ある日突然落ち着いた雰囲気で婚約破棄を告げられ絶望しました。が、その後私には良縁がもたらされました。
「なぁ、あのさ、言いたいことがあって」
婚約者ボルドーはある日突然そんな風に切り出してきて。
けれどもすぐには気づかない。
彼が何を今から言おうとしてるのかなんて。
「言いたいこと?」
「そうなんだ」
「ええ、いいわよ。何でも言って? 私にできることなら協力するし」
「ありがとう、じゃあ、言わせてもらうよ」
少し間を空け、彼は続ける。
「君との婚約は破棄とすることにしたよ」
空気が凍りついた。
いや、空気だけではない。
脳までも。
脳の奥までも。
すべてが一瞬で氷と化す。
「え……あの、それは一体……?」
「これが言いたかったことだよ」
「婚約、破棄、って……何よそれ、いきなり過ぎるわ、本気なの?」
「もちろん。本気だよ」
「……そんな、どうして」
声が無意識に震えてしまう。
「ずっと仲良しだったじゃない、私たち。喧嘩なんてしなかった。だから私、順調にいっているって、そう思っていたのに。貴方はそうは思っていなかったの? 何かが嫌だった? 私のこと、本当は嫌いだったの?」
ボルドーは首を横に振る。
「好きだったよ。でも、もっと素晴らしい女性に出会ったんだ」
「もっと、素晴らしい……」
「彼女は僕に最上級の愛をくれる、それこそ、君なんて紙くずに見えるくらいにね」
酷い……どうしてそんなこと……。
紙くず、なんて……。
「だからさ、これでお別れにしよ? じゃあね」
「待って! お願い、もう少し話をさせて!」
「私にできることなら協力する、そう言ったよね? だったら婚約破棄を受け入れることだって協力だよ」
「違うわ! それは違う、そういうことを言っているのではないの!」
あれはこういう話と知っていて発した言葉ではない。
今それを持ち出すのは卑怯だ。
それに何でもすると言ったわけではない。
「じゃああの言葉は嘘だったのかい?」
「そうではないけれど……本当に協力するって思っていたけれど……でもまさかこんな話だったなんて! 知らなかったから! 喜んで協力できないことだってあるわ」
「協力してよ」
「できないわ! こんなの!」
「じゃ、ばっさりいくよ。君との婚約は破棄するから、さよなら」
その日以降、しばらく、私はずっと泣いていた。
実家の自室で。
親の気持ちなんて一切気にせずに。
◆
早いもので、あれからもう三年になる。
悲しみと絶望を越えて。
私は幸福を得た。
釣りが趣味で料理が得意な資産家の青年と結婚した私は、今、何の悩みもなく生活できている。
ボルドーと結ばれるより良かったかもしれない。
今はそんな風に思う部分もある。
彼と出会えて私の人生は色づき方が変わった。
ちなみにボルドーはというと、あの後惚れ込んでいた女性にはプロポーズを拒否されたらしい。で、それと同時期くらいにその人とは別のしめじのような女性からストーカーされるようになり、その行為の恐ろしさにやられ、今では自室から一歩も出られなくなってしまったそうだ。彼はストーカーに心を破壊されたのだ。
けれど同情はしない。
彼だって一度は私の心を壊したのだから。
◆終わり◆




