだ?」
「え?ああ、それはここを追い出されたのです。けれど私自身それを望んでいたので悲しんだりはしていませんよ。……それよりも私はどこかであなたと会ったことがありますか?」
「ふっあははっ!なんだもう忘れたのか?昨日森で会っただろう」
「??」
私が森で会ったのは黒髪で金眼の美丈夫ではありません。確かにセディも美丈夫でしたが髪色も瞳の色も違います。
「────…………やはりあなたとは初めて会います」
「ふむ、確かに昨日会って名まで教えたはずだが……?」
「私が会ったのはセディさんという赤髪に青い瞳の人です!あなたみたいな黒髪金眼の人ではありません!」
「……ああ、なるほど。そういえば俺もお前と同様に変えていたんだったな」
「それってどういう……」
私が質問する前に彼はパチンと指を鳴らしました。すると彼の髪色や瞳の色が変わっていきます。黒髪は赤髪へ、金眼は碧眼へと。
「う、そ……まさかあなた、セディさん……?」
「そうだ。ちなみにこれは偽りの姿だ。あっちの黒髪の方が俺の普段の姿だな」
「驚きました。そんな魔法が使えるなんて、セディさんはすごい魔法使いだったのですね」
「まあな。それよりお前はここを追い出されたと言っていたがそれは本当なのか?」
「はい。ですので好きな所を探して行ってみようかと」
「……なるほど。では今暇だな」
「暇といえば暇ですが、私は帝都に行くという予定があるのです!」
「なら俺がいつでも連れてってやる。いくぞ」
「え、あ、ちょっと……!」
私はセディさんに手を引かれ、来た道を逆走しています。何故こんなことになっているのでしょう。『精霊』たちと帝都に向かおうと話していただけなのに。
セディさんに連れられて来た場所は教会でも限られた者しか入れないシークレット・ガーデンでした。聖女である私は一応入れはしましたがクローディアさまに来ないように言われていたため、1度しか来たことがありません。
綺麗に手入れされた庭を見ながら進むと奥に白いガボセがありました。そこにはクローディアさまと先程会ったシェラルさまがいました。なんと最悪なことでしょう。今すぐにでも引き返したいです。けれどセディさんにがっちりと手を掴まれているので引き返すことができません。
「待たせてすまない。少し拾い物をしていたのでな」
「構いませんわ。貴方様にお会いできたのですから。それよりも拾い物というのは……?」
「ああ、それはこれだ」
「なっ、なんで貴方がここに!」
普通に驚きますよね。私も同じ立場だったら驚きます。それにしてもシェラルさまは先程クローディアさまが高貴な方とお会いする的なことを言っていました。そして先程のクローディアさまの発言から高貴な方と言うのは……。
「…………まさか」
「なんだそんな顔をして」
「せ、あなたがシェラルさまたちの言う高貴な方……?」
「高貴な方と言うのは知らないが、こいつらと今日会う予定なのは俺だ」
「っ失礼しました。今すぐここから出ていきます。というか出ていかせてください!」
「待て待て。お前にはここにいてもらわないといけない」
なんということでしょう!セディさんがクローディアさまとお会いする予定の方だったなんて。見てください、あのクローディアさまとシェラルさまを!あれはもう視線で人をやれちゃいますよ、クローディアさま!?シェラルさまも顔を真っ赤にしてタコさんみたいになってます!
「いやぁでも私は『能無し聖女』なのでここにいてはいけないかと……」
「そうですわ!リーテリアさまはわたくしと違い『能無し聖女』!それにシェラル司教さまから追い出されたと伺っておりますのになぜここにいるのです?」
「そうだぞ!私はお前がここから出ていくように言ったはずだ。クローディアの大事な用があるから昼前には出ていくようにと!」
「私はお昼前に出ていきましたよ!セディ……ではなくてこの方に入口付近で話しかけられて、そのままわけも分からずに連行されただけです」
「連行とは人聞きの悪い。俺はお前が暇だと言うから暇ならついてきてもらおうと思っただけだ」
このままではいけません。いつクローディアさまが爆発するか……。セディさんが高貴な方と言いますが公爵家のご令嬢であるクローディアさまよりも身分は上なのでしょうか?はて、もうよく分からなくなってきました。
「あ、あのう所で皆さんはなぜここに集まっているのですか?」
「それはこのハゲ司教が聖女と婚約するように言ってきたからだ。俺にそんなことを強制するとは身の程知らずな」
初めて見る冷たい視線です。私に向けられたものでは無いと分かっていますが、あまりの冷たさに体が動きません。そんな中クローディアさまはものともせずにご自慢の扇子を広げてセディさんの言葉に付け足しをします。
「けれど聖女ではなくともわたくしは公爵家のものですわよ?皇太子殿下であるセドリックさまと婚約するのにわたくし以上相応しいものはいませんわ」
「はっ、聖女ならここにもいるだろう?」
「……まさかとは思いますがその『能無し聖女』と婚約しようと考えていらっしゃるのかしら?それはもう聖女ですらないのですよ?皇室、公爵家、そして教会。これらの関係を良くするのにはわたくし達が婚約するのがいちばん良いのではなくて?」
「俺は別にお前らなんかと親しくするつもりなどない。それにお前の言う『能無し聖女』にポーション作りをさせて自分の手柄のように振舞っているお前のことだ。皇太子妃ひいては皇后となって贅沢三昧したいとでも考えているんだろう?」
「なっ、いくら殿下でもお言葉が過ぎるのではなくて?」
「そうですぞ!クローディアが『能無し聖女』なんかに劣るはずがございません!」
何かもうすごい言い争いになっていますが、えっ?クローディアさまの言葉が真実ならセディさんは皇太子殿下、ということですか?まさかここに来ての新事実!でも確かに皇太子殿下なら教会に自由に出入りしていてもおかしくありませんね。風の噂では皇太子殿下はとても魔法に秀でていると聞いたことがありますし。
『リアはどうしたいの?』
「そうですね、面白そうなのでこのまま見物していたいと思います」
『じゃあ僕らもリアと一緒!』
「はい、一緒に見物しましょう」
『精霊』たちは可愛いです。『精霊の愛し子』である私を一番に考えて行動してくれているので家族よりも大切な存在です。
「───あなた、誰と話しているの……?」
「えっ……?」
クローディアさまとシェラルさまの怪訝な顔と声色で私が普通に『精霊』たちと話していたことを思い出しました!『精霊』たちは皆さんに見えていないので今の私は空気に話しかけるやばい女だと思われています!
「今私が話していたのは、その、……」
「──『精霊』だろう?」
「!なぜそれを!!」
「調べたんだ。そしたら『精霊』と『精霊の愛し子』についての文献が出てきた」
「……さすが皇太子殿下ですね、こんな短期間で。そうです、私は『精霊』とお話しているのです」
昨日は上手く誤魔化せたと思いましたが、まさかズバリと当てられるとは思いませんでした。クローディアさまとシェラルさまは、未だに私たちが話していることを理解出来ていないようです。するとセディさんが私たちに帝国の昔話をしてくれました。
「帝国の初代皇后は聖女がなったと言われているがそれは事実だ。無論、貴族のものなら誰もが知っている事だがな。だからお前たちもそれにならって皇后になろうとしたのだろうが、それは大きな間違いだ。初代皇后は聖女であったが、事実彼女は聖女では無い」
「「「…………」」」
「初代皇后はリーテリアと同じ『精霊の愛し子』だったのだ。『精霊の愛し子』は『精霊』から力を借りることで一般的な魔法と違い、治癒や浄化の魔法に長け、強力な魔法を使うことが出来る。クローディア、お前ならわかるだろう?ポーション作りをお前の分までしていたリーテリアが一度だって魔力切れを起こしたことなどないことの異常さを」
「っ、」
「俺の婚約者となるのなら平凡な聖女なんかより『精霊』に愛された、それこそ初代皇后のような『精霊の愛し子』の方が合っていると思わないか?」
初代皇后さまも私と同じ『精霊の愛し子』だったとは初めて知りました。それにしてもセディさんは余程クローディアさまと婚約したくないのですね。帝国の昔話まで引っ張り出してくるのですから。
「しかしっ!『精霊の愛し子』についての文献は教会の隠された場所にもありますが、リーテリアは『精霊の愛し子』の証である虹のような瞳と銀髪を持っていません!」
「そうよ!あの子は茶色の髪に瞳!美しいとされる『精霊の愛し子』とはまるで違うわ!」
「まあそこは俺でもなかなか気づかなかったが、さすが精霊魔法だな。……リーテリア、お前は幼少の頃からずっと精霊魔法で色を変えているんだろう?俺のように」
「…………!」
あの時階段で言っていたのはこう言うことでしたか。それにしてもクローディアさまとシェラルさまが『精霊の愛し子』の特徴を知っていたのは驚きです。やはり権力を持つものは教会の秘密の文献を閲覧できるようですね。
「皇太子殿下にバレているのであれば今さら隠しても無駄ですか……。減るものではないし別にいいですかね」
『リア前みたいに戻すの?』
「はい。お願いします」
『いいよ!僕達は前のリアの方が好きだから!』
『精霊』たちが私にかけていた魔法を解く気配を感じます。目を開けてポケットに入れていた手鏡で確認をします。
「この姿は久しぶりです。……これで私が『精霊の愛し子』だとわかって貰えたと思いますが。皇太子殿下はこれで満足ですか?」
「ああ、俺の予想の通りやはりお前は美しい。太陽の光で煌めく銀髪も七色に見える神秘的な瞳も全て。────どうだ、リーテリアは紛れもなく『精霊の愛し子』だ」
「っ、しかしそれでもわたくしは公爵家で聖女!貴方様に相応しいのはわたくしのはずです!」
「……もう、やめるんだ……クローディア、このままでは私たちは『精霊』の怒りを買ってしまう……」
「シェラル司教さまは静かにしていてください!ねぇ、皇太子殿下、わたくしと婚約したいですよね?」
「何を言っている。誰がお前のような自分のことしか頭にない女なんかと婚約したいと思うか。俺はむしろリーテリアを婚約したいがな?」
「うぇっ?」
突然こちらに話を振られてあまりにも可愛くない声を出してしまいました。ほら、セディさんも声には出していませんが肩が震えています!それより私と婚約したいだなんて聞き間違いです。それかクローディアさまと婚約しない口実として言っているだけです!だから私、そんなに胸をドキドキさせないでください!
「……ふざけないで。皇后になるのはこのわたくしよ!あなたは今までと同じようにわたくしの言う通りにしていればいいの!だから今すぐここから消えて!」
逆上したクローディアさまが手を振りあげて私目掛けて振り下ろそうとしました。しかしその手はセディさんに掴まれ、振り下ろされることなく、『精霊』たちが張ってくれた結界のおかげで私には傷ひとつ付いていません。
「クローディア、お前を『精霊の愛し子』に危害を加えようとした罪と聖女としての義務を果たさなかった罪で皇城に連行する。そしてそこで頭を抱えているハゲ。お前も『精霊の愛し子』への暴力と教会の金を横領した罪で皇城に連行する」
「なんでわたくしがっ……!」
「あぁ、もう終わりだ……」
あんなに大きく見えていたシェラルさまは今では蟻のように小さく見えます。クローディアさまもいつもの聖女の仮面を脱ぎ捨てているので鬼武者のようです。
「思ったよりも呆気ない終わりでした。……さて、皇太子殿下の用も済んだということで私はこれで帰らせていただきますね」
「待て。お前は俺と一緒に行くぞ」
「なぜですか?」
「帝都に連れて行ってやると言っただろう?」
「確かにそんなこと言ってましたね。でもだいじょ……」
「ロイ、こいつらを連れてあとから来い。あと教会の闇もついでに暴いておけ。────行くぞ」
「うわ、ちょっと待って……」
ここに来る時と同じようにセディさんに手を引かれてシークレット・ガーデンを出ると、神官や侍祭たちがとても驚いた顔で見つめてきます。
「う、そ……もしかして『能無し聖女』……?」
「あんなに美しかったの……?」
そんな声が聞こえてきますが、セディさんに掴まれている手が熱くて周りの声なんて上手く頭に入ってきません。階段を降りて、セディさんが乗ってきたであろう馬車の前まで来るとようやく手を離してくれました。
「おまえは俺と帝都に行くからこの馬車に乗るぞ。支えが必要なら手を貸してやるから乗り込め」
「……私は別にセディさんと行かなくても……」
「これは皇太子命令だ。それに俺はお前と行きたいんだがな?」
「っ~~~~!わかりました!だから耳元で喋らないでください、くすぐったいです!」
全く!結局セディさんの手を借りながら私は馬車に乗り込みました。セディさんが御者の人に馬車を出すように声をかけると、馬車は少しずつ速度を上げながら帝都方面に走っていきます。
「うわぁ〜!速いです!それに人も沢山います!」
「喜んでもらえたならなによりだ。それよりもお前は俺と婚約することをどう思っている?」
「えっ!それってクローディアさまとの婚約を回避するためについた嘘ではないのですか?」
「……はぁ、俺は好意を抱いていない相手にほいほいとそんな言葉を吐くような人間ではない。それでお前は俺と婚約するのは嫌か?」
「…………嫌って言うか私は『精霊の愛し子』ではありますけど、既に伯爵家から籍を抜かれているので平民ですし、教会を出たら色々な場所に行って色々なものを食べるつもりでいるんです!だからセディさんとは婚約しません!」
「そうか嫌ではないのか。ならいい」
うぅ!なんて罪な笑顔なのでしょう!ただでさえセディさんは私の好みなのに!このままだといけません!もう帝都に着いた頃だと思いますし、下ろしてもらった方がいい気がします。
「あのセディさん、私もうここで降ります!もう帝都の中のようですし、『精霊』もいるので!」
「…………」
「あの。セディさん?」
どうしましょう。セディさん、さっきから貼り付けたような笑みをこちらに向けてきます。それに御者の人に声をかけても止めてくれませんし。……なんかどんどんとお城が近づいてきてません!?
「悪いな、リーテリア。俺はお前を気に入ってしまった。だからお前を離すつもりはない」
「!?」
「俺の婚約者としてお前を城に招待しよう」
そんな良い笑顔で言われても、困りますよ!しかも婚約者って……決定事項なんですか!?
「安心しろ。お前が思っているより、俺はお前を好いている。城ではお前の好きなように過ごせばいい。ただこうして少しは俺の相手をしてくれよ?」
「っ~~!だから耳元はダメです!」
セディさんは静かに笑っていましたが私は恥ずかしくて少し潤んだ瞳で睨みつけることしかできません。そしていつの間にかお城には着いていてセディさんが私に手を向けてきます。
「さぁお手をどうぞ?俺の愛しの婚約者殿」
「うぅ〜!」
「どうした、俺の婚約者殿?」
「───婚約者になった覚えはないはずなのですが……!」
「ははっ!リーテリア、お前は本当に可愛らしいな」
教会から追い出されたら、なんで皇太子殿下に求愛されているのですか!?私は『精霊』たちとのんびり過ごす予定なのに!!!
「なんでこうなったのですか!!!」
思わず叫んだ私にセディさんは面白そうに肩を震わせていました。




