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9話.戦場


 一人、屋敷を出た兄、アカシックは、小高い丘の上で馬を止め、戦場となる荒野を見渡した。


 初夏とあり青々とした草が生い茂ってはいるが、一昨年から戦場となっているだけあり、彼には物悲しい風景に感じられた。

 その広大な草原を横切るように、一本の川がはしっている。


 浅瀬の向こう岸から、かなり離れたところに黒い群れが、彼の視界一杯横に広がっているのがよく見える。


 敵の軍勢だ。


 話には聞いていたが、これほどまでに大勢の人間が一堂に会して殺し合うというのだから。

 戦というものは、想像を絶する凄惨な光景が繰り広げられるに違いない。


 どこか冷めた表情で、アカシックは戦場を渡る風に、ダークブラウンの髪をなびかせて佇む。


 空から降り注ぐ陽光を受け、銀色に輝く鎧は、父が戦場で身に着けていたものだ。

 馬上でたなびく濃紺のマントだけは、セリヤが新しく繕ってくれた物だが、それ以外は剣から馬具に至るまで、今は亡き、父アクシスが使っていたもの。


 よく手入れの行き届いたそれらは、まるで新品ように曇り一つなく。

 それでいてあつらえたかのごとく、しっくりと若い彼の体に馴染んでいる。


 なお、父が長いこと仕えてきたアカーシャ王国と敵国マグチタスの戦いは、ガイオスが率いる傭兵団が寝返ったことにより、劣勢に陥っていた。


 王国騎士たちの精神的支柱だった、光剣のアクシスが野蛮人と蔑まれてきたガイオスに負けたことが大きい。

 既に占領して間もない属国の半ばまで、敵に攻め込まれてしまっている。


 しかし広大な領土を誇るアカーシャ国が、それぐらいで傾くことはない。

 むしろ、ようやく本気になったところだ。


 侍従長が仕入れてきた情報では、新たな筆頭騎士に任じられたヘリオス卿が、急ぎ正騎士を含む騎馬五千を引き連れて参戦していた。

 更にその後から、三万の歩兵が来る手筈も整えられている。


 それに引き換え、マグチタス軍の総数は二万を割っていた。

 いくら善戦をしていても、戦えば兵は消耗する。

 国力で劣る分、援軍を送ることも難しい。

 しかも主力は歩兵と来ている。


 元々、蛮族が興したと揶揄やゆされる事が多いマグチタス国の歴史は浅く。

 侵略に継ぐ侵略を繰り返しているため、国内の治安は悪く産業が発展していない。

 ただ略奪行為を禁止していないため、兵の士気だけは高かった。

 その為、勢いが有るものの、長期戦には向いていない。


 「おう、よくぞ参った、アカシック。少し見ないうちに見違えるようではないか」

 「閣下自ら御越しくださるとは……。誠に申し訳ありません。事前に連絡もせずに直接伺ってしまいました」


 軍馬の手綱を引き、アカシックが本陣に向かうと、見回りをしていた兵士に誰何すいかされた。

 本来であれば、戦に参戦する旨を書状で王城へ伝え、然るべき手続きを踏まなければならないのだが、彼は王から直々にガイオスを討つ使命を下されている。


 だからとりあえず現地に赴き、兵士に素性を明かしてみたのだが、十分もしないうちに総大将、自らが出迎えに来てくれたのだ。

 慌てて膝をつく彼に、綺羅びやかな鎧に身を包んだヘリオス卿が気さくに話しかけてくれている。


 「よいよい。ここは戦場だ。堅苦しい礼儀など不要。それよりもアリヤがお主に会いたがっておったぞ」


 中々顔をあげようとしないアカシックを、肩を叩いて立たせてもくれた。


 ヘリオス卿は伯爵という高い地位にありながら、父アクシスに次ぐ剣の使い手でもあり。

 そして戦友として、二人は旧知の仲であった。


 だからアカシックが幼い頃から面識もある。

 そして二つ年下の伯爵の娘、アリーシャとも、彼は不思議と仲が良かった。


 遠縁とは言え、王家の血を引く少女は、野原に咲く一輪の薔薇のように艶やかで美しく。

 それでいて大人しくて、控えめな性格をしていた。

 だからか、活発な弟のカルシオンよりも、落ち着いた性格のアカシックの後をついて回っていたものだ。


 また伯爵と最後に顔を合わせたのは、父の葬儀の時であった。


 その後も、事あるごとに夕食に招いてくれ、ヘリオス卿はまるで父親のように、アカシックに接してくれた。

 しかも今回は、本陣の奥に専用の天幕まで用意してれる厚遇ぶり。


 夕食の折には、父と伯爵が貴族学院に通っていた時の話まで聞くことが出来た。

 あの質実剛健を地で行く父が寮を抜け出し、若かりし日の伯爵と酒場に入り浸っていたというのだから驚きである。

 しかしそれも、謎の老人が現れてからは、ピタリと止んだとか。


 詳しい理由は伯爵も知らされていないようだが、それ以来、父は剣一筋に生きるようになった。

 それもあって、自由奔放だったヘリオス卿も剣の鍛錬に、真剣に打ち込むようになったという。


 何とも微笑ましい昔話に思えるかもしれないが、その謎の老人に心当たりがあるアカシックとしては、妙に納得がいく話であった。


 そして戦にあたっては初陣とあり、アカシックは本陣に残るようにと伯爵に進められたが、彼は王命を果たすべく、前線を希望した。

 この時代、最も損耗率の激しい前線には、金で雇われた傭兵を置くのが定石である。


 雑兵とはいえ正規の兵士には、長い時間を掛けて訓練が施されている。

 それをむざむざ、最初の激突で失うわけにはいかないからだ。


 しかしアカシックの目的は、戦に勝つことではなく、父の仇であり、反逆者のガイオスを討つことにある。

 全軍を指揮するヘリオス卿には強く止められたが、それだけには首を縦に振ら事は出来なかった。


 それでも愛馬を気遣ったアカシックは、代わりとなる軍馬を借り受けた。


 どうせ潰されてしまうのだからと、アカシックは荷馬でもよいと言ったのだが、彼の世話を焼いてくれる事になった老兵が、頑なにそれを拒んだ。

 訓練を受けていない馬など、戦場では役に立たないと。


 それから三日後、両軍合わせて5万を超える兵士が固唾を呑んで見守る中、戦端の幕が切って落とされるのであった。


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