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婚約破棄を告げられた日、数年かけて育てていた水色の花が咲きました。そしてそれをきっかけに人生は動き出すのです。

 大切に育てていた花。

 数年かけて成長させてきたそれがもうじき開くものと思われていた、そんな日。


「お前との婚約なんだけどさぁ」

「はい……?」

「破棄、することにしたから」

「えっ」


 婚約者オーボデンに呼び出されて近所の川へ向かった。するとオーボデンは婚約の破棄を告げてきた。それも、さらりと。重大なことを言うのではないかのような雰囲気で。


「本気で言って……いますか?」

「ああそうだ」

「婚約破棄、ですよね……どうして?」

「どうして? 簡単なことだ。わざわざ言うこともないと思っていたが、言った方が良いのなら言う。もっと好きな人ができたから、だ」


 オーボデンが言うには、すべてにおいて私よりも素晴らしく好みにぴったりな女性に出会ってしまったそうだ。で、その女性をどうしても離せなくなってしまったので、私とは離れたいということだそう。


 まぁ、分からないではないが……。


 正直あまり良い気はしない。

 でも中途半端に関係を継続され続けるよりかは良いとは思う。

 はっきり切り落としてから次へ行ってもらう方がありがたい。


「そうですか……分かりました。では、そういうことですね」

「何も言うなよ?」

「はい」

「絶対に、金とか求めてくるなよ? いいな?」

「……分かりました」


 どのみち実る関係でないなら終わってしまう方が潔い。


 ――その日の晩、ずっと育ててきた花が咲いた。


「さ……咲いてる……!」


 何年も咲かなかった。

 けれどもいつか花開く日が来ると信じて待っていた。

 そしてついにその日が訪れた。


 水色の美しい花――あぁここまで育ててきて良かった、と、心から思う。


 その日は心地よく眠れた。

 花が咲いたからだ。

 婚約破棄は切なかったし何とも言えない気分だったけれど、花のおかげで悪い夜にはならなかった。


『貴女はよくこの花を育てましたね』


 夢の中、一人の女性が囁く。


「え……」

『あの花は女神の花』

「そ、そう、ですか……」

『優しき心をもって花を育てた貴女には称賛を。そして、貴女を傷つけた者には罰を』

「え、あの、待ってくださ――」


 そこで目覚める。


 目覚めれば、ああ夢か、と思う。

 でも生々しさもあって。

 貴女を傷つけた者には罰を――その言葉がいやに気になった。


 翌日、私は、オーボデンの死を知った。


 母が教えてくれた。

 彼女がその話を知ったのはオーボデンの母親から連絡があったからだそうだ。


 オーボデンはあの日愛する女性に会いに行こうと家を出たきり数時間帰らず、親や近所の人たちで捜索したところ、亡骸となって発見されたそうだ。その亡骸は川の縁に横たえられていたそうだが、カラスが大量にたかっていたらしい。そして、顔面は、なぜか水色に染まっていたそうだ。


 何があって亡くなってしまったのだろう? とは思うけれど、そこまで気になるということもなかったので、私は「そうなんだー」だけで済ませておいた。


 私と彼はもう他人になっていた。

 婚約者同士でもない。

 だから彼がどうなろうがどうでもいいと理解することにしたのだ。


 その数日後、水色の伝説の花を探しているという男性がわが家へやって来た。


「貴女がこの花を育ててくださったのですか!?」

「はい」

「素晴らしい……!」

「え、あの、ちょっと意味が」

「我が国へ来てください! どうか! 自分、実は、言い伝えにある『花育ての聖女』を探していたのです!!」


 物語は動き出す。

 そう、人生が。

 また新たな道が拓かれてゆく。



 ◆



 あれから数年、私は、生まれ育った国とは離れた地へ引っ越した。

 そして『花育ての聖女』としてその国にて祭られている。

 また、わが家に訪問してきたことから知り合ったあの男性と結婚し、王妃となってもいる。


 オーボデンもことなんて、もう思い出すことも滅多にない。


 今はこの地こそが私の生きる場所。


 過去はすべて過ぎたもの。

 振り返ることはしない。



◆終わり◆

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