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呪術師の少年が望むのは、ただ愛しい少女の目覚めのみ

作者: 下菊みこと

「バケモノめ!多くの人々を殺した罪、ここで償わせてくれる!」


「はいはい、わかったから死んどけって」


呪術で正義感に溢れた可哀想な騎士の心臓を握りつぶす。これでやっと百人目。まだまだ生贄は足りない。


「俺の可愛いセシル。盲目の天使。お前を逃がしてなんかやらないからな」


呪術師ギュスターヴは、今夜も生贄を求めて街を歩く。


ギュスターヴは幼い頃、親に売られて呪術師に買われた。生贄にされるはずだったが、その血や髪の毛が呪術の触媒に非常に最適だったため生かされて、呪術師の弟子になった。


触媒となる血や髪の毛だけでなく、するすると呪術を覚える記憶力の良さも相まって若き天才呪術師となったギュスターヴ。最初は自分を生贄にしようとしていた師匠とも和解して、最後に血と髪の毛を今までのお礼として渡して独り立ちした。


…なーんて甘いことはなく。その餞別の血と髪の毛を使って呪術を行おうとした師匠は呪い返しを受けて死亡。ギュスターヴは師匠に恨みを晴らすために色々な工作を自分の血と髪の毛に施してから渡していたのだ。


晴れて恨みも晴らし自由になったギュスターヴは、呪術師として働きながら各地を転々と旅する。ただ、自分の居場所を求めて。


そんなギュスターヴが見つけたのは小さな離島。そこならゆったりと生活出来るだろうとしばらくの拠点にするため足を踏み入れた時、彼は運命に出会った。見るからに盲目の少女が、鳥や蝶々達と戯れている。ギュスターヴはすぐに、アレは愛し子だと気付いた。鳥や蝶々に見えるアレは妖精達が人間達に勘付かれないように化けた姿だと。


そんな妖精は、ギュスターヴを見ると真っ先に逃げた。ギュスターヴは呪術の触媒に最適。逆に言えば、無垢な存在には恐ろしいほどの毒となる。突然取り残された愛し子は唖然とするが、気まぐれな妖精達らしいとクスクス笑う。


そして、愛し子はギュスターヴに声をかけた。


「すみません、そちらにいらっしゃるのは旅のお方ですか?私はセシルと申します。見ての通り盲目で、どうか、家に帰るのを手伝っていただきたいのですが」


ギュスターヴはそんなことをしてやる義理はないはずなのに、なんだかなにかが引っかかってつい言ってしまった。


「いいぜ?手を貸しな」


そしてその道すがらギュスターヴが知ったこと。


少女は粗末な小屋に一人で住んでいる。少女は妖精達に与えられるものだけで生活している。少女の家族はこの離島の地主だが、少女が病気で後天的に盲目になった時、いち早く見捨てて少女の存在をなかったことにした。ギュスターヴには関係のないことのはずなのに、どうしてか憤りを覚えた。


ギュスターヴは少女を気にかけるようになった。毎日呪術師としての仕事で得た大金で少女にも美味しいものを食べさせようと、色々な食べ物を買い与えた。


少女の住む粗末な小屋を地主から買い取って、小屋を少しずつ改築して盲目の少女でも住みやすいものにした。


服など必要最低限しか持たない彼女に、色々な服を買い与えた。見えない彼女に、必死にどんな服か説明する彼は普段の彼とは別人だった。


そんな生活が続く中。普段は絶対ギュスターヴに近づかない妖精達がギュスターヴの元へきた。嫌な予感に、少女の小屋へ走れば血塗れの少女の遺体が横たわっていた。


そしてギュスターヴは気付く。少女を見てから心に引っかかっていた何かの正体に。


ギュスターヴは、彼女に恋をしていたのだ。


ギュスターヴは決めた。何が何でも少女を逃がさない。ギュスターヴは己の血を使い少女の遺体を綺麗な状態に保ち、少女の魂を縛り付けた。そして、五百人。五百人の命と引き換えに、少女を復活させる。妖精達も、それに賛同した。ギュスターヴが一人殺すたびに、腐らない少女の遺体が少しずつ息を吹き返す。


「でもまあ、潮時だよなぁ」


少女の遺体を綺麗な状態に保つのも、少女の魂を縛り付けるのも限界がある。あと四百人を近いうちに一気に殺す必要があった。それになにより、あと数日で月に一本しかない船の行き来がある。外に助けを求められたら困るのだ。


「なあ、妖精さん。お前ら、なんか良い方法知らない?」


言われて妖精達は、ギュスターヴに身を預けた。


「…お前らを触媒に呪いをかけて良いの?」


妖精達は頷く。あるいはギュスターヴの周りを飛び回る。妖精達の覚悟に、ギュスターヴも応じた。


「…今夜、ケリをつけようか」


月は満ちている。呪術には最高の条件だ。


妖精達を触媒に、呪術を広域展開する。ギュスターヴとセシル以外の全ての人間を呪い殺した。


「ううん…あれ…?」


セシルが目を覚ました。ギュスターヴを見て驚く。


「もしかして、ギュスターヴさんですか?私の目が見えるのは、ここが天国だからですか?」


ギュスターヴは少し考えて口を開く。


「天国と地獄の狭間だよ。セシル、お前はもうここから出られない。妖精達にももう会えない」


セシルは目を見開いて、しかし次の瞬間には笑った。


「でも、ギュスターヴさんとずっと一緒にいられるなら悪くないですね!」


今度はギュスターヴが目を見開いた。そして、やっぱりセシルと同じように笑った。


ギュスターヴはどこまでも無垢な少女に真実をひた隠しにして、呪術で月に一本しかない船の行き来も邪魔をして二人きりの生活を謳歌する。


何も知らないなら、知らないままに幸せであればいい。ギュスターヴは、彼女のためだけにいつまでも悪者でいられた。

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