前編
「いい加減にしろ!同じ聖女のはずなのになぜお前はこんなこともできないんだ!クローディアを少しは見習え!」
また、です。私はリーテリア・ロディレック。ロディレック伯爵家の次女でした。過去形なのは既に私は伯爵家から籍を抜かれているからです。籍を抜かれた理由としましては簡単なことです。ロディレック伯爵家は散財の激しい両親、貞操観念の薄い姉のせいで借金まみれとなりました。
両親は見栄を張るために煌びやかな服を買い漁り、姉はパーティーであった男性と朝まで過ごす。両親の場合は単純な散財だったのですが、姉の場合、選んでいるのか偶然なのか婚約者のいる男性とばかりでその婚約者から毎回毎回慰謝料を請求されます。両親はそれを咎めることなく、むしろ姉と競うように散財を繰り返します。
そんな中私は伯爵家の借金を少しでも減らすように働きに出ました。一介の令嬢が働きに出てもろくに働けるはずがないと両親や姉は言いました。ですが私には小さな頃から普通の人には見えない者たちが見えていました。
『リア!僕たちの愛し子!可愛い子!』
調べてみると彼らは『精霊』と呼ばれる存在で私はそんな彼らの愛し子、『精霊の愛し子』と呼ばれる存在でした。
「私は……愛し子?」
『そう!だからリアの髪の瞳も特別!』
「……この髪色と瞳の色はそういうことでしたか。───あなたたち『精霊』の力でこれを変えてくれませんか?」
『いいよ!リアの頼みだから!』
『精霊の愛し子』である私は魔法とは違う精霊魔法を使うことができました。精霊魔法では怪我や病気を治したり、ポーション作りに秀でていたりします。魔法でも出来ないことは無いですが魔力の消耗が激しく、治癒度は低いです。精霊魔法はそれだけでなく、攻撃系の魔法も使えます。
私は精霊魔法を使って市井で働いていました。市井ではお医者にかかるほどのお金を持つ者は多くありませんが、私の治癒ではお医者の約三分の一程度のお金で治癒を受けられるという理由で私は市井で人気となりました。おかげで借金の半分程度は稼げていたと思います。
稼いだお金はすぐに借金返済に当て、伯爵家を立て直そうとしましたが散財のペースの方が早く、とうとう伯爵家は屋敷を売るしか借金返済が出来ないほどとなりました。しかし、そこはやはり両親と姉です。
私の市井での噂を聞き付け私を教会に売ったのです。…『聖女』として。
聖女とは治癒魔法に秀でた女性のことを指す敬称で、多くの聖女を抱えている国ほど大国です。残念ながら私の国には聖女さまはふたりしかおらず、うちひとりは高齢でもうすぐ引退だったそうです。家族はそれを狙ったのでしょう。
『精霊』のことも『精霊の愛し子』のことも知らないけれど、市井で平民たちを魔法で治癒していたことから上手くいけば私を聖女として教会に売ることができる、と。
結果として私は教会に売られ、伯爵家から籍を抜かれました。その代わりとして両親たちは莫大な額のお金を得ることとなりました。両親たちは両手に余るほどのお金を見つめながら私に言いました。
『リーテリアのおかげだ!よく伯爵家のために決断してくれた!お前は自慢の娘だ!』
『ええ、本当に!お母様は嬉しいわ、こうしてまた新しいドレスが買えるんだもの!あなたは本当に自慢の娘だわ!』
『リーテリア、私は知っているわ。あなたが伯爵家のために頑張ってくれていたことを!だからこうしてまた伯爵家を優先して考えてくれたことに感謝しているわ。流石、私の自慢の妹ね!』
分かっていました。両親たちが私を都合のいい道具としてしか見ていなかったということを。だから私の意見など関係なしに教会に売ったのでしょう?でも別にいいのです。私はもうあなたたちの道具ではないのだから。これからあなたたちがどうなろうと私には関係ありません。
聖女として教会に売られた私にはポーション作りという仕事が与えられました。高齢の聖女さまはもう寝たきりでポーション作りをすることができないほどでした。故に私ともうひとりの聖女であるクローディアさまと共に仕事をしていました。
クローディアさまは公爵家のご令嬢で売られた私とは違い、身分も権力もある聖女さまでした。けれど彼女は本当に聖女なのかと疑うほど魔力が少なく、一日に作らないといけないポーションの半分も作れない程度でした。
私は『精霊』たちのおかげで無限にポーションを作ることが出来ていたので、私の力に目をつけたクローディアさまは彼女の分も私がやるように命令しました。同じ聖女といってもなんの身分もない私と違いクローディアさまは公爵家のご令嬢。彼女の命令を拒めるほどの力は私にはありませんでした。
初めのうちはクローディアさまの分と自分の分のポーションを作り、クローディアさまの分のポーションを彼女に渡してそれぞれ司教であるシェラルさまに提出していました。しかしいつからか私の分のポーションも寄越すように言い、それも自分が作ったかのようにシェラルさまに提出し始めました。
それだと私が提出する分がないと抵抗しましたが、クローディアさまは公爵家の力を使って私を脅しました。
『言うことを聞かないなら、貴方がわたくしの作ったポーションを我がものかのようにシェラル司教さまに提出していたと言いふらしますわよ?それかわたくしのアクセサリーを盗んだとでも言いましょうか?どちらにせよ貴方とわたくしとではわたくしの話の方が信じられるでしょうね』
別にここを追い出されても『精霊』たちがいる限り私は死ぬことは無いと思いますが、罪で裁かれ囚われるとあとあと厄介です。ですから私は大人しくクローディアさまの言う通りにしました。その日から自分のポーションを提出することができなくなり、教会の人たちからは無能だと蔑まされ、シェラルさまから暴言を吐かれ、時々暴力を振るわれる。そんな日が始まりました。
「あら、ごめんなさい?気づきませんでした。それにしても今日もお気楽でよろしゅうございますね。『能無し聖女』さまは。私たちはやることが多くて困ってしまいます」
「ふふっ、ちょっと失礼よ?でも仕方ないじゃない。『能無し聖女』さまはろくにポーションも作れはしないのだから!クローディアさまみたいに美しさもなければ能力もないなんて……!なんて可哀想な方なのかしら!」
「…………」
「あははっ!本当にね!」
こうして毎日私のところに来ては汚水をかけたり、私を転ばせたり、日々の鬱憤を私で晴らしているようです。しかも何をしても次の日にはケロっとしているため、余計に気味の悪さとイラつきを促進させているようです。汚れても怪我をしてもすぐに『精霊』たちが治してくれているだけなのですがね。
それしても今日はついてないです。教会にいる侍祭に蔑まれるだけでなく、クローディアさまにまで会うなんて。
「ごきげんよう、リーテリアさま。今日もお願いね。……それにしても汚いわね。こっちに近づかないでちょうだいね。わたくし今からとても高貴な方とお会いするのだから」
「…………」
「────あぁもう、本当に気味が悪い。貴方は教会に来てから顔色ひとつ変えない。何をされてもするように言っても何も変わらない。今すぐわたくしの視界から消えて」
「……失礼します」
嫌ならなぜ話しかけるでしょう?近づかなければいいものを。それよりも早く人目のつかないところに行ってポーションを作らないといけません。今は大人しいですがクローディアさまに逆らうと何をされるか分かりません。
「ここなら見つからないでしょう。────『精霊』たちよ、私の願いのために力をお貸しください」
『いいよ!リアのためなら!』
『僕たち頑張っちゃうんだから!』
『精霊』たちはあっという間にポーションを完成させてしまいました。
「今日もありがとうございます」
『僕らの愛し子の頼みだもん!それよりもリアはこのままでいいの?リアが望むならあんな奴ら僕たちがやっつけてあげるよ?』
『そうだよ!リアはこの国で最も尊い『精霊の愛し子』なんだよ!リアが望めば僕たちはリアのために頑張るよ!』
「あなたたちの言葉は嬉しいけれど、クローディアさまの持つ権力は強大です。だから教会が自然と私を追い出してくれるのを待ちましょう」
『そんな日が来なかったら……?』
「そのときは……あなたたちにお願いするかもしれません。けれど私の予想が正しければもうそろそろシェラルさまたちは私を追い出すでしょう」
そう。最近の教会は以前のように私を聖女として扱っていない。そしてクローディアさまのあの発言。聖女であるクローディアさまが教会の人以外と会うことなんてほぼほぼありませんでした。今になってそんな高貴な方と会うということは教会の権威を高めるためにその方と婚約でもするのではないでしょうか。
そのとき私の存在は邪魔になるでしょう。『能無し聖女』と呼ばれている私ですが一応は聖女です。先方がどう考えているかは分かりませんが、私の存在を知り、私と婚約してもいいとなると教会にとって歓迎できない状況です。
私をぞんざいに扱っているのでそんな私がクローディアさまの言う高貴な方と婚約しても私が教会に利のある行動をする訳がありません。 故に教会は不安分子である私を追い出した方が楽だと判断するに違いありません。
「さて、今日の分のポーション作りは終わってクローディアさまの部屋に届けてあるからあとは自由時間。前はこっそり自分の分も作って提出してみようかと思いましたが、クローディアさまに見つかって鞭で何回か打たれたんですよね。『精霊』たちはそれを見て今にでもクローディアさまに仕返ししようとするし。大変でした……。それより今日はどこで時間を過ごしましょうか」
『あそこがいいよ!あの大きな木の裏!』
「確かあそこは『精霊』たちが好きな場所でしたね」
『そう!僕たちが好きな場所!』
「でしたら今日はそこに行きましょう」
喜んで飛びまわる『精霊』たちと一緒に彼らが好む場所へと向かいます。確かにあの木の周りはすごく神聖な気配を感じますから。
『僕たちここ好きだよ!リアも好きだよね!ここ』
「ええ、私もここは落ち着くので好きですよ」
楽しそうに飛び回る『精霊』たちを追いかけたり、一緒にお喋りをしたり、ずっとこのまま過ごしていたいと何度思ったことか。けれどそれももう少しで叶うことです。余計なことはしないでこのままクローディアさまの言いなりになっていれば、私の望む通りにここから出ることができる筈です。
『リア、あっちに行こうよ!』
「いいですよ、でもあまり奥まで行かないようにね」
ここから出たいということと『精霊』たちとの触れ合いがあまりにも心安らぐもので私に近づいてくる人に気づけませんでした。
「───お前は一体誰と話しているんだ?その服を着ているということはお前も聖女なのか?」
「!?あ、あなたは……」
「──俺は…………セディだ。お前は?」
「私はリーテリアと言います。セディ、さん。ところでここには何しにきたのですか?ここは教会関係者しか知らないはず……」
「俺は道に迷っただけだ。だからそんな警戒するな」
「…………」
「まあ言ったところで信じないだろうがな。それより俺の質問に答えろ。お前は誰と話しているんだ?お前は聖女なのか?」
「……っ」
『リア困ってる?こいつどこかに飛ばす?』
「っそれは大丈夫!あっ……」
「ここには俺とお前しかいないと思うが?」
やらかしましたっ。『精霊』たちが突然あんなことを言ったのでつい反応してしまいました!これほどしっかり声を聞かれては誤魔化しが効きそうにありません。……でもこの人とはどうせここで会ったらもう会わない筈。なら、ちょっとくらいなら言っても大丈夫なんじゃ……?
「……えーっと、私が話しているのは心が清らかな人じゃないと見えない者たちです!そして私はセディさんの言う通り、聖女です!だから彼らとお喋りすることができるのです!」
「…………」
「信じなくても構いません。ですが私が聖女なのは事実で、セディさんたちに見えない者たちがいるのも事実です」
「────…………ははっ、なるほどな。もしかしてポーションはお前が作っているのか?」
「あ、いえ、それはその……」
「どうせお前とはここでおしまいだ。別に何を言っても問題ないだろう?」
「それはそうかもしれませんけど…………うぅ〜そうですよ!ポーションは私が作っています!」
「!そうか」
「っ!」
なんて見目麗しい方なのでしょう。笑った顔は完全に武器です。
「せ、セディさんは一体何者なのですかっ?道に迷う以前に教会に来れて、それほど高そうな服を着ているあなたが平民とは考えられません!」
「ふっ、さて俺は何者だろうな?」
「はぐらかさないでください!」
「ははっ、すまない。明日になれば分かるだろう。だから明日までのお楽しみだ」
「なんで明日なのですか……?」
「俺は明日正式にここに来るからな。……さて俺はそろそろ帰らないとな。教会本部はどっちだ?」
「あ、あの小道を真っ直ぐ進んで右に曲がると教会です」
「そうか、感謝する。ではまた明日に、リーテリア」
少し嵐のような方だと思いました。明日になればセディさんが何者なのか分かるのでしょうか?
『リア、どうしたの?あいつが気になるの?』
「そうですね、少し気にはなります。ですがそこまで気になるわけではないので。それより私たちも戻りましょう。今日も司教から怒られるのですから」
『リアが司教に怒られるのはいやだよ!』
『ね!こっそり懲らしめちゃだめなの?』
「だめです。あと少しなのですから、私の願いのために堪えてください」
『リアがそう言うなら……』
「じゃあ戻りましょうか」
ちょっとだけ不機嫌な『精霊』たちと一緒に私は来た道を戻って教会に戻りました。予想通りシェラルさまに怒られ、夕食抜きとなったのは予想外でしたが。
* * * * * * * * * *
セディはリーテリアに教えられた通りの道を歩いていた。
「あれも聖女だったか。あのクソみたいな聖女とは違かったな。……ロイ」
「はい!ここに」
セディが彼の名を呼ぶと、影のなかから音を立てることなく現れた。
「俺が会っていたあの聖女のことを調べろ。上手くいけばあのクソ女と婚約せずにすむ」
「分かりました。しかし腐ってもあの方は公爵家の令嬢であり、今では優秀な聖女です。そう簡単にいくとは思えませんが……」
「なに、お前があの聖女、リーテリアのことについて調べればあとは俺がやる。お前は俺の命令したことを遂行すればいい」
「失礼しました。我らが主、帝国の光であるセドリック皇太子殿下の命の通りに」
ロイはまた音もなく影に隠れて消えていった。
セディは何事も無かったかのように小道を歩きながら、明日に起こる出来事に思いを馳せた。
「あいつは俺のことを知ったらどんな反応を見せてくれるだろう?楽しみだな。────それにあいつが言っていた見えない者たちというのはもしかしたら……。それが事実ならあいつはこの国で尊ばれる存在だな」
セディのひとりごとは誰の耳に入ることなく、風や木々掠れて消えていった。




