婚約者から崖に呼び出され、少し怪しく思いつつもそこへ行ってみました。すると――?
婚約者ルアステッドに海が見える崖に呼び出された。
そんなところに呼ばれるのは珍しいことで、少し怪しくは思ったけれど、せっかく呼び出してもらえたのだからと思いその場所へ行ってみた。
「婚約、破棄するわ」
――やはりこれだった。
薄々気づいてはいた。
でも見て見ぬふりをした。
見たくなかったから。
たとえ一瞬でも、長く、知らぬふりをしていたかったから。
「婚約破棄……」
「そうだ。でも、後々このことを話されたら困る。だから――あんたには死んでもらう」
「ま、待って? 一体何を? 何を言っているの?」
「それは、すぐに分かるだろう」
言って、彼は私の胸を両手で強く突く。
想像以上によろけて。
バランスが崩れる。
重力が私の身体を海側へと傾けてゆく。
駄目だ、落ちる。
海が見えた。
空を鏡に映したようなそれが。
身体が落ちてゆく。
すべてがゆっくりに見えて。
「きゃ」
声はほとんど出なかった。
そして水に落ちる。
かと思った。
けれど、水面に叩きつけられる覚悟をした瞬間、海面が大きく揺れ動いて。大きな波が赤子を抱くように私を包み込んで。この身は海面に叩きつけられることはなく。海というゆりかごに柔らかく抱きとめられる。
『悪しき者よ、この地に踏み込むな――』
低い声が聞こえて。
次の瞬間。
ゆりかごの外側から怪鳥のごとき波が発生。
それは、崖にまで届く。
そしてそこに立っていたルアステッドを巻き込む。
「う、ぁ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ルアステッドは化け物のような波に巻き込まれて海の中へ引きずり込まれた。
そして、海の中に消えた。
ルアステッドは死んだ。
一瞬にして。
この偉大な海の不思議な力によって。
そこで私は意識を失う。
そして次に気がついた時、私は、自宅にいた。
「気がついた!?」
瞼が開く。
天井の次に視界に入ったのは母の顔だった。
「あ……う、み……」
「海? 海!? 何を言っているの、大丈夫? 夢?」
「う、み、で……」
「夢でもみていたの? 貴女は倒れていたのよ、森の中で」
「森……」
「どうしたの、何かおかしい?」
「私は、確か、あの崖で……海に、突き落とされて……」
なにはともあれ私は助かった。
しかし、あれは一体何だったのだろう?
海の魔法?
海の神?
よく分からない。
でも生き延びた。
それは良かった。
生きてさえいれば何だってできるから。
不思議な事件から一年、私は、親からの紹介で知り合った青年と婚約。
そして結婚にまで無事進めた。
あれから数年が経った今、私は愛おしい人と共に生きられている。
今でも時折海へ行く。
そしてその時には祈る。
――ありがとうと伝えるのだ。
◆終わり◆




